Ⅱ506.首席生徒は足並み揃え、
「楽しみだなぁ……」
今日の昼食が期待して良いって言われて想像したらそれだけでまたお腹が鳴った。
今頃お皿に盛ってる頃かなと思いながら一緒に玄関を出る。クラーク副団長さんが御者さんと話して、お金を払ってるのを眺めてたら思ったよりすごい値段だったんだなと気付いた。
馬車が帰っていった後も手を振りながらあんぐり口が開いたままになっちゃえば、何も言ってないのに喉を鳴らして笑われた。「信用できる業者に頼むと馬車と御者だけでもそこそこ値段はするんだ」って言われて、なんで何も言ってないのにわかるんだろうと思う。もしかしてこの人も特殊能力者かな。僕と同じような能力だったりして。
そういえば荷運びの馬車なのに、ダドリーさんのところとは別の生き物みたいに毛並みも良かった。御者さんも綺麗な服で汚れてなかったし、家具の荷運びまで手伝ってくれてすごく良い人だったし結構高い馬車だったんだなと今更気づく。セドリック様のところの馬車の馬にも似た毛並みだった。
口元に指を当てて「これは私達だけの秘密にしてくれ」って悪戯っぽく笑まれて、僕も頷く。オリヴィアさんそんなにお金に厳しそうな人に見えなかったけど。それともネル先生が気にしちゃうから?
「クラーク副団長さんとネル先生って仲良いですよね!」
「ん?ああ、まぁそうだな。仲は良い方だろう。私にとって大事な無二の妹だ」
良いなぁ、って言葉が口からあとちょっとで溢れそうだった。
こんな格好良いお兄さんがいるネル先生も、こんな格好良いお兄さんでいられるクラーク副団長さんも羨ましい。僕も大人になったらこんな風に兄らしくなれれば良いのに。
そんなことを考えたら、ぼんやりとセドリック様が頭に浮かんだ。セドリック様の兄弟はお兄さん達だけらしいけど、でも僕にとっては漠然とセドリック様本人が〝兄〟って感じがする。すごくきらきらしてて頭を撫でてくれて優しくて男らしくて理想そのもので。…………早くまた来週にならないかな。
「僕も格好良い兄になれれば良いのに」
「心配しなくても立派な兄だよ。弟に頼られて仲が良ければ充分だ」
なんとなく寂しくなって呟けば、クラーク副団長さんが笑った。
凄く優しく励ましてもらってるんだなってわかったけど、クロイに頼って貰ってる気なんて全然しない。同調した時確かにそういう記憶は知ったけど。
でも今は全然そんなことない。今だって僕は仕事らしいこともしないでただクラーク副団長さんと一緒にいるだけだ。同調した時にクロイが今まで僕を頼ってくれたことなんて誰かと関わる時くらいだ。クロイから話したくない人とか、仲悪くはなりたくないけど関わりたくない人とか苦手とか、緊張する人とか他にもそういうー……、……あ。
「…………えへへ……」
わかった途端、なんだか身体が内側からくすぐったくなって声が漏れた。
頬が緩んでそのまま上手く締まらない。クロイと同調をした僕だけどやっぱりもうクロイのことでわからないことも、クロイに知られたら恥ずかしいなって思うことも時間と一緒に増えていく。でもこうやって気付けるのは嬉しい。
クロイも僕のこと兄として頼ってくれたのかなとか思うと、ちょっと背伸びして胸を膨らませたくなる。
クロイはクラーク副団長さんのことは多分嫌いじゃない。だけどジャンヌ達の秘密もあるし騎士だし偉い人で大人だからあんまり話すのは苦手なんだ。僕より隠し事は得意なのに、ぽんぽん話すことは仲良くないとあんまりできないから。
クラーク副団長さんが言っていたのもそういうことだったのかなと思えば、僕より先に気付いちゃうなんてすごい。やっぱり心を読むとかそういう特殊能力なのかもしれない。
なら今僕の考えてることもわかるのかなとふやけた顔のまま見上げれば、凄く温かな眼差しで先に見つめられていた。やっぱり読めるみたい。
心の中で「特殊能力ですか?」って三回くらい繰り返し念じて聞いてみたけれど、そっちに返事はなかった。代わりに「私より良い兄だ」って言われる。
その途端、ちょっと不思議でそのまま首を捻っちゃう。絶対クラーク副団長さんの方が僕よりずっと格好良いお兄さんだ。
さっきだってネル先生に秘密であんな大金をポンと払って良い馬車を用意して引っ越しまで手伝ってあげていた。
「クラーク副団長さんはネル先生と仲良いしすごく頼りにされてますよね?」
「いいや全然だ。仲は良いが、妹がしっかりしてるお陰で私はこういうことでしか力になれない」
むしろ苦労を掛けた、と苦笑交じりに肩を竦めるクラーク副団長さんは入ってすぐに玄関の扉を閉めた。
絶対そんなことないと思うし、しっかりしてるなら僕らだってクロイの方が大人でしっかりしてるのにと思う。でも、ここでそんなことないよって言うのに僕はネル先生のこともあまり知らない。優しくて良い先生ってことは知ってるけど、授業も受けたことない。
首を捻ったままじっと見つめて一緒に廊下を歩く。
すぐに美味しそうな匂いが鼻に届いてまたお腹が鳴りかけた。小さな腹の虫が聞こえた所為か、一秒だけクラーク副団長さんと目が合った。僕の視線をおかしそうに見つけ返した後に「まぁ気にすることはない」と落ち着いた声で返される。
