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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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2092/2210

Ⅲ132.侵攻侍女は冷や汗を流す。


「くそっ……」


ガッ、とテントを蹴りつける。

分厚い布地と、厳重に貼られたテントは人に蹴られた程度ではびくともしない。演目を行う大型テントの裏、猛獣達の檻が近いそこは人影も少なかった。もともと猛獣をタダ見されないようにそして檻に悪戯をされないように、客が来ても目に付きにくい配置でもある。敷居内に入ってこない限り見つからない。

下働き達も猛獣を仕舞い終えた後は次の演目準備と片付けに追われ去った中、今その場で悪態をつく青年に気付くものはいなかった。


ただでさえここ数日で、彼は団員からの信頼を著しく失い疑惑ばかりを重ねている。


そして彼も、今更取り繕う余裕などない。それよりもせっかくの覚悟も空しく全てが不発で終わっている現状に胃が煮えくり返り、下唇を大きく噛んだ。

どれか一つでも機能すれば良いと思ったのに、現時点では不発ばかり。それどころか新入りの演目はどれも好評を博している。払い戻しを求められるどころか、立ち見客一人動かない。

一番本命だった手品で、標的が上手く逃げ切った理由も未だわからない。自分の仕掛けに気付いて敢えて利用されたのか、それとも運良く客に誤魔化せる程度で逃げおおせたのか。それを本人に聞けるわけもない。

サーカス団にもあくまで想定内と事故を否定している以上、ここで指摘すれば犯人だと認めるようなものだ。


予備で他の新人演目者も仕掛けてはおいたが、最初に腹立たしい標的を陥れることができたら、下働き達に一声かけてすぐに修繕させることができる程度の〝甘い〟仕掛けだけだった。

そして外から耳を立て観客の反応を伺うだけでも、残念ながら機能しなかったことは察する。どうせあの腹黒い手品師が情報共有でもしたのだろうと考える。

仕掛け自体は少し道具を見れば気づけてしまう以上、一度目で罠を警戒されればバレるのは予想できていた。もともと一人失敗してくれれば良かっただけで、それ以上事故を起こして客がいなくなれば経済的にも困るのは自分も同じである。

一回目で事故が起これば、裏方達が大急ぎで大道具小道具の安全確認をやり直すことはわかっていた。そして最初の仕掛けが運悪く機能しなければ、次は空中ブランコのどちらかもしくは両方が気付かず事故を起こす筈だった。……しかし、結果として両方が不発で終わってしまった。


こうなるくらいならば残りの二人にも何かしら仕掛けておけば良かったと、ラルクは思う。このどちらかが事故を起こす予定だった為、残りの二人には何も仕掛けていない。

ジャンヌのトランポリンはずっと舞台に出されたままな上、彼女の前に何人もが舞台で使用する。自分が仕掛ければ先に他の団員が怪我をすることになる。オリウィエルの為とはいえ、他の団員も理由もなしに巻き込めとまでは命じられていない。


同じ理由で、アンジェリカと組むカラムにもまだ何も仕掛けていない。

カラムはどうなっても良いが、アンジェリカに怪我をさせるわけにいかない。衣装を今からでも駄目にするべきかとも考えたが、サーカス団には代えの衣装などいくらでもある。嫌がらせにもなっても決定打にはならない。


そこまで思考したところで、テントの外にまで空中ブランコが終わったらしい拍手と歓声が溢れてきた。どうやら成功したらしいと、ラルクは手の鞭を地面に叩きつけた。このままでは、天に失敗を祈るだけになってしまう。

自分が賭けに負ければ、あの腹黒男は必ず約束を果たさせる。大事な大事なオリウィエルをあんな意味不明の集団に会わせなければならなくなる。あれだけ大見得切って、今更なかったとは言えない。

そして彼女の為ならば、と。


「──ッ」

次の瞬間、見えない何かに急かされるようにラルクは駆け出した。

時間はない。空中ブランコが終わってしまったのならば、次の演目もすぐに始まってしまう。それまでになんとかすぐに、と。ラルクは頭に浮かんだ策を熟考もせずに行動へと移した。

