Ⅱ421.見かぎり少女は間に入る。
「ネル先生」
四限目の授業を終え、早速私達は待ち合わせの校門へ向かった。
今日くらい誘ってくれたクラスメイトの子達と校門まで帰りたかったけれど、流石に騎士だけでなく先生と待ち合わせでの突入は躊躇った。何よりファーナム姉弟と待ち合わせなのに、エリック副隊長への質問コーナーまで開幕をしたら待たせてしまうことになる。……もう一回くらいクラスメイトと下校気分を味わいたかったけれど、これ以上は仕方がない。今はネルのお家が優先だ。
足早に校門へ向かった私達よりも先に彼女は門の端で待っていた。
二、三限に男女別の選択授業が集中しているネルは四限を受けた私達よりも早めに待っていてくれたらしい。セドリック達の馬車やエリック副隊長とも離れた反対側に立っていたネルは、私達に気付いてすぐに手を振ってくれた。今日は真っ直ぐ急いだからか、セドリック達よりも早く校門に辿り着けてしまった。
足早に駆ければ、ステイルそしてその背後にアーサーも続く。いつもと違い、ステイルの背後に隠れる形で首を丸くして姿勢も低めだ。
トランク片手に満面の笑顔のネルは、ジャンヌ!と跳ね上がった声で迎えてくれた。
「今日はありがとう!アムレットから聞いてびっくりした。まさか今度は家まで紹介してくれるなんてっ……」
きらきらと目が輝いたネルは幸いながらアーサーの方に注意はいっていない。本当に変装をしていて良かったと改めて思う。
視界の隅で、私達の方を見ていたエリック副隊長が早足でこちらに近づいてくる。多分ステイルが手で呼んでくれたのだろう。
私に合わせて背中を少し丸めて言ってくれるネルに、お待たせしてごめんなさいと謝る。時間のゆとりから考えれば当然だけど、まさかお誘いした相手且つ先生を待たせちゃうなんてと申し訳なくなる。
金色の三つ編みを横に振りながら一言で優しく許してくれたネルは、そこで近づいてくるエリック副隊長へ丸い目で振り返った。こんにちわ……とネル先生が細い声で見返せば、エリック副隊長からも礼儀正しい礼が返された。
「お初にお目にかかります。ジャンヌ達の親戚から送迎を頼まれている騎士のエリック・ギルクリストと申します」
「えっ、あら。騎士の……。こちらこそ初めてお目にかかります。プラデストで被服講師をしておりますネル・ダーウィンと申します」
ぺこり、ぺこりと早々にお互い二度目の挨拶が重なる。
そういえばエリック副隊長とネルは初対面だ。ステイルから流れるようにアラン隊長の親戚である私達をと説明がされる中、エリック副隊長の笑顔が僅かにぎこちない。直接会ったことはなくても、ネルが副団長の妹さんということは知っているから無理もない。普通の講師と上官の妹じゃ緊張感が違うのだろう。
ネルもやはり自分から副団長の妹と話すつもりもなければ、エリック副隊長も敢えて追及するつもりはないらしくお互いにあくまで講師と騎士として会話自体は平和だ。ジャンヌ達にはとてもお世話に、いえこちらこそ良くして頂いてと。なんだかまるで本当の保護者と先生の会話みたいで聞いていると少し擽ったくなる。
「エリック副隊長、実は今日ファーナム姉弟の家にネル先生と同行することになりまして。僕らも付いていって宜しいですか?」
ネル先生が住む家を探しているらしいので、と。
ステイルからの簡単な事情説明にエリック副隊長も一度大きく見開いてから了承してくれた。まさかファーナム家に住むかもとは予想外だっただろうエリック副隊長はその後も深々頭を下げるネルに大きく瞬きをしていた。……うん、気持ちはわかる。私も同じだ。
特待生試験以来ファーナム家にお邪魔するのは楽しみだけど、まさかこんな形になるとは思わなかった。
重ね重ねお忙しい中申し訳ありませんと頭を下げるネル先生に、エリック副隊長が胸の前に手を上げて断る。
暫くは二人の保護者面談で時間が経つのを待ちながら、校門の端で待つ。正直、エリック副隊長がお相手してくれる間はアーサーに注目もいかないからすごくありがたい。
他の生徒もずらずらと下校していく中、今度はセドリック達も馬車へ歩んできた。
