目撃され、
「ヒャッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
笑い声が高らかに響く。
完全に嘲笑われている!!と心の中で叫びながら私は声の主へと振り返る。お腹を抱えたヴァルが一直線にこちらを指差し大爆笑していた。あまりの盛大な笑い方に周囲の人もちょっと怪訝な顔をしている。もう!!この人は本当に!!
アレスと団長と共に連れられた宣伝回り。最初はアレスにアーサーも時々加わっての声で触れ回り歩いていたけれど、市場に到着したところで早速トランポリンの実演が始めた。
設営はアレスと団長が主導でテキパキやってくれたし、それまで私は馬車にのってのんびり観覧レベルで何もしていなかったからやっと役に立てる!とは思った。素敵な衣装も用意してもらったし、ステイルの提案のトランポリンは私もそれなりに自信はあった。
ぴょんぴょん跳ねるだけなら……と言うとすごく楽に聞こえて嫌だけれど、少なくともラスボスチートの私には難しくない。トランポリン無しでも飛び跳ねられるし、空中で体勢を変えるのにも今では慣れている。ステイルが提案してくれた時は流石の選択と思ったし、これなら私一人でもそれなりにできる自信もある。
アレス、……と主に団長による有識者のお陰でどういう動きをすれば跳ねるだけじゃなく〝演目〟になれるかも大体は覚えられた。
正直、トランポリン自体もすっっごい楽しい。ずっと跳ねていても飽きないくらいで、ラスボスチートの身体をものすごく満喫できた。
最初は確認しながら跳ねて、後は教えて貰ったトランポリンの演技を頭の中で整理しつつ本番への予行練習も兼ねて続ければ時間も忘れるほどで。……うっかり、ヴァルとレオン達が巡るといっていた市場がこの付近かもという発想が抜けていた。
いやでも二人とも主に奴隷市場を回ると思ってもいたし!!普通の市場ならどちらかというとセドリックとエリック副隊長の方がまだあり得たし!……いやあの二人に見られるのもやっぱり恥ずかしいけれど!!!!!
でもあの二人ならこんな風に指差して大爆笑するようなことはない。絶対に。
トランポリンで高い位置から観客を見張らせば、まさかの人混みの向こうに彼らの姿がはっきりと捉えられてしまった。
しかも間違いなくこっちに向かって歩いて、空中の私をばっちり見上げていた。もうそれだけでものすっっごく恥ずかしかった!サーカス潜入初日に衣装着て乗り気でぴょんぴょん燥いでいるのも目撃されてしまった全部!!
もう二度目確認するのが怖いくらいに。トランポリンから降りて小休憩を取って心を落ち着けても、彼らに発見されてしまった結果は変わらない。
結果として今、気のせいでも幻でも悪夢でもなかった証拠にヴァルとレオンが護衛の騎士達と共に目の前に立っている。
大爆笑継続中のヴァルに代わり、小さく手を振ってくれたレオンが「やあ」と変わらず優しい笑みを私に向けてくれた。
「ジャンヌ。……と、フィリップとアーサーで良いかな?順調そうだね」
遠目から見えたよ、と。言いながら敢えて大はしゃぎしていたことには触れないでくれるレオン本当に優しい。苦笑の一つすら見せずの鉄壁の社交術。相変わらず完璧過ぎる、人として。
こうして二人を前にすると、やっぱりステイルに駄目出しされたあの衣装を選ばなくて大正解だったかなと今更思う。あの時は露出への敷居が一度がっくりと下げられた後の選択肢だから藁にも縋る思いだったけれど、あの格好で跳ねていたのを見られたら恥ずかしさもこの比じゃない。今頃ステイルかアーサーの背後に隠れないと立っていられないくらいだっただろう。
しかもトランポリンで跳ねてみて気が付いたけれど、風圧の前ではスカート丈はあって無いに等しい。しかも私はくるくる回るから、演目を優雅に見せる為にはそのスカートの翻りも諦めるしかなかっただろう。…………足出してるだけでも恥ずかしいのに。
ええ、と言葉をなんとか返し私からもレオンに歩み寄る。そちらは?と尋ねてみるとレオンもレオンで早朝からアネモネ王国絡みの所用を済ませたところらしい。昨晩も用があるといっていたからそれだろう。
これから朝食で、聞き込みも勿論行うと言ってくれるレオンに本当に頭が下がる。
「~~ッッいつまで笑っているつもりだ!!言いたいことがあるならば言葉で言え言葉で!!!」
未だに大爆笑中のヴァルへ、とうとうステイルの怒鳴り声が響く。
