表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2100/2191

Ⅲ138.舞台裏は荒れ、


「よし次行け次!!」

「客を待たせるなよ?!」

「設置したら安全確認は絶対忘れるな!!これ以上事故したら今夜飢え死ぬと思え!!」


サーカスの第一部もあと数演目で終了する。

次の演目の為にピエロさん達が面白ろおかしく場を繋ぐ中、裏方の団員さん達が大急ぎで演目の為の大道具設置へと動いていく。

舞台袖に立っていた私達も今は舞台裏だ。大道具の運搬中に邪魔にならないようにもあるけれど、ひとまず第一部での分は無事に私達全員が条件を超えられた。

ステイルは無事客に事故とも思われずに魔術大脱出ができたし、アーサーとアラン隊長は滞りなく空中ブランコで大絶賛を受け、私はヴァルとアラン隊長の機転のお陰で乗り切った。私達の中では最後のカラム隊長もアンジェリカさんと最高のダンスショーを披露してアンコールの大団円


「ひっぐ……え゛っ……うええええぇえええええええぇええ……カラムのばかぁ……!!」


……の、筈だったのだけれど。

いま、私達は地獄にいる。大道具運搬を余所に、舞台裏の隅で固まったまま動けない。私だけでなくステイルとアーサー、そしてアラン隊長までも気まずそうに顔は引きつったまま発言もできなかった。

視線の先ではついさっきまでカラム隊長とロマンチックなダンス演舞を披露したアンジェリカさんが座り込んで泣いている。カラム隊長に抱き上げられて退場してきたまま今の舞台からも離れた隅っこに下ろされたアンジェリカさんだけど、舞台から幕で隠された瞬間にはもう涙目だった。

地面に下ろされてから既にもう十分くらい経っているけれど、ずっとこの通り子どものようにびえ泣き状態だ。化粧が恐ろしいくらい涙で落ちて剥げてしまって数秒ホラーにもなったけれど、カラム隊長が差し出したタオルで顔を拭いて今は可愛い素顔が真っ赤になっているのだけがわかる。

えっぐえっぐとしゃくり上げながら肩を震わせる彼女は、両手に広げたタオルに再び顔を突っ伏した。


「っぐ……う゛え゛ぇぇ……、……やっ……優しくするって、言ったくせにぃ……」

「言っておりません。〝本番絶対手抜かないで〟〝躊躇したらぶん殴る〟とアンジェリカさんが仰られました」

「言゛ってないも゛~~ん!!!」

いや言っていましたけど!?

思わず浮かんだ言葉を飲み込み、意識的に唇を結ぶ。アンジェリカさん、確かに舞台裏来た時カラム隊長にそう仰っていたのに!!

再び大号泣で泣き出したアンジェリカさんに硬直する。まさかのカラム隊長にあらぬ嫌疑が?!と心配になって周囲を見回したけれど、びっくりするくらいに他の団員さん達がスルーしている。仕事で忙しいのもあるだろうけれど、裏仕事する子どもまでちらちらこちらを見るくらいでアンジェリカさんを心配する様子もカラム隊長に疑いの眼差しを向ける気配もない。アンジェリカさんが泣き出した時は皆あんなに怪我したのかとか心配してたのに!!

なにより、疲れた様子のカラム隊長が女性の涙相手に落ちつき払っているのがもうアンジェリカさんにはいつものことなのだなと物語っている。本当にカラム隊長お疲れ様すぎる。

アンジェリカさんが泣き出してからタオルや水を差しだしてあげていたカラム隊長は、既にこうなることが予想できていたようだった。指先で三回前髪を撫でるように整えると、とうとうアンジェリカさんを置くようにアラン隊長に視線を変えた。


「アラン、ラルクはどこにいる?」

「あー……アーサーが追っ払ってからは見ねぇけど。さっき裏方のヤンさん達がアレスと団長室前で睨み合ってったって話してた」

「すまないが、一緒に来て貰えるか。お前に数分だけラルクを見張っていて欲しい」

すぐに済む、と。カラム隊長は提案しながらちらりと視線を私とステイルへも順々に向けた。自分だけでなくアラン隊長も護衛から離れて良いかという確認だろう。


私達の方はアーサーも、それに姿の見えないハリソン副隊長とローランドもいる。何よりアラン隊長がラルクを見張るならどちらにせよ安全としては問題ない。ステイルと目を合わせてから私も意志をもって頷き返した。