仕方が無い。これも全ては彼女を守る為なのだから。

その事実だけを頼りに藁をたぐるような頼りなさに縋り、鞭を握りしめた。


その愛も責任感も使命感も全てが偽物などと、思いもせずに。




……




「最後にもう一度言いますよジャンヌ。危険を覚えたら必ず中断し、逃げてください。最悪の場合はジャックが飛び出ますし俺が〝魔術〟で消しますから」


トランポリンに乗る前には必ず安全確認をしてからお願いしますと、ステイルからの念入りの注意にプライドも一言で返した。空中ブランコを見ている間にも何度も繰り返された注意事項でもある。


演目を無事終えたばかりのアーサーも舞台裏に引っ込んでからすぐ彼女の元へと付いた。かすかに途中から拾えたステイルの言葉に全面同意するように強く頷く中、プライドもいくらか緊張感は拭えていた。

自分が失敗するよりも、この二人に失敗と認定されないようにしようという方向に思考がいく。今は危険を回避した上で成功させることが自分の中での最大目標になる。

ステイルの瞬間移動で消して貰えれば確かになんでも〝魔術〟という手品になるが、既に人体消失マジックをしているのに二人目も同じ芸は許されるかしらと考える。せめて消える時は一瞬に、そして空中で消えたいとこっそり思う。

それくらいに、今自分への護衛包囲網は心強い。

「確認終わりました」と、潜めた声がプライド達にだけ聞こえる声で届いた。ローランドだ。アーサーが戻ったのと同時に、ひと足先に手早くトランポリンの安全確認を済ませ戻った。

しかし、直前までいつどんな罠が仕込まれトランポリンが壊れるかは始まるまでわからない。どちらにせよジャンヌ本人の確認は必須である。


舞台に立てば潜入面々だけでない知り合い友人にも見られると、プライドは指先から手のひらそして腕へとなぞるような緊張感が湧いた。が、恐怖感はもう無い。

この幕の向こうに行った途端、まさかの両親や騎士団長が授業参観しているということでも起きない限りは心の準備もできていた。仮面をつけ、姿勢を正す。


「さぁ皆さん!どうぞ拍手でお迎えください!!宙に舞う妖精ジャネット!!」

「行ってきます」

進行役の響く声と続く拍手を聞いたところで幕を自分から開いたプライドは二人へ振り返り、一歩前に踏み出した。

仮名の更なる仮名に興味のないステイルとも、当初の恥ずかしい名前弄りよりはマシだと泣く泣く折れたアーサーとも違い、プライドは自分の新たな仮名も少し気に入っている。


ドレスよりも遙かに動きやすい衣装でタンタンタンと軽いステップで舞台に出れば、女性の登場にそれだけで拍手が強まった。今まで舞台に出た女性と同様、演者として姿を現す女性はそれだけで花である。

拍手と歓声に手で応えながら、あくまで特別席は視界にいれないようにと意識する。トランポリンの前にたどり着けば、床から充分な距離を置いて張られたそれをまずは目で安全確認した。

注意深く仕掛けのありそうな場所を確認し、天井にも目を向けたが怪しい箇所はない。そして訓練所のものとは違う、広々としたトランポリンに両手を付いた。ぐいぐいと微弱ながら力を込めて押してみても、妙に沈む感覚はない。

最低限の安全を確認できたところで、プライドは軽い調子で飛び乗った。


予行練習でも行ったように、滞りなく自分の演目へと着手する。

一度二度と助走を付けるように中央で跳ね出しながら目の動きだけで端々から柱に張られた紐も見る。軽く自分が乗っただけではちぎれる様子もない。まだ高くは跳ねていないが、違和感はどこにもなかった。

