Ⅱ536.騎士は首を捻り、
「???な、んで謝るンすか……?」
きょとんと、音にも出そうなほど目を丸くする。
今日〝十五〟歳の誕生日を迎えたアーサーは、贈られた品を両手に首を傾げた。
一年前騎士団の入団試験に合格し新兵になってからも、アーサーの休息時間にステイルが合わせてでの稽古と手合わせは今も殆ど毎日続いている。
去年と同じように稽古へ訪れると共にプライド達から誕生日プレゼントを贈られたアーサーだが、今は少し戸惑いが前に出た。お互い贈り合うことをしないステイルから今年もなにも贈られなかったことも気にしなければ、ティアラから今年も用意された両手いっぱいの花束は嬉しく思う。
しかし、贈る時から既にいつもと違いぎこちない笑顔を浮かべていた彼女の表情はアーサーでなくともわかるほど筒抜けだった。
ティアラから花束をアーサーが受け取った後も、変わらず背中に隠し続けたプライドは表情筋をぴくぴくさせた。妹に励まされ、ステイルにも見守られながら彼女が背中から取り出した〝小さな〟包みよりも遥かに、その発言の方がアーサーには疑問だった。
『ご、ごめんなさい』
おめでとう、ではないまさかの謝罪の言葉にアーサーが戸惑いを覚えるのは当然のことだった。
敢えて答えないプライドに「どうぞ開けて」と言われ、彼女の侍女に花束を預けてからアーサーは包みを開いた。去年のように両手で受け取らなくても安全を確保される大きさと軽さに、机がなくとも中身を確認することは難しくない。
あまりにプライドにしては珍しい態度に、もしかして自分を驚かせる為にそういう振りをしているのかとも過ったが目の前で気まずさいっぱいのプライドには違和感の一つもない。真正直な表情そのままだ。
ティアラが元気づけるように姉の傍らにぴとりとくっつけば、プライドも癒しと落ち着きを求めるように彼女の頭を撫でた。既に妹弟とも審議を重ねた結果とはいえ、去年とは異なり、緊張感に見舞われた。
本当にこれで良かったのかと不安は未だ拭えない。最終的には自分で決めた結果だというのに、アーサーへプレゼントを渡す瞬間までやはりこの判断は間違いだったかという不安にまで駆られてしまった。今も首のうしろがべったりと汗を染みてきているのを自覚する。
可愛らしいリボンを少し無骨な指でアーサーが解き、小箱を開く。
そこに入っていた物体に、アーサーは一目でそれが何なのかを理解した。しかし、理解をすれば余計に何故これをプライドがこんなにも気まずそうに贈ってくれたのかがわからない。
全く困るものでもなければ、むしろ嬉しい。去年よりも良い品悪い品と比べられないほどには目も輝いた。
何故プライドがこれを贈ってくれようと思ったのかも疑問に浮かんだが、それはすぐに思い出した。何故ならば
「知恵の輪……。アーサーが暇な時に使っていたって言ってたから。………………二、年前までは」
ぼそりと、最後は縛り出すような声だった。
続けて改めるように「誕生日おめでとう……」と言えたが、その間も額が湿ってくるプライドは、勝手に肩まで上がってきた。視線を逸らしたいが、自分が贈った分際で目まで逸らすのは流石に失礼だと意識的に焦点をアーサーに合わせる。
未だぎこちない笑顔のプライドではあるが、その贈り物が全く自分にとってがっかりとも迷惑とも程遠い品だったことにアーサーは未だ首を微妙に傾けたままだ。
プライドから貰える品であれば何でも嬉しい。むしろ、今年もまた高額な品を避けて貰えていたことに安堵もあった。
一年以上前、ステイルと稽古の中で「昔はどうやって家で時間を潰していたんだ?」と聞かれた時だった。
今でこそ晴れの日は稽古と鍛錬に畑仕事、そして雨の日も室内で基礎鍛錬に余念がないアーサーだが、騎士を目指す前は畑仕事以外やるべきことも大してなかった。店の手伝いも、裏方すら客に呼びかけられるのも噂されるのも嫌で逃げていた期間が長い。
