Ⅲ68.越境侍女は答え合わせし、
「……大体わかった。けどよ、ボロ着たのは本当に団長だったのか?」
間違いないと思います、と。ステイルから間髪入れずに言葉が返された。
私の表向きの特殊能力と、そしてフリージア王国と直接関係があるという立場をなんとか飲み込んでくれたアレスは、やっぱりその部分で首を捻った。
フリージアによる調査の為に訪れた騎士団と協力者の商人。調査の中で貧困街との接触やそこで保護され身を寄せていた元サーカス団のアンガスさん達に出会い、さらに偶然にも団長らしき男性に仲間が接触した。と、ある程度嘘ではない矛盾が出にくい状態での説明に、アレスはそこまで怪しまないで聞いてくれた。
ただ、団長に会ったことのない私達の接触したその人が本当に本人なのかは懐疑的らしい。ユミルちゃんから団長の情報は聞いたとはいえ、会ったことのない私達がボロ服の団長を本人と確定できたかを疑う気持ちはわかる。
それでもレオンから聞いたその男性の特徴や、語ってくれたサーカス団についての話をステイルが説明すればユミルちゃん達と同じくアレスも確信を強めていった。「なにやってんだあのジジイ……」と頭を両手で抱えたまま天井へ顔を仰ぎ、また俯く。
「元気そうなら良いけどよ……まさか金全部ふんだくられたんじゃねぇだろうな……?ラルクが渡した金とかどこやってんだよ……たったひと月で服ボロにしてんじゃねぇ……」
「?団長は去り際に身支度されていかれたのですか」
もう私達が彼らの事情を見通していると理解してくれたからか、ぶつぶつと呟く彼に私も首を傾ける。
ゲームでもアレスが過去を語る場面はあったけれど、あくまで過去の振り替え場面は断片的だった。彼らの間に何があったかはわかっても、詳しい状況までは私もわからない。
私からの問いに、アレスは顔をぐったり俯けたまま両手をパントマイムでもするように四角く動かした。「あの、あれ、箱の鞄……」とぶつぶつ言うから、謎のヒント出しに何かキーアイテムかしらと一瞬思ってしまう。けれどセドリックが「トランクケースでしょうか」と察してくれた。
言葉の代わりに頷きとセドリックへの指差しでそれに応えるアレスに、なんだか「正解!」と言っているようで口がちょっと笑ってしまう。
アレスの話によると、去ったその夜に団長は私物のトランクケースは持って去ったらしい。
中にはサーカス団の資金だろうお金……というと響きが悪いけれど、当面は生活するに充分な資金とそして衣服等彼の私物も詰まっていた。もともと、移動型サーカスという形態上いつでも旅に出れるようにある程度私物は纏めていたからその内の一つだと思うと。
だからこそ、団長がボロボロの格好というのはアレスには未だ信じがたいらしい。
着替えも資金も持っているとわかれば確かに当然だ。いなくなった当時の状況を知らないユミルちゃん達だって団長はおしゃれな恰好と信じて疑わなかったのだから。……そういえば、ゲームのアレスも団長が行方不明の間に酷い目に遭ったに違いないと心を痛めていた。多分、いま目の前の彼が思うように治安の悪いこの街でトランクごと奪われたと考えたのかもしれない。
ここまでくると、団長さんが本当にどうして今そんな格好をしているのか私まで気になってしまう。
「どっかで飲んだくれてるんじゃねぇかとは思ったが、……ほんっっといつ帰ってくるんだよ……。金ねぇならさっさと維持張らねぇでうち戻ってくればいいじゃねぇか……」
『断言する。今のお前達だけじゃ客を満足させることはできない』
ぶつぶつと低い声で呟くアレスの言葉に、ゲームの団長の言葉が脳裏に蘇る。
ゲームでは過去のキャラとして、顔も満足に描かれなかった団長だ。ただ、それが団長が去り際に明るい声で彼らへ告げた言葉は挑戦状にも近かった。アレスの〝維持張って〟という言葉もあながち間違っていないかもしれない。
そして実際、サーカス団は未だに開演もせずそして団員が四人も抜け出してしまっている。団長さんの言っていることは負け惜しみでもなかったのだろう。まだアレが起きていないからこそ言えるけれど、現状だとなかなかアレスはとばっちりだなと思う。
