Ⅲ93.侵攻侍女は立ち尽くし、
「やぁだあ!!他所に頼んでよぉ~!!!」
惨劇再び。
その言葉が頭に浮かびながら私達はその場に立ち尽くす。顔が引き攣り目の前の状況を理解するのに数秒の時間が掛かった。
アラン隊長のいる訓練所から離れ、大型テント外正面へと戻ってクリストファー団長に会いに来た私達だけれど……経由の大テントを出た途端に叫び声が耳に飛び込んできた。大テントでさえ工事と補修と演目練習の複合音で凄まじかったから、テントを出てやっと騒音から一時避難と思ってすぐのことだ。
テントの外にいたのは団長と護衛のカラム隊長、そしてテント周辺の整備や宣伝用の飾り付けを始めたらしい下働きであろう団員の方々。そして、さっきテント内でもお会いしたお姉さんだ。
確か、アンジェリカさんだっただろうか。作業中の団員の方々もちらちらと団長さんと相対するアンジェリカさんは、今はやや露出高めで綺麗な衣装に身を包んでいた。朝の陽の光の下で見るには刺激も強い気がする格好だけど、華やかさのお陰でいやらしさは全くない。むしろ装飾がいくつもついて、ドレスにも似た印象だ。
さっき会った時よりも大人っぽい格好のアンジェリカさんは、さっき会った時と同じくらい大人げなく大声を上げていた。
喧嘩真っ只中で横槍をいれるわけにもいかず口が半開きのまま流れを待てば、こちらに誰よりも早く気付いてくれたカラム隊長がちらりと視線を向けてくれた。眉を垂らし、申し訳なさそうに小さく頭を下げてくれる。けれど、やはり今は話に割って入るのは自重するように口は結んだままだ。
はぁ~、と音が聞こえ私達を先導した彼の顔を覗き込めば、アレスがげんなりとした様子で息を吐いていた。「またか」と言わんばかりの顔で肩まで丸くなっている。
まぁ気持ちはちょびっとわかる。折角アーサーのお陰でお望みの衣装も着れたのに、今度は何をそんなに嫌がっていらっしゃるのか。
「やだったらやだ!絶対い・や!団長の為にせっかくお気に入り卸してきてあげたのに!!もう袖通したのに!!なんでいきなりそういうこと言うの?!」
「ああそうか、だから最高の衣装で来てくれたんだなアンジェリカ。本当にありがとう。だが、これはお前の為でもあるんだ。きっとお前の魅力も最大限に生かしてくれる。世界中がお前に恋をするぞ?」
若干半泣きにも見える様子で地団駄踏むアンジェリカさんを、団長が一生懸命宥めてる。
行き場のないように両手の平を彼女に見せ、どうどうと言わんばかりに背中を丸めて眉をしょげさせ笑う団長の方が完全に下手だ。猫撫で声のように丸め、途中からは大きく抑揚をつけて両腕を開いてアンジェリカさんの気持ちを持ち上げようとしているのがわかる。
運営責任者の辛いところかしらと思うけれど、やりとりの様子はキャストと団長というよりも幼稚園児と園長先生のような印象だ。…………アンジェリカさん、どうみても十代だと思うけれど。私と同い年かもしくは少し年下くらいだろうか。
正直女の子が憧れるようなすごく可愛い人だし全然そういう仕草も自然に見えるけれど、あまりにも団長に大人げない様子はなんとも口の端が引き攣ってしまう。団長の必死の説得にも彼女は変わらず嫌々と首を振る。そして「せぇっかく久々の舞台なのに!!」と伸ばした指でびしりと一方向を差し示した。
「カラムと演目なんて絶対い!や!!」
カラム隊長??????????
予想外の人物の名前に頭の中に疑問符が百は浮かんだ。まさかここでカラム隊長??嫌がっていた原因そこ?!
えええええええええぇぇぇぇええぇぇぇ……と、いろいろ事情を考えるよりも前にアンジェリカさんの今の発言に絶句する。カラム隊長と組むのが嫌って、そんな人サーカスにいらっしゃるんだと単純に思う。てっきりカラム隊長なら団員とも上手くやれていると思ったのに。
アンジェリカさんだって、確かさっきはアーサーと同じくらいカラム隊長のことを褒めていた気がするのだけれども。
これには私だけでなくアーサーとステイルもびっくりだったらしく、アーサーは顎が外れていたしステイルも目を開き過ぎて眼鏡が少しずれていた。そうよね?やっぱり今のはびっくりするわよね??
