Ⅱ420.騎士隊長は共有する。
「いや……今日はまだジャンヌ達に会ってはいないが」
三限後、王族二人の参観による選択授業から離れ廊下で足を止めたカラムは指先で前髪を整えた。
僅かに眉を寄せ、自分よりも遥かに低い位置へと首を向ける。視線の先にリュックを背負った少年が逆に首を痛めるほど大きく角度を上げてカラムを見上げていた。
落ち着いたカラムの言葉へ「え⁈」と大声を上げてから慌てて口を結ぶ。自分が早とちりをしてしまったことに今更気がつく。
てっきり昼休みにはジャンヌ達はカラムに当然のように会っていると思い込んでいた。何より、早く自慢したい褒められたかった欲もある。
「廊下で大声を上げないように」とカラムから指摘が入ったが、今はそれも大して耳に通らなかった。
しまった、間違ったという思いで目を逸らす。ここで自分から自慢するのは恥ずかしく、なによりこの後ジャンヌのゴーグルお披露目で驚かせない。
こういうのは言葉より現物を見せた方が絶対驚かせられるとネイトは知っている。
先ほどまでの勢いが嘘のように口を閉じたまま固まってしまうネイトにカラムも首を傾けた。
ジャンヌ、という言葉にプライドが関係しているのかとも思ったが、口を籠らせるのをみるとまた彼が何かやらかしたのかとも考える。
悩みというほど深刻にも見えないが、少なくとも彼が何か言いあぐねていることは察せられた。
『なあ!じゃっ、ジャンヌ達から聞いたか⁉︎』
校舎に入ったところで、男女共同の選択授業の為教室を移動していたネイトに呼び止められた。
最初は「これから移動教室か」「友達はできたか」「最近は真面目だと職員室でも言われているぞ」と他愛もない会話をしていた二人だったが、途中で我慢できずにネイトがそう脈絡もなくそう言い放った。
プライド絡みということは騎士兼講師である自分に何か相談か、それとも今後の予定かと考える。
しかし放課後については既にステイルから通達が届いている。まさかネイトも同行するのかと考えたが、それならばここで彼が口籠もる必要はない。
上手く話を逸らせないネイトと、ネイトの言葉を待ち続けたカラムの間の沈黙は四限の予鈴が鳴っても続いた。
予鈴が鳴ってもその場に縫いとめられたように動こうとしないネイトへ「行かないのか」と尋ねれば、彼もやっと遅刻間際だと気づく。やべ!!と声を上げ振り返れば自分以外の生徒は全員移動しきった後だった。
このままでは移動教室に遅刻すると、鐘の音一つにぎょっと目を見開く。昔は気にしなかったが、今は遅刻するわけにはいかない。
「急いだ方が良い」と自分から会話の切り上げを促すカラムは、ネイトの顔色を確認しながらもう一度口を開いた。
「ジャンヌ達がどうかしたか?何かあったのならば話を聞こう」
「ハァ?!べっ、べっつになんでもねぇよばーか!ばあああか‼︎〜っ次頼んでも遅いんだからな⁈」
「次といっても明日で最後なのだが……」
遅いとは何のことだ、と。
そこまで指摘したくなったが飲みこんだ。この数週間で、ネイトの悪口はあまり意味のあるものではないと理解している。
口の悪さは改善すべきだが、恐らく今の台詞も彼の中では完結していると考えれば指摘する方が意地も悪い。しかも相手は今年で十三歳の子どもだ。取り敢えずあげ足取りにならない程度に言葉を選んだ。
せめて悩みがあるのならば今日明日のうちに打ち明けて欲しいと切に思う。
しかし丸い目のまま自分を見上げるだけのネイトは一音した溢さない。両足を止める彼に「遅れるぞ」ともう一度警告すれば、「ッやべ⁈」と逃げるように背中を向け駆け去っていった。
「…………また何か問題が起こっていなければ良いのだが」
ふう、肩で息を吐きカラム見えなくなるまでリュックの背中を見送った。
それから改めて歩を進めながら考える。今の質問は何だったのか。ネイト自身が口籠るならば、無理やり話させるべきではない。しかし一度は自分に話そうとしたことだ。そこにプライドまで関わっている。
だが深刻というほどにも見えなければ、後めたさも感じない。どちらかといえば悪戯を仕掛けたような反応だっただろうかと推察する。
この前もプライドを使って自分に発明で軽い悪戯を仕掛けたが、あの程度であれば許せる。ネイトにもプライド達にも学校にも被害はないのだから。
本鈴の鐘が鳴り、ネイトは無事に間に合っただろうかと思考が一度途切れた。
