そして腰を上げる。
「そうそう、そのファーナム兄弟なのですが」
真剣に話を聞いていたレオンも、タイミングを計ったように切られたセドリックも同時に顔をステイルに向ける。
ティアラもセドリックの視線がこちらに向いたことを気取ったのかまた完全にステイルへ向いてしまった。
にこっと味わった後の紅茶のカップをテーブルへ音ももなく置いたステイルは、ゆっくりとセドリックに笑いかける。どこかまた黒い笑みの気配がした気がするけれど、ここでそうなる理由がわからない。
「確か明日が初日だったな……?セドリック王弟。きっとお前のことだからただ迎え入れるだけではないのだろう?」
「!勿論です。折角使用人として私の元に迎えるのですから、初日は歓迎に努めようと考えております」
明日。
わかっていたことではあるけれど、ステイルから語られるその言葉に私は口の中を飲む。
そう、明日だ。私達が学校潜入を終え、そしてセドリックが大々的に学校を去ってから初めての休日が明日来る。
もともと潜入視察中に私達の正体がバレないようにもあり、体験入学後に回していた二人の使用人のお仕事がとうとう明日初日を迎える。
ステイルは涼やかな顔をしているけれど、もう私は緊張いっぱいだ。とうとうこの姿で正体がバレる日がくるのだから。斜め背後のアーサーも同じことを考えたのかゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきた。
あくまで城内の王居とはいえセドリックの宮殿。避けようとすれば避けられるけれど、国際郵便機関統括役として王宮にも訪れるし私達の宮殿にもこうして訪れることがあるセドリックの傍に立つであろう子達をいつまでも避けられない。変に逃げて避けて悪い形でバレて拗れる前に早々にネタバラシした方が良いに決まっている。
セドリックにも事前に私達から事情説明の機会を与えて欲しいとお願いはしている。
そして流石セドリック。ばっちりがっつり双子を歓迎するつもり満々らしい。そりゃあセドリックにとっても待ちに待った日だから当然といえば当然だし予想もできた。
「ならばもし迷惑でなければ、俺はそこで挨拶に足を運ばせて貰いたいのだがどうだ?勿論断ってくれても構わない」
「!勿論です、是非。挨拶にとは言わず、宜しければ加わって頂ければ嬉しい限りです。彼らも喜ぶでしょう」
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!
良いな!と、うっかり子どものような感想が喉まで出かかる。
さらっと、本当にサラッとファーナム兄弟歓迎会にステイルがお招きを受けている!!私だって面接みたいにご対面するくらいなら、パーティーで和やかな場で挨拶したい。
ディオスとクロイとセドリックのパーティーなんて絶対楽しいに決まっている。もともとステイルと私の休息時間が合うところで連れてきてもらう予定だったけれど、挨拶させて貰うのにわざわざ私達のところに二人を呼びつけるのも気が引けると思っていた。
「それは助かる。王弟からの直々の招待であれば俺もヴェスト叔父様に公務として許可を取りやすい。喜んで御受けしよう」
策士‼︎腹黒策士!と改めてステイルへの有能さを思い知る。
確かに‼︎確かに正体を教えに行くだったら私用だけれどセドリックのお招きならヴェスト叔父様からも許可が下りやすい。特に今回は私達の事情を知る双子のお招きだと言えば余計に。
思わず口が開いたままになる私に、ステイルがゆっくりと顔を向ける。にっこりと、黒くはない悪い笑みで微笑みかけてくる。
「そういうことで姉君。俺はセドリック王弟の宮殿にお招き預かろうと思います。宜しいですか?」
「良ければプライドもどうだ?都合がつけばで構わん。もちろん、俺のできる限りで持て成させて貰う」
断らないわけがないじゃない。
喜んで、ともう恥ずかしいくらい即答でお受けする。さらりとこういう流れで私にも助け船をくれるあたりもやはりステイルだなと思う。
最初からこうしてくれるつもりだったらしいことにほっとする。良かったこのまま私だけ置いてかれるシンデレラ気分にならずに済んだ。
でも良いのだろうか、せっかく今日の予定はセドリックへのお礼も兼ねていた筈なのにこれじゃあ逆にそれを理由に利用したかのような……。
レオンが「僕は遠慮するよ。今度紹介してくれるかい?」と流れるようにセドリックからの受けたお誘いを断るのを眺めながら肩身を狭めてしまう。どうしよう、今回こそここは反省を生かし勇気を出してステイルに言うべきか……。
