Ⅱ450.嘲り少女はお別れ挨拶する。
「ジャンヌ!なんでいきなり⁈」
「えっ意味分かんないけど今日決まったの⁈いつから⁈」
「朝言えよ‼︎なんで黙ってんだよ‼︎‼︎」
「だっから‼︎山ってどこの山かだけでも教えろよ‼︎‼︎」
おおおおぉぉぉ……。
怒涛のインタビューラッシュに完全封殺される。ロバート先生が下校を告げてから、すぐに私達はクラスメイト達に囲まれることになった。
さっきまで比較平和的な会話で筆談をしていた子までガタンと席から立ち上がって私に詰め寄るし、彼らが駆け寄ってくるよりも一手早くアーサーが前方席から飛び出して私の前に立ってくれてなんとか守られた。
それから一個右向こう席のステイルも駆け込んで生徒との間に入ってくれて殆どすぐに他の生徒達に囲まれてしまった。
何故どうしていつの間にと詰め寄られまくる私達に代表としてステイルが上手く「お爺様に口止めされていて」「いつかは戻りたいのですが」「僕らも突然で」と上手く受け流してくれるけれど、それでも質問は尽きない。見事に生徒達に三百六十度囲まれて動けないのが現状だ。
こうなってみると、本当に四限まで隠しておいて良かったとつくづく思う。クラスメイトの子にはやっぱり申し訳なくは思うけれどそうじゃなかったら放課後どころか、本当に休み時間全部質問攻めになっていた気がする。
今も、レイに会いに行くべく抜けようとしても全く誰も逃がしてくれない。一方向は窓だから誰もいないけれど、あとはステイルとアーサーの背中になんとか守られている状況だ。もう最終日だしいっそ窓から逃げようかしらとも過る。
そう考えている間にもステイルだけでなくアーサーにまで謝罪をさせてしまっている。
すみません、本当に俺らも急で、本当にすんません、と女子男子に繰り返し謝罪するアーサーに私一人が黙秘なのがすごく申し訳なくなる。うっかり私のノートが目に入ってしまった所為で火照った顔がまだ冷め切ってもいなかったのに。
ステイルも説明してくれているし、私もここはきちんと説明しないと。レイに会いにいくどころの話じゃなくなる。彼に会う為にも、先ずは彼らに納得して貰ってきちんと道を通して貰わないといけない。折角一か月も良くしてくれたのだから。
そう思いつつ覚悟を決めて口の中を飲み込むと、さっきまで繰り返されていたアーサーの謝罪に一つだけ声色が変わったのが耳に引っ掛かった。
「…………すみません、本当に。ありがとうございました」
さっきまでの誠心誠意応えるような音とも違う、少し低めた声調とゆっくりとした話し方に視線を上げる。
見れば、詰め寄る女子生徒の一人に透き通るような蒼を合わせている。他の子みたいなぺこりと頭を下げたりするのとも違う、真摯な印象だ。更には目を向けて気が付けばその子の手をしっかりと両手で握り包んでいる。
相手の子もアーサーから目を逸らせないように潤んだ上目で見つめ返しているし、もしかしたら恋文の一人かもしれない。自分だけに向けられた視線か言葉か、それとも交わした手の強さか彼女もアーサーの含んだ言葉を察したように小さな唇をきゅっと結んでいた。少し苦しそうにか細い眉を寄せて見返していたけれど、アーサーの言葉を受けて小さく頷きで返していたからきっと伝わったのだろう。
すごい、アーサー。人前というハードルの高さにも関わらず、本人にしか察せられないように言葉も最善に選んで返している。