あまりにも理解不能な言い分に、疑うようにカラム隊長の方を見ればカラム隊長もカラム隊長でさっきより更に申し訳なさそうに無言のまま団長の背後で頭を下げていた。
多分あれはアンジェリカさんにだけではなく私達に対してもだろう。まさかカラム隊長がアンジェリカさんに何かしたとは思えないのだけれども。
けれど「い・や!!」と猛抗議するアンジェリカさんの指先は間違いなくカラム隊長に刺さっている。
「私の演目は私が主役なの!!しかも本番は明日なのにカラムとなんかいきなり合わせられるわけないじゃん!!怪我とかさせられたらどうすんの?!」
「いやそれがな、なんと彼も心得があるらしい。しかもかなりの腕前だ。更にはカラムの〝特技〟をお前の演目で生かせばきっと素晴らしい舞台になるぞ?!」
「そんなこと言ってどうせ結局は見栄えでしょ!!ディルギアさんとは一度も私を組ませようとなんかしなかったくせに!!」
絶対しないけど!!!と続けて飛び火のように団員一名が言葉で振られ焼かれる中、カラム隊長も頭を前に傾けたままなかなかのお困り状態だ。状況としては新入りさんが演目持ちさんに共演補助をお願いしている状況だから無理もない。
ぶちギレと言わんばかりに顔を真っ赤にして声を荒げるアンジェリカさんは本当に嫌そうだ。さっきアラン隊長が空中ブランコ以外はたらい回しにされたという話も思い出せば、彼女もそういうことなのだろう。
見栄え、という言葉にまぁそこも一理あると思う。顔を隠せるとはいえ騎士であるカラム隊長は身体つきもしっかりしていて、けれど騎士としては細身だ。サーカスでもアンジェリカさんと組んだら確かに華やかだ。組み合わせとしても間違っていない。
テント内ではなく外だからか、特殊能力を「特技」と伏せる団長とアンジェリカさんの会話に少し事情を把握する。
確かにカラム隊長の特殊能力を上手くショーとして誤魔化すにもお客さんを盛り上げるにもいい方法だと思う。想像してみれば、私も是非見てみたいと思う。絶対に素敵だ。
「そんな演目いや~!!今すぐリディアちゃん連れてきて!!カラムは嫌いじゃないけどほんと無理!!見てよもう鳥肌立ってる!!!」
ひどい。
何故そこまでコテンパンなのか。けれど露出した腕を団長に突き付けるアンジェリカさんはどうやら本気らしい。涙目から今度は鼻声にまでなりかけている。
嫌いじゃない、ということはカラム隊長に恨みがあるわけではない筈なのに。カラム隊長をそこまで嫌がる要素が見つからない。むしろカラム隊長は紳士だし長所ばかりで女性に嫌われる要素の方が見つからない人だ。それをまさか痴漢でも前にしているようなアンジェリカさんの嫌がりっぷりは凄まじい。
あまりのアンジェリカさんの嫌がりっぷりに、団長も笑顔ではいるけれど明らかに困っている。「そこをなんとか」「絶対客は盛り上がるぞ」と繰り返す中、アンジェリカさんは首が壊れんばかちに横に振っている。カラム隊長、可哀想。
どうしよう……と助けを求めるままにステイルへ目を向ければ、ステイルも考えあぐねるように眼鏡の黒縁を押さえるまま眉が寄っている。次にアーサーを見れば、やっぱり彼も訳が分からないらしく今は首まで大きく捻っていた。きっと私と同じくカラム隊長が嫌がられる理由がわからないのだろ。
「おいコラ文句ばっか言ってんじゃねぇよお喋り女。さっき言ったろ明日はリディアいねぇんだからその分カラムで我慢しろ」
「うっっっっっっさい!!!無神経クソ野郎は黙ってて!!!」
キッ!!!と、仲裁に前に出たアレスを振り返ると同時に凄まじい眼光でアンジェリカさんが睨む。この二人、さっきもだけどなかなか相性が凄まじい。気のせいか、アレスもアンジェリカさんには言葉がきつい気がする。
さっきよりも更に口が悪くなったアンジェリカさんと共に、そこでやっと団長もこちらに気が付いた。「おお、フィリップ」とさっきまでと打って変わった明るい笑顔で私達に手を振ってくれた。でも今絶対そんな場合じゃない。
今にも火でも吐きそうなアンジェリカさんへ恐れる様子もなく大股で歩み寄るアレスは、「お前の方がうっせぇよ」と落ち着いた声で返した。