「それでは、俺と姉君はこちらの客間ではなくセドリック王弟の宮殿のパーティーでファーナム兄弟に挨拶させて頂くことになりますね。護衛はエリック副隊長とアラン隊長にお願いしましょう」
あれ?アーサーは⁇
ステイルにしては意外な人選に思考が止まる。確かにエリック副隊長も、セドリックの護衛としてお世話になったアラン隊長も含めるのはわかるけれどてっきりステイルならこういう時絶対アーサーはいれると思っていた。
背後へ振り返ればアーサーもちょっとだけ眉が上がっていた。やっぱりアーサーも呼ばれると思っていたのだろう。
この場にはいない二人の指名に、カラム隊長が「調整しておきます」と告げた後、ステイルはゆっくりと敢えて焦らすように視線をアーサーへ向けた。ニィ……と悪い顔百パーセントで、この場であくまで護衛騎士として発言を控えるアーサーへ聞かれる前に口を開く。
絶対最初から考えていたのだろう、提案を。
まさかの策士連打攻撃に、「良いわね!」と私も大賛成しながらも片方の肩だけが変に上がってしまう。
すごく良いし私もちょっと胸が弾んじゃうけれど、当のアーサーからは「いやっ……そこまでしねぇでも」と思わずといった声が出た。振り返ればカラム隊長が横でちょっと笑んでいる。彼も異論はないようだ。
「まぁその時の流れを見てだが。時間も読めないが、手続きと父上達からの許可は責任もって俺がこれから貰う。セドリック王弟さえ良ければだが?」
「是非!!」
うん。確かにこっちは全く私の許可いらない。
ステイルからの提案に前のめりに声を上げるセドリックに、手のひらの上です感が凄まじい。そして私も便乗したいイベントばかりで完全白旗だ。
アーサーが冷や汗を滲ませながら睨んでも、ステイルは完全してやったりの笑顔だった。カラム隊長が労うようにアーサーの肩へ手をポンと一度置けば、それだけでもアーサーの両肩ががくりと落ちた。カラム隊長の説得もまた強い。
どこまでもステイルの独壇場で進んでいる予定製作に舌を巻きたくなる。一体どこまでがステイルの策通りだったのか。
まぁでもセドリックがこうして喜んでいるし、これも込みでのお礼だったのかなと思い直す。良かった、やっぱりお礼をしたいことが本命だったのは変わりない。
レオンも詳しい話を今度聞かせて欲しいなと楽し気に言ってくれる中、私も約束する。次の定期訪問が楽しみだなとまた話に花が咲
「わ、……たし、……っ……~っ。……」
…………あ。
わいわいとテーブルを囲みながら盛り上がる中、たった一人だけ泡のように消え入りそうな声が零れた。
あまりに細すぎる声に隣に座る私以外聞き取れなかった。見ればさっきまでセドリックにそっぽを向いていたティアラが今は俯きがちに正面の角度で顔を伏せている。じんわりと熱がさっきよりもはっきり感じられる中、金色のウェーブがかった髪の下はこのままだとよく見えない。
私から今の声が空耳じゃないことを確認すべく「ティアラ⁇」と聞き返す。すると私の声で他の皆もティアラの変化に気が付いた。全員が口を一度閉ざし、ティアラを注視すればまたか細い声が蕾のような唇から放たれた。
「…………っ。……わ、……私、も……~~」
さっきよりははっきり聞こえた声だけれど、それでもすごく控えめだ。
ぽんぽんっと湯気まで上がっているように感じるくらい耳が真っ赤になっている。すごく言いにくそうにでも言いたいというのが滲み出ている。……これはもしや。と、ティアラが言いたいことを長年の経験で何となく察せてしまった中でふと恐ろしい予感が過る。
見れば、顔も見えないくらい俯いたまま声だけが絞り出されるティアラにセドリックも困惑を露わにしたまま心配そうに腰が浮いていた。「ティアラ、大丈夫か……?」と眉を垂らすセドリックに、まさかティアラの苦渋の決断なんて言えるわけもない。
一番ティアラに近い位置にいる私もなんとも言えず思わず苦笑いで返してしまう。ここは私から言うべきだろうか、いやでもそれだと結果としてティアラに恥をかかせてしまうかもしれない。
レオンがまた興味深そうに丸い目でティアラを見つめる中、一番おどおどしているのはセドリックだ。
そこでゴホンッ、と咳払いする音が聞こえた。ステイルだ。
やっぱり‼︎と意味深なその音に思いながら私は盗み見るようにセドリックを見れば、……突然の咳払いにも今はティアラが心配らしく、全く気付いていなかった。
この子は!!もう!!と心の中で叫びながらティアラの隣にいる私はセドリックへキツく睨むように目を合わせ、口を動かす。
流石にティアラのすぐ隣の私は視界に入ったらしく、目を丸くしたセドリックへ口の動きだけで「ス・テ・イ・ル!」と伝えればやっと丸い目がそちらへ振り向いた。