王族の下校に生徒の騒めきが広がれば、流石にエリック副隊長とネルも一度会話を止める。ネルも講師として他の生徒と同じように悲鳴をあげることはなかったけれど、それでも圧倒されるように正面から向き直っていた。
私達に一瞬気付いたらしく校門に向けて顔の向きを止めたセドリックは、そこでエリック副隊長とネルに向けて優雅に手を振った。あくまで私達は他人として安定の振る舞いだ。
セドリックの背後に付いたアラン隊長もこちらに気付いてから、少し意外そうに目を向けていた。流石に親戚という設定でも護衛任務中に手を振ってくることはなかったけれど、アラン隊長に至ってはエリック副隊長だけでなく確かネルとも顔見知りだ。この並びは色々な意味で意外だったのだろう。
エリック副隊長とネルが深々セドリックに礼をする中、今回は私達を待つ必要がないセドリックも数秒馬車の前で立ち止まるだけだった。
彼が足を止めた瞬間、いつものように校舎へ振り返るよりも先にハリソン副隊長が一瞬で姿を現した。……多分さっきまでも何処かで私達の護衛をしていたのだろうけれど本当に毎回わからない。突然表出したハリソン副隊長にネルも驚いたらしく短く肩が上下した。
ぺこりと会釈のように首だけで講師のネルへ礼をしたハリソン副隊長と合流し、セドリックもアラン隊長と共に馬車の中へ消えていった。ハリソン副隊長、王族だけでなく先生相手にも一応挨拶はしてくれるらしい。
「……ところでジャンヌ。その、今日紹介してくれる生徒は……マリーさんとはまた無関係の子よね?」
「!ええ、学校で知り合った友達です。凄く良い子達で」
こそっと耳打ちするネル先生に、言いたいことは察する。
前回がちゃっかり王族の侍女だったから、別の意味で警戒しているのだろう。今回は本当に一般人……と、言おうと思って口が笑った形のまま固まる。私はマリーの正体も知らない設定だ。更にはほっとした様子のネルが「特待生とは聞いたけれど」と呟く中、まさかセドリックの側近予定ですとは言えない。いや、でもそれはまだ何年も後の話だし、使用人ならギリギリ一般人ラインとさせて欲しい。
走り出す馬車を皆で見送る間も、王族が去った馬車を見ようと校門にパタパタと大勢の生徒が集まってきては馬車へ手を振っていた。
セドリックが現れた時から見事な大注目だったけれど、本当に毎回のことながら未だに人気が絶えない。生徒も慣れるどころか、このひと月の間にじわじわ増してきている。
最初は遠巻きに黄色い悲鳴が多かったけれど、今は追いかけて手を振られる辺り大分慕われたのもあるだろうなと思う。馬車まで進んでくる様子がまるで前世で見た子どもを連れ去る笛吹男だったもの。
何よりこのひと月間にファンサービスを怠るセドリックとも思えない。
校門前は密集させたら下校の邪魔になるから手を振る程度で止めているのだろうけれど、毎回黙っていても入るセドリックの噂と人集りを見れば人気の高さもよくわかる。……明日の最終日、色々な意味で大丈夫かしら。
セドリック達が去り、また大勢の人集りが一通り避けた頃やっと「ジャンヌ‼︎」と元気の良い声が飛び込んできた。顔を上げれば、白髪の三人の内一人が大きく手を振って一番に駆け込んでくる。遠目で髪飾りの数は見えないけれど多分ディオスだ。
ステイルが「彼らがファーナム姉弟です」とネルに説明する中、ディオスらしき青年が息を切らして一番に私達の元へ辿り着いた。鞄を片手にハァハァ、と肩で息をしながら真っ直ぐ目を合わして笑い掛けてくれる。髪留めが一本、やっぱりディオスだ。
「ごめんね‼︎姉さんを迎えにいってたから遅くなって……」
「大丈夫、わかっているわ。こちらこそ今日はありがとう」
謝るディオスに笑顔で返す。二人が身体の弱いお姉様を高等部まで迎えに行っているのは知っている。
ネル先生にも事情は話してあるから、と落ち着けた声で続ければほっと胸を撫で下ろしてくれた。その間にクロイとファーナムお姉様も歩み寄ってくる。ごめんね、と謝って頭を低くして謝ってくれるファーナムお姉様にクロイも並んだ。
「ディオス、急ぎ過ぎ。姉さんまで慌てたらどうするの」
「だってジャンヌ達や先生待たせたからっ……‼︎」
冷ややかな弟の指摘に、ディオスがぐっと顔に力を込めた。
