そしてまとまる。
『へぇ、良いじゃないか。僕もカラムなら適任だと思うな』
ステイルがそれをレオンに提案した際も、カラム自身はその場に居合わせた。
名目上は伯父に虐待を受けていたところを保護し講師としても関わり親密な信頼関係を築いた騎士だから、と。依頼先である発明家が未だ未成年時且つ両親の保護下である少年であるという配慮からだ。
フリージア王国にとっても大事な同盟国であるアネモネ王国王子と直接取引を行う発明であればと特別にフリージア王国による騎士の手配を、王配と女王も許可を卸した。
フリージア王国の特殊能力による発明の輸入輸出問題へ慎重に慎重を重ねた結果でもある。
自分としてもネイトとは個人的に関わりを繋げていきたいと考えていたカラムだが、まさか正式な任務として任されるとは思いもしなかった。
自分でなくても、今のネイトならば他の騎士でも、もしくは自分が一度紹介をすればアネモネ王国の使者や騎士でも取引程度の問題はないと考えていた。しかし
『やはりネイトにとってカラム隊長以上に信頼足る人物はいないと思います。会えればそれだけで喜ぶと思います。……それに、カラム隊長を通じればこちらとしても色々とありがたいので。たとえば……』
「ジャンヌ達への手紙のやり取りも、君さえ良ければ私が今後は受け渡しをしよう。彼女達の親戚は私の同僚だ」
「!!マジで⁈本当に⁈カラムに渡せば届けてくれんだな⁈」
「ああ、……それとジャンヌ達から伝言も預かっている。今後、件のゴーグルをたまに預けるから気が向いた時にでもまた使えるようにしてほしいと」
その方が手間も少ない。そう告げながら、カラムは改めて流石ステイル様と思考の中で唸った。
ネイトが無料でプライドに贈った発明。あれは、実際は無償で大盤振る舞いして良いものではない。しかしその正規値段を庶民であるジャンヌ達がネイトへ支払うのはおかしいことになる。
ネイトの気持ちといえばただ受け取るだけでも良いのではあるが、ステイルとしては〝今後〟のことを考えてもあのゴーグルは今後も必要に応じて頼りたい品だった。
更にはネイトとジャンヌの手紙。当初はギルクリスト家を通じて行うべきかと考えた手紙経由だが、それも一つ一つ順調にギルクリスト家の負担を無くすようにステイルが人脈を組み合わせている。その中の一つ、ネイトの手紙を請け負うのがカラムだった。
名目上アランの親戚であるジャンヌ達とのパイプ役に、騎士であるカラムはごく自然な流れでネイトも手紙を託せる。
何よりも、本来ならば発明の特殊能力者とアネモネ王国との取引とはいえ王国騎士団の騎士隊長をわざわざ一個人の庶民の為に派遣など金銭で解決できるような依頼ではない。
ネイトにとっては単なる〝信用できる騎士〟でも、国の立場で見れば王国騎士団の騎士隊長だ。貴族ですらも容易には依頼できないそれは、充分ネイトの発明と今後のゴーグル使用維持への代金に相応した。
ネイトへの借りを返しつつ、更には手紙のやり取りとゴーグルの回数制限すらも解決する第一王子は間違いなく国一番の天才、もしくは策士の名が相応しいとカラムは静かに思う。プライドも、そしてレオンもこの提案には驚きつつも大賛成だった。
「へ……へぇ~~??じゃあ、じゃあ俺の為に派遣されたんだ?つまりカラムが俺の為に使いぱしりされてるってことだよな?」
「使い走りではなく、派遣だ。重ねて言うが、アネモネ王国はフリージア王国にとって大事な同盟国だ」
授業でも習っただろう?と確認するカラムの言葉を、ネイトは最後まで聞かない。
やっと状況が正しく飲み込め始めたネイトは、にやぁと少し悪い笑みを浮かべた。
カラムがこれから定期的に絶対自分のところに来てくれることになったことが嬉しい。緊張すると思っていた学習確認や取引などもカラム相手なら全然緊張しないし安心できる。試験内容まで甘くしてくれるとは思わないが、今日まで緊張していたのが馬鹿みたいだと思うほど今は浮足立っていた。
