開始し、
気合い充分に席から立ち上がったティアラに、カラムがカバーを外したマイクを手渡した。
まずマイクの存在からあまり認識していなかったティアラは、曲を入れる前に大慌てで受け取った。同時に、プライドはちらりとマラカスとタンバリンの場所を目で確認する。可愛い妹の歌を思いっきり盛り上げたいが、まずは何を歌うかで武器を持つかも決められる。
マイクのオンとオフを確かめ、両手でぎゅっと握るティアラは、そこで三秒棒立ちしてからまだ曲をいれていなかったことに気がついた。
操作途中だったタブレットに気付いたアランから「曲入れて大丈夫か?」と言われて大慌てで返事する。途端、うっかりマイクをオンにしたままの大声に部屋中がキィンッとハウリングした。
突然の音波攻撃に、全員が眉間に力を込めるか耳を押さえる中、カラオケに慣れないティアラとセフェク、ケメトは思わず悲鳴を上げた。ハリソンに至っては一瞬攻撃と勘違いし身構えた。
既に曲が始まったにもかかわらず「ごめんなさいっ」と謝り出すティアラに、ステイルが「もう始まってるぞ」と落ち着けた声で妹を我に返らせる。
パニック気味のティアラに反し、軽やかで可愛らしい音楽に曲名ではピンとこなかった男性陣も数人が聞き覚えがあると耳を立てた。
最近テレビやコンビニでもよく流れている、流行の女性アイドルの曲だ。アイドル自体には興味がなくても、自然とどこかで勝手に耳に流れる明るい音楽にティアラの可愛らしい歌声はぴったりだった。
最初は緊張を抑えるように声も細かったティアラだが、曲が進んでいくと同時に段々と発声も滑らかになっていく。セフェクとケメトも曲を選ぶのも忘れて手拍子して聞き入る中、プライドはマラカスを今すぐブンブン回したい欲求を必死に耐えた。気持ち的にはタンバリンもマラカスも鳴らしたいが、あまりにも可愛いティアラの歌声を掻き消す楽器を使ってはならない気がした。
もう目の前の妹本人がアイドルにしか見えない。今日先約の仕事で参加できなかったセドリックに心から同情した。
完璧天使主人公ティアラから「愛」や「好き」「可愛い」という単語が出てくるだけでも可愛いのに、緊張がほどければほどけるほどに本来の実力による歌声は悲鳴を上げたいくらいに可愛かった。
後半になると、アイドルの振り付けまで小さく手振りでライブ映像の真似するティアラに、マラカスどころかプライドはペンライトを振りたくなる。
歌い終わった時には、自然とお世辞ではない拍手が全体から沸き起こった。
「すみませんっ、すっごい緊張しちゃって上手く歌えませんでしたっ……」
「いやめっちゃ上手かったって!!ていうか歌なんて上手い下手じゃなくて楽しめれば良いから!」
わははっ、と真っ赤な顔のティアラにすかさずアランが言葉を掛ける。
プライドも首が壊れんばかりに激しく首を縦に振った。むしろアイドル本人よりも可愛くて上手かったと思うが、そこまで言うとこの後の全員のハードルが上がるため自重した。
流石は音楽番組を何度も履修しているティアラだと思う。本気を出せばダンスの振り付けも完璧だったのではないかと考える。
パチパチと拍手される中、ティアラは恥ずかしさで顔が真っ赤のまま自分で自分を手で煽ぐ。初めてのカラオケは楽しかったが、思った以上に緊張すると学んだ。
「ティアラ、やっぱ歌上手いんだな」
「もともと流行の歌をよく聴いているからな。カラオケが決まってからは毎日風呂で歌っていた」
拍手をしながらぼそりと呟くアーサーに、ステイルも手を叩くのは止めずに冷静に返す。
カラオケに行けると決まる前から、音楽番組をよく観ているティアラならこれくらい歌えて当然だと思う。振り付けまで覚えだしたのはカラオケが決まってからだが、そこは妹のプライバシーとして口を閉じた。
同じマンションで暮らしているステイルには、最初の一曲目としても予想通りの選曲だった。いっそもうずっとティアラが満足いくまで歌っても良いとこっそり思う。
「次っ、お姉様歌いますか?」
「!わ、私はまだゆっくり選んでたいから……!みんなの後で良いわ!」
