Ⅲ131.観覧者達は目を見張り、
「お待たせ致しました!!我らがケルメシアナサーカスの誇る空中ブランコをご覧ください!」
その演目の名が上げられた時点で客席は期待と興奮で膨れ出す。
進行役に語られる前に大勢が視線を舞台から上空へと上げていく。見れば既に配置されていた男性二人の陰に、今年は二人組かとケルメシアナサーカスの常連は声を上げた。
長らく一人での空中ブランコ芸が続いていた為、二人組が出てきた時点で期待が更に膨らむ。さらに高度な空中ブランコを見れるのだろうと拳を握り、目を輝かせた。
揃いの衣装に仮面で顔の隠れている二人は若い男ということしか遠目ではわからない。しかし鍛え抜かれた肉体を見せる彼らに、誰もが拍手で迎えた。
観客の中で立ち見で忍び込んでいた空中ブランコ乗りのアンガスも、これには弱々しくも拍手を送る。団長を探す為に抜け出した仲間同士でこっそりサーカスに客として入り込んだ彼らだが、今の今まで純粋に楽しむ余裕は殆どなかった。
恐ろしく短期間での上演に、裏側の苦悩と披露を察せば心臓に悪く見守るばかりである。さらには自分達の代わりに入り込んでいる二人までかり出されている時点で、やはり人員と演目数の少なさが透けて見えたように思え、無性に喉が渇き続けた。
しかも、唯一の空中ブランコ乗りだった自分が不在の間にも空中ブランコ。そこに立つのが明らかに新入り二人組と理解すれば、この後サーカス団に戻るのも忍びなくなる。とにかく今はあの二人組が怪我をせずに成功させてくれと願うしかない。
そして、空中ブランコの紹介に純粋に手を叩くだけで済まなくなっているのはアンガス達だけではない。裏事情を知る特別席もまた、力の入らない拍手で彼らを見上げた。
「始まるね。二人ともよく似合っているじゃないか」
パチパチパチと、彼らを歓迎する拍手を上品に送りながらレオンは「ね?」と斜め後方へと笑いかけた。
視線の先では団長の奇行にすぐ対応できるようにとセドリックの後方で少し重心をレオンの方へ傾けているエリックがいた。
レオンからの投げかけに肯定を返しつつ、ぎこちない笑みでちらりと改めて空中ブランコへエリックは目を向ける。同じ近衛騎士であり、そして騎士隊長である二人が派手な衣装と仮面で佇んでいるのはなかなか素直に感想を言うには躊躇われた。
純粋に楽しめてしまいそうな自分と、上官と後輩を応援したい自分と、そしてこれは任務だから笑ってはいけないと律する自分が均等にせめぎ合う。
ただでさえ、同じ事情を知る騎士のジェイルとマートはポカンと口が空いてしまっている。事前に説明は受けていたが、それでも自分達の知る騎士隊長のあり得ない姿に的確な感想が出てこない。敢えて揃いで頭に浮かんだ三人の感想は、アランが楽しそうなことと、アーサーが緊張しているのだろうという簡単な予想だけだ。
台の上で姿勢を正し顔を上げている演者二人だが、アランとアーサーをよく知る騎士達には顔色まで安易に想像できた。気軽に観客へ手を振って拍手に変えているアランに対し、アーサーは背中に剣でも差しているかのように直立不動だ。
がんばれ、負けないでくださいと、マートとジェイルも心の中でアーサーへ応援をかけるしかない。
舞台の上では進行役が、客の期待値を上げるように空中ブランコ乗りを手で示し紹介した。
〝アトラス〟〝ペンドラゴン〟と。
直後。特別席で複数人が噎せるか、吹き出した。
一人真正直に爆笑できたのはヴァルだけだった。喝采に紛れてヒャハハハハハッと高笑いが破裂する。
本人達は素性を隠す為に仕方なく名前も偽っているのだと頭ではわかっても、流石の別人過ぎる名前に不意を突かれたレオンとセドリックまでも口元を隠してしまう。演目はステイルから知らされていたレオン達だが、偽名までは聞かされていなかった。どっちがどっちの名前なのかは進行役の紹介と順に手を上げる二人の動作でわかったが、あまりにも突っ込みどころが多すぎる。少なくとも本人達の自称ではないことは確信できた。あまりにも大仰すぎる。
セドリックが一拍遅れて拍手を送り「素晴らしい名だ」と称すれば、途端に暢気に舞台を見上げていた団長が「わかってくれるか!」と下ろしていた腰を再び勢いよく持ち上げた。
「二人とも照れ屋でね。名前をもじったものすら嫌だと頑なで、しかし最終的にはより相応しい名をつけることができた!」
「嗚呼……やはり貴方が。なるほどそれで……」
自信満々に胸を手で示しながら高らかに声を上げる団長に、レオンも最後は大きく息を吐きながら頷いた。必要以上に肩が下り、丸くなっていく。
名前を捩りたくなかった理由も全員が理解する。
あくまで彼らは潜入中とはいえ、姿は特殊能力も施されていない。騎士隊長というだけでなくプライドの近衛騎士としても式典などに姿を現せることの多い彼らは、姿も名前も隠す必要がある。