演目自体は第二部まで時間もあるし、カラム隊長はやっと自由時間を得たようなものだ。

どうぞ、とステイルからも言葉の肯定が返され、アーサーによろしく頼むと告げるとカラム隊長は早足でアラン隊長と一緒に外に出て行った。私とステイルにアーサー、そして泣きじゃくり続けるアンジェリカさんだけが残される。

カラム隊長が去った後も全く変わらずえっぐえっぐとえずきながらタオルに顔を突っ伏し膝を曲げて小さくなるアンジェリカさんに、とにかくこちらからも歩み寄る。大丈夫ですか、と声を掛けながら私も同じ目線になるべくしゃがんだ。

最初カラム隊長に抱えられたまま泣き始めた時は何かと思ったけれど、事情を聞けばもう色々びっくりだった。


「あ、アンジェリカさん本当にお疲れさまでした……舞台私も袖で見てましたけれど本当に素敵で」

「~~っジャンヌちゃぁあん……」

そっと肩に指先だけれ触れれば、途端にアンジェリカさんの顔が上がった。目だけでなく鼻まで真っ赤になったアンジェリカさんに至近距離で見つめられ、次の瞬間に腕が伸ばされた。

むぎゅっと抱き締められ、一瞬どこからか警戒するように殺気が感じられたから慌てて両手を振って大丈夫ですと示す。学校の女性や女生徒にはそこまで気にしなかった方だった気がするのにアンジェリカさんはどうやら警戒対象らしい。

振り返れないけれどアーサーやステイルも何かしら止めてくれたのか、無事怖い気配が消えてから私からもアンジェリカさんを抱き締め返す。ティアラにするように背中をさすり頭を撫でながら、彼女が突っ伏すままに涙で私の衣装を濡らすのをじんわりとした熱で感じる。しかもガクガクガクガクと細い身体から恐ろしいほどの振動が伝わってくる。

頑張りましたね、本当にお疲れ様でした、と。繰り返すけれど、アンジェリカさんからびえ泣きと十分以上続く同じ苦情ばかりだ。……まぁ泣く理由はわかる。

演目内容は私もステイル達も団員の一人として知っていたし、予行練習は目にしていたけれどまさかアンジェリカさんが




高所恐怖症だったなんて。




「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理っ……もぉすっごくすっごく怖かったぁああああぁぁぁ……最初もう死ぬかと思ったぁ!!身体ふわっとして背筋ぞわぞわするしぃ!」

だからカラム隊長もあれだけ団長に直談判してまで共演者変えて欲しいと言っていたのに。

そう言いたい気持ちをぐっと堪え「お疲れ様です」を繰り返す。さっきのカラム隊長から聞いた話によると、アンジェリカさんは高所恐怖症……特に、落下する時の浮遊感が駄目だった。


カラム隊長自身それを知ったのは、アンジェリカさんがやっとまともに練習をしてくれるようになってかららしい。それまでダンスの合わせとか構成とかはわりとスラスラ合わせて決めてくれたアンジェリカさんが、一番のカラム隊長との見せ場でもある空中へ放られるところで毎回寸止めしたり理由を付けて逃げたりしていた時からおかしく思うべきだったと。


団長に言いつけられてやっと練習する気になったアンジェリカさんが初めてその場面もやった時、ほんのに2メートルくらいしか上げなかったのに、アンジェリカさんは受け止められた後は立つこともできず震えて座り込んでしまったらしい。そりゃあカラム隊長があれだけ団長に変えて下さいと言うわけだ。怖がって泣く女性を無理矢理放り投げたがるような人じゃないもの。


それでもアンジェリカさん本人曰く、高いところが〝ちょっぴり〟怖いことは団長には秘密にして欲しいとカラム隊長に口止めをして、本人自身がラルクをぎゃふんと言わせたいことを理由にカラム隊長と組むのを希望して今日に至った。……本人も、ここまで落ちるのが怖いとは思わなかったらしい。


