そして祈る。
「お前もわかってんだろ。リディアいねぇんじゃお前の演目はいつもよか花も足りねぇし、カラムと組んだら客が湧くならやるしかねぇだろ。文句言う時間あったらさっさと手ほどきしてやれ」
「私一人でも充分花咲いてるし?!咲きまくってるし?!カラムとやるくらいならアーサーで良いじゃん!!この子ちょうだい!!」
「はい残念もうアランが唾つけた」
はぁああああ~?!と冷たいアレスの言葉にまたアンジェリカさんが叫ぶ。……というか、カラム隊長は嫌でアーサーは良いのがまた謎が深まる。
アーサーは第一作目の攻略対象者であることもあって顔も整っていて背も高いし勧誘するのもわかったけれど、それを言ったらカラム隊長だって顔も整っているし身長だってアーサーと同じどころかやや勝っている。
アンジェリカさんがそこまで言うほどに圧倒的な違いがあるものなのか。ここまで来ると本当に迷宮入りしてしまう。
そそそっ……と意を決して私も接近を試みる。アレスとアンジェリカさんとの喧嘩に割って入らないように気配を消しつつ、団長の傍らに立つカラム隊長へと歩み寄る。ステイルとアーサーも合わせて続いてくれて、私達の接近にカラム隊長もそっと慎重にこちらへ位置を移動してくれた。
「あの……、カラムさん………?彼女とは何か………?」
「いえ、今朝までは良くして頂いたくらいです。……しかし、気付かぬうちに落ち度があったのかもしれません」
気づかれないように声を最小を意識してカラム隊長へ耳打ちすれば、カラム隊長からも耳の角度と腰も少し合わせて貰えた。
ステイルとアーサーも気になるらしく声を拾えるように前のめりになる中、カラム隊長も声を潜めたまま肩もいつもより落ちていた。
最後には「申し訳ありません」と意図を込めてだろう再び頭が下げられ、私達もフォローが見つからない。「そんなことないと思いますけど」とこそ言えたけれど、目の前のアンジェリカさんの様子を見ればその可能性以外が見つからない。
「フィリップ、達は何故こちらに?」
「!おおぉ、そうだそうだ!どうした私に何か用でもあったのだろう?!」
「団長逃げないで!!!」
改めて普通の声で尋ねてくれるカラム隊長に説明をしようとしたのも束の間、まるで垂らされた縄を掴むように団長が必要以上の大きな声でこちらに振り向いた。
アンジェリカさんがぷんすか怒って両手に拳を作る中、見事に顔ごと逸らして思い切り逃げている。アレスが「長くなるんだから先言わせろ」とアンジェリカさんを待たせてくれたところで、ステイルが私達から一歩前に出た。
御取込中申し訳ありません、と。一言アンジェリカさんにも目を向けて断った後、やっと私達からの要件が団長へと語られる。
アーサーとステイル、そして私の演目許可。そして明日の演目構成と打ち合わせに関与させて欲しいというステイルからの打診。
最後にそうなることになったきっかけと理由であるラルクに掲げられた条件と、それに上乗せしたステイルからの交換条件。一番壮絶すぎる明日期限の課題に、今度は難題王の団長の方が目を零れそうなほど大きく見開いた。
途中こそラルクも無理言ってきたなぁくらいの笑い方だったけれど、きっとアレスが言っていたように無視する前提の笑いだったのだろう。更にそこでステイルが条件を上乗せして飲ませたと言えば、流石に仰天だった。
カラム隊長も唇を結んだまま両眉が大きく上がっていたけれど今はサーカスの酸いも甘いも知っている団長の方がそれ以上の危機感を持っていらっしゃる。このブラック企業社長の耳にも、やはり普通に考えて不可能この上ない条件だったらしい。ハハハハッ……!と笑う声もどこか枯れて聞こえる。
「ま、まあ大丈夫だ!最悪ラルクの言ったことは気にしなくて良い。今は私が戻ってきたのだから、あいつがどう言おうと君達が去る必要はどこにもない。大体カラム達はもう我々の団員としてラルクも一度は納得しているし君達はアンガス達の代理で来てくれているだけで」
「ハァ?うっっっざ」
お、おおぉぉぉお…………。
可愛い声で凄まじく低い声が、団長のフォローを上塗った。
目を向ければ、さっきまで順番を譲ってくれたまま団長と一緒にこちらに耳を傾けていたアンジェリカさんの顔が今日一番の不機嫌顔に曇っていた。
殺意、と。その言葉が一番相応しく思える空気を纏い、据わった目でこちらを見ている。ギロリんちょ、と言えなくもない眼差しは見事に研ぎ澄まされていた。
前世で女子生徒が無神経発言に本気でキレた時を思い出す。多分、つまり、そういうことだ。
さっきまで半泣きご機嫌斜めだったアンジェリカさんが腕を組み、今は暴力で訴えそうなくらいに怖い。幼稚園児から一転し女の怖さを纏っていた。
「なんでラルクがそんなん決めんのぉ?団長戻ってきたのにえらっそーに。…………チッ」
ッッッ今チッて言った?!!!チッって!!!!!
