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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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1522/2210

Ⅱ422.見かぎり少女は訪問する。


「ここです!」


ディオスが弾みそうな声でネルの袖を引っぱった。

久しぶりに訪れた住宅街は、やっぱり人影はなくこの時間帯はしんとしていた。

自慢のお家を紹介してくれるディオスが指を差した先に私も思わず感嘆してしまう。振り返ってみれば、ファーナム家を知っているステイルとアーサー、それにエリック副隊長も丸く口が開いていた。

最初に訪れた時には家の大きさこそ立派だったけれど古びた印象のあった家が、今は新築と思えそうなほど見違えている。最後に見た時は深夜だったし、日の下で見た印象の違いも勿論あるだろう。そしてアラン隊長率いるボランティア騎士達にペンキ塗りされたお陰で、若葉色の屋根に灰色の壁のお洒落な雰囲気まである。

素敵!と声を上げるネルに、私も同じ台詞が口から出た。ちらりとお向かいからそのご近所さんにも目を向けたけれど、家の大きさは元からでも真新しさも際立っている。……これ、ご近所さんは一日での大改装にびっくりしたのだろうな。補強工事だけならパッと見は気付かれなくても、この塗り替えを一日なんて私なら二度見三度見する自信はある。


「近所の人達もそんな顔してた」

クロイの目が心なしか遠い。

その隣でにこにこ笑っているお姉様からも聞いてみれば、当時ご近所さんも最初はびっくりしていたらしい。アラン隊長達……というかガタイの良い男の人達がペンキ塗りしたのは目撃されていたから、彼らは一体何者かという疑問もあったのだろう。今までただの若い姉弟が住んでいるとしか思わなかったところで、牽制効果にもある意味なったかもしれない。


扉を開けたディオスを先頭にネルを追い、私達も家の中に入る。中をみれば、さっきよりは見覚えのある光景だ。

家具の位置とかはところどころ変わっているけれど、飾られていた小物とかは配置もそのままだった。床が軋まないのは大きい。

アーサーから最後にエリック副隊長が入り、扉を閉じる。パタパタと元気な足音を立てるディオスと、引っ張られるネル先生のトランクがゴロゴロ響く。階段を登らず、居間ではなく流し場や庭方向へと進むディオスに早足でクロイが追った。

ネルの背後に付いて、ぐいぐい先へ進んじゃうディオスの代わりに「こっちが居間です」「二階は僕らの部屋が」「この奥に真っ直ぐ行くと庭で」と補足をいれる。

これ幸いと先頭に進むネルから距離をあけるようにして振り返ればまたアーサーがエリック副隊長の背後に下がり出した。

事情を察してくれたらしいエリック副隊長も少し半笑い気味になりつつ、アーサーに最後尾を任せて私とステイルの前に進み出てくれた。廊下で順番を変え、私の背後にエリック副隊長、ステイル、アーサーの順になる。あくまでの護衛形態だ。


「!ここ?!」

ディオスが開けた扉の向こうに、ネルが思わずといった様子で口を覆った。

トランクから手放し、目が丸い。確かあそこは大改修した時は物置部屋の一つだった部屋だろうか。移動させるには大変そうな家具とかが敷き詰められていたのを覚えている。

トランクをクロイが片手で掴み、ディオスがにこにこのままネルと一緒に部屋の中へ消えていった。

部屋には入らず開けた扉の前に佇むクロイへ私も並ぶ。部屋の中へと顔を覗かせれば、ネルが叫んだ理由がよくわかった。背後でエリック副隊長達も声を漏らす中、視線の先にはディオスとネル先生以外〝何もない〟空間が広がっていた。


「基本的にあくまで貸せるのは〝部屋〟だけだから」

ぽつりと説明するように言うクロイの呟きを聞きながら、私はその意味に大きく頷く。

部屋は文字通り窓と壁だけだった。自宅改修時には敷き詰められていた家具が一つも残っていない。あの量を全て別の場所に配置したということだろうかと考えると、今度はどうやったのかと疑問が浮かぶ。

ファーナムお姉様は当然ながら双子の力を合わせても難しかっただろう。ペンキ塗りの時に屈強な騎士達が手伝ってくれたのかしらと考えれば、それが自分でも一番納得できた。

この部屋が物置にされていたのも、正しい配置というよりも雨漏りや穴も空いていない部屋だったことと重い物を三人だけで運ぶのが大変だったから一階の手近な部屋へ押し込んだ印象だった。騎士が手伝ってくれたなら、あの重そうな家具も今は二階にいくらか上げられているのかもしれない。


