Ⅱ436.嘲り少女は伝え始め、
「えっ⁈ジャンヌ辞めるって……」
しーーーーーっっ‼︎とアムレットの言葉に慌ててプライドは人差し指を口元に立てた。
一限終了後、ステイルとアーサーを見送ってすぐ駆け寄ってきてくれたアムレットに早速プライドは「実は、話さなきゃいけないことがあるの」と打ち明けた。とっておきのワンピースを褒めてもらう間もなかった。
突然の自主退学に驚きのあまり口留めを受けて尚、口が動いてしまったアムレットも「ごめん」の後に今度こそ下唇に力を込めた。ノートとペンを机に置いたまま、いつもはジャンヌの席に座る彼女は戸惑いを表情に隠しきれない。折角仲良くなれたのに、と気持ちに感情が急くが、それでも先ずはジャンヌの話を最後まで聞こうと意識する。
絞るように固くなる唇と哀しげに垂れる眉に、プライドも躊躇いたくなりながら顰めた声で彼女に説明した。
実家の事情で急に明日から山へ帰らないといけなくなった。ロバート先生には報告したが、四限後までは言わないで欲しいとお願いした。これからファーナム兄弟にも話すつもりであることを順序立てて説明するプライドに、やはりアムレットの眉は下がっていく。
ゆっくりと呼吸するように肩が上下に波打つが、机の上に置かれた両手がそれぞれぎゅっと固く握られた。
腹が立っているわけではない。ジャンヌが悪くないのも仕方がないこともわかっている。ただ、あまりにも突然のことにすぐには笑顔を作れなかった。
「せっかく仲良くなれたのに……」
「本当に突然でごめんなさい。私も残念なの。本当よ、アムレットは一番仲良くしてくれた女友達だもの。本当はもっともっと一緒にいたかったわ」
声を意識的にでなく萎らせるアムレットの右手に、そっとプライドは両手で包むように重ねる。
机を隔てた彼女に、本音を言えばこのまま抱きしめたいくらいの心境だった。間違いなく自分の学校生活女友達代表と言えるアムレットに、本当なら今日でお別れなんかしたくない。もともとは第二作目の主人公であった彼女だが、今では自分の学校生活を思い浮かべる中で切っても切り離せない存在の一人である。
しかも、心優しいアムレットがこんなことで自分を嫌いになったりしないとわかっているから余計に罪悪感が重い。
「私だって」と小さく唱えるアムレットの表情筋に力が入る。絞った唇がぷるぷると震え、一度は紫の瞳と合わせるのも辛く伏してしまう。
それでも、ジャンヌに重ねられた両手へ自分からも反対の手を優しく重ね力を込めた。
「仕方ないよ、家の都合だもん。ジャックやバーナーズとも会えなくなるのも残念だしジャンヌと離れるのも本当に寂しいけど、……家族想いのジャンヌは大好き。先に打ち明けてくれてありがとう」
少し泣くのを我慢するように朱色の瞳を揺らしながら笑うアムレットに、プライドは本気で泣きたくなった。
アムレット、と友人の名前を呼べば今度は逸らされることなく目が合った。どこまでこの子は良い子なのだろうと思いつつ、いっそこのまま城に連れ帰りたくなる。
いつか彼女が城を本当に目指してくれれば……!と喉の奥で言葉にして願いたくなったが、その瞬間に今までの苦労が泡になる。代わりに用意してきた物を鞄から取り出し、両手で差し出した。途端にアムレットの顔が一瞬輝き、また寂しさで眉が落ちる。
ありがとう、ありがとう、大好きよ。と繰り返しながらお互いに両手を結び合えば、アムレットからはもう優しい笑顔だけが返された。
プライドにとっても彼女にはもう感謝しかない。勉強をきっかけに友人になってくれただけでなく、いくつもの出会いも彼女のお陰で得られた。一限終わりの彼女との憩いの時間も放課後の部屋訪問も間違いなくプライドにとっても大切な時間だった。
そう思い返しかけたところで、これ以上は涙腺に危険だと自覚する。まだ別れを告げるべき人物は残っているのに、ここで崩壊したらとてももたない。他に彼女に伝えるべき言葉はと、重ねるように「パウエルとの仲も頑張って」と心からのエールを送ろうしたその時。