隣で鞄を両手で持ちながら「遅れてごめんなさい」とゆったりとした動作で頭を下げるファーナムお姉様を置いて、兄弟二人がパチリと一瞬だけ睨み合った。
ネルを待たせた申し訳なさは感じながら眉を垂らし気味になるディオスへそれでも、置いて走ったことを咎めるように「今更走っても大した差じゃないでしょ」と一言言い返すクロイに私からまぁまぁと間に入る。本当にこの子達は。
それよりもネル先生の紹介をと手で示せば、今度は三人揃ってぺこりと挨拶を揃えた。ファーナムお姉様はもう会ったことがあるかもしれないけれど、女子の選択授業とは縁がない双子はパチパチと揃って同時に二回瞬きをしてネル先生を見た。
「こんにちは、被服授業のネル・ダーウィンです。アムレットとジャンヌから話は聞いたわ。今日は宜しくお願いします」
生徒相手でも家を借りる側だから、三人に合わせてぺこりと礼儀正しい。
お互いに自己紹介も顔合わせを一通り終えたところで、とうとう私達は皆でファーナム家に向かう。
「僕らの家はこっちです!この辺ってやっぱり住む場所高いんですか?でも先生って学校で働いているしお給金高いんじゃ」
「私は教師ではなくあくまで〝講師〟だから。働く時間が短い分、教師ほどじゃないの。それにフリージア王国の城下だと何処も安くはないわ」
ディオスの問いに歩きながら答えるネル先生の言葉に私も心の中で深く頷く。
教師はカリキュラムも含めて仕事量も責任も凄まじいけれど、講師はあくまで担当授業だけだ。中には教師兼講師を兼任している高級取りもいるけれど、そうでない講師はネル先生以外にもわりと他の仕事と兼任は少なくないだろう。もともと何かしらの専門家や専門職だ。
いっそ教師にも寮を作ろうかしらと考えるけれど、今のところは今後増えるだろう十二歳以下の子供達が住む枠を保ちたい。それにもしあったとしてもネルはやっぱり城下で探しただろう。だって
「貸し家や手頃な貸し部屋自体がないわけじゃないんだけれど、……あまり手を出せる値段で広い場所は見つからなくて」
そう、ただの一人部屋ではなくネルが求めているのは広い部屋だ。刺繍職人ともなればドレス一つの為の刺繍製作にも場所を取る。繊細かつ規模の大きな作業だ。そういう意味では、共有スペースとは別に自室を持てるファーナム家はちょうど良いかもしれない。それだけでも作業部屋の空間は広く持てる。
アーサーがエリック副隊長の影に隠れ、ネル先生が早速社交的なディオスとその後も並んで話す。どんな家か、ご両親は、他に同居者は、客を呼んでも良いか、困っていることがあると聞いたけれど、と次々と投げられる話題にディオスも変わらず躊躇いなく返している。二人とも社交的だからか私達が間に入らなくで話がぐんぐん進むの心強い。
「…………意外に大人しい感じの人だね」
ぼそりと。そう私の横で呟いたのはクロイだ。
その反対隣にはファーナムお姉様が、微笑ましそうにディオスとネル先生の背中を眺めている。取り敢えずファーナムお姉様からの印象は良さそうだと思いながら、クロイに視線をあげた。
真正面を向きながらチラリと目線だけを私に配る彼はまだネルの評価もわからない。私からは顔ごと向けて見返せば、目が合ったクロイがまた口を動かした。
「てっきりジャンヌとアムレットが仲良しならもっと気の強い感じの人だも思った」
……どういう意味かしら。
そんなこと言ってもアムレットはいつも一緒にいるキティとララは二人とも女子力の高いし、キティに至ってはは大人しいほわほわ系だ。そして私だって妹とはいえ仲良しのティアラはゆるふわ天使だし!何より貴方達の自慢のお姉様とだって仲良くなれた気になっていたのに‼︎
まるで私達の友達は皆気が強いだろと言われているような気分になる。女友達が少ない私はともかくアムレットは他にもバンバン女友達がいる皆の人気者なのに!
「まぁ良いや。どっちにしろ大人には変わらないし」
そう独り言のように呟くクロイは、そこでついでのような口調で「良い人そうだし」と褒めてくれた。
彼なりの賞賛かなと、言葉の通りに受け取って笑みを返す。ディオスも仲良さげだし、今のところは好スタートと思いたい。
ファーナム家に向かいながらも、この後の展開を考えると私は思わず胸を今から押さえつけた。