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理!ふわっとしてぞわっとしてアレ絶対人間が耐えれるやつじゃない〜!」

私も前世に絶叫マシン系のアトラクションは友達と乗ったことはある。確かに高スピードや回転は大丈夫だけど落下系は死ぬほど駄目という友達もいた。初めて乗って腰抜かして泣いたまま動けなくなった子もいたもの。

しかもアトラクション豊富だった前世ならまだしも、この世界で落下が駄目って知る機会はなかなか無い。遊園地もエレベーターもないもの。


そしてアンジェリカさんはまさにその落下系が大の駄目なタイプの方だったと。そういえば私もトランポリンに演目が決まる前にアレスから言われたような。女性の演者で身体を動かせて合わせられる奴は貴重とか。

よく考えると、アンジェリカさんは演者だけど彼女も今までバレエ以外他の身体系演目と組まなかったのもそういう理由があるのかもしれない。本人は高いところは〝ちょっぴり〟苦手と言っているけれど、こんなに怖がっていてしかもラルクに敵対心燃やす前はものすごく嫌がっていたことを考えてもちょっとの域じゃないと思う。一番は勿論落下系だろうけれども。

本当に、それほど怖い中でよく舞台では笑顔で演じ抜いてくださったと何度考えても頭が下がる。恐ろしいほどの役者魂、いやプロ根性と言うべきか。


「もぉ怖くてほんっっと無理!私バレリーナなのにぃ!!」

それでも最後の急浮上急降下を受けた。本当はそこで降りて優雅にお客さんに礼をするところで、カラム隊長曰くご本人は立てる状態ではなかったらしい。

お客さんに笑顔を振りまくアンジェリカさんの震えに誰より正確に気がついたカラム隊長が見事な判断でそのままアンジェリカさんを降ろさず抱きかかえたまま退場してくれた。

本当はカラム隊長がバレエではなくダンスで凌ぐ分、特殊能力を活躍させる為とにもアンジェリカさんのあの空中浮遊が十回近くやる予定だったけれど彼女がもう二回で限界だったからその分を男女の演出やダンスの技を組み入れる方向で調整したらしい。


「ふえぇぇぇ!!私可愛いだけで充分過ぎるのになんで落ちたりすんのお〜!無理無理無理無理無理無理!!」

舞台に出る前に落下が駄目だと知られたら演目を下ろされちゃうからとアンジェリカさんも必死に秘密にして、カラム隊長も協力しつつなるべく彼女の負担を最小限になるように頑張ってくれていた。……うん。アンジェリカさんが何度も逃げていた理由も今なら痛いほどよくわかる。

前世でだって落下系が駄目だと自覚した子で同じ落下系アトラクションに乗ろうとした子はいなかった。なるべく怖いところは避けたいし、カラム隊長がさっき話していた「一回練習したら休憩を必ず挟み」も落下で血圧下がって腰抜かしてで本当に大変だったのだろう。


「あ、アンジェリカちゃん……??だ、だだ大丈夫……??」

泣くアンジェリカさんを宥め続け、さらに十分ほど経過した時に背後からかけられた声に私も首を回し振りかえる。

見れば、団員の下働きのレラさんだ。おどおどと肩を狭めながら姿勢を低くして歩み寄ってきてくれる。「さっきカラムさんにそこで会って」とテントの外を指差すレラさんの言葉とほぼ同時に、アンジェリカさんからの腕が緩んだ。

裏方さんとしてテントの外で急遽濡れた衣装を干して、衣装の数を確認していたレラさんだけどカラム隊長からアンジェリカさんのことを聞いて飛んできてくれたらしい。やっぱり私よりも前から知り合った仲のレラさんの方が良いのか、アンジェリカさんは顔を上げてレラさんを見た。

うるうる目を塗らして顔真っ赤のアンジェリカさんにレラさんもびっくりしたように目を皿にする。


「?!だ、大丈夫アンジェリカちゃん!あの、ごめんなさい私ずっと裏いたからアンジェリカちゃん何があったのかちゃんと見てな」

「レラちゃあああぁぁぁん……!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