「ネルは十六になってすぐ刺繍職人になる為に国を出たからな。私もその頃には今の立場だったが、できたことなんて面倒ごと除けに名前を貸すことくらいだ」
「あっ!それ僕も少し聞きました!お陰でライア……向かいに住んでる人が来てももう困らないねって!副団長さんがお兄さんって聞いてすごく驚いてたし」
向かい?って、そこでクラーク副団長さんが一度立ち止まった。
あと一歩で居間に入るのにってところでいきなり足がぴたりと止まって、うっかり顔がクラーク副団長さんにまたぶつかった。「ああすまない」って今度は僕が謝られる。
さっきぶつかっちゃった時よりは痛くないけど、僕も僕もで二回目で恥ずかしかったから慌てた「ごめんなさい!」がクラーク副団長さんと重なった。
「クラークさん⁇スープ温め直してるからもう少し待ってね」
「クラーク、ちょうど良いわ。食器足りないからネルの部屋から貰ってきてくれる?」
僕とクラーク副団長さんの声が聞こえたのか、居間の方からオリヴィアさんとディアナさんが僕らに呼びかけた。クラーク副団長さんもそれに一言返して、そのまま居間を素通りしてネル先生の部屋へ一緒に向かう。
もうここからでもネル先生と姉さんの楽しそうな話し声は聞こえてきてた。
ネル、ってクラーク副団長さんが一声呼びかければそこでぴたりと会話が止まる。部屋に入って、食器はどこの箱にあるってネル先生に尋ねてくれる。
「食器?そんなの持ってきてないわよ。お気に入りのカップくらいはあるけど」
「ごめんなさい、私がネル先生に食器は家にあるから使って下さいって言っていたので……」
当たり前みたいに言うネル先生に続いて、姉さんがぺこりと頭を下げる。
そういえばそうだった。もともと父さんと母さんの分だけじゃなくお客さん用の食器もいくつかはあったけど、今日は僕ら姉弟だけじゃなくネル先生を入れて四人もお客さんがいる。それにこの数年で、僕らも姉さんも何回か割っちゃった。買い直すお金もなかったし、足りてもいたから買い直すこともなかった。
どうしようこのままじゃ皆で食べられない。じゃあ僕とクロイが一緒の食器使おうかなって思ったら、クラーク副団長さんが「馬車を返したところだし歩いて買ってこようか」って言ってくれた。
なら僕も!って今度こそ言いだしが遅れないように声を張ったら、思ったより大きな声になった。居間まで聞こえたみたいで、廊下から「ディオスうるさい」ってクロイの声が聞こえてきた。
「ところでネル。ちょっと良いか?ディオスからお向かいの家がと聞いたんだが……」
「!ああそうそう。でも別に悪人ってほどでもないのよ。ただ夕食はその家の人も招いて一緒に食事するらしいんだけど、ちょっと癖が強い人達で」
クラーク副団長さんの言葉にネル先生が今思い出したみたいな抑揚で身体ごとこっちに向き直る。
姉さんも「ライアーさん達のこと?」って首を傾げる中、「癖の強い」って言うネル先生に僕は大きく二回頷いた。レイもライアーも悪い奴じゃないってわかるけど、すごいむかつくし嫌な奴ではあると思う。
ちょっと心配そうに眉を寄せているクラーク副団長さんに、そういえばここで心配だからここに住まわせられないって言われたらどうしようってちょっと口の中を飲み込んだ。
「ライアー、か。……なるほど。食事はちゃんと代金は払っているのか?ネルはもう会ったのか」
「ああそれは大丈夫。代わりに食材提供や買い出しをしてくれるらしいから。会ったけど何も悪いことはされなかったし、話す分はわりと良い人よ。兄さんが副団長って聞いたらすぐに引いたし。心配なら挨拶に行ってみたら?」
「!そうね。ライアーさんとレイ君のお家なら食器も余ってるかもしれないわ。ディオスちゃん、一緒に行って借りてきてくれる?」
うえっ。
せっかくネル先生達が来てくれて楽しかったのに、明るい時間からライアー達に会いにいかないといけないなんてと思わず背中が反る。
でも両手を合わせて名案が思い付いたみたいに笑う姉さんとネル先生で「良いかも」って笑った。
唇を結んで考えれば、先にクラーク副団長さんが「そうだな借りてこようか」って僕の肩に手を置いた。やっぱり僕もいかなきゃ駄目なんだって、ちょっと肩が乗られたまま落ちる。
いやでも今なら僕の方が味方も強いし本物の騎士団副団長さんが味方だぞって見せた方が、もうライアーが姉さんを狙ったりしないかもしれない。それに夕食も来なくなるかもー…………、……。……やっぱりそれはどっちでも良いけど。
最初の時はもう夕食に来ないで欲しかった筈なのに、今はそこまで思わない。毎日偉そうにするレイも姉さんを口説こうとして僕らには雑なライアーも嫌いだけど、毎晩賑やかな食事に耳が慣れちゃったから。
それに姉さんもすごく楽しそうだし、食事は量が増えたし、クロイも前より悪口だけどたくさん話すようになった。学校の友達にだってあんまり自分から話さないのに。
「兄さん!挨拶くらいで良いからね。ヘレネさんにとっては仲良い人なんだから」
「ああわかったよ。挨拶と食器だけ借りてくれば良いんだろう」