私も視線を追うように目を向ければステイルが落ち着き払った表情でカップを片手に冷ややかな目でセドリックを見ていた。
彼からの視線がしっかし自分に向けられているのを確認したステイルが、私と同じように口だけを動かす。明らかにセドリックへ読ませるべく、はっきりと区切った動きで。
─〝さ・そっ・て・な・い・ぞ〟
ティアラが二回目の声を絞り出してからここまで多分十秒もない、無言の連携。
ステイルの口の動きがちゃんとは読めないけれど、たぶん「誘ってやれ」とか「忘れてるぞ」とかその当たりだろう。口の動きと同時にステイルが視線でティアラを指せばやっとセドリックも察してくれた。
ゴクリ、と男性らしい太い喉が隠しきれない鈍い音を立てた。
目が大きく見開かれたまま瞳の焔が「まさか」と言っているのがよくわかる。同時にぼわりとセドリックの顔まで火が灯った方に火照り出した。もうこの子は。
レオンがステイルとセドリック、そしてティアラを無言のまま見比べる中緊張だけが走る。状況が視界に入っていないだろうティアラだけがまた掠れた声で「私、も……」と同じ言葉まで絞り出して止まっていた。ドレスの裾が皺が修繕不可能になりそうなほど強く小さな手に握られている。
そしてやっとセドリックも一度固く閉じた口をまた開く。「あの」と最初の一音は頼りない探るような弱さで。
「……ティアラ。お前も、良かったら招待させて貰えないか……?」
「!……………………は、い……っ」
今日一番消え入りそうな声は、ティアラの細い肩がぴくんっ!と跳ねてから返された。
ぱっ、と顔が上げられたと思えばこちらも真っ赤で。上げた一瞬だけ嬉しそうに丸い金色の瞳が輝いたティアラは、すぐに顔の中心へ力を入れてからこくんと頷いた。
それから私の腕に両腕でしがみつくようにくっついて顔を埋めたティアラからはホッカイロのような熱さが伝わった。負けを認めたくないと言わんばかりにまたセドリックから顔を隠して私の腕にくっつけたまま長い金色の髪がティアラの人形のような小さな顔を隠した。
その間、セドリックは真っ赤な顔のまま目も瞼のなくなった目で完全に固まっていた。驚愕と歓喜の二色が綺麗に混ざり合って化学反応を起こしている彼に、思わず声に出さず笑ってしまう。セドリックが驚くのも当然だ。
今までセドリックからのこういうお誘いにティアラが頷いたことはないのだから。
手紙のやり取りのお誘いもパーティーやお茶会やお出かけのお誘いも私達を誘う時に毎回ティアラにもアプローチしていたセドリックだけど、悲しいことにティアラからは断られたことしかない。彼が受けてもらえることなんてそれこそダンスくらいのものだろう。
今回もきっとセドリックはティアラが来たがらないこと前提で、目の前のレオンやステイルとの会話にはしゃいじゃって気付かなかったのだろうなぁと思う。
でもティアラからすれば、私とステイルの話で聞くばかりのディオスとクロイに会う機会だ。
きっとセドリック一人ならティアラも「結構です!」といつも通り突っぱねていたのだろうなと思う。でもファーナム兄弟へ正式に会える機会なんて滅多にない。
今回こそ元々はセドリックが私達のところに連れてきて会わせてくれる予定だったし、たぶんステイルが休息を取るタイミングでティアラも合わせようとしていたのだろう。ファーナム兄弟に会って事情を話す必要があるのは、王族兼張本人の私とステイルくらいだもの。
なのに目の前でステイルから私もファーナム兄弟とは自分達の宮殿ではなくセドリックの宮殿へお邪魔することになってしまった。しかも楽しい皆でパーティーで、更にはステイル提案企画が時間未定で行われる。時間がわからないと途中で見計らって合流するのも難しい。残された手段は、セドリックのパーティーにお呼ばれするしかない。
だけどいつも自分が断っているお誘い相手に、唯一嫌いと断言する相手に、しかも自分へ恋心熱烈中の相手に願い出るのは流石のティアラも恥ずかしくて悔しかったのだろう。顔を真っ赤にして堪えるのも無理はない。
……そしてセドリックからすれば、はじめてのお誘い了承だ。
放心状態のセドリックを横目に、しみじみと熱を感じる。隣からも斜め向こうからも熱気を二方向から浴びせられて炎天下のようだ。
ファーナム兄弟だけでも楽しみで仕方がなかった筈なのに、ティアラがお家に遊びに来るなんてセドリックからすればもう歓迎会どころか祭りの域だろう。ティアラが自分から生きたいと意思を示してくれたのも噛み締めているのかもしれない。
