Ⅱ432. 嘲り少女は挨拶し、
「あらジャンヌちゃん!今日は一段と綺麗ね」
気持ちの良いくらい晴れ渡った天気に恵まれた。
ステイルの特殊能力でアーサーと三人揃ってエリック副隊長の玄関に瞬間移動した私に、エリック副隊長のお母様が開口一番にそう言って褒めてくれた。
ありがとうございます、と私も頬を緩ませながら返してしまう。今日ばかりは期待していなかったと言えば嘘になる。指先でちらりとスカート部分の裾を膝下手前まで摘まみ上げながら揺らして見せる。
城でもティアラや専属侍女のロッテとマリーに大好評だったから鼻が高い。まさに晴れの日に相応しいおしゃれ着だ。
「昨日、被服講師の先生がくれたんです。すごく嬉しくて早速袖を通してみました」
はしゃいで弾み過ぎないように気をつけながらも、私はくるりと背中も見えるように回って見せた。昨日頂いたネル先生渾身の一作。裾部分には蔓や花々の刺繍があしらわれたワンピースだ。
生地が純白の背景に刺繍が刻まれた模様はパッと見れば同じ花模様と鳥の繰り返しだけれど、よく見れば蔦の数が違ったりくるりと弧を描いていたり違う形の花が描かれていたり鳥が羽ばたいていたり花にとまっていたりとお手製だからこそ遊び心も満載だった。職人が一針一針繊細なまでに技巧を凝らしてくれたのがよくわかる。派手過ぎず、上品だけどカジュアルさも織り込まれた愛らしい刺繍だ。ネル先生お得意のオリジナル刺繍模様も含めつつ街中を歩いても異彩を放たないように演じられている。
腰部分を絞るのがリボンではなくボタンなのもまた派手じゃなくて愛おしい。
私らしさを残しつつ、フリージア王国の町にも溶け込めるデザインが今の私にはすごく嬉しかった。
だってネルは十四歳の私の身体のサイズに合わせてくれていたのだもの。今日の学校を逃したら次はいつ着る機会が来るかもわからない。
ワンピースといってもブラウスの上から着るようなジャンパースカート式だから元の身体でも不可能、というわけでもないけれども。袖無しで胸あたりから吊り下げる形だから、頑張ればいける。……ただし、脱げなくはなるけれど。
実際、今朝ジルベール宰相に身体を小さくしてもらう前にマリーとロッテにお願いして試着挑戦した。
庶民としてお忍びの機会さえあればとあまりに素敵な服に私の諦め悪さが勝った。用意された十九歳用のブラウスからその上に着てみれば、幸いにも子どもの頃から体型にだけは恵まれたラスボス女王の腰回りはすんなりいけた。ネル先生が少し余裕をもって作ってくれたお陰もあるだろう。
ただ、十四歳の姿では膝下を隠してくれる気品のあるスカート丈が十九歳だと膝上どころの話じゃなくなった。王族としてはどころか淑女としても完全失格のミニスカート丈になってしまった。……こういう時、自分の身長が憎い。ラスボス設定で女性のわりにはなかなかの高身長だった私は、十四歳からまたメキメキと身長が伸びている。
しかも胸も、十四歳のぺったんからラスボスに相応した体型に成長してくれちゃっているお陰で胸部分までくっきり開いたジャンパースカートがまるでブラウス越しに胸をボン!と主張しているみたいになってちょっと自分でも鏡を見てはしたな過ぎて恥ずかしかった。十四歳の身体としてはブラウスを下に着ても動きにくさを感じさせない開放的なデザインなだけなのだけれど。
いやでもやっぱりワンピース自体はすごく好みでかわいいし、……下にタイツを履いて胸元を隠す上着でごまかせばどうかしらと見苦しく提案したけれどマリー達には却下されてしまった。
扉前で待ってくれていたティアラも呼んで見てもらって相談したけれど、「かわいいです!」と褒めてくれた後には「私だけじゃわからないので兄様と近衛騎士のお二人にも意見を聞きましょう!」と言われたから全力で私が折れた。
せめて上着とタイツ!と思ったのもあるけれど、十四歳用の服を十九歳にもなって着てみましたなんて恥ずかし過ぎる。
女性相手ならまだしも男性じゃ父上か近衛兵のジャックにしか見せられない。……今度ティアラに着てみて貰おうかしら。
ティアラなら私と違って身長も女の子らしいし、私より全てにおいて細い。きっと十六歳でも余裕でこれを着こなせちゃうだろう。あげちゃうのは流石に惜しいけど、袖を通して見せて欲しいと思う。きっとあの子にも似合うもの。