しかもジャンヌから「もしできたら」と言われた手紙も、少なくとも自分はこれからできる。
発明の取引で金銭以外にこんなに嬉しい得が二つもついてくるなんてと思えば、それだけでもこれからも取引がちゃんとできるように学校の授業も頑張ろうとやる気が漲った。伯父の脅威がない今、金も大事だがそれ以上にカラムとジャンヌ達との繋がりが嬉しい。そして今は、さらに。
「べっ、別に嬉しくもねぇけどさ?!」
上擦ってしまう声を上げながら、ネイトは帰路の時とは正反対に背中を大きく反らし胸を突き出した。
へへんっ!と鼻息を吹いて顎を高々に上げながら、それでも変わらない身長差がまるで埋まっているかのようにカラムを見る。
「俺の為にカラムは働いてるんだから今は俺の方が上で偉いってことだよな?!カラムは騎士で俺が取引してやってる側なんだから!」
「アネモネ王国相手に〝してやっている〟という言い方は控えるべきだ。君も〝取引して貰っている〟という考えを忘れないように。前者については否定はしない。あくまで私は君の取引相手ではなく、その使者に近い。……だから、そうだな」
最初にネイトの驕りに近い発言を注意してから、自分についてはすんなりと認める。
あくまで自分が任されたのはネイトの保護でも教育係でもなくパイプ役。その上でネイトが自分の方が立場が上だと言えば、間違いではないと思う。あくまで自分は城の命令で派遣されたも同然なのだから。
カラムからの説教に唇を尖らせるネイトも、途中から大きく目を見開く。
もともと本気でレオンに〝売ってやっている〟などと思っていない。自分みたいな子どもの発明を買ってくれて面倒まで見てくれている第一王子のレオンには感謝もしている。しかし、今まで講師だったカラムとの立場が逆転していることは子どもなりに愉快だった。勝利感すらある。
そんなカラムがすんなり立場の変化を認め、途中からは視線が浮かせた。曲げた指関節を口元に添え、考える素振りに次に何を言うか、困るかとネイトは目を輝かせた。今まで子ども扱いしていた相手が自分より上なんて流石のカラムも悔しいだろと思う。
しかし、カラムはすんなりと結論を付けると再び狐色の眼差しに目を合わす。
「ならば言葉も改めようか」
「へ????」
まさかの、と。
ネイトはうっかり顎が外れた。まるで母親が「パンを焼こうか」というくらいの気軽さだった。まんまるになった目でカラムを見上げれば、彼は冗談を言った様子でもない。それどころか「つい今まで通りの口調になってしまったが」とどこか反省するような言葉まで続けてくる。
冗談だろ、嘘だよな、と思いながら変に口が笑ってしまったままネイトは隠せない。遠回しにそれだけ偉くなったと褒められたような認められたようなくすぐったさと同時に、自分みたいな子どもにこんなこと言われて本当は腹立ってるんだろ!と決めつけながら喉から声をヨロヨロ溢す。
「そ、そうだな?俺の方が偉いし?!天才だし?!ならカラムもちゃんと俺に偉い奴らしい言葉使えよ!俺にだって学校じゃ目上の相手に言葉遣い直せって言ったこともあるもんな?!」
へへんっ!と腰に手を当て、意趣返しをした気分で言ってみる。
できるもんならやってみろ、と鼻の穴を膨らませながら言うネイトはいつの間にか額に汗が滲んでいた。
ちょっと偉そうぶりたかっただけなのに、予想をしなかった展開ばかりで未だ気持ちが追い付いていない。
しかもネイトのその発言にカラムは全く動じない。「そうだな」とすんなり認めると、一度だけ咳払いをした。コホンッという音に、一瞬説教でもしてくんじゃねぇかとネイトは口の中を飲み込んで上目に除いた。しかし
「それではネイト殿。改めまして騎士隊長のカラム・ボルドーと申します。今後とも何卒宜しくお願い致します」
「………………」
わざとらしい口調でも演技ががかってもない。