ンッ、とまた音が小さく聞こえた。今度はセドリックも、聞き漏らさず彫刻のような首を回してステイルへ顔を向けた。瞼が未だに機能していない。茫然と口まで開いたままの彼へ、ステイルはこの上なく悪い笑みを浮かべて口を動かした。
─〝これで礼にはなったか?〟
ニヤリ、としてやったり顔のステイルが何を言ったのか今度は口の動きもゆっくりではなくてわからない。
だけど多分その表情からこれが本命のお礼だとでも言ったのだろうと思う。その証拠にセドリックの顔がボンッッ‼︎‼︎と爆発した。
硬直した顔のまま顔が燃えるまま、テーブルに手をついて深々ステイルに礼をしちゃうセドリックは正直者だなと思う。本当にステイル恐ろしい。
もうここまでが全部彼の策通りだったのだろうと断言できる。この場を借りて、ティアラとセドリックのいる場で。しかも誰に強制したのでも命じたのでもなくただそういう流れを構築しただけ。……と、流れが読めてるのが凄まじい。
レオンも何となくステイルの仕業とはわかったのか、納得したように頷くと最後にはティアラへ微笑んでいた。可愛いものを見る目のレオンに、兄には敵わないティアラがやっぱり愛らしいんだなと思う。
それから間もなく、再び外側から扉が叩かれた。
ジャックが受けてくれて、馬車の準備もできていますとの報告だった。
セドリックとも少し語らう時間を得られたところで、私達もそれぞれ退席の準備へ動く。目が覚めたようにセドリックも淹れられた紅茶を一口二口味わったけれど、その間もまたティアラから目が離れない様子だった。ティアラもティアラで私にぎゅっとしがみついたまま下唇を噛んで一瞬すらセドリックへ目を合わせない。
なんともぎくしゃくな雰囲気のままの出発になってしまったなと苦笑しそうな表情筋を引き締めながら私達は席を立つ。レオンが話題を変えるように「とうとうだね」と私達へ滑らかな笑みを向けてくれた。
「すごく楽しみだよ。プライドからの紹介だから一層に。それにセドリック王弟との城下視察なんて初めてだね」
「え、ええ……アネモネ王国の第一王子であるレオン王子殿下と共にでき身に余る光栄です」
レオンからの投げかけに、未だティアラに意識が五割以上持っていかれていたセドリックの肩が揺れる。
言葉を整えながら頷けば、レオンも「僕もだよ」と笑みが返されていた。ティアラにくっつかれながら立ち上がれば、背後から息を大きく吸い上げる音が聞こえて振り返った。アーサーが緊張するように胸を大きく膨らませて息を整えている。
カラム隊長が肩を背後から二回叩けば、途端に上がり過ぎていた肩が一度大きく上がってから少し落ちた。その様子を私の横に並んだステイルが横目で楽しそうに見ている。アーサーが緊張するのもすごくわかる。
ステイルに気が付いたティアラが無言で腕を伸ばして兄の頬を引っ張る。「こらっ!」と小さくステイルも怒ったけれど、やっとステイルへ顔を上げたティアラが真っ赤な顔のまま頬をぷんぷんに膨らませていた途端、お兄ちゃんも唇を結ぶ。
ティアラもいつもよりは摘まむ力も弱そうだし、まぁ結果決めたのは自分だからステイルにもぶつけにくいのだろう。でもお怒りは引かないらしく、私から腕を緩めたと思ったら今度はステイルへ勢いよくしがみついていた。
普通に甘えているようにも見えたけど、頬が膨れたまま敢えて腕は離さず後ろへ体重をかけるティアラをステイルがずるずると引っ張ることになった。ステイルも「ぶら下がるな」とは言ったけれどそれ以上は無理に引きはがす様子もなくずりずりと妹一人分近い体重を引きずるように進ませた。
兄妹の微笑ましくも見える戦いを振り返った首で確認しながら私も思わず笑ってしまう。
前方では既に我が城からの馬車までの流れを把握しているレオンと、そして城内全て把握しているだろうセドリックが仲良く語らっている。今日のお出かけ先にわくわくと話題を弾ませてくれる様子に誘った私もほっと息を吐く。二人とも興味を持ってくれてよかった。
「私もプライドからの誘いを聞いた時から、とても興味深く思いました。学校もそうですが、是非叶うならば良いものは積極的にハナズオにも取り入れたいと考えております」
「僕もだよ。民にとって良い影響を与えるものは躊躇う時間がもったいないからね。今日の視察によっては早速父上に案を持ち帰ろうと思うよ。叶うなら早速一つ手に取ってみたいな」
〝新聞〟というものを。
そう、レオンの言葉にセドリックが大賛成する中、本日のレオンの定期訪問と銘打った城下視察に私は自分の脈が速くなっていくのを感じた。
〝ジェイコブス新聞社〟……エリック副隊長の弟、キースさんのお仕事場所だ。




