表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2106/2191

Ⅲ142.侵攻侍女は下準備を行い、


「さぁさあ本日最後の公演が始まるぞ!!残りは立ち見席のみ!第一部の評判を知ってるなら見逃すな!!」


テントを半分取り囲む騒騒しさを貫くように、鍛え抜かれた団員の宣伝が放たれる。

第二部の開場開始を前に、大勢の観客がテントの前には詰めかけていた。第二部のチケットを買い取った客だけではなく、第一部を見てもう一度見たいと考えた客が立ち見でも良いとチケット売り場に第一部終了直後から並んでいた。

更には第一部の評判を聞いて第二部こそ観覧へと踏み切った客もいる。既存チケットを高額で譲るとサーカステントのすぐ傍で堂々と声高に叫ぶ男もいる。今チケット売り場に並んでいる客も全員がテントに収容できるかは限らない。値段も第一部の倍額に引き上げられていたが、怯む客はいてもそこで踵を返す客はいない。既にチケットを得る為に長蛇で時間まで待ち続けた苦労を取り戻そうと、銀貨の枚数を増やしてチケットを手に入れる。

立ち見席でありながら前日に販売していた座り席の前売り券よりも高いという状況も、ケルメシアナサーカスではよくある事象だ。客の大まかな数が確定すればするほどに席を埋めるために格安にする場合もあれば、逆に足下を見て高騰もする。

常連の中には、この盛り上がりの為にわざと長期間サーカス公演を行わず滞在だけをしてもったいぶっていたのでは無いかと考える客もいた。それほどに、第一部のサーカスは好評を博していた。


猛獣芸を始めとした既存の人気演目の評判もさることながら、新たな演目も客の関心を引く。

また、空中ブランコでの二人組技や看板女性の一人であるバレリーナにパートナー男性が現れたことも波風に近い好奇心を煽った。今までとはひと味ふた味も違えば違うほどに観客は今回は当たり年だと期待を胸にチケットを握りしめた。


開場と共に始まった立ち見席の販売も、列が途切れるよりも先に早々の売り切れを叶えた。第一部でも満員から更に無理矢理にでも詰めての観客動員数を稼いだが、更にそこから7パーセント増に詰めるだけ詰めてもやはり客全員は入りきらなかった。

凄まじい人口密度になったテントの中で、座り見席の間という間の通路の段差にも人が詰まった。


開演まで一時間を切り、特別席のチケットを持つレオン達もまた唯一の指定席である自分たちの席へたどり着くのに苦労した。

昼食後に一度近くの宿へ戻り戦利品を置いてきた彼らは身軽ではあったが、それでも人にぶつからずにたどり着くことは不可能だった。

第一部と同じ席順に腰を下ろしながら開演を待つ間も、端席のレオンとセドリックですら第一部と異なり通路の立ち見客と近接し、まともに互いに下手なことが会話できなくなった。護衛の騎士達により席の再検討が望まれた。

そんな密集した舞台のその裏側である幕の向こうに、プライド達は第一部と同じくひっそりと



「待って待って待って待ってお願い絶対誰も見ないでめくらないでまだ絶対!!!!」



……いなかった。

開場である舞台テントから距離の離れた、衣装テントに隣接した着替えテント。その中にプライドが、そして外にはアーサー達が並び控えていた。

いやああああああああああ!と必死の悲鳴が小さなテントから放たれるのを聞きながら、護衛のアランとカラムも今は手が出せない。

ステイルもあくまで閉められたテントの外で眉を寄せながら眼鏡の黒縁を押さえるだけだ。「大丈夫です待ちます」と平坦な声を意識しつつ代表としてプライドに言葉を返した。


第二部の開演が目前に迫る中、今は誰も舞台裏どころか訓練所にもいなかった。

演者用の衣装に身を包み終えた彼らは、あとはプライドの着替えを待つだけである。そしてその彼女がどういう理由で悲鳴を上げているのかも、カラム達には容易に想像がついた。

今回の第二部。衣装をずぶ濡れにされたステイルと、演目内容自体が変わったプライドの二人は、衣装も第一部とは異なる。

第一部の衣装すらも恥を覚えていたステイルだが、今の新たな衣装に対してはいくらか達観できた。団長の希望を叶え自分の演目演出を派手にした分、衣装は地味な方向にすることができた。

普段の王族としての私服と比べればやはり衣装として派手であることは変わらないが、第一部の派手さと比べれば倍はステイルの趣味に沿っている。無意味に演出の為だけにボロボロと破かれたマントやスカーフは通気性が良すぎるままに垂れ、別の演出用に血糊代わりに赤のペンキが塗られ染められた着古した白シャツもステイルの演目には全く関係ない。アーサーには第一声に「廃墟の館にいそうだな」と言われたが、第一部の派手さと比べれば許せた。黒や白の衣服というだけでこんなに落ち着くとはステイル自身も思わなかった。

