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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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2045/2210

Ⅲ101.王弟は疲弊する。


……気分が悪い。


「いやぁあのサーカス団だろ?毎年楽しみにはさせてもらっているが、裏の事情までは知らないな」

そう、セドリックは思いながら表情には出さない。

そうか感謝する、と。問いに受け答えをしてくれた市場の男に礼をし、また次の情報収集へと歩む。

朝から早々に情報収集に尋ね歩き続けていたが、店を開く準備をしている商人くらいしか捕まらなかった早朝と比べ、今は買い物目当ての通行人んも増えてきた。


ケルメシアナサーカスについて何か知らないか。裏の事情やサーカス団員について、と。今は社交的なセドリックは人に話しかけることには苦もなければ躊躇いもない。

プライド達が本格的にサーカス団内部に入り込んだ今、自分にできることは第三者からのケルメシアナサーカスの過去、第三者からの実情や噂を探ることである。

少なくとも昨夜に聞いただけではサーカス団は団員一人一人に事情はあれど何の変哲もないただの興行団体。そしてオリウィエルが諸悪であり、ラルクや他の団員は被害者。行方不明だった団長は部下に慕われ更には自分達に現段階では協力的な男だ。


そして今の今まで情報を集め続けていたセドリックも、特筆すべき情報は得られていないままだった。

昔からケルメシアナサーカスはこの時期に興行で戻ってきては、大々的なサーカスを披露する。今の団長は金遣いが荒い。代々サーカス団を継いでいる。団員に特殊能力者がいる。サーカス団員の演目全ては特殊能力を偽装したただの手品。毎年サーカス団員の入れ替わりは激しい。……と、やっと得られた情報も大体が似たり寄ったりだ。

唯一耳に引っ掛かったのは〝団員は殆どが人身売買で買った奴隷〟だが、それすらも〝身寄りのない人間を無償で引き取っている〟という情報と対比しても数に決定的差はない。

対比する情報がある以上、どちらも真実とは捉えにくい。


「ダリオ様、ご体調は大丈夫ですか。少し休まれた方が良いのでは」

「ああ、申し訳ありませんエリック殿。………この先の広場で少し、休みます」

セドリックの不調を察したエリックの言葉に、大人しく従うことにする。

記憶の中にある地図通りであればと、自分で適した休憩場所を決めるセドリックにエリック達も従った。自分達でさえ地図片手だというのに、もう地理を把握しているセドリックは流石だと胸の中で感心させられる。

三番隊や四番隊ほどではなくとも地理把握も演習の項目にも入っている。騎士としての必要技能の一つだというのに、その騎士達がセドリックに結果として道案内されているような状況だった。

お蔭で、セドリックによる聞き込みはこの上なく順調に進んでいる。


単純に話しかけ、会話が成立する人数が多いだけではない。一つの市場に留まらず最も効率的な経路で次の市場、大通り、広場、民家と移っていくセドリックは無駄がない。

更には今は自分達以外には素顔も本来の男性的に整った顔立ちではない一般的な顔立ちに見えている筈にも関わらず、万人と会話を成立させているところを見れば彼の社交術は本物だった。


セドリックの先導通り広場に出れば、中央に井戸が設置されていた。

早朝ということもあり、洗濯目当ての水汲みも集まっていた中、セドリックはそこから少し離れた木陰に背中を預けた。井戸の周りも人工的に作られた囲いや低い塀もあり椅子替わりにできそうだったが、人が多過ぎる。


ハァ、とセドリックが一息吐いたところで同行していた騎士のジェイルが「水をお持ちします」とその列へと並びに向かった。

市場に行けば水売りもいたが、井戸から直接汲むより鮮度に間違いがないものはない。

早朝よりも本格的に太陽が上がって来たこともあり、汗も僅かながら掻いてきた。着込んでいた上着のコートが質が良すぎる所為で暑く、一度脱ぐ。


我慢できないようであれば手持ちの水をとエリックがセドリックに水筒を差し出したが、断られた。

熱中症というほどでも、喉がからからというわけでもない。ただ、吐き気の根本的原因である視界を防ぐべくセドリックは腕を組み強く目を閉じた。

歩いた距離自体は、彼にとって大した疲労ではない。昔から体力は平均よりもある方だ。子どもの頃から木登りもすれば兄達から逃げて走り回ったことも、城下に下りれば日が暮れるまで歩き回ったこともある。

戦に出た時も馬ばかりに頼ったわけではない。昨夜の睡眠不足も自覚はしているが今、何よりも疲労と言う名の吐き気を感じる原因は身体的理由ではなく



─ 奴隷が、多過ぎる……。



嫌でも視界に入る、奴隷の数だった。市場の観光客向けの店に集う金持ちが、皆奴隷を従者や護衛のように当たり前と言わんばかりにぞろりぞろりと連れ歩いている。

改めて自分の記憶力は厄介でもあると神子は思い知る。


フーーーッと深く息を吐き、自身の熱と吐き気を発散しようとするが、気休め程度で終わった。瞼を強く閉じるまま勝手に眉間の皺まで深くなる。

視界に捉えただけでそれが逸らす一瞬でもやはり記憶に留めてしまう。既に今日だけで二十四人、そして今井戸の前で水汲みの列に並んでいた中に格好だけで奴隷とわかる人間が七人いたことを記憶した。

