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そして着替える。


「ねぇジャンヌちゃんったら酷いのぉ~!せっかくこんなに可愛くしてあげたのに恥ずかしいとかぁ」

「違うんです!素敵だとは思います!!けど、レラさん何か下に履くものありませんか?!ここっ……足、足があまりにもっ……」

うん、うん、うん、と二人の必死の訴えが伴う早口に、レラが掠れるような音で相づちを打つのを男性陣は聞く。

一体中で何が行われているのか、想像するのも苦しい。ただただプライドも納得いく形に衣装ができあがって欲しいと願う。

二人の意見を最後まで聞くレラは、終始弱々しい声だったがそれでも最後に意見を求められる番になれば返答は早かった。


「確かに、ダンス衣装としてはアンジェリカちゃんの言うとおりこのままで良いと思う……。この方が動きやすいと思うし、ジャネットさんは足も綺麗で隠す必要ないし……サーカスって、やっぱり女性にそういうの求めるお客さん多いしこれは露出少ない方だし……」

「でしょぉぉ?!さっすがレラちゃんわかってるぅ~!!」

今度はプライドも反論の声がでない。さっき以上に血が引くのを感じながら、頼みの綱であるレラにまでこの衣装を肯定され泣きたくなる。

確かにここは社交界でも式典会場でも貴族の集う劇場でもないのだからと頭では理解しようとする部分も出てくるが、やはり自分は納得できない。

大人げないとはわかりながらもここは今からでも他の衣装で無理矢理通すかステイルに頼んで瞬間移動で城で下に捌けるものを急ぎ用意してもらおうかとまで考える。レラから続きが紡がれるまでは。


「でも飛ぶならやっぱり下に何か履いた方が良いかな……。ほら、ジャネットさんトランポリンもすごい上手って幹部の人達にも評判だったし、あんまり全部べろんと見えちゃったら裸みたいで格好悪くなっちゃう……」

「!そうなんです!!」

「だから、下にこれを一緒に履くのとかは……?足細いし多分履けると思うけど……あっ、あと網は平気?」

勿論です!!とすかさずプライドの元気の良い声が上がる。

衣装棚から提案する衣装を追加で取り出すレラに、アンジェリカも文句は言わなかった。確かにその着方なら衣装のドレスにも合っていて、なにより隠した感も軽減される。

ぷく~っと頬を膨らましつつも「レラちゃんが言うなら良いけどぉ」と一応の同意を声に出せば、テントの外にいるアーサー達もほっと胸を撫で下ろした。プライドからも明るい声が聞こえれば、とりあえずはまともな衣装になったらしいと考える。

開演時間も近づき、とうとう下働きや他の団員もテント裏に行き交い始める。衣装テントの前に並ぶ新人演者四人の整列に、一体なにかあったのかと遠目で何人か様子を伺い始めた。


「せっかく私が可愛い分ジャネットちゃんは色気で目立てるようにしたのにぃ」

「あ、アンジェリカちゃんあんまりジャンヌちゃん虐めたら可哀想だよ……」

もう既に露出しています!とプライドはその文句を飲み込んでそそくさとレラから受け取った神器二枚を手に着始める。

プライドにとっては今の衣装もレラの案を受け入れても露出はある方ではある。可愛いアンジェリカの言いたいことはよくわかるが、胸元も露出をモザイクのように隠されている感覚に鏡を見た時恥ずかしかった。ただ衣装を見るのと実際に着て鏡をみるのとでは印象は違う。

本当にレラが立ち寄ってくれて良かったと心から思いながら素早く着替えを終わらせた。露出の心配のなくなった足は、肌の感覚だけでも安心感が強い。

鏡を前にほっとする自分の背後ではアンジェリカが「いじめてないもん~!」とレラへ唇を尖らせている。


「ちゃんとお化粧だって私がやってあげたんだよぉ?アレスがラルクで目が離せないとか言うからぁ~。もぉあんなの猛獣と同じ檻に入れて鍵閉めとけばいいのに」

うんうんと無言のままアンジェリカが力になってくれたこと自体には頷きで同意するプライドも、途中で顔が引きつり首が止まった。言いたいことはわかるが、遠回しに死ねと言っているようにも聞こえてしまう。


化粧役の一人であるアレスがラルクの悪巧みを防ぐべく彼を見張っている今、その代わりにアレスが担っていた仕事全てが他の団員達に偏っていた。

本来ならば演目に集中できるように免除されている演者さえ急遽一部駆り立てられた。普段は他人に化粧などしないアンジェリカもプライドの化粧くらいならと自ら請け負った一人である。

化粧中も「本当に交換してくれてありがとね」「ジャンヌちゃんいて良かったぁ」「もうめっちゃ美人に可愛くしてあげる」と優しかったことも当然覚えている。しかしそれでも譲れないものはあると、ドレスの下の安心感と共に思う。

レラも「そうだねアンジェリカちゃん優しい」「お化粧もできてバレエもできるんだもん」「手伝ってくれてすごい私達も助かってるよ」と繰り返すレラが聖母に見えた。それに引きずられるようにプライド自身も、今はアンジェリカへの苛立ちは冷めた。