私じゃ無理やり袖を通した後は衣服に刃を通すかジルベール宰相にまた小さくして貰わないと脱げない。
「すごく似合ってるわ。流石被服の先生ともなるとすごいのねぇ。ジャック君とフィリップ君にも大好評ね」
ふふっとそう言って微笑んでくれるエリック副隊長のお母様に私は首を傾ける。
好評⁇と思いながら隣に並ぶステイルとアーサーを見るけれど、二人とも今の表情は好評とはなかなか程遠い。確かに十四歳の姿でお披露目した時には褒めてくれたけれども、今は二人して顔ごと私から逸らしている。城ではカラム隊長もそうだった。
まぁ今回は私が悪い。あまりにもこの服が気に入り過ぎて十四歳姿で無事着こなせたのが嬉し過ぎてだいぶ有頂天だったと自覚している。しかも「お似合いですっ」「お姉さまが妹だったらずっとこの服を着ていて欲しいですっ!」と大絶賛してくれたティアラと一緒に十四歳どころか小学生レベルのテンションで両手を繋いできゃっきゃっ燥いでしまったのを目撃されたのだから。
褒められたのと無事着こなせたのとネル先生のデザインの素晴らしさのトリプルパンチだった。文字通り浮足立ったままにノックへ「どうぞ」と答えたのがそもそも間違いだった。もっと深呼吸くらいするべきだったと思う。
結果、振り向いた時にはあまりにも大人げない王女の姿にステイル、アーサー、カラム隊長揃って顔がそれぞれ紅潮していた。……私も後から自分の行動が恥ずかしくなって赤面四人になったけれど。
ティアラがすぐ間に入って「お姉さま凄く可愛いですよねっ」「昨日お話ししたネルのワンピースです!」と話してくれたからぎりぎり沈黙にならず済んだ。
ステイルは唇を絞ったまま眼鏡までうっすら曇っていた所為で硬直した顔が無表情に見せてしまったし、アーサーに至っては銀縁眼鏡がずれたまま俄かに口を開いて唖然としていた。カラム隊長もカラム隊長で片手で口を覆った後も、ちょっと温かすぎる眼差しで微笑まれてしまった。
いまだに三人とも私の大人げなさには慣れていない。……いや、慣れられる前に私がもうちょっと落ち着くべきなのだろうけれども。
だけど女性として素敵な服を前にした喜びは世界万物等しく年齢関係ないから許して欲しい。
結果、「お似合いです」「すげぇ可愛いです」「とても愛らしいかと」と褒めてはくれたものの、見送ってくれたカラム隊長もそして瞬間移動で今到着した二人も顔色はそのままだ。
エリック副隊長のお母様に褒められたお陰で私はちょっと持ち直したけれど、今も頬がトマト気味な自信はある。
エリック副隊長のお母様の優しいお言葉を否定もしたくないから「嬉しいです」とだけ照れ笑いで返すと、くすくすと今度は笑われてしまった。こうやって笑う顔の柔らかさとかちょっとエリック副隊長に面影があるなぁと思う。
学校をやめることは秘密だけれど、そうじゃなくても「今日はギルクリスト家が最後にもなるのでそのおめかしも含めて」と伝えれば嬉しそうに頭を撫でてくれた。
流石女性、頭の上のお団子を壊さないように髪の流れにそって撫でてくれる感覚がまた心地良い。
「旦那に見せられないのが残念だわ。ジャンヌちゃん達が帰ってくる頃にはキースも帰ってくる予定だけど……」
ガチャ、と。噂をすればを体現したようにそこで背後の扉が突然開かれた。
突然のことに驚いて振り向くのと、真っ赤なアーサーが茹った手で私とステイルを扉前から避けさせてくれるのは同時だった。さらに反対横に立っていたエリック副隊長が慌てて扉を開く途中で押さえ止める。
騎士二人のお陰で扉にぶつかることはなかったけれど、そのままアーサー達三人で家の内側に数歩下がった。丸くなった目で見上げれば、やっぱり思った通りの人が扉の隙間から半分顔を出していた。
「っキース。扉を開ける時は気をつけろ。もう少しでジャンヌ達にぶつかっただろ」
「悪い……けど今はもう頼むから家入れてくれ……寝たい…………」
私達が下がったのを確認してからゆっくりエリック副隊長が扉を開けると、まるで寄りかかっていた大木のようにそのままキースさんがエリック副隊長へ倒れこんできた。
脱力する様子のキースさんを両手で受け止めてあげている。……というか、エリック副隊長もこう見ると顔が赤い。特に耳なんて日焼けしたみたいに真っ赤だ。さっきまでずっと背後に居たから気が付かなかった。