結果、ネル先生が紹介された部屋には本当に何もなかった。


こういう部屋を貸すと聞くと、最低限ベッドと棚一つにランプはあるイメージだったけれどそのどれもない真っ新だ。本当に新築へ引っ越す前の状態だった。少なくともこの状態だと、女性のネル先生が即日引越は難しいだろう。

あの詰まっていた家具は貸さないのかしらと思ったけれど、もともとここは貸部屋ではなく家族五人の城になる筈だった部屋だ。容易に人へ貸せる品ではないのかもしれない。彼らにとっては家族の思い出が詰まっている。空き部屋を物置にしてでも仕舞っていたのもそういう理由だろう。……まぁ、どちらにせよネルにとっては。



「こんな広い部屋使っても良いの⁈」



この状態が最善なのだろうかれども。

部屋の中央でくるりと見回しながら目を輝かせるネルに、ディオスも満面の笑顔だ。クロイからはだけは小さく「あ、良いんだ」と聞こえたけれど、そりゃあそうだと私は心の中だけで大声で返す。

その部屋は本当に何もない。家具もないしベッドもない。ただその代わりに、一般人の一人部屋というには贅沢と思えるほどの広さだった。家具がないから余計にそう見える。

恐らくディオス達やお姉様の部屋よりも広いんじゃないかと思う。

この家の部屋で言えばどちらかというと居間と近い広さだった。二組くらいならダンスができるだろう。現に今もネルが部屋の中央で身体ごとくるりと回って見回している。


「すごい!こんな広い部屋なかなか見つからなかったのに!」

「家具そのまま貸せないですけど良いですか。狭くても良かったら、一応二階に古いベッドの部屋はありますけど」

「ネル先生広い部屋が欲しかったんだって‼︎」

落ち着いた声でもう一案出すクロイに、ディオスが声を張る。

どうやら此所にくるまでの間にちゃんと部屋の希望も聞いていたらしい。ディオスのコミュニケーション能力は本当に優秀だ。

ディオスの言葉にネルも少し浮き上がった声で肯定を返した。今度は部屋の各隅へ足を運びながら、つま先立ちになって手を広げている。多分ざっくり寸法を測っているのだろう。本来ならここで「ここに棚を」「ここに机を」と唱えるだろう場面で、耳を澄ませればネルからは私の想像通りの呟きが聞こえてきた。


「ここにドレスを縦に……ああ良かった絶対に入りきる。設計図も広げきってあのテーブルも生地の束も全部持ち込んで……‼︎」

フフフッ……‼︎と若干怖くも聞こえる抑揚の大きな笑い声に、もう完全に部屋がどうリフォームされるのか目に浮かぶ。

ネルは刺繍職人だ。大量の布や皺を作ったり折りたたみすらできない作品をいくつも作らないといけない仕事をしていらっしゃる。彼女が一番欲しいのは作業スペースだ。それに今も城下のご実家に住んでいるネルなら、欲しい家具なんてそのまま運んでくれば良い。


ディオスが「気に入りました⁈」と再び嬉しい悲鳴のリコールを望めば、ネルも勿論と即答してくれていた。いつもより声が大きいし、大分興奮状態かもしれない。

ゆったりと歩くファーナムお姉様も部屋に入れば、クロイもトランク片手に一緒に入った。私も行こうかと思ったけれど、ここはファーナムお姉様の今後事業の予行練習にもなるし取り敢えずは出張らずこの場で様子を見守ることにする。

お気に召していただけて嬉しいです、今は使う予定もないので好きにどうぞとファーナムお姉様達もネルとの部屋交渉を始めて行く。私がいなくても充分三人で交流から部屋交渉まで円滑に進んでいる。……これ、本当に私必要だったのかしら。


「見ろジャック、お前のことも眼中にない。広い部屋に夢中だ」

ステイルの言葉に振り返れば、最後尾のアーサーがエリック副隊長とステイルの隙間から部屋を覗いている。

心配ないと知らせてくれるステイルにアーサーのほっと息を吐く音が聞こえた。ネルは見事にこちらに気付いてもいない域だ。今もファーナム姉弟と部屋から引越の段取りまで色々打ち合わせを進めている。

