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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ456.嘲り少女は呈する。


〝ステイル〟と。


そう唱えたい欲求をリネット・リーリヤは必死で堪えた。

目の前にいる少年が他人の空似ではなく、永らく会いたくて堪らなかった息子だと気付いてしまった瞬間から。


耐えれば耐えるほどに喉も干上がり痙攣し、食い縛る力もなく歯が震えた。カタカタと鳴らしながらも嗚咽が止まらず、急激な血圧と心拍に身体が耐えられる域を超えていた。

夢だと、妄想だと思ってしまいながらも目の前にいる少年を見れば見るほどに重なり触れることすら怖くなった。何年も思いを馳せた所為で、本気で夢か幻を見てしまったのではないかと自分の頭を疑った。今まで、こうして他人の空似に揺さぶられたことは一度や二度ではなかった。


黒髪も黒目も、フリージア王国で決して珍しくはない。

同じ特徴を持った息子と年齢の近い男性とすれ違う度、そして最後に見た時と似た年齢の少年が走り抜ける度に目で追い振り返った。

豪奢な馬車が通り過ぎれば立ち止まり、黒髪黒目の少年が母親と手を繋いで歩くのを見れば懐かしさと共に胸が絞られた。

それほどに何度も何度も頭ではわかっていても、会いたいと希っては都合の良い偶然を願った。

城下に位置するとはいえ、王都から遥かに離れた街に王族が視察に訪れることなどない。それでも、最後に息子を連れて行った馬車と似た物を見かければ乗っていないだろうかと思ってしまう。今更話せるとも、王族が養子にした彼を手放すとも、規則が変わるとも思っていない。

ただ窓越しにでも遠目でも良いから息子の顔を一目見られたらと期待した数は知れない。


そんな息子が、自分の知る七才でも成長している筈の十八歳でもない姿で現れたことはそれだけでも衝撃だった。


「っ……あ゛ぁぁっ…………っ」

今まで何度も何度も見間違え、他人の空似に重ね合わせてしまったリネットにとって最初は今回も〝また〟でしかなかった。

七歳だった頃より遥かに背も伸びた少年に抱き締められ、自分も抱き締め返せた時にはやっと呼吸が通ってきた。

信じられない光景と存在に混乱のあまり咳き込み、意識を手放しかけた。銀髪の青年に背中を摩られ、少しずつ落ち着いたがそれでも意識がしっかりとすればするほどに夢ではないかと疑った。

しかし今はこうして間違いなく息子だった存在が自分を抱き締めてくれている。自分も細腕に力を込めれば、確かに温もりがそこにあった。


暫くは、ただただ嗚咽と共に落涙し続けた。

自分を包んでくれる少年も全く離そうとする気配もない。ただただ一個体にでもなったかのように互いに両腕で抱き合い、温度を確かめ合った。嗚咽が少しずつ小さくしか漏れなくなり、十四歳の少年も固く閉じた目を自然と薄く開き始めた頃にやっと互い以外の存在が五感に拾われ出した。


「ええ、大丈夫です。フィリップが伝言をリネットさんに伝えただけですから」

「すみません、大丈夫です絶対女子寮には入らないんでそっとして置いて下さい」


落ち着き柔らかな、二重の男女の声がバラバラに親子の耳に届き出した。

最初に気付いたのはステイルだった。母親の名前を聞いてから切迫し余裕もなく、今も無我夢中で母親との再会に向き合っていたがここが何処だったかを今更のように思い出す。そして自分の傍には誰が居たのかも。


涙で滲んだ目だけを動かし、プライドとそして母の背中を少し前まで摩ってくれていた友人を探す。

視線を上げ、母が現れた角に今はプライドとアーサーが二人で並んでいた。女性の耐えきれない泣き声を気にかけ、女子寮から様子を見に来た生徒が数人集まっていた。プライド達が阻み断れば、少し気になるように振り返りながらも生徒達はその場を後にする。

母親は生徒達に背中を向けているから良いが地面に崩れ、そして自分は完全に泣き顔まで見られてしまったのだと気付いて思わず息を引く。言動には最善の注意を払ったつもりだが、それでも何か特定されるような発言はなかったかと熱が冷めてきた頭で思考する。


ただでさえ自分は母親似だという自覚もあれば、焦燥に背筋を冷たいものが走り抜けた。母親から手を離すのを躊躇い、鼻だけ啜って短く顔を振った。よく見ると、曇り硝子になった眼鏡の先でプライドとアーサーがその集まって来た生徒達の壁になってくれていたのだと気が付いた。


