Ⅱ438.嘲り少女は向かい、
「……ジャンヌ。なにをされているのですか……?」
はっ‼︎と、プライドは慌てて声の方向へ顔を上げた。
二限終了の鐘が鳴り、教室に戻ってきた二人へすぐには気付けなかった。それよりも目の前で難しそうに額を机に伏している女子生徒に今は目が離れなかった。
今もステイルとアーサーが来ても変わらず、ハリエットは机に伏し頭を回していた。二人が来たことに、せめてジャンヌから見せて貰った下書きだけは見えないように懐に隠したが正直この二人に読ませて答えを解読して欲しいとも思う。本来なら友人達の力も借りる場面だが、よりにもよって恋文を気軽に見せるような最低なことはできない。
お互いに恋文を見せ合ってから単純にハリエットの文章力に関心したプライドと違い、見せて貰った彼女は頭を悩ませる結果となった。
まるで解けない問題を突き付けられたように考え込むハリエットも、まさか自分がこんなに頭を悩ませることになるとは思いもしなかった。もしかしたら実際の本書きとは全く別の内容を書かれているのではないかとも思うが、そこで無理やり確かめるなんてできるわけもない。
「実はハリエットと手紙……授業で書いた手紙の見せ合いっこをしていたんだけれど、ちょっと私の書いた内容ががずれちゃっていたみたいで……」
敢えて恋文とは言わず、事実だけに苦笑で頬を掻く。
あはは……と乾いた笑い声を漏らすプライドに、アーサーとステイルも少し首を傾げた。目の前でぺたりと潰れている少女に、思ったより深刻ではなかったらしいことは安堵するがそこまでプライドが不思議なことを書いたのかと思う。
選択授業の詳細を把握しているステイルにとっては、手紙と文字の選択授業自体に変な要素はどこにもない。プライドがわざわざずれた文章を書く理由も見つからない。
そしてアーサーに至っては目の前で潰れているハリエットが、一限での態度に反して撃沈しているのが妙だった。
昼休みが終わったことに、ハリエットの友人達も集まってくる。
どうしたの?そろそろ行こうよ、急がないと、先行くよ?といつもの昼食面々に誘い呼ばれるハリエットは、彼女達の声にゆっくりと身を起こして言葉を返した。
裏返しに伏したジャンヌの下書きをそっと彼女に差し戻し、引き換えに自分の下書きを回収する。
「ありがとねジャンヌ。答えがすごい気になるけど、読ませて貰えて嬉しかった!」
のんびり席を借りてしまったアーサーに一声掛け、自分の荷物をまとめて肩にかけた彼女は速やかに友人達と教室を出て行った。
ジャンヌのやり取りを知っていた友人達も廊下に出てから尋ねたが、彼女は頑なに口は閉ざす。あくまでちょっぴり好奇心からジャンヌの心を覗き見ようと思ったのに、恋文といえるかどうかもわからない手紙だったとは思わなかった。
「気になるならジャンヌに交換して読ませて貰わないとね」と笑って言い返したが、心の中では今にも語って友人達の知恵を借りたくて仕方がない。
「……ジャンヌ、どんなこと書いたンすか?」
プライドの目の前にステイルと共に並び佇んだままアーサーは純粋な疑問を口にする。
去る間際、にっこりと笑いながらあまりにも取り繕いが固まっていたハリエットに謎が深まっていた。自分に話しかけてきた時はなんでもないニヤニヤ顔だったのに、と思いながら視線をまたプライドに戻す。
遅れて男子生徒達も入ってくれば、プライドも慌てて下書きごと手紙を服の中にしまい立ち上がる。「普通のことよ⁈」と少し裏返りそうな声になりながら、急ぎましょうと二人を廊下へと促した。この後にパウエルとの待ち合わせから始まり予定が詰まっていると思えば、のんびりしていられない。
ハリエットに続いて妙にぎこちないプライドにアーサーだけでなくステイルも気付いたが、今は足を動かした。後から入ってきた男子生徒を警戒しつつ、教室を後にする。