最後は彼女の返事に柔らかく笑みながら握り締めた両手を離した。そのまま自然な動作でまた他の子に「すみません」「ありがとうございました」と最初と同じ言動に戻す姿に、少し場違いに関心してしまう。私の勘違いでなければあんな自然な流れでお断りいれられるなんて、流石第一作目攻略対象者。…………いや、攻略対象者というよりも単純に年長者の余裕かもしれない。アーサーにとっては十四歳のいたいけな少女だもの。
そこまで思ってから、お互いだけのやり取りに気付いてしまったことへ少しだけ罪悪感が差して今更ながらに目を逸らす。
その直後にまたもう一度、さっきと同じ声のトーンが聞こえたからもう二人目も傍にいたのかもしれない。反対へ視線を向ければ、こちらはこちらでステイルが男子生徒と女子生徒に詰め寄られている。
「お前がどうせ秘密にしろっていったんだろ!」「ずりぃ!」「二限で見逃したのもこれが理由か!!」と、言われてステイルも苦笑で返している。なんだかいつの間にかステイルの若干腹黒さが彼らにも気付かれているような気がする。
ステイルばかり責められないように、今度こそ私からも彼らに謝罪する。
「本当にごめんなさい。私達も本当に急で、だけどお爺様からも言われていたし朝から話すとお別れも辛くなっちゃうからって三人で相談して決めたの。皆と別れるの、私達もすごく悲しいのは本当よ」
ステイルの所為でもアーサーの所為でもない。名残惜しいのだって本当だ。
そう思いながら姿勢が前のめりになっている彼らへ訴えれば、ピクリと小さく身体を揺らしてからこちらに向いてくれた。同性友達であるステイルへ容赦ない吊り上げた眉が、私に向いた途端に瞼ごと大きく上がる。もしかして男同士の会話に入るのは野暮だっただろうか。一応女の子も入っていたし私への問いと同じだと思ったのだけれども。
小首を傾げて彼らを見つめ返していれば、その隙間から教室の扉を抜けるアムレットの背中がちらりとだけ見えた。いつもの友達と一緒に帰っている彼女に、やっぱり二限前に伝えておいて良かったと思う。友達を待たせたくないだろうし、もしかしたら本当にこの状態でお別れも言えなかったかもしれない。
「~ッジャンヌ!ちょっと話があるんだけど‼︎」
そう思っていると、私を見つめ返してくれていた子の一人が突然腕を伸ばしてきた。
アーサーも別方向の子達への謝罪と説明に手いっぱいだったのか、ステイルの横を隙間を縫うように伸ばしたその手はパシリと私の手を捕まえた。……その瞬間、ぞわりと怖い殺気が感じられて物凄く焦る。
ステイルも慌てるように私を守ろうと彼の腕を掴み止めたけれど、次の瞬間には他の周りの男の子とまさかの女の子からもステイルだけ掴まえられ止められる。「お前は我慢しろ!」とアンディに何故か怒鳴られた瞬間「な⁈」とステイルにしては少し珍しい大声が上がった。
女の子の腕にも掴まった所為か、乱暴に振り払えないように動きが封じられる。同時にアーサーも腕を伸ばして私と腕を掴んだ彼の間に肩をいれて阻むけれど、それでも彼からの手は離されない。
別に見知った男の子だし掴まれた手も強くはあっても痛くないから大丈夫だけれど、それよりも別方向から膨らむ殺気の正体の方に私が急きたてられる。掴まれた強さとは別に肩が強張り、これ以上は限界だと守ってくれる二人ッいや三人には悪いけれど安全第一に喉を張り上げた。
「ええ!わかったわ、なにかしらマルク⁈」
私の手を握った彼が、不敬罪でハリソン副隊長にナイフを投げられるその前に‼︎‼︎
同意の意思表示を声に上げ、不敬じゃないと訴える。瞬間的に殺気も止んだけれど、代わりにステイルとアーサーが同時に「は⁈」と誰よりも響く一音を上げた。だけどここは同意しないと彼の安否を優先したい!