薄く胸をなで下ろしたプライドだが、不意にどこからか口笛が上がったことに表情に出さないまでも心の中で首を捻る。

今の今まで殆どの演目を袖で見守っていたプライドだが、自分以外にも女性の演目はあった。彼女達も当然演目中に拍手や口笛などの喝采を受けてはいたが、自分は妙に早すぎるように思う。今の自分は仮面とアレスの化粧を加えられているとはいえ、もともとの顔はフィリップの特殊能力により素朴な女性の筈だ。美女に変えられた覚えも無い。

それなのに他の女性演者よりも早々に好評の受けているのは不思議だった。しかもまだ技も出していない、助走の助走である。……と、そこまで思考が及んだところで今度はゾクリと背筋に冷気が走った。


まさかラルクがと、危機感のままに顔ごと向けてしまえば舞台裏の方向だった。自分がさっきいた場所だ。

自分からは見えないが、ステイルもアーサーも居る場所にまさかラルクも来て一触即発状態なのかと考える。しかし感覚を研ぎ澄ませれば、自分に向けられての殺気でもない。

表情こそ社交界で鍛えられた表情筋で笑顔を保てたが、心臓は逸る。しかしそう思えたのもつかの間だった。感じていた筈の殺気が舞台裏だけでなく、各方面からのものだと気付く。

まさか、プライドへ色目で囃し立てる観客に対する極一部からの殺気とは思いもしない。

とうとう充分な助走が付き、技を披露する中でも歓声に比例して妙に殺気が強まることにプライドは微弱に身体を震わせた。

一体何故、自分が舞台裏で見ていた時は感じなかったのにと心で叫びながらもあくまで表情は笑みを保ち続けた。この程度で技を間違えるプライドではない。

冷静にと意識的に頭を冷やし、口の中を飲み込んだ。それから見えない舞台裏方向だけでなく、別方向でも感じられる殺気を探ろうと神経を研ぎ澄まそうとしたその時、またもや別方向から



百獣の王が、現れた。



「?!えっ!」

客席で悲鳴が上がる。

思わず舞台上であることも忘れプライドも声が漏れた。同時に目も見張ってしまうがそれを気にする者は観客にも舞台の裏表にもいなかった。

客席の悲鳴がプライドの声を、そして舞台に飛び出してきた影が客の注目をうわ塗った。

役者用の幕ではない、檻から直接舞台へと繋げ送り込む用の入口から猛獣が飛び込んできた。観客も一度舞台で見た筈の猛獣が脈絡もなく入ってきたことに戸惑いが隠せない。


おおおおお?!キャアアッ!と悲鳴が上がるが、しかしまだサーカス側の演出であることも鑑みて緊張と期待が入り交じる。中には完全に折り込み済みであることを信じて疑わず歓声や手を叩く客もいた。

しかし当然プライドも、団員の誰もがそんな段取りなど記憶にない。舞台裏は客席以上の混沌だった。


流石のプライドもこれには技を決めるほどの冷静さは保てない。直接の地面よりは安全な一定の高さにあるトランポリンからは降りないが、だからといって暢気に跳ねてはいられない。せっかくの助走もむなしく、ぽとりとトランポリンの上に棒立ちになる。

パシン、という聞き覚えのある音を微かに耳が拾った。


ライオンはまるで猪のように標的へと一直線に駆けるが、跳ぶのをやめたプライドもすぐには動けなかった。ライオンに怖じけたからではない、その向かう先が明らかに自分ではなかった。そして客席の方向でもない。

一体どういうことだろうとライオンが飛び出してからの数秒間に思考を繰り返し、……気付いた時には遅かった。百獣の王が自慢の爪を振り上げる。


「えっ!嘘!ちょっ、待っ!!」

キャア?!と直後には正真正面プライドの悲鳴が短く上がった。

観客の悲鳴と歓声で幸い紛れたが、直後にはライオンの爪が無情にも振り下ろされた後。プライドでも観客でもなく、トランポリンを張る縄をまずは一本裂いた。直後にはプライドの立つトランポリンが微弱にだがよろけた。