「…………ちょっと君達、結婚でもするの?」
「どうしたの⁈僕らもいれて‼︎」
あ!その服可愛い‼︎とディオスが続いて声を上げた。教室の扉から早速いつもの場所に二人を見つけた二人の声に、プライドとアムレットは同時に振り向いた。お互いの話は聞かれていないらしいと確認しつつ、そっと両手を引いて手元に置く。
クロイ、ディオス、と呼びかけながら歩み寄ってくる彼らを笑顔で迎える。しかし歩み寄ってみれば、そこで双子もそれぞれ首を傾けた。うっすらではあるが、紫色の瞳と朱色の瞳がそれぞれ湿っているように見える。「どうしたの」とその声は図らずも二人綺麗に重なった。
ジャンヌに虐められたの?と、冗談の軽口をクロイがアムレットへ問えば、今度は女子二人で少し笑ってしまう。
そんなことないわ、と言いながら先ずは二人をそれぞれ隣の席へと招いた。いつもと前後反対に座っている二人に少しだけ違和感を覚えながら、いつもの感覚で今日だけはプライドの隣にディオス、アムレットの隣にクロイが腰を下ろす。
ジャンヌが話すまで自分からは何も言うまいと唇を再び絞るアムレットは、まっすぐと視線だけをプライドへ注いだ。
プライドもまた一度言いにくそうに唇を閉じ、視線を落としてから順々に二人と目を合わせれば言葉にせずともその空気の重さをディオスとクロイは感じ取った。
「他の皆にはまだ秘密だから」とアムレットへと同じ前置きを告げて声を潜める。その途端、ディオスとクロイは同時に肩をぴくりと上げて強張らせた。
言いにくい、と思いつつそれでもプライドは口を開く。アムレットには話したのに、二人に話さないわけにはいかない。
特にディオスはつい大声を上げてしまわないようにと、しっかり視界にとらえたままゆっくりと彼女は言葉を選んで話し始めた。
実家から急遽知り合い伝てに手紙が届き、今すぐにでも人手が必要な事態に陥った。もともとお爺様の許可を得た学校生活で、そのお爺様がどうしてもと望んでいる。仕方なく学校を辞めて山へ帰る準備を始めないといけなくなったことまで話が進んだところで
「はぁ?!!!」「えっ!!!」と、二色の叫びが重なった。
しーーーーーっっ‼︎と直後に今度はプライドがディオス、アムレットがクロイの口を手で覆い止めるが、四つの同じ若葉色の目は瞼をなくしたままだった。
止められた後は絶句するように口が止まるクロイと違い、ディオスはプライドの手の中でモゴモゴと何かをまくしたてるように叫んだが早口の上にくぐもって聞こえない。
手を離した途端雪崩のように大声で明かしてしまいそうなディオスに、プライドも決死に「しー!まだ、しーーーっよディオス‼︎」と声を潜めつつ訴える。しかしその間もモゴモゴモゴモゴと何かを繰り返すディオスは、早くももう涙目になりかけていた。
お願い、落ち着いて、まだ秘密なの、と繰り返すプライドにディオスがやっと深く呼吸を吸い吐き出すまでに二分以上掛かった。
やっと落ち着いてくれたらしいディオスからそっと手を話せば、早くも鼻を啜られる。目も自分とアムレット以上に潤んでいるディオスに、プライドも指先でそっと涙を掬いぬぐい取った。
「驚かせてごめんなさいね」「落ち着いてくれてありがとう」と繰り返し宥めながら、彼の頭を撫でれば下唇を噛むディオスの目がまた潤みだしてくる。
アムレットも合わせるようにそっとクロイの口から手を離すが、いつもなら「もういいでしょ」と言って自分から振り払おうとする筈のクロイがずっと文句も言わず固まっていたことにアムレットは心配になった。
大丈夫かなと上目で覗けば、手を引いた自分にも気付かないように視線がジャンヌに突き刺さったままだった。
「……。……え、なにそれもう決まったことなの」
「そう、なの。もう担任の先生には報告したわ。まだ他の子には言ってなくて……アムレットにも今さっき話したばかりなの」




