そして帰る。
「本っ当にヴァルったら一度も歌わないんだから!!」
「でも僕、セフェクの歌も聞けて嬉しかったです。ティアラとのデュエットも可愛くって」
プライド達とも道を分かれた夜の帰り道、夕食をコンビニで買い終わったヴァルは二人の言葉にうんざりと息を吐く。早くも二人揃って喉が枯れ始めていると思う。
結局後半にはセフェクもケメトもカラオケにどっぷりハマってしまっていた。デュエットも入れたら一番歌ったのはこの二人じゃねぇかとヴァルは頭の隅で思う。なにせ、最初のスタートダッシュで五曲先走っている。
ずっと頑なにマイクを握らず途中何度かうたた寝までしたヴァルだが、今は二人の掠れた声がそうでなくても遠い。
本当にやかましかったと、心からの感想が頭に浮かぶ。今も興奮冷めない二人は、掠れ声なのにいつもより無駄に声が大きい。自分と同じで耳が馬鹿になっているのだろうと思う。
このせいで、正直自分はカラオケは付き合いでも好きではない。
前職でも付き合いや取引で行ったこともあれば、今もジルベールからの依頼の仕事によっては足を運ぶ時もある。しかし、何故あれを趣味で行きたがる奴がいるのか未だにしっくりこない。防音と密室以外、良いところが何もない。酒すら年齢確認されないと飲めない場所だ。
今回の面々は全員歌が上手かったお陰で聞き心地はまだ良かったのは認める。過去の面々によっては本当に騒音そのもののカラオケの方が珍しくなかった。セフェクとケメト、そしてプライドの歌はまだ耳を傾けるくらいはした。だが、何故歌を他人に聴かせたがるのかとは今も思う。
「ヴァルだって歌うのは嫌いじゃないくせに」
「ふざけんな。好きでもねぇよ。少なくとも大声で聞かす趣味はねぇ」
「僕はヴァルの歌聞くの大好きですよ!!」
耳が遠いせいで、自分も声がでかくなっているだろうことを自覚しながらセフェクに返す。ケメトがホットスナックの入ったコンビニ袋を片手に反対手で握るヴァルの手を軽く引っ張った。
カラオケに今まで行ったこともなければ、当然ヴァルと行ったこともなかったセフェクとケメトだが、彼が歌うのは聞いたことがある。ステイルがプライド達に聞かれていたのと同じように、同じ空間で生活をしている三人である。
しかしヴァルもつい口に出ているだけで、別に二人に聞かせているつもりは全くない。
自覚はあるが、二人の前だからといって自重しないだけだ。別段大声で歌っているわけでもない、鼻歌か口遊む程度だ。セフェクもケメトもたまに聞けるヴァルの歌が好きだからこそカラオケでちゃんと聴きたかった。歌の良し悪しはわからず、今日聞いた面々が全員上手かったこともあり知らず知らず自分達の中でのカラオケの基準値が高くなっているが、それでもやっぱりヴァルが一番上手いと思う。
ティアラ達に自慢したい気持ちも少なからずあった。
「プライド様達だって絶対上手いって言ってくれるのに」
「あんな歌聞いても上手いか下手なんざわかるかよ」
「でも!今日知らない歌たくさん聞きましたけど、みんな僕は上手かったと思います!」
そもそもプライド達が知っているような定番や流行の歌にも興味がない。テレビもコマーシャルがあれば迷わず飛ばすか見ない。セフェクが見る音楽番組も全く興味を持ったことがない。
歌自体は普段イヤホンで聴きはするが、それが一般的なものではないことはヴァル自身もわかっている。
別に誰と共有したいと思ったこともない。今までプライドやティアラ、レオンにも何度か何を聞いているのか聞かれたことはあるが、答えない。知られたところで反応が面倒くさい。知っているのは同じ生活圏内にいるセフェクとケメトだけである。
自分が上手いか下手かなど実際わからなければどうでも良いが、どうせ歌ったところで判断つくような歌でもないと思う。
セフェクから「ならテレビの歌とか覚えれば良いのに!」と言われても、そもそも自分が好きでもない歌をわざわざ耳に通す気になれない。今日聞いた歌の中には嫌いではない歌もあったが、彼らと同じ歌を歌うなんて怖じ気が走る。ふざけんな、興味ねぇとセフェクの言葉に一蹴するヴァルへ、今度はケメトが「じゃあ」と首を傾ける。
「なんでヴァルは民謡は好きなんですか?」
「別に好きじゃねぇ」
「嘘ばっかり!いっつも意味わかんない民謡ばっか歌ってるじゃない!」
「意味分かんねぇくらいがちょうど良いだろ」
「だから異国の民謡とかも好きなんですか?」
好きじゃねぇつってんだろ、と。舌を打つヴァルは改めてプライド達には言わないようにと二人に釘を刺す。
別に隠しているわけでも恥ずかしいわけでもないが、知られたら知られたで同じ質問を投げられるとわかるから面倒だった。
別に民謡に拘っているつもりはなく、なんとなく耳に残っている歌があったせいで他も耳に通す気になるのが同じ系統ばかりだった。
