Ⅱ504.騎士子息は始め、
『そっちに聞きたいことねぇなら……騎士目指した理由とか、聞いても良いか?』
『はい。……往生際が悪いと思うでしょうが、僕の自己満足ですからとやかく言われたくはありませんと先にお伝えしておきます。僕は父と祖父、そして曽祖父達も騎士です。曽祖父の代までは同代に複数人騎士もいたそうですが─……』
「……兄ちゃん、荷物全部纏めたよ。本当に馬車なんか借りて良かったの?」
ありがとう。そう返してくれる兄ちゃんが部屋の外から声を返してくれる。
一区切りついたと思ったら急にまた眠気が襲ってきて、窓の外を見たら真っ暗だった。ふわぁあと大きな欠伸が声にも出る。昨日は寝るのが遅かった所為かもう眠い。いつも寝る時間よるはずっと早いのに。
今まではちゃんと決めてた時間に起きて寝ていたけれど、あの事件からは時々こうして寝る時間起きる時間もずれるし、生活そのものがぼんやりすることも多い。今日は忙しいけれど、最初の時は逆にやることがなさ過ぎて持て余していたくらいだし。それにここ二、三日は兄ちゃんがいてくれたから。
「気にするなと言っただろ。安馬車だし、今日中に返せばそんなに高くない」
この辺は馬車屋も多いんだと、また一纏めにした荷物を宿屋の前に止めた馬車へ積むために兄ちゃんが部屋に入ってくる。
兄ちゃんのことだから朝一番から引っ越しすると思ったのに、わざわざこんな夜にしたのも馬車を借りるのが安かったからかなと考える。
部屋の中にある荷物を纏めるのは僕の仕事。まとめた荷物を馬車に積むのが兄ちゃんの仕事で、朝から分担していた作業もそろそろ終わりが見えて来た。もう四回は荷物を担いで往復しているのに息一つ乱さない兄ちゃんはやっぱり格好良いなぁと思う。
僕の方はもともと大して荷物もなかったから纏めるのも大変じゃなかった。掃除だってこまめにしたし、今は最初から置いてあったベッドに座って全部積み終わるのを待つだけだ。
今夜、僕らはこの宿を出ていく。
「馬車かぁ………僕も乗るのは初めてだなぁ」
ぶらぶらと足を揺らしながら、独り言がぼんやり口から零れた。
自分の太ももに頬杖突いて、あと三個で積み終わる荷物をじっと眺めて兄ちゃんが戻ってくるのを待つ。
今年ライラの誕生日に馬車を借りてきてくれたらしい兄ちゃんだけど、あんなことがあって馬車はライラを乗せることなく返されちゃった。
村でも僕は馬車に乗ったことはなかったから、こうして乗るのはちょっと楽しみだ。兄ちゃんが言った通り借りたのはすごく小さいし、御者席以外は乗る席もない荷車だけど。
どうせ僕は兄ちゃんと一緒に御者席だろうし、兄ちゃんが運転してくれる馬車でまたのんびり街並みを眺めようと昨日からずっと考えていた。
昨日もちょっとだけ宿の周りを歩いて散歩したけど、賑やかな声が怖くなくって気持ち良かった。
騎士団を辞めないことにした兄ちゃんは一週間お休みを貰えたお陰で、ここ三日は僕と一緒にいてくれた。……最初の一日目は前夜に潰れて寝込んだまま、ライラの学校が終わる時間までまで起きなかった。
すごく疲れていて、騎士を辞めるって決めて気も張っていた兄ちゃんは僕が知っている以上に熟睡し続けた。毎日規則正しかった兄ちゃんが朝日を浴びても起きなかった時は死んじゃってるんじゃないかと何度か思った。
もう朝が終わって昼が終わって、そろそろライラの学校が終わる時間じゃないかなと心配になって僕が起こした。「今何時だ?!」「ライラ!しまった……!!」とか言って寝ぐせも頬にシーツの皺もついたまま大急ぎで部屋を出て言った時は面白かった。