ラジヤ帝国とはいえ、ミスミの経由地としてこのサーカスにも自分達以外にもお忍びの王侯貴族や関係者がいる可能性もある。そんな中で護衛の騎士の名前でプライド達の存在を気取られるわけにもいかない。姿も名前も完全に隠すに限る。特に片方は、一時には国中に名前を震撼させた騎士である。
再び状況も忘れ仕舞いには特別席の彼らへと主張するように前に躍り出ようとする団長を、エリックも慌てて駆け寄り肩を掴んで止めた。「目立つ行動はやめてください」と言葉は丁寧にしつつ、やや強引に両手に力を込めて椅子へと座らせる。
もう何度も注意しているにも関わらず目立つ行為で忍ぶ気のない相手に、言葉だけでは通じないと理解した後だ。
自分より遙かに力の強いエリックに押さえつけられ、仕方なく椅子に腰を落ち着けた団長だが、反省はしない。「いやすまないね」と笑いながら、自分がどれだけ考えて立派な名を考えついたか語ろうと舌を働かせ続ける。その団長の説明を半分聞き流しながら、エリック達はとうとう始まった空中ブランコへ注意を注いだ。
仰いだ先では最初にアランが空中ブランコを手に台を飛び出したところだった。
「演目名だけで済ませられないこともないのだが、やはり二人組となると個別に名前が必要だろう?客によっては演目ではなく演者につく熱狂的な客もいる」
一回、二回と振り子になれば充分に必要な勢いに至った。軽々と足を引っかけ逆立ちに吊されて両手を広げてみせれば、そこで最初に拍手があがる。
まずは向こう岸に渡らなければならない為、再び体勢を両手で吊される状態に戻せば、ひときわ弧を描ききった瞬間に大きく両足を振り上げ手放した。
空中ブランコ位置よりも更に上空へとほぼ垂直に飛び上がり、すとんと綺麗に向こう岸の台で着地する。本来ならば向こう岸からの空中ブランコも繋いでたどり着けるにも関わらず、空中の飛び上がりを入れたのはアランの身体能力あっての技である。空中ブランコが振り子のまま戻ってきたアーサーは、片手でそれを掴み取った。
客の視線がアーサーへと移ったところで、早速アランは自分側の空中ブランコを点検する。予想通り、今度はブランコの板の方が真新しいものに代わっていた。軽く力を加えても今はヒビも入らないそれに、アレスが修繕した後だろうと理解する。
「特に彼らは花がある!!若いのもあるが、やはり一番はその技量だな」
アランからブランコを受け取ったアーサーは、一度口の中を飲み込んだ。
これくらいの距離なら助走もつければブランコ無しでも向こう岸に飛び移れる気がするのにと、一瞬だけ本末転倒なことを考えてからブランコを手に飛び出す。アランと同じように二回で充分な勢いをつけてから逆さに吊されてみせた。
緊張と、仮面が外れないかの不安で両手を広げるよりも仮面の端を両手で押さえつけてしまう。姿勢だけが猫背にならず胸を張ってはいた為、結果としてはそれも客に余裕を見せるポーズになった。
客から上がった拍手を合図に、今度は逆立ちのまま勢いを更に増させ向こう岸へと振子になる。半円を描き身体が逆さ吊りから真横になった瞬間、向こう岸のアランから投げられたもう一つの空中ブランコを掴んだ。流れるように投げ渡されたブランコへとそのまま乗り移り、無事に向こう岸まで両足で着地したアーサーに、再び拍手が上がった。
「まるで熟練の空中ブランコ乗り!大技もいとも簡単に決めてしまう」
一度同じ台にまた揃った二人は、今度はアーサーの方が先に出る。
まだ自分が手放したところで勢いを失わず振子になっている向こう岸のブランコを狙い、タイミングを合わせて飛び込んだ。両手で吊り下げられた状態から、余力のみのブランコへ今度は右足を引っかけて乗り移る。
足一本の繋ぎで乗ってきたブランコを手放したアーサーへ客からは悲鳴にも近い声も上がったが、すぐに歓声へと変わった。
長い右足だけでなく、左足も振子状態のままブランコに引っかければ、単なる逆さづり状態に戻る。そこで今度はアランも出た。
「特にアトラス!彼は良いな!!ポンポンといくらでも技を決めてくれて実に気持ち良い!」
両手でブランコと共に飛び、アーサーのブランコに接近したところであっさり手放した。
落下してくるアランをアーサーも短距離のまますぐに両手を掴み取る。大きく振子が往復するところで、裏方がブランコをまたアラン達へ放った。再びアランが元のブランコへと飛び移り岸へと帰還するまで、あっという間のことだった。空中で身体の向きを変え、パシリとブランコを掴み取った。
客が「あっ」と何度も音を漏らす間にアーサーからブランコ、そして岸まで往復するアランに拍手がまた上がる。
続けて同じように飛び込んでは、後ろ向きや逆立ち、片足吊りでも同じようにアーサーと高台を往復して見せるアランに拍手は止まらない。とうとう空中ブランコで前上がりを一回転してみせてからアーサーへと飛び移った。
「勿論ペンドラゴンも素晴らしいぞ⁈器用な男で、こちらの注文を忠実に答えてくれる!」