そんな中、今は騎士になる為の鍛錬付けのアーサーが、騎士も目指さず更には畑に出られない雨の日はどう過ごしていたのか、疑問に思ったステイルからの軽い話題だった。そして、アーサーが寝るか掃除かの他に答えたのが「知恵の輪」だった。
……多分。クラークから聞いて心配してくれてたんだろうなネル、さん。
『これ、アーサーにあげる。結構難しいから暇つぶしくらいにはなると思うから』
そう思いながらアーサーは知恵の輪に引きずられるように記憶が蘇る。
子どもの頃、騎士を目指すのをやめると決めたばかりで、雨の日でも構わず畑に逃げては母親に風邪を引くでしょうと心配をかけていた頃だった。
ネルが国を出てからは会っていないが、当時もあまり親しいというほどの間柄ではなかった。
何度か話したことはあるが、クラークと会う時かもしくは自分よりも母親へ会いに来た時くらいのものだ。それでも、行き場がなく逃げていた自分の身体を心配してくれたネルは本当に良い人だったと今でも思う。
「雨の日はこれを解いて戻すまでは外に出ちゃ駄目」と言われ、自分もやることがあるのならと言われた通り家の中で大人しくしてられた。
貰った知恵の輪は大人が解くのも難しい形状だった為、お陰でそれからは雨が降っても暇にはならず一日中時間を潰すことができた。お蔭でこの年まで風邪を引いたこともないとアーサーは思う。二年前までは数少ない趣味の一つにもなった。数年経った今でもあの知恵の輪を解くのには時間がかかる。
そして現在、確かに知恵の輪は昔のような趣味というほどのものではない。家の中にいてもやりたいことが増えたのだから。
特に新兵になれてからは、雨の日でも演習所を借りればいつでも屋根の下で鍛錬も演習もできる。知恵の輪に触れることすら殆どなくなっていた。
プライドが絞り出した気持ちの通り、今の彼にとって趣味の品というものではない。しかし
「ありがとうございます……。すげぇ嬉しいです。プライド様、あんな昔のこと覚えててくれてたンすね……」
プライドが、自分に向けて選んでくれたという事実は変わらない。
未だプライドが気まずそうにする理由はわからないが、それでも改めて感謝を口にするアーサーは自然とそこで口元が緩んだ。自分で言いながら、あんな二年前の何気ない会話を覚えていてくれたことが嬉しい。
小箱の中にまるで装飾品のように収められていた知恵の輪を摘まみ上げ、全体構造を確認するべく眺めた。
自分が持っている物とは全く違う形状のそれは、たぶんまた解くのにも時間がかかるのだろうなと思う。二本の金属の棒が捻じ曲げ結ばれたような状態でそこにある。当然ながら片方を指でつまんだだけでは、片方の棒も抜け落ちることなく繋がっている。チャッ、と金属同士の音が鳴るだけだ。
解けるか試す為に小箱を包装ごと脇に抱えれば、速やかにまた侍女が花束と同じように預かってくれた。両端の棒を左右に引っ張ってみてもカチャカチャと音が鳴るだけで外れない。この感覚も懐かしいと、十五歳のアーサーは童心に帰ったような気持ちで繰り返し動かした。
アーサーが喜んでくれたことに、プライドもそこでほっと音もなく息を吐いた。ティアラも「良かったですねお姉様っ!」と満面の笑みで声を跳ねさせれば、やっと絶妙に緊張の混じった空気が薄まった。
ステイルも表情にこそ出さないものの、笑みを浮かべても良いほどに機嫌は良かった。贈る側だったプライド達の隣から足を動かしアーサーへと歩み寄る。
「簡単には解けないぞ。俺達三人でもその場で解けなかった品を選んだ」
「それ、俺じゃ永遠に解けねぇだろ」
少し自慢げに鼻先を上げるステイルに、アーサーもゲッと眉を寄せて返した。
自分より遥かに頭の良い三人が解けなかったのなら、自分も無理だろと本気で思う。何となく頭の良い奴が知恵の輪も解けるというイメージがあるから余計にである。
すかさずステイルから「その場でだけだ」と言われれば、取り合えずやってみようという気持ちにはなれた。カチャ、カチャ、と適当にぐるぐる回転させながら引っ張ってみても全く解ける気配もない知恵の輪に、今度はティアラが前のめりに首を伸ばす。