家具や大荷物を運び込んで良いかと確認するネルに、こっちからは提供できないから勝手にどうぞという家主できちんと話も合っている。


「いえ、それじゃあ安すぎるわヘレネさん。城下の貸部屋ならその倍は取れるんだから」

「ほら言ったでしょ姉さん。もっとお金貰って良いって」

「あら?ですけれど家具もありませんし。城下といってもここは土地も安くて、治安もそんなに良いわけでは」

「それにジャンヌとアムレットの紹介だし‼︎」

関係ない、と。クロイとそしてネル先生がゆるふわお姉様とディオスの発言を一刀両断する。

安く借りられる機会を敢えて置くネルの誠実さもさることながら、クロイも心強い。ネルもお金に困っているわけではないしここで私から値下げ交渉や逆に値上げ交渉をする気はないけれど、どうやら家賃の額が格安らしい。


まぁ初めての価格査定だとありがちのことだろう。一瞬足が前に動きかけたけれど、ネルがしっかりと他の貸部屋だと安くてもどれくらいだったかとかを説明してくれる。今日までずっと部屋を探していただけあって凄く詳しい。

下級層に近くても家具付きで建物さえ立派ならわりと値段がするとか、基本的にフリージア王国の城下は他国よりも土地代や部屋代も高いのと話しているのを聞いてうっかり苦笑いしてしまう。もしかして最近まで他国にいたネルには我が国の城下は物価自体高めなのかもしれない。こればかりは大国の王都付近だから許して欲しい。

そう考えるとやっぱりあのドレスや作品の価格は妥当だ。


「良かったわ。ドレスを作るならやっぱり広い部屋が良いわよね」

「ネルさん、刺繍にハマってからは実家で二部屋服が溢れ返っぱなしだったくらいなンで。ちょうど良いと思います」

両手を合わせて落ち着く私に、アーサーからご実家情報が後押しする。

二部屋って……、実際にお家には行ったことないけれど副団長のお家よね?それなりに広い家に住んでいらっしゃる印象なのだけれど、……二部屋となると凄まじい。逆にこの部屋一つでも足りるのかしらと一瞬心配になる。いやでもアーサーが丁度良いと言ってくれているしきっと大丈夫だろう。

ステイルが「部屋を見たことあるのか」と尋ねるとすかさず「国出る時に荷造り手伝った母上から聞いた」と返ってきた。その流れでいくともしかして今回の引越もアーサーのご家族も手伝うのだろうか。いやでも今回は帰国したてだし副団長の家だけで荷造り程度は済むだろう。……私も正体さえ心配なかったらお手伝いに行ってみたかった。貧弱な私じゃ荷ほどきくらいしか役に立たないだろうけれども。


そう考えている間にも、部屋交渉は「家事や掃除を手伝う代わりに家賃を値下げする」か「家賃を値上げする代わりに食事を付ける」に入り出す。

ネルは迷わず後半を希望していた。間違いなくできる限りの時間は服作りに専念したいのだろうなと理解する。家賃も双方納得できる額に決められたらしいし、私は自然と両肩が下がっていくのを感じた。

引越の日取りから、じゃあ契約成立ですねと四人の話が落ち着きかけたところでステイルが「下がってろ」と一度アーサーを廊下に押し戻した。

指示通りにアーサーが部屋からは身を隠した途端「待ってください」とステイルが初めて彼らに呼びかける。


「交渉成立をするのならば、念のため契約書を残しておくことをお勧めします」

双方の為にもなりますし、と。そう提案するステイルに私も納得する。

確かに。知り合い間の部屋を貸す貸されるだけだと、省略してしまう場合もあるけれどそれは大切だ。ネルやファーナム姉弟に限ってそれは無いと思うけれど、お互いの信頼にも繋がる。

ステイルの提案に、ネル達も同意する。ディオスがひとっ走りで紙とペンを取ってくると走り出そうとするところで、クロイが後ろ首を掴んで止めた。それよりも家具がある居間へ移ろうよと尤もな判断に、一度全員が廊下に出た。扉脇にいた私達から廊下に出て居間に向かえば、今度はアーサーが先頭を歩くことになる。

背後ではネルと今度はファーナムお姉様の話が弾み出しているのが聞こえた。廊下の棚上に飾ってあった小物が目についたらしい。手作り?すごい、器用なのね、もしかしてその髪飾りも?とネルの食いつきが凄い。そういえばファーナムお姉様も手先が器用だし、気が合う女子組かもしれない。