ライラに会って、その帰りの足で母さんの様子を見に行って、夕食を買って戻ってきてくれる。ついこの間あんな大火事があったのが嘘みたいに、そんな兄ちゃんとの日々は落ち着いた。
むしろ兄ちゃんの方が夜以外に時々うたた寝しちゃったり、身体が鈍らないようにって夜になってから鍛錬しに宿の裏へ出たりして僕より生活の流れがごちゃごちゃになっていた気がする。
ライラの今日一日を聞いて、母さんの様子も聞いて、兄ちゃんも僕も何もすることがなくなると騎士の話をいっぱいした。
特にアーサーさんの話になると、兄ちゃんは前よりもっとすごく色々話してくれる。
特にこの前兄ちゃんを引き留めてくれたのもアーサーさんで、その後は一緒に朝食も食べたと自慢された。僕だってアーサーさんと町でパン食べたけど、兄ちゃんはもう一年以上騎士団にいてアーサーさんと飲み会以外で食事を一緒にしたのがこの前が初めてだったから。
ハリソン副隊長の食事の面倒まで配慮して下さっているんだ、僕が入隊した頃はハリソン副隊長は本当に食生活からして不安定で、でも騎士としての強さだけは変わらない、部屋の中は本当に何もなくて当時凄い驚いたって。一回アーサーさんの話をするだけでも兄ちゃんが騎士の話をしてくれる度、こんな時間が続けばなと思った。けれど、まさか一週間も貰えるとは思わなかった。
そんなことを考えていると、ふと兄ちゃんがなかな上がってこなくなったことに気付く。
そろそろ次の荷物を取りに来てくれる頃なのに、階段を昇ってくる時間すらしない。何かあったのかなと首を傾けて扉を方に目を向け続けると、やっと足音が続いてきた。さっきとは違う音の足音に、もしかして他の部屋のお客さんかなと扉の鍵を一度締めるか考える。
ベッドから降りて玄関の方へ向かって歩いた時、……ちゃんと兄ちゃんの声が耳に引っ掛かった。ただ
「ですから荷物運びは結構です。自分があと三往復すれば良いだけの話ですから」
「いえでも折角来たんですしあと少しなら余計手伝いますよ。お時間頂く立場ですし、せめてそれぐらいは」
「言っている意味がわかりませんが⁈アーサー隊長は今日御自分がいらっしゃった用件を正しく理解しておられますか??」
……うわぁ。
バタバタとちょっと早くて荒い足並みと続くもう一個の足音が、絶対兄ちゃん達だと確信する。
扉の鍵にかけた指を離して、そっと扉を開けて覗き見る。ちょうど階段を昇りきった兄ちゃんとその後ろをアーサーさんが続いている。
今日アーサーさんが来るなんて聞いてなかったけど、今の言い方だと兄ちゃんは聞いてたのかなと手を振りながら思う。
兄ちゃんが早口で捲し立てながら眉をぎゅっと寄せていて、アーサーさんが「すみません」って謝った。
本当にこうやって何度見ても、兄ちゃんが言っていた通りの会話だなと少し面白い。アーサーさんは部下相手の自分にも偉そうにしなくて腰が低いくらいで、それがちょっと困るけれどあんなに立派な騎士なのに驕らないんだって。兄ちゃんは休みの日に家に帰ってきてくれる度よく言っていた。……同時に、その後には「なのに僕はそんなアーサー隊長相手に」って自分がまたいつもの調子できつい言い方しちゃったと落ち込むけれど。
アーサーさんの方に顔を向けて歩く兄ちゃんより先に、アーサーさんの方が僕に気が付いた。大きく開いた蒼い目と合って、僕から大きく手を振って声を張る。
「こんばんわぁ〝不死鳥〟さ~~ん!」
「ッブラッド!!!?」
どうも、ってアーサーさんが返してくれるのよりちょっと早く兄ちゃんが叫んだ。
ぐるんって僕の方に顔を向けて、顔がぼわって赤くなる。水色の目が零れそうなくらい大きく開いて期待通りの反応だった。