彼女が彼女なりの基準で自分に精一杯力を尽くしてくれたことは理解する。……その時。

「レラのやつも良かったよなぁ、アンジェリカさんより良い女だったらあんなかわいがってもらえてねぇし」

「いやそもそも顔が良かったら演者に……」


「ハァ?????」


ぐるんっ!!と女性とは思えない低い一声と共にアンジェリカの首がテントの出口へと向けられるのをちょうどプライドも視界に入った。

急に聞こえてきた男性の声は、衣装テント内の誰でもない。そしてステイル達でもない。彼らさえ眉を寄せた発言だったが、一言言う前にアンジェリカの反応が凄まじく早かった。なんとなく聞き覚えだけはあるその声の持ち主が誰かプライドが照合するよりも、アンジェリカが動き出す。今まで閉じられていたテントを勢いよく蹴り上げ、外に出た。

アンジェリカちゃん!?と血相を変えて彼女を追うレラの声も今は届かない。それよりもテントの外で「うわ?!」とまさか聞かれたとは思わなかったサーカスの下働き達の悲鳴が上がった。


あまりの勢いにプライドもぽかんとその場に取り残されたまま固まってしまう。着替えた後ということもあるが、一瞬見えたアンジェリカの顔の変貌が怖かった。開きっぱなしにされたテントからステイルが「ジャンヌ、着替えは大丈夫ですか?」と投げかけられ、慌てて自分もテントを出た。

待っていてくれたカラム達に礼を言うよりも今は突入していったアンジェリカが気になり目で追えば、下働きの男性二人にアンジェリカが眼前まで迫っているところだった。


「なんつった?レラちゃんはめっちゃ可愛いし??私が世界一可愛いだけでレラちゃんも可愛いしそれにすごぉぉく良い女ですけどぉお??人のこと言えないブッッサの芋男のくせになに言っちゃってのぉ?アンタらより臭いおっさんのディルギアさんの方がレラちゃん良い子って言ってた分百倍マシぃ。新入り来たからって調子に乗んないでくんない?あとでディルギアさんとアレスにも言っとくからぁ!」

すみません!!とアンジェリカより遙かに高い背の男達二人が頭を大きく下げる姿に、今は誰も同情しない。プライドすらも今のは引っかかったまま少し目を吊り上げた。

演者であるアンジェリカと下働きでは立場も大きく違う。もともとは騒ぎに耳を立てていただけの下働き達だったが、まさかちょっとした軽口がテント越しに拾われているとは思いもしなかった。

平謝りする下働き達に、アンジェリカは「謝る相手私にじゃないし?」「もーさっさと消えて」「気分悪くなったマジ死んで」と、レラへ一方的に深々と謝罪をさせ追い払った後もバレリーナならぬ形相は変わらなかった。チッと舌打ちを鳴らし、蜘蛛の子のように散っていく他の団員達の背も八つ当たりに睨む。

アンジェリカの剣幕からは逃げるのが正しいと古い団員ほどよく知っている。


「レラちゃんが良い女ってわかんない野郎はみんな腐ってもげ落ちれば良いのにぃ〜。団長見習えっつーの」

「あっあっアンジェリカちゃんあのっ怒ってくれてありがとう、でもごめん私はその今の本当のことだし……ううんアンジェリカちゃんは絶対私の見かけ関係なく優しいって知ってるけど」

「レラちゃんは可愛いも~~ん!!私が世界一可愛いだけで中身も外見も大好きっ」

真っ青な顔で背中を丸めて歩み寄るレラをアンジェリカが抱き締める。

三秒前に地面へ唾を吐き捨てたとは思えない変わりように、プライドも身を強ばらせて一歩引いた。アンジェリカが怒るのも当然であれば、むしろ誰よりも先に怒ってくれた姿は格好良いとも思う。あそこまで本気で怒るのも見ればレラは良い友達を持ったとも思う。

しかしそれとは別に、怒り方が同性のプライドにとっても怖かった。社交界で生きてきた今世ではなかなか出会えない相手ではある。プラデストに潜入した時も女生徒で同じタイプはいなかった。どちらかというと前世の記憶での方が、ドラマなどの創作物も含めて覚えはある。電車で痴漢を見つけたら八つ裂きにしてくれるタイプだろうかとプライドは静かに考える。

ひぇぇ……と、口の中だけで溢しふらふらと後ずさりすればそこで背中がぶつかった。振りかえればステイルだ。先ほどテントの前で着替えを終わったか声をかけるべく一番前に出ていたステイルが、直立不動でそこにいた。

ごめんなさい、とぶつかったことを謝ったプライドだが、そこに返事はなかった。眼鏡が曇り目が見えないことに、今度はアーサー達の方向へ目を向けたが、そちらからもやはり言葉は貰えなかった。それだけアンジェリカのお怒りに驚いたのかとも考えたが、視線が……自分に刺さっていることに気付く。


「……あっ」


はっ!と、慌てて足を揃え肌を隠す。

もともと服装が乱れていたわけではないが、今の自分の格好がやはり露出高いのだと。

そう、並び顔を赤らめる彼らを見てプライドは唇を絞りながら理解した。




……




「何度言えばわかるんだ僕に関わるな。ッこれ以上先に来たら猛獣の餌にするぞ……!!」

「うっせ。さっさと衣装テントいくぞ。お前が着替えにいかねぇと俺も着替えれねぇんだよバーカ」


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