言葉遣いだけ直ったまま、教師同士の会話のようになだらかに自分へ言葉を結ぶカラムにネイトは口を結んだまま開かなかった。
ぺこり、と優雅な動作で礼をされ、カラムの旋毛を眺めるだけだ。
「取り合えず一度家にお通し頂いても宜しいでしょうか。ここでは場所も場所ですので。先ずは取引の前に事前にお伝えしていた学力確認を」
「やっぱ要らね」
させて頂きます。……と、その言葉を紡ぐのを遮るように重ねられた早口にカラムは一度、聞き返した。
きょとんとした表情で尋ねてくるカラムに、ネイトは口をへの字に曲げる。「いつも通りに話せって言ってんだよ!!」と頬を膨らませる暇もなく声を荒げた。
フン!!と鼻息を一度大きく吐くと、ずしずしと大股で家の玄関へと進んでいく。
「気持ちわりぃ」「むかつく」「命令だからな!!」と悪態を吐きながら一人腹を立てるネイトへ、カラムは口を閉じてから小さく笑んだ。
彼が満足するならば形式に則るべきだと考えたが、どうやらいつもの口調の方が彼には居心地が良いらしいと察した上で言及はやめる。それだけ彼が自分を見下すよりも親しい相手として見てくれている証拠なのだから、ここはそのまま受け取っておこうと思う。
わかった、とその一言と共に改めて口調を戻すことに決めた。
プンスカと湯気を立てて怒る彼の背中に続きながら、今は口の悪さも指摘せず飲み込んでおく。
バッタン‼︎と乱暴に開かれた新品の玄関に手を付いたまま「さっさと入れよ‼︎」と怒鳴るネイトに続き、一言「失礼します」と家への挨拶と共にカラムも家の中へ入った。その途端「そういう言い方やめろよ‼︎」と過敏に八重歯を剥いて怒鳴られたが、今回は単なる他所の家に対しての礼儀だ。あくまで家はネイトのものではなく、ネイトの両親のものなのだから。
嫌がるどころか過敏にまでなるネイトの反応に、思わず肩を竦めてしまうカラムはそこで試験の前にと口を開く。
「そういえばネイト。以前貰った品なのだが、いくつか使用方法どころか用途もわからない物があったのだが教えて貰えるか?」
口答で良い。と、今回はネイトの発明を持参しなかったカラムの言葉に彼の反応は大きかった。
ハァ⁈と家中に響く声で怒鳴ったと思えば、身体ごと振り返った顔はきらきらと輝いていたことに当然カラムは気が付いた。続きの言葉を貰う前から、やはり彼はこの話題が一番好きなのだなと理解する。
本当なら騎士館の自室にあるいくつかを持ってきても良かったのだが、流石にいきなり初日から休息日でもないのに任務ついでに公私混同するのは躊躇われた。
アランには「二、三個持ってけば?」と言われ、プライドにも良いとは言われたが、時間の制限内としてもやはりネイトに許可を得てからにすべきだと思う。
「なんだよどれがわかんなかったんだよ⁈ばっかだなあ!どれもカラムでもわかる簡単な使い方なのに‼︎」
「鳥のような形をした人形と、あとは飾りつけた酒瓶のような物が特にわからないな。使い方はわからずとも用途が何となく飲み込める品もあるが……」
「ばっか‼︎あれ一番使うの単純なのに‼︎投げるのと流れてくだけだぞ!」
投げる?流れる⁇と、ネイトの抽象的な返答に流石のカラムも目を大きく開けば、ネイトも傾いていた機嫌が上昇する。
「あ!あとゴーグルの回数を戻して欲しいならもう一個の発明……も、さっさと使ってまた寄越せって言っとけよ⁈」
「それは発明両方特殊能力を補充してくれるということか?……ああ、そうだ。いくつか試しに使ってみようとして間違って始動してしまった発明もあるんだが……特にあの謎の液体が出てくるものは一体」
もう良いよ今度全部持ってこい!ばか‼︎と途中から口答での説明を面倒がったネイトから頼むより先に持参許可を貰うまで時間はかからなかった。
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