わざと気付かないふりしてそのまま「お手伝いに来てくれたんですか?」と聞いてみるとすぐに返って来た。兄ちゃんが僕とアーサーさんを前と背後で何度も見比べていて面白い。
兄ちゃんはよくアーサー隊長のことになると家で「まさに不死鳥……!」って手に汗握って話してくれた。
他にも「聖なる剣そのもの」とか「救世主」とか「騎士の鏡」とか「生ける伝説」とか「光の英雄」とか色々呼ぶことはあったけど、不死鳥が一番多くて僕も格好良くて好きだった。
やっぱりこうして呼んで見ても、アーサーさんにしっくりくるなぁと思う。
でもやっぱりアーサーさんに実際そう呼んだことはなかったみたいで、真っ赤な顔にまで茹って丸渕眼鏡を曇らせた兄ちゃんは次の瞬間には凄い速さで僕に駆け込んできた。
「~~っブラッド!!なっなんだその呼び方は!!アーサー隊長に失礼だろ?!」
「え~、だってアーサーさんっぽいなぁと思って。アーサーさんも良いって言ってくれたよ。ね?アーサーさん」
こそこそと「アーサー隊長にその呼び方は……!!」って僕にだけ聞こえる声まで耳元で潜めたけど、わざと気付かないふりしてアーサーさんに投げかける。
僕の両肩を掴んで止めに入る兄ちゃんは、熱気が頬に感じるくらい熱い。あんなに色々な呼び方考えては自信満々なのに、本人の前では恥ずかしがるのが面白いなぁと思う。家だとたまに演説みたいに「そこで不死鳥が舞い降りた……!!」とか叫んでライラに怒られたくせに。
兄ちゃんがいきなり駈け出したから追ってきてくれたアーサーさんは、僕を掴む兄ちゃんにちょっと焦ったように背後で立ったまま左右から覗き込んでいた。「あ、はい」と慌てて言いながら僕の味方になってくれる。
その途端、兄ちゃんの肩が大きく上下して振動が僕まで伝わった。
「前に自分も良いって言ったンで……。別に悪口じゃないですし気にしねぇで下さい……」
「………………自分の弟だからって甘くして頂かなくて結構です。こんな恥ずかしい呼び名に何故許可などをされるんですか」
「え~、恥ずかしくなんかないよぉ。だってアーサーさん「格好良い」って言ってくれたもん」
兄ちゃんにしてはちょっと長い間の後に、すごくしらばっくれて吹き出しそうになった。
ですよね~、とそのままアーサーさんにも尋ねればちゃんと「言いました」って認めてくれた。嘘じゃないし、不死鳥呼びも兄ちゃんに別に口留めはされてなかったしと自分の中で区切りながら兄ちゃんに笑う。兄ちゃんが考えた呼び名、アーサーさんも「格好良いとは思いますけど」って言ってくれた時はこっそり僕も嬉しかった。
アーサーさんの肯定に兄ちゃんは瞼がなくなっちゃったみたいに目を丸くすると、また顔が赤くなる。やっぱ兄ちゃんも嬉しいみたい。
顔色が変わっていく兄ちゃんに、アーサーさんは慌てたように一度喉を鳴らすと「いえ、そのっ」と勢いよく口を開いた。
「じっ、自分に相応しいとか思ってるわけじゃねぇです!ただすっげぇ格好良いですし!別に俺がそう呼べって頼んだわけじゃねぇンですけど!!ちっ……騎士団長、みたいに特有の異名に…………ちょっと、憧れもあったンで……つい……」
すみません……、と今度はアーサーさんの顔が赤くなった。
最初は兄ちゃんと同じくらい早口で一生懸命声を張ってたのに、騎士団長の話からだんだん視線を落ちるし言い切った後はぎゅっと結んだ唇がぷるぷると震えてる。
不死鳥さん呼びは恥ずかしくないのに、騎士団長さんみたいになのは恥ずかしいっていうのはちょっと意外だなと思う。それとも異名に憧れの方かな??