いつもより早々に退室した女子生徒が多かったと思ったが、出る際に振り返れば未だ教室に残り佇む女子生徒もちらほら見えた。
「ちょっと、誰宛てかが想像もつかなかったみたいで……」
「?ハリエット宛に書き合ったわけではないのですか」
歩きながらぼそぼそと呟くプライドに、ステイルも少し眉を上げる。
てっきり席の近い同士で手紙を書き合ったのだと思っていた。仲のいいアムレット相手ではなく、今まで大して親密に関わってはいないハリエットだから余計にそう思った。
ううん、と苦笑で首を振るプライドもやはり「恋文」の一言は出せない。あくまで女子達だけの授業でどんな手紙を書いたなんて言いふらすものではない。
「では誰に?」と単刀直入に質問を重ねてくるステイルに、プライドは一度唇を引き結んで止めた。どう言い訳をしようと考えながら懐に本書き下書きの二枚重なる手紙と封筒の感触を意識する。
渡り廊下に着き、待ちかねていたパウエルと合流する。いつもならこのまま校門前だが、今日は違った。
「ネイトも食堂前で待ってくれているわ。ヘレネさんとも一緒にお昼を食べたくて、良いかしら?」
「あ、なら俺がヘレネの方も連れてくれば良かったな。あとさジャンヌ、その恰好どうしたんだ?すげぇ可愛い」
アリガトウ⁇と、突然の誉め言葉にプライドは両肩が上がったまま声がひっくり返る。
さっきまで女子だけに囲まれて殆ど忘れていたが、ネル渾身のワンピースだ。会ってすぐに気が付いてくれたパウエルに流石と思いつつ、予想もしていなかった誉め言葉に思わず身体に力が入った。もしアムレットの想い人でなかったら、パウエルにファンレターを書くのも良かったかもしれないと思ってしまう。
じわ、と頬が熱を帯びてくるのを感じながらもプライドは胸の代わりに自分の裾を指が白くなるほど強く摘まんだ。本当なら胸を押さえたかったくらいだが、その途端に懐の手紙がひしゃげるのが目に見えている。
「ヘレネなら多分まだ向かってる途中だと思う。入学した頃よりは大分元気になったけど、やっぱ歩くのはのんびりだから」
「じゃあ途中で会えれば良いわね!食堂の中じゃ探すのも大変だもの」
昇降口から階段を降り、食堂へ向かう。既に大勢の生徒達がところ狭しと食堂内だけでなく食堂の入り口周辺にも集まるそこは学内でも一番の人口密度を誇っていた。
そして今日は特に多い、と。プライドは確信を持ってそう思った。
今までも数回は食堂に訪れた彼女達だが、今日は比べ物にならない。
ぐるりと首を回しただけでも自分のクラスメイト達まで見つければまるで祭りにでも来たかのような気分になった。いっそ食堂周りの方が人も多い。
食堂に食べる席は残っているかしらと顔の角度を変えて覗けば、意外にもある程度余裕があった。何故食堂の中より周りが人気なのかなど、プライドは考えるまでもなかった。
人混みの中で視線を回し続け、食堂の近くを重点的に目を凝らせばアーサーが「あっ」と最初に気が付いた。
「あそこ」と鍛えられた腕を伸ばして指させば、食堂の入り口から一メートルほど離れた位置に大きなリュックを担いだ少年が立っていた。居心地が悪そうに自分を挟む集団と集団の間に文字通り肩身を狭くさせたネイトは、今だけはリュックではなく自身の額にあるゴーグルに手を添えている。
ジャンヌ達と合流するためにはゴーグルを使ってはいけないが、今すぐにも自分の気配を消したくて仕方がないほどに人口密度が嫌だった。
背の小さい自分では全員に見降ろされるような立ち位置になるから気分も悪い。
ネイト!とプライドが大きく手を振り呼びかけてやっとその顔色も少し晴れる。駆け寄ってくる彼女に、ほっと息を吐いてから大きく吸い上げ目を吊り上げた。
「おっせーよジャンヌ‼︎なんで誘ったくせにすぐ来ねぇんだよ‼︎」