ジャンヌ⁈と二人から引き留める声が聞こえるけれど、今はマルクに集中する。この人混みを抜けてでも言いたいことならきっと急を要するのも間違いない。
彼へ向けてあくまでにこやかに笑顔を意識する。一限では席もお隣だったマルクの手を私からも掴み返し、勢いのまま席から立ち上がる。
流石にこの大勢の質問タイムで自分一人が私を指名するのは気も引けたのか、緊張で顔色も火照った彼も唇を固く結んでいる。
このまま彼と話す流れになれば、全体的にも会話の切り上げになるかもしれない。私達を名残惜しんでくれるのはすごく嬉しいしありがたいけれど、彼らだって家の手伝いや仕事で帰らないといけない子もいる筈だ。レイへの用事を置いても、彼らも私達の為に教室で長居させてしまうわけにもいかない。
ガタリと席を立てば、さっきまで詰め寄られていたのが嘘のように他の子達が私とマルクの道だけ空けてくれる。これは本当に自然とマルクの後にお開きになるかもしれない。
大勢の前では言いにくいことなのか、彼に手を引かれるままに足を動かせば教室ではなく廊下方向へと促される。
もしかして教室も出るの⁈と思った途端、今度はマルクに掴まれていたのとは反対の手がグンッと引っ張りこまれた。正反対から同時に引かれ流石がにつま先が浮いてつんのめれば、マルクも驚いたように振り返る。私も引っ張られた背後に振り返れば、……やっぱりステイルとアーサーだった。
当然だ、護衛であるアーサーと補佐のステイルがここで私を一人にするわけもない。
アーサーは長い腕をめいっぱい伸ばして力尽くで人波を突き抜けるように私の腕を、ステイルは生徒達の縫い目を突いたのか座っていた時の私より低い位置から片膝をついて降ろしていた私の指の束をつかみ取っていた。
振り返った時にはアーサーもステイルも、変わらず他の生徒に取り押さえられていたけれどそれでも二人とも私から手は離さず繋いでくれている。人波から無理やり手だけを抜けさせた所為で、窒息でも仕掛けているように二人も顔が真っ赤だ。
「ッすんません‼︎ジャンヌ連れてくなら俺らも一緒じゃねぇと駄目です!!」
「おッ爺様に任されているので‼︎せめて……せめて‼︎僕らの視界に入る場所でお願いします‼︎」
ギギギギギギッ……と、まるで綱引きのように鬩ぎ合う。その場の男女生徒全員対ステイルとアーサーで対抗している。
息苦しさだけじゃなくて、実質全身に力が入っているのもあるかもしれない。二人とも本気を出せば身体年齢が同年齢の彼らよりも力はあるけれど、それでも複数人且つ女子生徒も入っているから無理やり振り払えないのもあるかもしれない。それでもしっかり掴んでくれている私の腕や指を握りつぶさないように細心の注意を払ってくれている。
前にも後ろにも引っ張られ、文字通り私は身動きが取れない。
マルクも私を掴んだは良いけれど、二人を振り払って無理やり引っ張りこむ気はないらしい。皿のようにされた目が今はステイルとアーサーに向けられている。もしかしたら私にも引いているのもあるかもしれない。
お爺様過保護設定は初日にステイルから聞いている彼なら、この人混みからこんなに必死に私の同行を名乗り出てくれる二人をみたらどれだけ私が目も離せない問題児なんだと思えても仕方がない。……まぁ実際いろいろ問題児だったけれども。
今も他の子達がアーサーとステイルを私から引きはがそうとしても、二人ともしっかり私を掴んでくれているもの。私は嬉しいけれど、何も知らない子達からすればどれだけ過保護と思われても仕方がない。
私にとってもやっぱり護衛の意味合いからも二人からは離れられない。
振り返った身体をもう一度マルクに向け、彼の手をきゅっと握り返しながら私からもお願いしてみる。
「……ごめんなさい。私からもお願いするわ、二人も一緒で良いかしら?」
聞かれたくない話なら二人には少し距離も取っては貰うから。
顔の筋肉に少し力が入らないまま彼にもお願いと笑いかけてみる。話したいことが何かはまだわからないけれど、マルクならこれも許してくれるはずだ。……一番の可能性は、一限の筆談でなんで教えてくれなかったんだとかお説教だ。お怒りのあまり軽く殴りかかってくるつもりとかだったらアウトだけれども。