舌打ち、絶対間違いなく舌打ちが聞こえた。アンジェリカさんの可愛い口から想像できない音が聞こえてきた。表情筋が正直な動きをしたままアンジェリカさんを凝視してしまう。
ラルクの条件だけでなくそれに勝手に乗った上に難題を自分から上乗せした私達に怒ったのかと一瞬思ったけれど、違うらしい。
なんだかラルクとステイルの戦いとは違った感覚でヒヤヒヤと指先まで冷えて動悸が激しくなっていく。逃げるように視線を振り投げればステイルも背中が僅かに反ってアーサーも半歩引いていた。カラム隊長も大きく瞬きをしたまま指先で前髪を押さえている。三人も女性のこういうお顔を見る機会はなかなか無いだろう。
アレスまでも今はちょっと自分から一歩二歩とアンジェリカさんから距離を置き出している。完全に今は話しかけたくない顔だ。
団長だけが流石組織の長というべきか、強張りつつも笑顔を保ってアンジェリカさんに明るい声をかけた。
「ほ、本当にアイツには困ったものだなあハハハ……。ど、どうだアンジェリカ?明日はますます客の動員も失敗もできなくなってしまった。頼むよ、私を助けると思って。カラムが失敗しても演目が見つからなくてもまたラルクと争いの種になってしまう。お前がついていてくれたら成功間違いなしだ。先輩のお前がカラムを助けてやってくれ。なっ?頼むよケルメシアナサーカス団の真の姫君」
「むぅ~……。団長ずっるぅ、それ言えば何でも聞くと思ってぇ。…………明日だけだからね」
猫撫で声でもう一度説得を試みる団長に、アンジェリカさんが初めて悪くない反応だ。
ぷくっと両頬を膨らませながら団長を見るアンジェリカさんが、今はちょっと可愛らしい。怒った時のティアラを思い出す。
幸い……というか、アンジェリカさんのお怒りが団長やカラム隊長から、ラルクに移ってくれたらしい。団長が「二部とも頼むよ」と紛れるように念を押したら「気分が乗ったら」と言い返す様子はまだ不満が残っているようにも見えるけれど。
それでも何はともあれなんとかカラム隊長と組むのを了承してくれたアンジェリカさんには心から私も感謝する。ほっと胸を撫でおろせば、殆ど同時にステイルとアーサーからも息の音が聞こえて来た。
そのまま「ご褒美もちょうだい」と唇を尖らせるアンジェリカさんに団長が「今度新しい衣装を買おう!」と言えばとうとう交渉も成立したようだった。くるりっと団長から踵を返すと一直線にカラム隊長へ向かう。
「ほら行くよ。私に合わせられなかったら話になんないんだからね」
「はい、よろしくお願い致します。団長はー……」
カラム隊長の手を取るアンジェリカさんが、大型テントへと引っ張る。仲良くお手手を繋ぐのを見るとやっぱり仲は悪くないんじゃとも思うのだけれど、わからない。
さっきまで団長の護衛兼業でもあったカラム隊長が引っ張られる腕を伸ばし切ったまま、足を止めて団長を見た。
なるべくラルクに会わない為にも外にいるべきの団長だけど、本来ならこのまま護衛のカラム隊長に合わせて移動だろう。護衛なしで一人外か、カラム隊長とテントなら間違いなく後者の方が安全に決まっている。
団長もそれはわかっているらしく「ああそれなら」と繋ぎながらちらちらと私達にも目配せをくれた。うん、ここは私達が引き継いだ方が良いだろう。こちらは見えなくても騎士三名だ。まだステイルとの打ち合わせもある。
ステイルと目を合わせ、頷き合う。ここは雇い主役であるステイルが団長の代わりに答えた。
「僕らは団長さんとまだお話があります。可能ならばこのまま広報回りも手解き頂ければ幸いです」
私達が引き継ぎますのでいってらっしゃい、と。暗に告げれば、カラム隊長もすぐに察してくれた。
団長が一言で快諾してくれる中、カラム隊長もアンジェリカさんに手を引かれるまま大テントへと去っていった。
「…………いいのかよ。アンジェの奴、頭冷めたら絶対またごね出すぞ」
「本番は仕上げてくれるさ。なにせ我がケルメシアナサーカス団至上最高の姫君だ」
……アレスの言葉に不安になりつつも団長の言葉に、今は切にカラム隊長の健闘を願った。