「じゃあ兄様っ!!」
くるんっ!と、プライドに渡そうとしていたマイクを反対向こうにいるステイルへと腕を伸ばし渡す。
アーサーが代わりに受け取り隣のステイルに手渡すが、突然のバトンにステイルは目を丸くしたままだった。もともとティアラとプライドの付き添いくらいの感覚で了解した為、自分が歌うことはそこまで考えていなかった。
まさかこのマイクを受け取った者から歌わないといけないシステムなのか、と。カラオケに行ったことがないステイルは静かに思う。
実際、周囲を目だけで見渡すとマイクを受け取ったステイルを待つように視線ばかりで誰も曲を入れる様子がない。
更には期待にきらきら輝く目を姉妹二人から向けられているのに気付けば、ここで理由をつけて断れるわけにもいかない。折角の姉妹念願のカラオケに水を差すことにもなる。
ハァ、と聞こえないように溜息を吐いたステイルは、マイクがちゃんとオフにされていることを確認してからタブレットに触れた。
一応、歌わないといけなくなった時用に曲はいくらか考えてきてはいる。アーサーが変わりに打つ必要もなく、素早く曲を入れたところで画面にも曲名が反映された。
曲名でピンときたのはティアラとアーサーにジルベール、そしてカラムとエリックだけだ。しかし、音楽が始まれば段々と全員がまた覚えがあると思考を回した。
最初の音楽でもピンとこなかったプライドも、サビにまでなればキャアアと悲鳴を上げたいくらいに胸をときめかせた。
─ 先週三人で観に行った映画の主題歌……‼︎
プライドは心の中で歓声を上げる。気付けば足をバタつかせそうになり意識的に止めたが、その隣に座るティアラは我慢できずパタパタさせだした。
きちんとステイルの歌を聴くのは今回が姉妹も初めてだった。しかもつい最近観て大興奮した映画の主題歌となれば、ありありと映画の名シーンまで思い出してしまう。
勝手に顔が笑顔になってしまう姉妹を横目に、ステイルも機嫌が一気に直る。自分の歌が上手いと思ったことは特にないが、これだけ喜ばれるなら悪くないと思う。
音楽にそこまで拘りはないステイルだが、気に入った曲はこまめにプレイリストに入れている為持ち歌には困らない。一度気に入った歌手の新曲も聞けば家でのテレビ番組や映画など、プライドとティアラの趣味に付き合うことも多い為、自然と同じ曲に触れることが多い。
先週の映画も個人的にも気に入った為、すぐに曲を調べ買っていた。話題性としても申し分なく、今回のカラオケで歌うにはちょうど良かった。
歌い終わったところで「結構良い映画でしたので」と一言断りを入れれば、その映画を観たプライドとティアラ、そしてカラムとエリック、ジルベールも頷きで返した。
まだ公開されて一週間しか経っていないにもかかわらず完璧に歌えたステイルに、賞賛の拍手も含まれる。すかさずティアラが「兄様っ!あとでデュエットしてくださいっ!男女のディエット曲歌いたいので!!」と手を上げたが、「あと一時間待て。まだ時間はあるだろう」と一度切られた。歌いたい人間が何度も歌うのは良いと思うが、自分が連続して歌いたいとは思わない。
やんわりと妹と歌うことには断っていないステイルに、エリックは改めて仲良いなぁとほっこり笑ってしまう。
「ご兄妹ですと歌のご趣味とかも合って良いですね」
「ええ、まぁ。聞くと歌うは別ですが。流石にさっきのような可愛らしい歌は僕には歌えません」
エリックからの言葉に、この後の妹の無茶振りも予期し先手を打つ。
妹のティアラが好きな女性アイドルの歌も耳では覚えているものも普段聞いている歌もあるが、それを人前で歌えるかといわれると話は別だ。ティアラの気に入った歌は自分が歌うには可愛すぎるものが多い。
提案されたデュエット曲はまだ良いが、もしまた一曲目のような可愛いアイドル曲であれば絶対に断るとステイルも決めている。ただでさえジルベールとヴァルがいる空間だ。
今度来る時はなんとかして姉妹だけで来れるように交渉しようかと半ば本気で考える。家族以外ならばアーサーぐらいはせめて了承も得たい。