被り物のせいで少しくぐもって聞こえたから、実際はもっと大きな声だろう。激怒するステイルに、レオンが「あ、やっぱりそっちがフィリップなんだ」と呟いた。
王族であるステイルからの指示に、ヴァルも少し咳き込みながらも口を動かした。大分ツボに入ったらしい。ステイルが怒鳴っても怯むどころか爆笑に拍車がかかっていたから、命令通り言葉を話すのが物理的に難しいのだろう。隷属の契約通りに喉が話そうとする度にゲホッゴホッと咳がなり、笑い混じりに零れてくる。
見るだけだとただただヴァルが爆笑のままに見えるけれど、実際は結構苦しいのだろうなと思う。笑い死にしそうな勢いだ。
そんなに私の大人げない燥ぎ姿がおかしかったのか、それともこの衣装と化粧……とまた心配になる。ヴァルとレオンもステイル達と同じく私の本来の姿が見えているもの。そんなにひどいのだろうか。
げほっごほっと本気で苦しそうなヴァルに、レオンは初めて苦笑する。噎せて丸めた背を摩っても、振り払う余裕もないヴァルが本気で心配になってきて私から「笑いが落ち着いてからで許可します」とステイルの命令を上塗る。
途端にヴァルの咳き込みも落ち着いてきて、ゼェハァ息を吸い上げる音が聞こえて来た。やっぱり大分本気で死にかけていた気がする。
バシンと背を摩ってくれるレオンの手を今度こそ払いのける彼に、ちょっと回復したのかなと思えばレオンも安心したように視線をヴァルからまた私に向けた。
「本当に驚いたよ。もう演目を任されて看板になるなんて流石だね。身軽なのは知っていたけれどあんな得技まであったなんて知らなかったよ」
あはは……と、枯れた笑いを零しながら、そういえばレオンには戦闘する姿もあんまり見せたことないものねと思う。唯一見せたことがあるのは奇しくも彼と対峙した一回だけだ。
ちらりと団長とアレスのチケット販売がまだ続きそうなのを確認する。「実は今朝……」とレオンに話し始めようとすればステイルが「僕が」と代わりに説明役を買ってでてくれた。
ステイルの口から要点を纏められた状態で現状が説明される。サーカス団がまさかの明日さっそく開演することと、昨晩のラルク奇襲騒ぎ。そしてステイルとラルクが行った明日の賭け。その為にほぼぶっつけ本番で私達全員が演目参加することになったと説明すれば、レオンも流石に何度も目を丸くした。
へぇ大変だね、と相槌こそ穏やかだけれど、たった一日の展開とはとても思えないだろう。
「それでジャンヌはトランポリンかい?今もこんなにお客さん呼び込んでいるし、本番も心配なさそうだね」
「猛獣使いの間違いじゃねぇのか……」
ゴホッ、とヴァルがやっと会話に参加した。
レオンの言葉に続くように言葉を絞り出した彼は、手の甲で口元を拭いながら丸めていた背中をゆっくりと伸ばす。さっきまで大爆笑していたとは思えない鋭い眼光がステイルへ一番に向けられた。…………多分、相当苦しかったのだろう。
ギロリと睨まれたステイルは迎え撃つように腕を組む。今更ヴァルに睨まれたくらいじゃ怖気るわけもない。被り物の下ではきっと冷ややかな眼差しをしているのだろうなと頭に浮かぶ。
猛獣使い、という言葉に私も自分の口の端がヒクついた。なかなか的確なことを言われたと思いながら改めてステイルとアーサーへ目配せすれば、……ああうん、と。ちょびっと納得してしまう。
彼が爆笑していたのもこれか。どうやら嘲笑されたのは私単体ではなかったらしい。生憎、本物の猛獣使いは今テントでラスボスと一緒にいる。
ケルメシアナサーカスでは基本的に開演中以外は演者が正体をある程度隠すらしい。
用事で外に出る程度ならまだしも、サーカス団員として宣伝回りとかの時は演者としての化粧、時間がなければ仮面や被り物をして顔を隠す。現に今団長もアレスも、そしてステイルとアーサーも被り物をしている。下働きならまだしも、二人も演目に出ることが決まったから当然だ。
……ステイルは黒猫の被り物、アーサーは馬の被り物。正体を隠す為とはいえ、その二人に間に挟まれる私にヴァルの指摘はあながち的を射ているかもしれない。何せ私の格好がこれだ。
「あぁ」と声を漏らしたレオンも納得したように頷く。前のめりに私の格好を上から下まで見て「確かに」と独り言のように呟いた。
「サーカスらしいのになんだか違和感あるなとは思ったんだ。トランポリンの演目なら僕も貿易先の接待サーカスで見たことがあるけれど、もっと女性らしさを際立たせた衣装じゃなかったかい?」
見惚れて気にならなかったよ。と、レオンの指摘にちょっとだけ安心する。良かった、違和感程度で。




