Ⅲ88.侵攻侍女は考察し、
「結局よぉラルクのやつは何したかったんだ?」
「知るか!団長帰ってきたんだ放っとけ!!反抗期っていうなら反抗期だろ反抗期!!それより客席の補修を」
「昨日のはねぇよな流石に。新人にライオンってよ。昔っから愛想のねぇ奴だったけッ馬鹿そこ触んな塗りたてだぞ!!」
「それよりもそのライオンを力尽くで止めた新人の方がよっぽどびびったぜ」
ラルクへのサーカス団内での評価は最底辺。けれど、彼や彼が守ろうとしているオリウィエルのことよりも今は明日の突飛な開演準備と団長が帰ってきたことの方が最優先で忙しいという印象だった。
オリウィエルのことについては殆ど話題すら聞かない。彼女の存在を知らないわけではないのだろうけれど、今更話題にしないといったところだろうか。時々聞こえても「ラルクが囲ってるあの女」程度どまりだ。
彼女は本当にずっと人前にも出ない。ゲームでも確かに黒幕感の存在だったし、最終的にはサーカス団ごと追いかけてはきたけれど基本はサーカステントでゆっくり吉報を待つだけで、実質的に追い立てたり情報を集めていたのは彼女ではなくラルクだった。ラスボスプライドにとってのステイルと同じで、ラスボスに逆らえない状況で手足となって働いていた。
ならばやっぱり彼が攻略対象者ということだろうか。……せめて攻略対象者の人数だけでも早く思い出せれば良いのだけれど。
第一作目はキミヒカシリーズの基本スタイルの五人。第二作目はディオスが双子だったから実質五人みたいな四人で印象に残っていたから思い出せた。第三作目は言わずもがな、第四作目も何か思いだせるきっかけがあれば良いのだけれど……。主人公を思い出せれば、一緒に全体像も思いだせるだろうか。
少なくともこうして案内されながら、アラン隊長とカラム隊長が調査してくれたフリージア出身者らしき団員の名前には注意深くその顔も確認したけれど、しっくりくる人はいない。
「オリウィエルについての噂はなかなか聞きませんね」
「そりゃな。あいつはずっとラルクが囲い込んでるし、次の団長って言い張ったのもラルクだけで引っ込んだままだ。当時は色々噂したけど今はもう誰も興味ねぇ」
ステイルからの指摘に、アレスは面倒そうに片手を振った。
彼にとってもまだ、オリウィエルの存在は大して重きを置かれていないのだろう。当時彼女が団長と言われた時は当然疑念も噂も上がっただろうけれど、今更話題にすることもない。昨日も盛大に団員達の前でやらかしたラルクさえも団長復帰と急遽開演準備の話題に半分飲まれている。
もしかしてラルクの噂を広まらないようにわざとあの団長は明日開演なんて暴挙を……とも考えたけれど、すぐに否定する。昨日私達が目撃した時点で明らかに開演する気満々だったしなによりアレス達サーカス団員の様子からもこれは団長の常習犯行だ。
ラルクがここまで騒ぎを起こさなければ、オリウィエルの存在自体忘れている団員もいるだろと続けるアレスに、彼女がどれだけ姿を隠しているかを理解する。サーカス団の規模はかなりだし団員数も多いけれど、その中で忘れられるなんて相当だ。
そんなことを考えている間にまた次の団員さん達に挨拶へと止まる。アレスが団長の許可も得た上でリディアさん達の代理と伝え、…………やはり怒鳴られ払われる。
「団長決めたんなら決定なんだろどうでも良いから練習させてくれ!」
「……貴方も、文句はないのですね」
アァ?!と、直後には団員の男性がステイルに唸った。
すぐに「いえ失礼しました」と謝罪を重ねて流したステイルだけど、アレスの案内のままに次へと歩き進めれば団員と離れ切ってからアーサーがステイルを肘で突いた。
今はどういう意味だと言いたいのだろう。アレスも「あんま突っかかるなよ」とステイルに眉を寄せて振り返る。……けれど、ステイルの意見は私も同意見だ。
ステイルも、ずっと同じことを考えていたのだろう。アレスへ一言相槌を打った後、そのまま今度はアーサーの隣まで下がって耳打ちをした。
説明されたのだろうアーサーも納得したように頷くと、そこで今度は二人揃って私に振り返る。そのままステイルが更に下がるように足並みを揃えて隣にきてくれた。アーサーもステイルの斜め後ろからステイルの隣、そして今度は私の背後まで下がってきた。
漆黒の眼差しと目が合ったまま、言葉にされる前に私も言いたいことは理解する。
「……どう思われますか。余計だと考えるならば黙しますが」
「そう、ですね……。私も疑問に思います。オリウィエルとラルクのことを知る為にもサーカス団のことは理解しておいて損はないと思います」
主人であるフィリップに言葉を整えながらも途中は声を抑えつつ、彼に同意する。