私からのお願いにやっぱり瞬きもしない目で何度も二人と見比べてくる彼に、まさか本当に実力行使のつもりだったのかしらと少しだけドキリと焦る。そこまで怒らせたのなら甘んじて受けるべくだろうか。いやでも校内で暴力は問題行動だし、ここは防ぐ方向にしたい。
「良いけど」と。数秒の沈黙の後に合意してくれた彼の声は筆談の時の勢いとは別人のように消え入りそうな声だった。
いつのまにかさっきまでの質問の嵐が嘘のように水を打った静けさになった教室で、全員にその小声は届いた。
振り返れば、ステイルもアーサーも止めに入っていた子達の手が次々と降ろされ解放されていく。糸を張ったように私へ向けてピンと伸びていた二人の腕が肘関節を余裕で曲げられるくらいに緩み、私へと一歩二歩と歩み寄ってくれる。
他の子達も今はなんとも言えないような口元と、同じ水晶のような目で私達四人を映していた。女の子は何人かお祈りのように指を組んでいる子もいる。そんな無事を祈るような姿勢を向けられると、本当に何が待ち構えているのか私まで緊張してしまう。
アーサーが「本当にすみません」と生徒達とマルク両方向に頭を下げ、ステイルが阻む手に揉まれ過ぎて乱れた髪を軽く手で整えてから眼鏡の黒縁を押さえた。
「…………それでは、マルクとジャンヌは話があるので。僕らは、ここで。……本当に今日までありがとうございました」
今日まで仲良くしてくださってありがとうございました。本当にとても楽しかったわ。と、ステイルの言葉にアーサーと私も続けてそれぞれ挨拶する。
場所を外すしきっとマルクの話を聞いたらそのまま解散だろう。一度手を離したアーサーが慌てて私達のリュックを回収してくれる間に、改めて何人かの名前を呼んで挨拶する。移動教室で話しかけてくれた子や調理実習で親切にしてくれた子には本当に感謝しかないもの。
言いながら若干早くも喉に引っ付くような感覚を覚えたけれど、ここは大人として飲み込み我慢する。アムレット達にだって我慢できたのだから、ここで決壊させちゃだめだ。
アーサーがリュック三つを回収して戻ってきてくれた時には、何人かの目が湿っていた。アーサーだって間違いなく人気者だったし、ステイルも仲良くしていた子もいたし、皆それぞれ寂しく思ってくれているのはわかっている。
「じゃあね」と表情に意識して笑って手を振ってみせれば、女の子達は泣きそうな笑顔で振り替えしてくれた。たぶん私も同じような顔なのだろう。
「また城下に来たら遊びにきてね!」「絶対戻って来いよ⁈」「爺さんの用事終わったら来いよ!」「元気でね!」と優しい言葉に送られながら私達はとうとう教室を後にした。
ジャンヌありがとう、ジャックまたな、フィリップ絶対来いよと廊下に出ても声をかけてくれる子達に、本当に良いクラスだったなと思う。教室と廊下を境界線を越えた瞬間が一番立ち止まりたくなった。
マルクに優しく引っ張られるまま廊下を出て、私も反対の手でステイルを引いてアーサーがぴっしりと私の隣に付いて歩く。
廊下でも立ち止まらない彼も、今から行き場所を考えるように首を左右に振って迷わせた。人通りがない場所を探しているのだろう。
私の四指を包んだままのステイルから、他の教室ならもう生徒も帰っている筈だと提案を受けて私達は一番廊下の奥にある五組の教室へ速足で向かった。
通り過ぎた他の教室を見ても、もう生徒は誰もいない。いつの間にか残っていたのはやっぱり私達の教室だけだったらしい。
これはもうレイに会うのは絶望的かしらと頭の隅で考えながら、私はマルクに引かれるまま五組の教室に入る。
ステイルとアーサーも続き、最後にアーサーが扉を閉めた瞬間ふわりと窓からか小さく風が吹き込んだ気がした。
ぴしりと閉じられた教室の中で、私達四人になる。
ステイルが不安げな表情でゆっくり私から手を離し、お互い何も言わないままにステイルとアーサーが扉側に、そしてマルクに引かれた私が窓際に進む。
ここまでずっと無言過ぎたマルクは、窓際に立ち止まるまでこっちを向いてもくれなかった。怒っているかのようにもみえる顔に力の入った表情に、もしかして一限で何か怒らせてしまったのかしらとも考える。三限からは席も他の子と交換しちゃったし、それに
「俺、お前のことが好きだ」
………………………………………………………………え?