ゲームではモブキャラの一人であるネル先生とファーナムお姉様に接点は殆どない。アムレットが手作りした肩掛け作りに協力したくらいだろうか。ゲームのお姉様はずっと部屋で寝たきりだったもの。


居間に辿り付くと、アーサーが扉を開く。そのままいつものように私達に先を譲ってくれ……ようとしたところでステイルが彼の肩を掴んで部屋に突き飛ばすようにして押し込んだ。

「ア⁈」と声を短く上げるアーサーだけれど、すぐに察したように居間の中へ吸い込まれていく。最後まで扉係をしていると、ネル先生にも否応なく顔を至近距離で合わせてしまうからこその退避だ。代わりにエリック副隊長が扉を開ける係を引き継いで後続を通してくれた。なんだかステイルがアーサーを護衛しているような印象が不思議な感じで微笑ましく思えてしまう。

居間に付けば、テーブルには五個の椅子が囲むように並べられていた。ファーナム姉弟とネル、最後の椅子をクロイが私に譲ってくれる。壁際に立つエリック副隊長の影に隠れるようにアーサーが並び、ステイルが私の隣に立った。

すると椅子に掛けたネルがチラリとテーブルから身を前に出すような姿勢で、ステイルと壁際に立つエリック副隊長達を見る。


「私は良いから、フィリップかジャックが座ったらどう?ジャック、貴方も騎士さんの傍じゃなくてフィリップ達と一緒に」

「どうぞお気遣いなく。ネル先生は女性ですし僕らはお爺さまに女性を立たせるなと言われているんです。そんなことよりも僕から提案があるのですが」

講師としてというよりも大人として生徒のアーサーやステイルを気遣ってくれるネルの注意をすかさずステイルが逸らして掴む。

にっこりとした笑みを浮かべるまま口を動かす彼は、紙とペンを用意してくれたディオスへ手を差しだした。提案内容を言う前に、物理的にも主導権を握り止める。アーサーには注意を行かせないという意思がびしびしと空気を通して伝わってくる。

突然のステイルからの流暢な言葉と提案にネルもこちらに注目した。


「もし宜しければ契約書の概要を僕に書かせてください。〝父〟の仕事で慣れているので」

内容に不備があれば遠慮無くどうぞ、と言いながらペンを握ってみせる。

流石は次期摂政。実際は父上というよりもヴェスト叔父様のお手伝いだろうか。

ディオス達一人一人と目を合わせた後、口で記載内容を告げながら機械のような正確さでスラスラと書き綴っていく。十四歳の少年が書くには達筆過ぎる文字と記載内容にネルも目を見張り出した。書面とそしてにこやかな笑顔で契約内容を音読しつつ、記載内容を細かく確認をするステイルを交互に見ては瞬きもできない様子だった。

それと打って変わってディオスとクロイ、それにファーナムお姉様は落ち着いたものだ。三人もステイルの達筆と優秀さはよくわかっている。


多分、単純に契約書のお手伝いもだろうけれど印象を一つ残らず自分に残す為もあるのだろうなと思う。ここまで見事な契約書を作ってくれれば、妙に余所余所しい銀髪青年のことなんて気にもならないもの。

ものの数分で契約書は書き終えた後も、ネルは目が丸いままだった。「確認をお願いします」と自分に向けていた書面をファーナムお姉様とネル先生側にくるりと向けたステイルの契約書は、私の目から見ても間違いなく正当且つこれ以上無い完璧な出来だった。

サインを書く前にしっかり契約書内容を目で追う四人を待ち、私は唇を結んだ。あとは彼らがサインを書けばそれで






「お~い!ヘ~レネちゃん‼︎今日も来たぜ~‼︎」






ドンドンドン‼︎

少し乱暴なノックと同時に、凄まじく覚えのある声が玄関から飛び込んできた。

いまペンを持っていたら間違いなく書面が大変なことになっていたくらいの勢いに、ドキリと肩が上下し口の中を飲み込む。

さっきまで書面を凝視していた筈の全員が玄関方向に顔ごと向けた。うわ……とどちらともなく双子から嫌そうな声が聞こえたと思えば、今度は間違いないクロイが重々しげに口を開いた。


「これが残ってたの忘れてた……。……やっぱ家賃もう少し安くて良いかも」


お姉様には絶対向けないような目で玄関を睨むクロイは、じわりと両眉を狭めた。


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