犯罪奴隷でない限り奴隷本人に罪はないとわかっていても、やはり目に入るだけで不快感は強い。現実逃避であるとわかっていても、なるべく視界に彼らの姿を入れたくない拒絶感が強かった。


勉学で、奴隷という存在の扱いや〝使用〟方法は学んだ。

単純に鎖で繋いで引っ張り連れ歩くだけが奴隷ではない。奴隷の証である鎖や首輪、焼き印だけあればそれだけで判別はできる。主人の命令で買い物や水汲み、洗濯や荷物運び、使いに出るのも奴隷の仕事である。

早朝は人の行き交い自体が少ないからこそ奴隷との遭遇も少なかったが、人が増えれば触れるだけ奴隷の数も増える。むしろ早朝という目覚めの動きたくない時間帯に主人の代わりに労働をするのが奴隷である。中には一般人と間違えて話しかけた相手が奴隷だった時もあった。所有者によってはまともな格好を許されている者もいる。

今日見てきた奴隷の姿や扱いと、そして知識が合わさり混ざる。目を閉じても記憶には明確に焼きついたままだ。


「やはり理解できん……いや、したくない……」

「奴隷のことですか?」

思わず吐露した苦々しげなセドリックへ、エリックが少しばかり首を傾ける。

また弱音を吐いてしまったことに、セドリックは一度口を意識的に結んだ。謝罪が出てきそうな為、代わりに頷きで答えた。汗で湿った黄金の前髪を掻き上げ、視線だけでも上げようと空へ向く。

真新しく感じる空気を吸い上げれば、自然と肩が上がり下がった。

こんな混沌とした常識が当然とされる国と比べ、やはり自国やフリージアは恵まれてそして平和だと思う。


「世界は広い。……それは知っていたが、理解できん世界は想像以上の苦痛でした」

独り言の呟きが、途中からエリックにも投げかけていたと自分で気付けば言葉も自然と改まった。

まるで砂漠を越えたかのような口調のセドリックに、エリックは眉を垂らしながら口元だけ笑む。それだけセドリックにとって理解しがたい世界なのだということはわかる。


昔から特殊能力者の国として人狩りや人身売買の脅威にさらされてきたフリージア王国出身のエリックは、奴隷制にこそ嫌悪感を覚える。しかし同時に悪い意味で身近な存在として慣れている。

子どもの頃から人狩りや人身売買の怖さも教え込まれ、捕まったら奴隷にされて酷い目に遭うということを教えられている。

しかし、セドリックの祖国であるハナズオは違う。奴隷制否認国というだけではない。百年近く国自体を閉じていた為に、そういった脅威からも疎遠でいられた。外部から入れなければ、当然攫われることもない。

国を司る王族すらも、そういった問題と関わる機会すらなかったのだろうとエリックは考える。……ラジヤからの脅威に晒されるまでは。


「本当に、こうならなくて良かったと心からの思います……」

憚れるとはわかっていますが、と。

そう言葉を続けながらもセドリックにとっては間違いない本音だった。

ラジヤの脅威も奴隷生産国にされる恐ろしさもわかっていたつもりだったが、現に目にするのではまた違う。日に日に増す毎にその恐ろしさを改めて思い知る。

もし自国が奴隷制度などを強制されていれば、一部変わるでは済まされない。それまでとは全くの別物の国になっていたと理解する。

そんなセドリックの心境を察しつつ、エリックもひと呼吸置いてから同じ目線で周囲を見回した。聞き方によってはラジヤだけでなく目の前の民やその暮らしを見下す発言にも聞こえるが、セドリックにとっては純粋な安堵なのだろうと思う。今の自国を愛する者として、それを罪とは思わない。


「そうですね……。慣れない環境ばかりでお疲れになっているのもあると思います。お辛い中、我が国の民の為にお力添え頂き心より感謝致します」

「!いえとんでもない!私も今は同じ国の民でもあります。それに、……これも、本当の意味で向き合う良い機会でしょう」

フリージア王国の騎士として深々と頭を下げるエリックに、セドリックは大きな動作で手を振った。

途中からは遠い目になったセドリックは瞳の焔が静かに燃えていた。その姿にエリックは本当に初めて会った時とは別人だなと思う。今までも何度も思ってきたが、こうして強い眼差しと共に逃げようとしない青年は間違いなく成長していると感じる。