そこまで考えたところでふと、ステイルは自分の隣に座るアーサーに目が行った。
「お前は家族でカラオケに行ったことはあるのかアーサー?やはり親子ではないか」
「あー……、まぁガキの頃はあっけど。俺がすっげぇガキの頃、父上と母上とクラークの妹さんぐるみで」
多分クラークの誘いだったと思う、と。ステイルからの投げかけにアーサーは遠い昔の記憶に目を凝らす。
騎士団長⁈副団長と⁈と、直後にはアーサーの何気ない言葉に騎士達だけでなくプライド達も前のめる。
まさかの食いつきに思わずアーサーの方が大きく背中を反らし目を白黒させた。「本当にガキの頃っすよ?!」と念を押しながら、やはり家族でカラオケは恥ずかしいのか少し耳が熱くなる。しかし、全員が食い付いているのはそこではない。
詳しく聞きたいです!とティアラに声を上げられ、アーサーはまだ自分が小さかった頃の記憶を捻り出す。
自分の両親と、クラークと年の離れた妹でカラオケに来たことが何度かある。
当時はよくわからず自分は歌よりも食事を楽しんでいたが、今思うと子連れの外出にはちょうど良かったんだろうと思う。
実際に歌う時間は少なく、防音の部屋でゆっくり食事も酒も楽しめるのだから。自分は殆ど歌わなかったが、クラークの妹が結構歌っていたなと覚えている。
「騎士団長と副団長ってどんなの歌っていたか覚えてる?」
「お上手でしたか⁇」
「多分、二人とも上手かったと思います。父上は当時でもかなり昔の歌とかばっかだったってクラークが言ってました。母上もクラークも知らねぇような古いやつ」
騎士団長らしい、と。アーサーに尋ねたプライドとティアラだけでなくその場の騎士達全員の心が揃う。むしろ騎士団長もマイクを持つのかと、その衝撃がじわじわと身に響いていった。さっきまでカラオケの全てに興味を持っていなかったハリソンまで今は前のめりだ。
大分酒を飲んだ上でクラークや妻に押されない限りは絶対歌わなかったロデリックだが、アーサーもそれを聞くのが結構好きだったのは覚えてる。
子ども心にだが、少なくともクラーク達も「上手いのに歌わないのは勿体ない」と言ってたからやはり上手かったんだと思う。成長してから当時の歌がどんなのか気になって父親から古いCDやレコード、カセットテープなどを借りて聞いたが、知らなかった元の男性歌手のその歌自体も結構自分は気に入って今も聞いている。
しかし、その曲名までここで勝手にプライド達に言うのは父親に悪い気がしてそこは敢えて濁した。代わりに「クラークは……」と先輩達の前であるにも関わらず今は諦めていつもの呼び名で副団長のことも思い出す。
「クラークは、マジでなんでも歌えてましたね……。母上や妹さんに無茶振りされても、聞いたことある歌なら何でもさらっと。父上の好きな歌も最終的に一緒に歌えるくらい覚えたそうですし」
あいつ、と。少しだけアーサーの目が遠くなる。
昔から何でもできた奴だったとは思ったが、今思うとかなりの無茶振りも笑いながらさらりと歌えていた。妹から一緒に歌ってと言われた歌の中にはクラークやロデリックの年齢層には相応しくない歌や男性アイドルの歌までなんでもあったが、全て聞いたことさえあれば取り敢えず歌えていた。ロデリックの古い歌に付き合えたのもクラークくらいだったと母親が零していた。
もう高校生になって父親やクラークとカラオケになどいかなくなったアーサーだが、取り敢えずクラークとは絶対行きたくないと今思う。無茶振りに自分も巻き込まれる気がしてならない。クラークやステイルと違い、自分は何でも歌えるわけではないのだから。
アーサーの話に、流石クラーク副団長と浮かんだ騎士の先輩達も今度は目を合わせ半分笑う。今は騎士部で打ち上げがあっても決して歌いなどしない二人だが、昔からあまり変わってないのだろうと思う。
遠くなった目のまま止まるアーサーに、ステイルがそこで話を切る。「なるほどな」と言いながら、手に持っていたマイクをアーサーの膝へと置いた。
「ならばお前の選曲も楽しみだ」