今日はレオンとティアラの訪問でただでさえ学内もいつもよりは慌ただしい。しかしそれでも開校の頃と比べればだいぶ生徒も教師も落ち着いたものだと思う。
いつも通りに職員室へ戻り、荷物を纏めながら教師達と語らい、手土産をありがたく受け取り挨拶をして緩やかに廊下へ出る。借りた手提げを返したつもりが、更に差し入れを受け取り再び借りることになる。
明日は最終日ということを考えれば、休息時間にでも今日は一度城下におりようかと廊下を進みながら考えたその時。
「おーい、カラム」
不意に後方から掛けてくる声に、カラムはビタリと動きを止める。
一秒の停止を置いてから振り返れば予想通りの人物が暢気に手を振っていた。おつかれ、と一声掛けられながら歩み寄ってくる騎士にカラムも身体ごと振り返る。
「アラン。もうハリソンと交代したのか」
「あいつ戻ってくるの早いからな」
表上はセドリックの護衛として学校に潜入しているアランとハリソンだが、休み時間はハリソンそして授業時間はアランが見回りという形でプライドの護衛に回っている。特殊能力で素早く身を隠せるハリソンと違い、アランはあくまで見回りの途中という形式である。
今もプライドの教室へ向かう途中でちょうどカラムを見かけたところだった。
ちょうどお前が見えたから、と。気楽に笑い掛けるアランにカラムは早々にプライドの教室へ向かえと言おうとし、止めた。
彼の場合は見回りという形式上、授業の初めから終わりまで付いているわけでもない。男女別の選択授業がある二限は別だが、それ以外の授業は最初から付いている必要はない。あくまで頻繁に見回り安全を確認することが仕事である。
そっちは異常はないか、と仕事上の確認を受け答えし合いながら目を合わす。いつにもなくアランの眼差しに居心地の悪さを感じていれば、カラムのそれは杞憂で終わらなかった。
口だけは普通に会話しながらアランの目がじーーっと意味深にカラムに向けられたまま上から下まで眺める。勘の良いアランに指摘される前にと会話を切り上げるべく言葉を並べるカラムだが、それも「なぁ」の一言で両断された。
「肩どうかしたか?」
「………………」
やはりバレた。と、カラムは思わず口を結びきつく目を絞った。
まるで目の下の隈を指摘するような気軽さで尋ねてくるアランに、頷くかわりに渋々と右肩を押さえる。昨日、パウエルの特殊能力の余波で受けた火傷だ。
騎士団演習場内では気付かれないように気を払い続けたが、今周囲には一人も騎士がいなかった上にネイトのことを考えていた所為でつい気を抜いてしまった。他の生徒や教師には気付かれずとも、本隊騎士相手に隠せるわけがない。しかも相手は付き合いも長ければ、一番隊隊長のアランである。
無言のまま手の動きだけで肯定するカラムに、アランも聞かずとも大体は理解できた。
昨日の村襲撃でカラムがプライドと共に特殊能力者の暴走に突っ込んでいったことも把握している。自分でもあの一瞬の攻撃を間近に放たれたら避けられるかわからない。反射神経がずば抜けているアーサーと、そして銃弾すら切るプライドならば納得できるが尋常には不可能である。
そういやぁ昨晩は飲み会にも遅れたよな、エリックが待ってたのお前かー、と。一方的且つ間接的に理詰めをすればカラムも全て飲み込むしかない。せめてアランが正面から現れれば気付かれなかったものをとバレてしまったことが若干悔しい。
演習場の早朝演習では騎士の誰にも悟られなかったから余計にだ。
「まぁアレはなかなかお前も無茶したなぁって俺も思ったし。救護棟行ったんだろ、深いのか?」
「いや、大したことはない。だから昨晩は医者の世話にだけなった。包帯が少々動きにくいだけだ」
酷い怪我であれば特殊能力を持つ医者や七番隊も呼び出すが、軽い怪我だった故に通常の治療だけで済んだ。薬も効いたお陰で一晩で痛みも引いた。しかし、医者の手でびっしりときつく腹部と肩まで包帯を巻かれた結果、いつもよりも身体が動かしにくくなっていた。
前髪を押さえながら告げるカラムの言葉にアランも「あー」と納得のまま半分笑う。
校内で安易に具体的な人物名や出来事は話せないからこそ、お互い抽象的にしか話せないが充分だった。昨日のパウエルの攻撃を思い出せば、火傷の類いかなと軽く想像つく。自身はパウエルの〝光〟の特殊能力の正体はわからないが、捕らえた盗賊達の中にはパウエルの攻撃を受けて火傷や全身丸焦げだった者もいる。