過去にはプライドに怒鳴られるまで頭を下げることすらしようとしなかった王子が、今は目も背けたい現実と忌むべき国の一端に自ら立ち向かっている。

自分より年下のセドリックだが、やはり王族というのは違うものだと畏敬すら覚えた。

精神的な疲労の汗と、今でも視界を開けば入る現実に気温と風の涼しさとは関係なく胸元を指で引っ張り広げるセドリックは、楽になるどころか苦々しく顔を歪める。


「たとえば、……私がこの街中の奴隷を全て買ったとして。そうすれば、彼ら全員を奴隷から一人残らず解放することはできるでしょう」

どきり、とセドリックからの静かな言葉にエリックとそして傍にいた護衛騎士のマートも大きく心臓が鳴り揺れた。

金銭に大いに余裕がある者ならば過ぎるのも無理がない思考だ。現に、セドリックほどの権力と財力があればそれは〝もし〟で済まされない。ただでさえ王族である王弟の国は金と鉱物の地。そして彼個人もまた国際郵便機関の最高権力者である統括役。この街どころか、この国の奴隷全てを買い取ることも不可能ではない。

目の前で困窮し檻に入れられ繋がれ家畜のような扱いを受け労働を強要される全てを、金さえ積めば救える。

セドリックが「しかし」と言葉を切るまでは、エリック達も思わず息を止め続けた。あくまで自分達は騎士であり、家臣でも友人でもない。彼の言動へとやかく言える資格は持ち合わせていない。


「……そのような方法では、人身売買は終わらない。寧ろ儲かり潤い加速する」

断言に近いその言葉に、ほっと彼らの肩が降りた。

安易な手段ではなくその先も見る目があった事に安堵する。セドリックが成長していることをたった今肌で感じた筈のエリックまでも、流石に今の発言は心臓に悪かった。

その通りである。一時的にその場の奴隷は全員救えても、その後は悪化しかない。商品が売れればより多く仕入れる。儲かれば事業も規模も広がる。奴隷があくまで〝商売〟とされている以上、その理論は変わらない。

そうなれば結果として新たな被害者が増えるだけでもある。奴隷を得る方法は正規の方法と違法な奴隷狩り、そして〝生産〟を急がせることもあり得る。更には一時解放された奴隷の行方も責任が持てなければ意味がない。また他の人狩りに捕まる場合も、所有者がいなくなることで飢え死ぬ場合もある。


「そして力強くで解放しても、この国では違法になる。正規の手段、組織、商法、商品であれば……誰も咎められない」

歯痒い。

そう思いながら拳を握る。結果として今視界に写った誰も自分は救えないのは変わりないのだと思い知る。

ただ視界に入れたくないだけでも、奴隷を直視したくないだけでもない。明らかに救いを求めている彼らに何もできず静観することしかできないこともまた苦しくて仕方がない。吐き気が込み上げる光景に自分は何も出来ないことも苦痛だった。

顔に力が入り眉間が狭まり奥歯を食い締めたが、そこでハッと我に帰る。振り返れば、神妙な面持ちで自分を見つめ返してくれているエリック達に気が付いた。「申し訳ありません!」と声を上げ、身体ごと向き直る。


「このような場で愚痴めいたことを。忘れて下さい」

「承知致しました。ですが、……今のは愚痴ではないと思われます」

恐れながら。そう頭を下げながら丁寧な口調で返すエリックはそこで表情の力は抜けていた。

まさかの王族相手に進言まで告げるエリックにマートは目を丸くする。本来騎士はそこまで言う立場ではない。

王弟相手にエリックも恐れ多くはあったが、これまでの彼の言動を考えればこれくらいはと思えた。目を皿にするセドリックに、柔らかな笑みを向ける。


「我々にとってはありがたい思慮深さです。頭が下がります」

そう言って再び先ほどよりも深々と頭を下げる。

そのエリックの低頭にマートもすぐに準じた。騎士の経歴としては上のマートだが、立場は副隊長のエリックの方が上でもある。何よりエリックの言葉は彼も同意見だった。

誰にも上から言われる機会の少ない王族が、自分の立場と国の在り方を理解し真摯に受け止めてくれることは幸いだった。


弱音にも似た己の吐露に頭を下げられ、自然とセドリックも息が通った。下げられるようなことは何もないと思うというのに、それよりも胸が軽くなるのがわかった。

頭を上げさせる代わりに「ありがとうございます」と言葉を返す。

セドリックにとってこの旅まであまり深く関わる機会はなかったエリックだが、なんとも話して気が楽になる相手だと思う。連日で相談に乗られている気さえすれば、少々気恥ずかしさを覚えた。

視線を上げれば、井戸で順番待ちしていたジェイルがちょうど戻ってきたところだった。エリックが手を上げて礼を返せば、汲み終わった水が掲げられた。駆け足で戻るジェイルから「お待たせ致しました」と新たに汲んだ水を入れた水筒をセドリックに手渡した。

感謝を告げながら受け取れば、水筒越しにもひんやりと地下水の冷たさを感じた。煮詰まった頭を冷やすべく、そのままひと息に中身を飲み干




「さあさあ観てご覧!!前売りも残り二部とも僅か!明日の奇跡を見逃せば生涯の損失だ!!」




とぷっ。と、唇につけかかっていた水が大きく跳ねる。

突然の声に身体が力み前屈みになる。

振り返れば今度は予想外の光景に、水筒の中身が三分の一近く地面へ落ちた。

先ほどの悩みなど白に消えるほど、賑やかなその光景はセドリックには珍妙だった。


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