大規模サーカス用の舞台用トランポリンは、たった四本の足で支えられているわけではない。上と下の八方に至るまでピンと張り詰めてこそ形成されている。

そしてライオンが裂いたのは観客にとって手前、左下方の縄である。


なんてことを!とプライドが口を覆う中、ライオンは迷い無い。

更に反対側の右下方の縄を今度は鋭い牙でがぶりとかみ切った。ぶちりと千切れ、プライドは足下がよろけ、今度は少なからずともたるんでいくのを感じた。

まるでバランスゲームのオモチャのようだと、そう思った瞬間にプライドも肩が強ばった。後ろ足でライオンから下がり、後方の斜め上の縄にまで避難した。

素直にステイルに言われた通り逃走しようかとも思ったプライドだが、今は下に降りるよりも上に逃げる方が得策であると判断する。狙われる気配がないからまだ良いが、まさかトランポリンの縄を全て切ってから自分がご馳走かしらと思えばいつ攻撃がきても予知で避けれるよう神経を集中させる。一秒もライオンから目が離せない。今も猛獣はプライドには目もくれず、順調に今度は舞台裏方向の縄を狙うべくトランポリンの下へ潜



─ る、直前にナイフが降り注ぐ。



シャシャシャシャシャッ!!と、突然どこからともなく降り注いだナイフに、どよめき始めていた観客も一転し歓声を上げた。

再登場した猛獣と同じ、ナイフ投げ演者の再登場だと思い込み拍手を送る。しかし当のナイフ投げの演者団員は舞台裏で口を開けるばかりである。流石のサーカス団随一のナイフの名手も、動いている猛獣相手に鼻先で牽制するなどできるわけがない。


天井から降ったと思えるほど垂直に、そして鼻先の地面に刺さったナイフに対し百獣の王も反応は早かった。

顔ごと天へと反らし四本足で大きく二本足を上げた後、後方へと大きく飛び退く。まるで針山のように目の前に刺さったナイフへ直走するわけにも、無警戒に同方向へ走るわけにもいかず、グルルッと唸り声をあげて遠のいた。

更には天井の一方向からナイフのように鋭く溢れだしてきた殺気に、獣は敏感に姿勢を低め喉を鳴らす。


明らかにプライドを狙わない、客席に近い方向の縄を切るまではまだ様子見だけで済んだ。しかし、そこから他でもないプライドの真下であるトランポリンを潜ることなど彼に許容できるわけがなかった。

行動理由がいくら明らかであろうとも、動物の言い分など第一王女の護衛を任されているハリソンの知ったことではない。舞台裏で確認したアーサーの攻撃禁止の合図の通り、牽制で済ませたのが精一杯の妥協だった。

しかしこれ以上プライドに害をなせる距離まで接近するならば四本足を同時に狙うと、その意思を込めてハリソンは殺気を向け続ける。


ライオンが怖じけ、勢いを失いナイフの雨跡以上先に進まなくなったことに安堵したプライドだが、同時に今度は観客の目の前で血の雨が降るのではないかと体温が引いていく。

観客はあくまでこれも演出の一環と思ってくれていると笑顔を維持するが、ここでライオンが血を吹き出せばもう演出とは思ってはもらえない。グロ演出に弱い観客もテントを去り、そして自分も悲鳴を上げて逃げる自信がある。

アーサー!アーサーなんとかお願い!!と心の中でハリソンとは絶望的に距離が離れているアーサーへと念を送る。希少かつ指示に従っているだけであろうライオンの存命と、舞台をなんとか存続させることを一番に考え祈った。


既に絶望的な状況であることに気付くのは、舞台裏から響いた鞭の音でライオンが踵を返し、入ってきた入口から再び退出してからだった。

取り直した進行役が明るい声で〝悪戯〟好きのライオンの登場と退場に手を振り誤魔化す中。


……たゆみ、張りがなくなり、数センチ跳ねるはまだしも技を披露するには不十分に陥ったトランポリンと、地面に刺さったナイフの針山のごまかしを考えるのはこれからである。


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