少し深入りし過ぎかもしれないとは思うけれど、それでも確認はしておきたい。サーカス団の内情をきちんと理解しないといけないし、何より情報の取り逃がしは避けたい。後から疑問には思ったけどと後悔するよりは、今聞いておいた方が今後の為だ。実際、あの団長さんの方に今私自身が疑念が湧いてきてしまっている。
私の返事を受け、ステイルは小さく頷くと再び気配を消して静かに先頭のアレスの後ろに戻った。アレスが「あっちは衣裳部屋」「こっちは医務室」と大型テント裏に設立されたテントや荷車のことも説明してくれるのが一区切りついてから、ステイルは口を開く。
「団長さんは本当に慕われておられるのですね。ユミルちゃん達もそうでしたが、貴方も。一体団長さんはどのような御方なのでしょうか」
「ハァ?どういう意味だ」
「いえ、明日の突然の開演や僕らのこともそうですが。あまりにも皆さん、慌ただしくはしていても団長さんに不満を一言も溢しておられないので」
その通りだ。
ステイルの言葉に、私も深く頷く。一方的に団長テントをオリウィエルと一緒に占拠して立場まで奪おうとしたラルクの評判が下がるのは当然だけれど、それにしても団長への不満がないのがちょっと違和感を持つ域だ。ブラック企業あるある……といったらすごく物凄く嫌だけど。
でも、明日開演なんて目に見えて団員の負担が著しいし、消息不明で昨日戻ってきたばかりの団長にそんなこと言われても「ふざけんな」で一蹴してもおかしくない。
実際、団長以外の相手であるアレスや団員同士はアットホームというか皆愚痴りあって文句を言い合っているのに、忙しさの根源である団長についての文句は恐ろしいほどない。正直、ラルクとの人望の高低差がえげつないくらいだ。
王国騎士団所属であるアーサーにはあまりピンとこないように今も小首を傾けているけれど、私やステイルの目には正直何か裏があるのではないかと考えてしまう。騎士団とサーカス団は全く違う。
騎士団は厳しい規律の元に統率されているし、その上でいくらか無理難題を受けても準じるだろう。騎士達が騎士団長へ軽はずみに文句を言う姿だって想像できない。アーサーも、きっと騎士として自分ももしいくらか無茶ぶりされても上の命令だったらまぁ、という感覚があるからしっくりこないのだと思う。けれど当然ながらこのサーカス団は媒体も違えば、…………上に立つ人のタイプもまっっったく違う。
良く言えば、奇想天外で陽気で友好的な団長さんだ。
団員にも家族のように振舞っているし、団員達もそこまで上下関係を気にした関わりには見えない。そういうところも好かれる要因の一つだと思うし魅力だろう。けれど、それなのに今回のことに誰も愚痴一つ団長に零そうとしないのはいっそ闇の片鱗にも見える。
ゲーム開始時には団長はもういない。ラルクに殺されて、過去の人だ。
アレスやラルクが団長を慕っている理由は、ゲームで語られているし理解できる。私もただただ単純に心広い素敵な団長さんだと思った。…………けれど、実際はちょっと奇天烈だ。
ゲームではあくまで支配者はオリウィエル。彼女がケルメシアナサーカス団を、フリージア王国の民も奴隷化して無理矢理見せ物にして働かせるように非道なサーカス団へと変貌させたことになっている。
実際、先に潜り込んでくれていたアラン隊長とカラム隊長の視点でも、このサーカス団の団員にはラルク達以外問題も怪しいところもない。むしろ団員同士の仲が良い、健全な演目を売りにしている良いサーカス団だ。
けれど団長がああだと、……正直この時点でオリウィエルかラルク、もしくはサーカス団自体が踏み外す片鱗があるのではないかと不安になる。
たとえば全員の弱みを握っているのかとか、彼らが団長に逆らうことができない根本的な理由や要因があるのかと。それこそ、私達はまだ団長の出身国がどこかも知らないままだ。
ステイルの疑問に、アレスはこちらへ肩ごと振り返る。眉を寄せながら「何言ってんだ」と疑問そのままの顔は正直な表情に見えた。
「不満なんざ山ほどあるに決まってんだろ。団長がああじゃなかったら俺らも成り立たねぇから仕方なくだ」
「……ぁー--……」
嫌そうな顔で言うアレスに、薄く息遣いが別方向から溢された。顔を向ければアーサーだ。
どこか遠い目をしながら一音のまま口を小さく開けるアーサーに、今度は私が首を捻る。寧ろ疑惑が深まった。しかもああじゃなかったら成り立たない……って、言葉だけ聞けばむしろ今はああいう性格の団長の所為でまともなサーカス運営が成り立つのか団員全員過労死しないか事案案件だと思うのだけれど。
なのにアーサーが理解してる意味がわからない。組織に所属しているアーサーだからこそ気付いたことがあるのだろうか。
私から尋ねるように手を伸ばしそっとアーサーの背中を突く。