そして何よりも、今目の前のテントで一番必死に難儀している様子のプライドの悲鳴を聞けば、自分の衣装など幸いだと思えた。

目を閉じ、腕を組み、テントの一枚向こうのプライドの会話を静かに成り行きを待つ。


「あ、アンジェリカさん?!あの、絶対これ衣装おかしいです!!なんかダンス衣装というには足、足がっ……」

「え~?そんなことないよ??だってジャンヌちゃん似合ってるから大丈夫。もぉ~ずうっと悩んでお昼も食べ損なっちゃったくらい頑張って選んだんだから!」

「これ本当にダンスの衣装ですか?!!アンジェリカさんみたいにせめて私もタイツをはかせて下さい!!」

あまりにも不憫な状況だと、男性陣全員が無言のまま思考を合わせた。

プライドの為にアンジェリカが衣装を選び終えたのは今から一時間前。それからカラムと三人でダンスの打ち合せをした時は、なんら順調だった。衣装をアンジェリカから見せて貰った時もプライド自身、愛らし過ぎるとは思ったが「良いですね!」と一度は承認した。布地や装飾はダンスをするのには派手で少し邪魔かとも思ったが、それでもあくまで衣装としては露出も高くは無い、……筈だった。

自分が知るダンス衣装と根本的に違うと気付いたのは、今こうしてアンジェリカの補助を得て着替えてからである。

ドレスを着終わり、下には?と訪ねたところでアンジェリカに「ないよ?」と言われた瞬間に血の気が引いた。今自分はドレスの下に下着一枚しか履いていない。


「だってジャンヌちゃん足綺麗だしぃ。胸ばっかじゃなくて足も男は好きだよ?」

「もともと胸も出したくて出しているわけではありません!!!」

一体どういう格好をさせられているんだ、と。全員が疑問符を飲み込んだ。

ステイルとカラムはアンジェリカが最初にプライドへ衣装をお披露目した時に袖を通される前のそれを確認しているが、あくまで全体的なデザインはまともな衣装だったと思う。第二部でのダンスの変更テーマにもきちんと合わせていた。

プライドの悲鳴に、まさか衣装を急遽変えられたのかともステイルは考えたがそれならばプライドからも「見せてもらったのと違います!」と苦情が入るに決まっていると思う。

カラムはアンジェリカがそういう嫌がらせをする女性とは思わないが、しかしプライドの衣装を思い出そうにも特徴的なデザイン装飾の方ばかりが目に入って彼女が恥じらうほどに露出部分があったかは意識が向いていなかった。袖を通されるまえの衣服がどんな露出だったかまでは思い出せない。少なくとも普通のダンス衣装だったように思える。

あの時はプライドに似合うだろうと安堵したというのに、今はもう不安しかない。ダンスを踊る相手である自分としてもどうか露出は抑えて欲しいのが本音である。目のやり場に困る。


「大丈夫!チラッと見えても一瞬だし遠目だから見えないよぉ!見えた気になっただけで男なんか勝手に興奮するし~これくらい見せた方がジャンヌちゃん足長いのも胸おっきいのもわかるし」

「舞台の最前列に一瞬でも見逃さないほど記憶力良すぎる人がいるから嫌です!!あとで絶対からかってくる人もいるんです!!!!」

あと足擦らないでください!!!とプライドは半分泣きそうになりながら怒鳴る。セクハラ!という言葉を頭の中で五回は繰り返す。

相手が同性の女性だろうが今この状況で足を撫でられ女性的箇所を指摘されるのはセクハラだと叫びたい。当然アンジェリカに悪気はないこともわかっている。むしろ自分を自信付ける為に善意の気配もする。

しかしプライドにとっては恥ずかしい露出衣装に生足を出したまま踊れというのは恥ずかしいことこの上なかった。そこで「足綺麗」の発言のまま足を太ももまで擦られれば流石に感情的になる。

自分が待ったをかける直前まで「はいおしまーい」と言ってそそくさとテントを開けようとしたアンジェリカに今はプライドも若干の怒りまで沸いていた。

胸はまだしも足だけはこの格好を男性陣にはとてもみせたくない。


それなのにアンジェリカは「えー?可愛いのに」と唇をタコにしてふてくされる始末だ。

本当ならここで助けをステイルに求めるが、今はテントを開けるわけにもいかない。「大丈夫大丈夫可愛いってば」と全く自分の恥じらいを理解してくれないアンジェリカに、プライドはここは戦うところだと再び声を張る。単なる可愛い過ぎる衣装とは次元が違う問題だ。

「とにかくこんな恥ずかしい格好なら私は絶対空中技やりません!」と声を荒げたその時。


「あ、あの~……ジャンヌさん?ど、どうかしました……?ご、ごめんなさい今衣装棚ちょっと見たいんだけどまだ時間とかかかったり……?」


レラさん!レラちゃん!!と、直後には掛けられた声でテントを占拠する女性二人がほぼ同時に叫んだ。

第一部での事故を考え、タオルや簡易着替えを多めに用意しておこうと考えて訪れたレラも、まさかのジャンヌの怒声に続いてアンジェリカの声まで聞こえたのは驚いた。ビクッッと大きく肩を上下させ反射的に身を強ばらす。

ただでさえ高身長の男性が四人も並んでいる衣装テントは近づくのも気が引けたのに、一人以上の相手に名前を呼ばれ一瞬自分が何か悪いことをしたのではないかと顔を青くした。


しかし実際は、ステイル達四人に頭を下げられ道を空けられ、続いてテントの扉を少し開いたアンジェリカが「ちょっと聞いて~!!」と腕を伸ばしレラを素早く引っ張り込んだ。

抵抗する間もなく女性の戦いに巻き込まれていくレラに、今は騎士達も彼女の健闘を願うしかない。


とうとうアンジェリカだけでなくプライドまでレラに泣きつく現状に、カラムは静かにレラへ感心してしまう。同じ女性ということも強いが、彼女ならアンジェリカも聞く耳を持つだろうと少し息を吐くこともできた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