母親と再会してから何分経ったのかはわからない。だが、母親の体調を案じてアーサーが駆け寄ってくれた時のことを思えば、その時からプライドが人を堰き止めてくれていたのかもしれない。そこまで考えた時にステイルは、やっと大きく胸を膨らませて深呼吸することができた。


回していた手で今度はそっと上下にその背を摩りながら、反対の手で眼鏡を外した。今素顔を見せてしまってはと顔だけは他者から俯かせて隠すが、軽く眼鏡を傾けるだけで水滴がいくつも地面に落ちる。

ステイルが動きを変えたことに密着した振動でわかったリネットもそっと目を開けた。崩れた足のまま摩ってくれる感触の優しさにほっと息を吐き、丸めていた背中を起こす。

ステイル、と言いそうになった唇を一度意識的に結び、それから息を吸い上げ吐いた。二回三回と繰り返すごとに深くなり、親子で意図せず同じ行動で心を落ち着ける。


「……一体、どうなって……。どうして、どうして貴方がジャンヌさ、んとー……。……?!」

はっ!と、やっと疑問を口にできるようになったと思えば今度は息を飲む。

指で涙を拭いながらそっとステイルから腕を緩めたリネットだったが、もともと彼を連れてきたのが誰かを自分の言葉で思い出せば流石に結びついた。先ほどまで涙で赤らんでいた肌がサッと一瞬で血色が引いていく。

母親の息を引く音がはっきりと耳に届いたステイルは、顔を見る前から彼女が気付いたのだと理解した。…………そして、ここで姉だと紹介することはできない。


目をさっきとは別の色で驚愕に見開いたリネットが、恐る恐る肩ごと振り返る。

ずっと二人の様子を気にしていたプライドとアーサーもすぐにその視線には気が付いた。こちらに意識が向いたらしいことを察したプライドは、最後の一人が踵を返してくれたところでアーサーと共に駆け寄った。三歩ほど距離を置いた位置で立ち止まり、リネットの視線がこちらに向いていることを確認してから礼をした。

ちょこん、と自慢のワンピースの裾を指先でつまみ上げ、社交的なお辞儀を見せる少女にリネットも疑念が確信へと代わる。この場で平服すべきか、しかし明らかに正体を隠していると思考が二種に錯綜する。


母親の動揺を感じ取ったステイルから「ジャンヌ、ですから」と敢えて彼女の名前を強調するように伝えれば今は平伏すべきではないと理解した。

隣で礼儀正しく礼をする銀髪の少年は何者かまだ検討もつかないが、それでも何度も二人を見比べた。


「も、申し訳あり……」

「!ふ、普通に話して下さい。アムレットと一緒にご挨拶した時と同じように話して下さるととても嬉しいです」

あくまで一生徒ですから。と、最後だけ囁くような小声で続けながらプライドは優雅に笑いかけた。

突然の王女お忍びの事実とそしてジャンヌの正体に戸惑ったリネットだが、それでも愛する息子の再会後だったお陰で衝撃も比較的に和らいだ。我が子との再会以上に驚けることなどない。

しかし王女を前にステイルを抱き締めたまま会話をすることもできず、ゆっくりと時間をかけてだが息子から手を降ろした。続けてステイルも同じように摩る手を降ろせば、レンズ硝子を服の裾でふき取った眼鏡を再びかけ直した。

プライドへと正面を向けたまま母親の横に並べば、リネットも顔だけではなく身体ごとプライド達へ振り返った。


「……ジャンヌ、さん。お見苦しいところを見せて、ごめんなさい。知らずに失礼なこともたくさん……」

平伏の代わりにリネットは深々と頭を下げた。腰から崩れた状態から両足を畳む姿は気品のある女性だった。

いえそんな、と両手を胸の前で振りながらプライドは言葉を切る。見苦しいも何も、そもそも自分がまいた種なのだからと思いながら口を噤む。

今ここで自分はジャンヌでしかないのだと胸の内に言い聞かせながら笑いかけた。


「クッキーも紅茶もとても美味しかったです。今日は最後のお別れにフィリップとジャックも紹介できて良かっ

たです」

心配して身に来てくれた子達には〝フィリップが伝言をリネットさんに伝えただけ〟と説明しておきました。そう続けながら自分が怒っていないことも、敢えて意図して会わせたことも示唆しつつ今後の言い訳についても共有する。

