Ⅲ87.侵攻侍女は尋ね、
「おお!!ハッハッハッ!!会いたかったぞ!!お前達!」
とうとうサーカス団の待つテントへ辿り着いてすぐ、姿を確認できた途端にクリストファー団長は両手を広げて私達を迎えてくれた。
正確には私達と、同行してくれた元サーカス団の人達を。
貧困街でアンガスさん達と合流すれば、子どもであるユミルちゃん達含めた全員が早朝にも関わらず、そして眠そうな顔ひとつしないで私達を待っていてくれた。流石に早すぎる時間だしと思ったけれど、彼らには全然起きていて普通の時間だったらしい。流石元祖サーカス団。
早朝過ぎたこともあり貧困街の目にもあまりつかず、ご近所のサーカス団テントへ到着できた。
てっきりテントの前に待っていてくれるのもアレスか、もしくはまた門前でお伺い立てる形になると思っていたから、サーカス団の団長さん自ら外で待っていてくれたのは驚いた。団長の傍にはカラム隊長とアレスも立っている。
早速の無事な団長の登場に、クリフ君も「団長!!」と大きな声が上がった。居ても立っても居られなかったのだろうユミルちゃんとクリフ君が我先にと団長へ向けて全力疾走していくのを眺めながら、私達も彼らへ歩み寄る。
「団長!!どこいってたんだよ!!アンガスさん達もすっげー---探したのに!!!」
「団長良かった!あのね、ユミルずっと団長に会いたくって」
「あぁ!あぁ!あぁ!私も会いたかったぞ!!!はははっクリフは少し背が伸びたか??」
元気な声ではしゃぐ二人に満面の笑みで迎えては、腰を下ろして広げた両手で抱き締める団長の姿は本当に良いおじさまという印象だ。
遅れて私達と一緒にリディアさん達も合流する。もう感動の再会を自分達の分子ども二人がやってくれたからか、大人組は落ち着いたものだ。
団長、団長ご無事で、一体何が、と。話題を切り出す大人組に団長は「まーまーまー」とわりと雑に手を振りながら打ち消した。リディアさん達も慣れているのが苦笑いのまま、団長の打ち消しに一度口を閉じる。
その間、相変わらず子ども達をよしよしと可愛がる団長さんは途中でパッと視線を私達へと上げた。
「君達のことも当然待っていたぞ!新しい私の〝サーカス団員〟!!あ、いや代理だったな」
ハハハハハハッ!!とどこまでも高らかに笑う団長さんが真夏の日差しよりも眩しくて、今度は私も笑みが引き攣ったまま半歩下がってしまう。取り敢えずこちらの事情に合わせてくれてはいるからありがたいけれど。
ステイルを代表に私達からもぺこりと頭を下げる。一度立ち上がった団長はステイルに向き直ると、握手を求められるまま両腕を広げて抱き着……こうとしてカラム隊長とステイル本人から同時に拒まれた。
さっきまで黙して控えていたカラム隊長も、流石に王族に握手以上のスキンシップは見逃さない。言葉を話す間もない団長とステイルの間に腕を伸ばして阻んでくれた。
そしてステイルもまた、流石に友好の証でもハグは却下らしい。にっこりと社交的な笑顔を保ったまま素早く一歩距離を取り、伸ばした左腕で突っぱねる構えまで重ねていた。
団長も流石に断られつあも、目くじらを立てないどころか気にしないように「ハハハハッ」と笑い飛ばして両手を下ろした。改めるように握手の手を伸ばし「クリストファーだ」とステイルと今度こそ手だけで交流を図った。
侍女役である私と護衛のアーサーはステイルの傍で控えたままの挨拶だったけれど、帽子を軽く外して笑いかけてくれる団長の姿はなかなか真摯だ。
そしてやっと元団員大人組へと向き直り、リディアさんを含める彼らを両腕で大歓迎する団長さんに彼らもにこやかなものだった。
「それにしても驚きました。まさか早朝に外でお出迎え頂けるとは思いませんでしたので」
「単にいま団長テントの中入れねぇだけだ。大型テントからも締め出されたからここで待ってたんだよ」
…………まさかの団長が締め出され事件。
ステイルの言葉に呆れ混じりの声で答えるアレスは、眉が寄ったままだ。ラルクには歓迎されないだろうことはわかっていたけれど、まさかテント丸ごと締め出しなんて容赦ない。少なくとも他の団員さん達は昨夜の時点で歓迎してくれている様子だったのに。
詳細を求めるべく私からそそそっと静かにカラム隊長の方へ歩み寄る。私が近付いた時点で聞きたいことは察してくれたのだろうカラム隊長も、抑えた声で事情を細かく説明してくれた。先ず最初は、この場にいないアラン隊長についてだ。
「アランは、今サーカス団内のラルクやオリウィエルの動向を監視しています。私は演目もまだ確定していない為、団長とアレスさんに同行させて頂きました」
つまりアラン隊長の方はもう演目もがっつり決定ということだろうか。流石アラン隊長。やっぱりアンガスさんの演目を受け継いだのかなぁとこっそり予想を立てながら頷く。
元サーカス団の面々とも談笑を始める団長さんは次第に「お前達の復帰も楽しみにしているぞ」「まさかこんなすごい人脈を得たとは」「腕だけは鈍らせないでくれよ」ときっちり笑いながらも私達との打ち合わせ内容をお互いに確認し合ってくれている。まさかこんな外で立ち話で行うことになるとは思わなかったけれど、一応は
順調だ。
カラム隊長の話だと、どうやら昨晩あの後に騒ぎを聞きつけたラルクの怒り方が凄まじかったらしい。
就寝時はアレスの個人テントで眠ることにした団長だったけれど、そこをラルクがライオンまで嗾けて襲ってきたと。もうこれだけで心臓に悪い。まさにゲームと同じ死因じゃない!