そこでふと、顔を小さく上げてアレスは真っすぐに私を見た。「どこまでアンタは知ってる?」と短く尋ねる彼は、自分から警戒心を改めるかのようにそこで口を結んだ。私の特殊能力について、特殊能力ではなくカマをかけているだけかもと思ったのだろう。
ステイル達にはもう別室で話したけれど、まだ聞いていないジェイルとマートにも説明する為にもここは私からも口を開く。
全員の視線が静かに集まってくるのを感じながら、私は言葉を選んだ。
「団長さんはあの夜、追い出されたのですよね。……ラルクに。そして団長さんも自らの意思で出ていった。原因は彼女……オリウィエルについての行き過ぎた扱い」
あくまで確実な情報だけ。そう考えて告げながら、答え合わせする瞬間に心臓が酷く脈打った。
ゲームの設定とはいえ過去のことが全て照合通りとは限らない。けれど、アレスは私の言葉に顔を苦々しく顰めたまま否定をしなかった。やっぱりゲームの設定どおりのことが起きたのだという何よりの証だ。
そう思えば続きを言う前に一度私は息を吐き切った。
呼吸を整え、そして更に彼が隠し通していた事実を提示する。
団長はラルクにサーカス団が自分無しではサーカス団も集客も困難だと告げたこと、そして引き留めようとしたアレスにはサーカス団員への口留めを頼んだ。自分を追い出したと知ったら、経営の困難さを知るまでもなくラルクがサーカス団員達に反感を受けるのは目に見えている。だから黙っておくように頼んだ。
『なぁに、あいつの頭が冷えたら戻ってくる。サーカスもうちの団員も一筋縄でいくようなもんじゃない』
そう告げ笑って去った。
正確な団長の言葉は告げず、あくまでその状況だけを語った私にアレスからは最後まで訂正はなかった。
さっきよりも更に頭を抱える角度が低くなるアレスは、当時のことを思い出すかのように頭を抱える指に力が入っていた。
慕っていた団長に託されて、ラルクの立場も危ぶませたくなくて団員に黙し続けた彼はサーカス団で団長を待ち続けた。
団長の読み通りサーカス団は回りきらず開演も先延ばしのまま、団員達にも戸惑いが蔓延し続けた。
団員が団長を見つけて事情を知られたら、ラルクが追い出したことも知られてしまう。それに自ら行方をくらませた団長自身が自分を見つけられることを望んでいないことも知っていた。
探しに行こうと提案した団員を引き留め、今日か明日かと団長が帰ってくるのを待ち続けていた彼だけれど、……今日。件の噂を聞いて、慌てて団長を助ける為に奴隷商人へ殴り込んだ。自分の意思で雲隠れしているならまだしも、帰ってこれない状況に追いやられていると知れば当然の行動だ。何より、彼自身は団長が本当に大事なのだから。
暫くは沈黙が続き、五分近くが経った時にアレスから「合ってる」と溢すような声が落とされた。
まるでずっと水面に顔をつけていたかのように勢いよく顔を上げると、そのまま汗で湿った顔を両手で顎から両手で額まで拭う。
前髪まで後ろに流したアレスは観念したかのように音に出して息を吐ききった。
「ラルクもあれから反省するどころか全然変わんねぇ。あの女は部屋から出てくることすら殆どねぇ。しかも昨日から妙な新入りが入ってきて妙に馴染んでやがる!ていうかあいつらもつまり騎」
「声を抑えて下さい。万が一にも聞かれたら困りますので」
ステイルの制止に、大声を出していたアレスの口がむぎゅっと結ばれる。
「い」の口に歯を見せれば、次には半分以下に落とした声で「あいつらも騎士ってことなんだな?」と確認される。これにはステイルだけでなく私からも頷きで返せば「どうりで……」とアレスが一度ベッドに倒れ込んだ。
ちゃんとサーカスに馴染んでいる……と仰っていたわりには何か騎士らしい兆しでもあったのだろうか。アラン隊長とカラム隊長なら上手く入り込めていると思ったのだけれど。
「噂で聞いたことある。フリージアの騎士団ってあの、化物染みた強さっていう……」
「彼らは、サーカス団の内情把握の為に先行して潜入しました。我が国の第一王女であるプライド様の〝予知〟を受けて、僕らは彼女とそしてサーカス団の関係者を調べています」