〝伝言〟が誰かまでは敢えて決めていない。遠い友人でも、親戚でも、…………家族でも。それを決めるのは彼女自身が良いと思う。

ただでさえアムレットという共通の知り合いがいる今、安易に息子と言って齟齬が生じてしまうことは避けなければならない。リネットがアムレット達に息子の存在をどうしているのか、具体的に確かめてはいないのだから。

こくんと、目を見開いたままそれに頷きで返すリネットはそこで肩の力が僅かに抜けた。

「改めて紹介します。私はジャンヌ・バーナーズ。そして彼がジャッ」


「ジャック・バーナーズで僕がフィリップ。…………二人は僕の大事な人と、そして親友です」


ぐし、と目を指で擦りながらステイルが口を開いた。

珍しく自分の言葉を上塗りながら放った彼に、プライドも口をピタリと閉じた。ステイルが自分から話してくれるのならそれが一番良いと結んだまま頷いた。

大事な人と、そうステイルが当然のように躊躇いなく言ってくれたことに胸を押さえる。


あくまで〝フィリップ〟として語るステイルの言葉に、リネットも今は動じない。

最初にその名で断じられた時はやはりステイル本人なのだと確信すると同時に、もう〝自分の〟ステイルではないのだと引き離されたようで胸が裂けるように痛んだ。

しかし今はただ受け入れられる。自分の息子本人が間違いなく送ってくれた手紙の文面と、何よりその綴られた内容が心からの真実だと確信できた。自分が何度も何度も繰り返し読んで覚えたように、息子もまた暗記してしまうほどその文面を繰り返し考えて覚えていてくれたのだから。


〝大事な人〟と〝親友〟と紹介されれば、やはり一人はこの国の第一王女なのだとわかる。

手紙でもステイルがどれだけプライドを誇りに、そして大事に思っているかも早々に確認できていた。

たった一年でプライドを慕う様子を隠さず綴ったステイルの手紙に、最初は安堵で涙が止まらなかった。噂が横行しプライドの悪評ばかりを耳にしていたリネットにとって、ステイルが良き姉妹を語ってくれた文面はそれだけでも救いだった。

そしてさらに三年後からプライドやティアラと同じ頻度で書かれるようになった友人の存在も。


何故プライドだけではなく、そのステイルの〝友人〟もこの場にいるのか。

その姿がプライドやステイルと同じ仮の姿なのかも、容姿までは知らなかったリネットは確証が持てない。しかし手紙で何度も何度も語られていた二人のことを思い出せば、自然と優しい笑みが滲み出た。

自分の隣で眼鏡の隙間から涙を拭い続けるステイルを見つめ、彼が手で丁寧に示す先へ視線を移す。

プライド、そしてアーサーを順々にゆっくり示しながらステイルは嗄れた声で言葉を続けた。


「僕の、……俺の。最も傍にいてくれている内の二人です。お陰で今も寂しくありません。…………自慢の存在です」


最後に言い切った瞬間、ステイルは力の抜けた笑みではにかんだ。

いつもよりも素直な言葉を口にするステイルに、それを聞いたアーサーも一人頭を掻く。そう言ってくれること自体に驚きはないが、それでもわざわざ明言されると擽られるような感覚を覚える。傍にいてくれるも何も、最初に騎士でもない自分の友人になろうとしてくれたはステイルだ。

しかも自慢と言えば、それは自分の台詞だと思う。だがここでステイルの紹介も心遣いも水を差したくないから黙った。視線を一瞬逸らしかけ、羞恥から完全に逸らしてしまう前にとリネットへ勢い良く頭を下げた。

ゆっくり顔を上げ、彼女と目が合った瞬間に勢いに任せて「仲良くして貰っています」と子どものような言い回しをしてしまう。


プライドもまた今度は普通にぺこりと挨拶をしたが、自慢と言われた途端に照れ笑いを零してしまう。

社交的な女性らしい笑みのまま頬が少し緩んでしまうのを自覚しながらアーサーの言葉に「私もです」と便乗した。

まさかのプライドに続かれると思わなかったアーサーの肩が思わず揺れる。


そしてリネットもまた、ステイルからの紹介に身体を揺らしていた。

幸せそうにこの上なく柔らかな声で告げるその声に、本当に今彼が幸福に包まれているのだと理解する。笑んだ顔のまま、思わずまた泣きそうになった。深々と二人の少年少女に頭を下げ、「良かった」とその言葉が零れかけた。