思っていた以上にアーサーさんも不死鳥さん呼びはまんざらでもなかった。憧れとか言っちゃうのを聞くと、ちょっと子どもっぽいところもあるのかなって勝手に思う。
ならいっそ今度から自称しちゃえば良いのに。アーサーさんがそう名乗っても絶対聖騎士相手に誰も文句なんて言わない。
アーサーさんも兄ちゃんも顔真っ赤で黙っちゃって、このままだとアーサーさんが帰っちゃいそうだなとそれが嫌だから僕からちょっと話を変えてみる。
「あー!騎士団長さんって確か“傷なしの騎士”って呼ばれてるんですよね?格好良いなぁ。ねぇ、兄ちゃんもなんか異名とかないの?」
「いやっ!ぼ、僕はまだそういうのは……」
「ないよね~。ねぇアーサーさんは兄ちゃんにどんな異名が良いと思います??」
あははと笑いながら聞いてみる。
異名がある騎士っていうのは本当にすごい功績を立てて有名人になった証拠だから、滅多につけられない。今の隊長格でも他に一人も異名はないし、副団長さんにもないらしい。
まだ隊長格どころかついこの前まで騎士を辞めようとしていた兄ちゃんが異名ないのもわかってる。そんなの付いたら絶対僕達へ真っ先に教えてくれる筈だし。
笑い飛ばされた途端に兄ちゃんはちょっとだけ肩が丸くなるし、アーサーさんが引き攣った顔で僕と兄ちゃんを見比べた。
僕の質問に「異名…………」とか呟くと、そこで視線が落ち着いて真面目に腕を組んで考え始めた。兄ちゃんが「真面目に考えて下さらなくて結構です!」と言ったけど、アーサーさんは考えついてくれた。
「正義の騎士とか潔白の騎士とか……?なんかそういうのがすげぇ合うと思います」
「あ~わかるぅ。兄ちゃんってそんな感じですよねぇ。堅苦しいし融通聞かないし、でも全部間違ってはないんですよ~」
「~~もう良いから早く荷物運んでください!!馬車を借りている時間も限られているんです!!!」
また照れた。
兄ちゃんの顔が真っ赤になって、一緒に目つきが鋭くなったからアーサーさんが「はい!!」と声が裏返りかけながら僕の鼓膜が壊れそうな声で叫んだ。
荷物運ばせるのも遠慮してたくせに、今は兄ちゃんが率先して荷物の一つを両手で抱えると「大事なものもあるので面倒でも一つずつお願いします!!」ってアーサーさんに注意した。
アーサーさんもそれを聞いて床の一個を両手で持つと、そのまま早足で部屋から出て言った。……途端に兄ちゃんが「人の荷物なのですから走らず運んでください!!」ってまた怒鳴ったけど。アーサーさんなら走っても絶対転ばないし落とさないのに。
アーサーさんの後を追うように兄ちゃんも荷物を両手に扉から飛び出して行った時、今度は「ッ飛び降りるのも止めてください!!!」って怒鳴った。…………ここ、最上階だったと思うんだけど。
飛び降りるって階段の段差かなと思いながら消えた二人の声だけを外に耳を傾けていると「そういう非常識さでハリソン副隊長を見習う必要はありません」「無事に荷物を運べることは承知していますが」「因みにその箱の中身は酒とポットです」「夜なんですからお静かに」とか、ひたすらアーサーさんの「すみません!!」が繰り返し聞こえて来た。それにまた兄ちゃんが何かクドクド言うのが聞こえて、…………また後でアーサーさんが帰った後に落ち込むんだろうなぁと思う。
掃除道具も全部馬車に積み込んじゃった後だから、何もすることがない僕は一度ベッドの上に戻った。
Ⅱ473-2