勿論護衛を担ってくれていたアラン隊長とカラム隊長のお陰で事なきを得たけれど、ラルクは逆上して団長テントには近づくなと言う始末。
ライオンを檻から出してカラム隊長を襲っているのを他の団員に目撃され、ラルクの状況はなかなかに悪い。形勢としてはサーカス団員全員が団長の味方で、今まで団長の言付けを偽っていたラルクへの不信感も疑心暗鬼も今までの不満と一緒に膨らんでいる。
けれどサーカス団の目玉商品でもある猛獣たちは全てラルクに調教されていて、彼一人をサーカス団から放り出すこともできないのが実情だと。ラルクが猛獣達を味方につけて暴れればいくら鍛えた人間もひとたまりもないのが普通だし、サーカス団も猛獣ショーまでなくなるのは手痛い。現時点で猛獣達が言うことを聞くのはラルクらしい。世話係にも餌係にも全く懐くことのない猛獣達を客前に出せるのはラルクだけだった。
猛獣を従えるラルクから団長締め出しが行われても、なかなか団員達も反対はできても抵抗はできない。何より、締め出し扱いを受けた団長が「まぁ反抗期だから」と笑って済ませている。
締め出しといっても完全に立ち入り禁止ではなく、あくまで「団長室に近付くな!」「僕と彼女に近付くな!」「視界に入ったら殺す!」くらいのもので、ラルクを刺激しないように一応団長もなるべく大型テントや敷地内にも長居するのは避けているらしい。
「まあまあ遅い反抗期は長く続くとはいったものだ!安心してくれ!団長の私が君達を受け入れると言えば決まったようなものだ!」
「団長テントにも帰れねぇジジイが何言ってんだ。アンガス、いっそお前らんところで団長も預かってくれねぇか?」
ことが終わるまで、と。顔を顰めたアレスの提案に、確かにそれも一理あると思う。むしろ、安全面で言えば良い方法だ。
昨日で少なくとも二回は団長を襲っているラルクは、どう考えても団長がサーカス団に戻ってきていることを良く思っていない。私達が彼女を止めるまで、そしてラルクを支配下から解放するまでは安全なところにいて欲しいというのは私も勿論考えた。今日ここでサーカス団との橋渡しをしてくれれば、何かしらステイルに理由を作って貰って団長も貧困街に保護して貰えれば私達も安心して動ける。私達の表向きの宿でも良いし、エルドに匿うように話を通すのだってそれくらいなら難しくはないだろう。…………けれど。
「なにをいっているんだアレス!これから公演準備に忙しいのに離れられるわけがないだろう!指示ならテントの外でもできる!今日だってこれから宣伝回りだ」
「うるせーよ。帰ってきたら帰ってきたらで無茶ばっかり言いやがって」
立っているだけで時々ふらつく仕草のあるアレスは、特殊能力のお陰で怪我は大分癒えたように見えるけれどやっぱり全快ではないのだろう。
昨晩もそうだったけれど、ここまで身の危険があるにも関わらず団長は避難する気がないらしい。これでラルクが反抗期でもなんでもなく特殊能力下にいると言えば余計に頑なになる。昨日も私達に協力することは快くでもサーカス団に戻るぞいう意欲は固かった。
こんなにサーカス団への愛があって何故今日まで行方をくらませていられたのが謎なくらいだ。ゲームとも帰還のタイミングが恐らくずれているし、…………本当に一体何故。
しかも戻ってきて早速公演準備に取り掛かりたがって宣伝行脚までしようとしている。気合が入っている証拠だ。
「早速宣伝も始められるのですね。公演日はおいつでしょうか?」
「明日からだ!!心躍るだろう!?」
…………へ?
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの団長に、私は顎が外れた。
一瞬だけ、時間も止まったような気がした。