歌詞も一般的な歌のように気取ったものがなく、自分でも歌詞の意味がわからないまま聞いているものも多い。なんとなく耳心地が良いから聞いて、なんとなく口遊んでいるだけだ。
ケメトが「カラオケにヴァルが聞いてるの全部ありましたよ」と言えば、もう知ってると言葉を返す。
カラオケ中にセフェクに誘われたり、ケメトにタブレットごと突きつけられたのだから嫌でも覚えている。わざわざ歌いたいとは思わなかった為検索したこともなかったが、まさかそういうもんもあるのかと最初は少し驚いたのも事実だ。フリージア王国の民謡も、その前から自分が好んでいる民謡も、最近聞く他の異国の民謡も、アネモネ王国の民謡も、自分が聞いたり口遊むもの全てが綺麗に揃っていた。
実際、ケメトとセフェクも他の歌に交じっていくつか歌っていた。だが、わざわざ自分が歌うとなれば話は別だ。
どうせあんな中で歌わされるなら、そんなものよりも前職時代から無理矢理歌わないといけない時用の歌にした方がマシである。
ただしあくまで無難にやりすごす為の選曲なだけで、自分の好きな歌ではない。セフェクとケメトも聞いたことがないほどに、口遊むこともない付き合いようの歌だ。
「テメェらこそ変な歌ばっか歌ってたじゃねぇか」
「関連動画がああいうのばっかだったんだからしょうがないでしょ!」
「良い歌だってティアラ達も言ってくれました!」
そもそもセフェクとケメトの歌の幅も、ヴァルの好きな民謡を聞こうと思って検索した結果である。
ヴァルが歌のタイトルも教えてくれなかったから、自分達でヴァルの口遊んでる歌から歌詞を検索して、そこからタイトルを動画検索して聞いていた。検索すればするほど、全てがどこかしらの民謡だった為、二人の中ではヴァルが民謡が好きなんだと思うのも当然だった。
民謡の曲集を再生したまま聞き流していたら関連動画で古い歌や歌手のリメイク、売り出したい一般人やバンドの「歌ってみた」動画にボーカロイドによる「歌わせてみた」動画などジャンルから別ジャンルへととごろごろ転がって結局幅広く聞くことが増えていた。
朝や真昼は二人がイヤホンもつけず流す為、ヴァルも嫌でも耳に覚えてしまったものもある。
「ヴァルって歌いたくなる時ってどういう時?」
「あー?少なくともカラオケじゃねぇ。他人の前で恥を晒したくもねぇ」
「じゃあ僕たちの三人でなら歌ってくれますか?!」
三人で、という言葉に今度はヴァルも少し黙す。
そもそも歌いたくもないのだが、今後また二人がカラオケをと喚いた時に歌わされるならまだ三人ならマシだと思う。部屋の中と変わらない。
しかしここで肯定したら「じゃあ明日!」と早速言い出しそうな二人に、今は黙秘で通した。
ヴァルが否定をしないことに、セフェクもケメトもそれだけでパッと互いに顔を見合わす。
「……大体、そこまで歌ってる覚えもねぇ。テメェらが流す動画で聞いている時の方が多いだろ」
そう?そうですか??と、話を逸らすヴァルに二人はそれぞれ首を傾ける。むしろ民謡を流してる時こそ、ヴァルが釣られて口遊んでいる時が多いと思うがそれを言うと次から歌ってくれなくなりそうで揃って口を結んだ。
ステイルがそうだったように、ヴァルも無意識の部分があるのかもしれないと今は考える。
三人だけの時だとわりとヴァルは歌うと二人は思う。その歌ってくれる時間が自分達は好きだからこそよく覚えているしわかっている。自分達が寝ていると思っている時とか、テレビもつけていない静かな夜とか、今のような人気の無いがらんとした場所とか
「「冷蔵庫にお酒を取りに行く時とか」」
「………………………………」
ガシャン、と。ヴァルは無言のままに酒の缶が詰まったコンビニ袋を握り直す。
二人が本人へ言っても良いかと判断した唯一のそれが、言葉まで綺麗に揃ってしまった。自覚がなかったわけではないが、的確にその一点だけを言われてしまったことに悪態をつく余裕もなかった。
それから二週間近く。セフェクとケメトの予想通り、ヴァルの口遊む数はピンポイントで少し減っていた。
やっと三人でのカラオケに連れて行ってくれたのは、そこから更に一週間後のことである。
改めまして、ラス為アニメ無事完走致しました…!
本当に、本当に皆様ありがとうございました。
間違いなく人生でも夢のような時間でした。
少しでも作者の感謝が伝わればと思い、書かせて頂きました。
素敵な声優様に演じて頂けた登場人物だからこそ、書かせて頂きました。
次の更新は29日になると思います。
39度の風邪を引きました。
良い機会ですので、遅めの夏休みを頂きます。
どうかご容赦願います。
今日まで共に走り切って下さった皆様に心からの感謝を。