その中で軽い負傷で済ませた辺り、流石カラムだなーと思いながら腕を組んだ。カラムが負傷すること自体は比較珍しいが、騎士として任務で怪我など付きものである。
「お前こそどうだアラン。それに一番隊は」
「ないない。ちょろっとお前と同じような奴はいるけど、んな至近距離じゃねぇし軽いのばっかだ」
あっけらかんと言うアランはするりと逸らされた話の流れに乗る。
もともと怪我をしたカラムをからかいたかったわけでもない。しかも怪我ではなく包帯の動きにくさとなれば平和なものである。
「盗賊連中も弱かったしなぁ」とぼやきながら首を傾げれば、いっそパウエルの方が遥かに強敵だったと頭の中で思う。しかもプライドの予知を思い返せば、最悪全滅もあり得た。
もしパウエルがこちら側の畑の人間だったら手合わせしてみたかったなぁと思うが、生憎パウエルは一般人である。しかも特殊能力自体、明らかに狙ったわけではない暴走だった。
「むしろ飲み会で騎士達に殴りかかられた時の方がやばかった」
そう言いながら楽しそうに笑うアランにカラムも溜息を吐く。
昨夜、プライドが子どもの姿で突然現れ、予知をし戦場に突入するという自体は騎士団に激震を与える大事件だった。当初こそ村と人命優先で動いていた彼らだが、帰還し任務の緊張感が解けた上でのアラン主催の飲み会だ。近衛騎士として事情を知っているであろう彼が問い詰められるのは当然の流れだった。
騎士団長、そして第一王子のステイルによる箝口令により〝プライド〟の名は使われなかったがそれでも「またジャンヌが!」と話題は持ちきりだった。現場に居合わせた騎士、特に四年前の殲滅戦を知る騎士達には再熱とも言える事件である。
お前らいつからあの〝ジャンヌ〟を目にしていたんだ、一緒に学校だとふざけんな羨ましい。ちょっと待て守衛中に見たあの子か、俺も昼に何度かと。騒ぎが騒ぎを呼び、アランは大盛り上がりしながらも何人かとは拳も交えて飲んでいた。
アランからしても、ジャンヌの姿をほぼ毎日目にしていたことは自慢だったから上機嫌だった。しかも、再び見れたプライドの大立ち回りである。
戦闘というほどの動きではなかったが、あの特殊能力による攻撃を軽々と避け続けながら距離を詰め説得を計った姿は何度も目を見張った。目の前の盗賊一人斬り伏せては何度もチラ見してしまったほどである。
当然、それをうっかり言えばカラムでなくても騎士全員に注意力散漫と怒られるから口にはできない。そしてやはりプライドは深紅の髪を振り乱しての戦闘が一番綺麗だなとこっそり思う。
「あれはお前が大声で触れ回るからだ。騎士団長も頭を抱えられておられただろう」
〝ジャンヌ〟の突然の出現から一番隊を止め、そして特殊能力者の説得と攻撃回避。それを何度も何度も語って聞かせたアランに騎士達も大盛り上がりだった。
プライドに対して褒めたい部分と窘めたい部分が混在していたロデリックには頭の痛い問題だった。もしあそこでまた昔のように近衛騎士も付けずに一人で身を投じるようなことがあれば、たとえ無傷で解決できたとしても騎士達への飲み会を断じていた。昔と比べれば他者を頼り身を守る手段を受け入れたプライドに、未だ騎士団長であるロデリックは安心できない。
悪い悪い、と昨晩カラムに注意された時と同じ言葉で謝りながら、アランは手を軽く振る。自分もまた、プライドが無茶に走った時は止めに飛び込むかも本気で考えたが、カラムとアーサーが傍にいれば安心できた。
特にカラムに至っては明らかに自分の身が危ういことも理解しての特攻である。それだけしてもプライドを止めないという選択をカラムが選んだ時点で、あそこにプライドが飛び込まないといけない理由は充分察せられた。プライドを今度こそ守ると誓い合った彼が、プライドの命令だけで止めないとは思わない。
軽く話したところで、アランは視線をプライド達のいる教室の方向へと示す。そろそろ行かねぇと、と言えばカラムもすぐに頷いた。
「お前は?」
「これから戻る。お前も最後まで気を抜くな」
そう言いながら荷物を待ち直すカラムにアランも手を振った。
校内ではセドリック、そしてプライドの護衛が本分。特殊能力者を解決したからといって全て安心できるわけもない。
背中を向け合いながら気を引き締め直した騎士二人は、本分へと戻っていった。
次の更新は1月4日予定です。
よろしくお願い致します。
良いお年をお過ごし下さい。