また名前の呼べない我が子へと身体ごと向けると、ステイルが顔を正面にしてくれたのに合わせて今度は自分から手を伸ばした。

肌から二センチ手前で一度止め、それからそっと指先から沈ませるようにして十四歳の頬へと触れる。黒縁眼鏡の蔓下をくぐり、細い指で輪郭に併せて添わせて手を当てた。



「…………顔立ちが、夫に似ているわ」



なだらかな声で告げるその言葉に、今度はステイルが目を見張り息を止めた。

母親の手の心地良い感覚と、そして遠い眼差しに涙腺を刺激されるより前に仄めかされた存在で心臓が一瞬止まった。

子どもの頃は母親似だとしか思っていなかった顔が、顔も知らない父親に似てきていると教えてくれたことに思考まで停止しかけた。

八歳の頃の幼い顔立ちから、十四歳に成長した顔で似てきたというのなら。……そう思えば、今すぐにでも元の姿を見せたいとすら思った。

きっと本来の自分の姿は、今の十四歳よりも遥かに父親似なのだから。子どもの頃は顔立ちが完全に母親似だった自分が亡き父親に似ていた部分など、それこそ。


「あの人は、……もっと顔に出すのが下手だったけれど」


ふふっ。と、初めてリネットから笑い声が零れた。

目を細め、自分の記憶には今も鮮明に残る愛した夫の顔を思い出す。昔からなかなか笑ってくれず困らされた時もあったがそれ以上にとても優しく、諍いを嫌う我慢強い人だった。

生まれたステイルまで表情下手に育ったのを見れば、父親に似たのだとすぐに思えた。自分似の顔で、夫と同じ表情をするステイルが愛しくて愛しくて堪らなかった。


そして今。目の前で泣いて微笑んで、はにかみ目を丸くするステイルは本当に昔より表情が豊かになったと思う。

あの時は別れ際まで泣かせてあげることもできなかったステイルが、こんなに泣いてくれたのもその傍にいてくれた彼女達のお陰なのだろうとも。

今も、久しく聞く父親の存在に、悲しげに眉を垂らしながらそれでも嬉しそうに笑う複雑な表情を浮かべるステイルに胸の中心から温められた。

また一つ、彼が幸せでいる証拠を掲げられたような気がした。

見つめ合い、今度は涙よりも先に笑みが互いに合わさった。頬に当ててくれる手を自分からもそっと重ね合わせたステイルに、リネットも少しずつ指だけ動き輪郭を撫でた。

互いに同じ漆黒の瞳に自分を映し、泣き顔でもない柔らかな笑顔を目に焼き付けた。……その時。



「あの、リネットさん。フィリップ、…………最後に、これを良いかしら?」



一緒には無理だけれど。そう大事なことを断りながらプライドは隙間を縫うような声で二人に呼びかけた。

僅かに丸くなった眼差しをプライドへ首ごと向けるステイル達に、プライドは会話を中断させたことを申し訳なく思いながらアーサーの下げたリュックへと手を伸ばした。

大して多くは入っていないリュックの中身を手探るプライドに、ステイルが「まさか」と思わず声を漏らす。先に説明を受けていたリネットも、やっと思い出し気が付く。

そもそも彼女が自分の元へお別れを言いにきてくれた理由の一つはそれだった。

リュックから両手で取り出すプライドに、誰もが一度言葉を失くす。彼女はここに来た時には既にそのつもりだったのだと理解する。



「フィリップ。……先ずは貴方に写して貰っても良いかしら?」



天才発明家ネイト・フランクリンによる()()()()手に微笑む少女は、最初から使い道を決めていた。


Ⅱ328 棚上の

Ⅱ432-2

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― 新着の感想 ―
[一言] そうきたかー
[良い点] 映像か絵でこの場面が見たい…(;ω;) ティアラがいないのが残念だけど、やっぱりこの3人同士がお互い思入れ強いんだろうなって思いました。
[良い点] 父親似だけど父親より表情豊かになったステイルは幸せな証拠って素敵ですね! 国民向けての式典とかあってステイルの姿を国民にも見せられるようなことあれば大人になったステイルを見せられることもあ…
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