突然の刺激に小さくてもびっくりしたのか肩を上下したアーサーが、途端に「いえ何も!!」とひっくり返った声を上げた。あまりの大声にステイルだけでなくアレスもこちらを向けば、注目されるのに焦ったようにアーサーが汗だくな顔になる。
「なんでもないです!」と首を横に振るアーサーに、ステイルが訝しげに視線を投げながら「話を戻しましょう」と眼鏡の黒縁を指で軽く押さえた。
「どういうことでしょうか。ここの団員と団長に過去に何かあったということでしょうか。てっきりサーカス団という形態からも人員募集で集められたと思っていましたが、皆さんは一体どういう形式で……」
「色々あんだよ色々!俺も入ってから一年程度だし過去なんか知らねぇ。大概は志願か団長が勧誘した連中だ」
勧誘……。言葉にされれば志願も勧誘も、この世界では普通の雇用の流れだ。実際、騎士を見た時の団長の目から考えても、才能のある人間を積極的に雇いたいタイプであることは間違いない。けれど、アレスの雇用経緯を考えると、なんだか深読みしたくなってしまう。
聞きたければ本人から聞け、と話題を流そうと声が大きくなるアレスに、ステイルも負けずと「因みに貴方は」と食らいつく。
当然、アレスは「言いたくねぇ」の即答だ。当然だ、元奴隷だなんて安易に言いたい過去じゃない。
「ユミルちゃんやクリフ君は?彼女達は下働きと聞いていますが、志願者ということで……」
「本人に聞けっつってんだろ。うちは食い扶持は多くて困っても、働く手も多くねぇと困んのこれ見りゃわかんだろ」
軽いステイルからのカマかけに、アレスは口を割ることなく片手を広げてテント内の騒めきを示す。
今も変わらず怒号からトンテンカンと作業音も聞こえれば、まぁ確かに人手の少なさはわかる。リディアさん達もそうだったけれど、やっぱり団員の過去とかのプライベート情報ほど規制もしっかりされているんだなと思う。
いや、規制というよりも暗黙の了解の方が近いかもしれない。ユミルちゃんが元奴隷だという話は本人から聞いて知っている私達だけど、やっぱり言いふらされて気分の良いものじゃない。
ユミルちゃんにアレス、そしてと。ゲーム知識だけで考えればやっぱり団長に疑念を抱いてしまうけれど、こうやって言いたくない過去は晒されない環境というのは彼らにとっては貴重だろうとも思う。
これ以上は教えてくれなさそうに突っぱねるアレスに、ステイルも口を閉じる。ちらりと私達に視線を向けてくれる彼に私からもここまでで良いと頷きで返した。
少なくともアレスの言い方なら、団長に弱みを握られているや操られているわけではないと理解する。もしそうだったら、アレスも正直に人望の高さ自体「俺もわかんねぇ」と言うとそこからぼやかすと思うし、過去を弱みとするにしては私達以外はそれとなく仲間同士で過去を察している節がある。
この状態でももし団長が「お前の過去を知ったら周りはどう思うか」ということを言っても、知ってる人は知っていたというだけの話だろう。
やっぱり単純にこのサーカス団が居心地が良いから団長の無茶ぶりにも応じるということか。いやでも、あの団長の性格から考えても「いや明日とか無理」と文句を言ったところでいきなり手のひら返しして「文句あるなら出てけ」とも言わないと思うのだけれども。
「ジャンヌさん、耳良いっすか」
不意に、アーサーの首がこちらに伸ばされる。
断りを入れるアーサーの声に、ステイルもこちらへ振り返った。私から返事より先に彼へと耳を寄せて見せれば、すぐにコソリと耳打ちしてくれた。さっき私が尋ねようとした問いへの答えだ。
端的に一言で集約されたその言葉に、すぐには正直わからず首を捻りたくなったけれど……視線の先を行くアレスの背中を見たらやっと「あぁ」と納得の声が漏れた。
そうなんだ、と。アレスだけでなく、団員達まで団長に文句が言えない理由が結局はゲームでアレスが語っていた過去にも繋げて考えれば理解できた。結局は、慕うのはアレスだけじゃなかったということだ。
俺にも教えろと言わんばかりにステイルが再び私達の傍まで下がってくれば、アーサーもすぐに応じて後ろ歩きの彼の肩を掴んで引き寄せた。こそこそと、多分私にと同じ言葉を言ったのだろうアーサーにステイルも大きく目を見開いた、その時。
「!ラルク」
突然のアレスの声に、息を飲み前方へ注視する。
さっきまで私達を先導していたアレスがちょうど立ち止まったところだった。彼の背中越しの向こうにはちょうど一人の青年が外からテントに入って来たところで、こちらを睨んでいる。
団長と別れた入り口とは正反対の、確かアレスが猛獣小屋の方向といって方向だ。
アレスに呼びかけられ一度足を止めた青年も、その間は二秒程度までだった。何もなかったのかのように顔ごとこちらから背けると、初対面である私達も視野に入らないように去っていこうとする。
「おい待て!!」
途端に、アレスが駆け出した。




