Ⅱ419.配達人は呆れ、
「で……このようにして姿勢を保ちます」
クソが。
目の前で気品良く指導をする講師を睨み、ヴァルは一人腹の底で唸った。
高等部三年の男女共有選択授業。その移動教室先まで嫌々ながら足を運んだヴァルは、今も授業中に関わらず椅子にすら座らず教室の端に座り壁に寄りかかっていた。
最初は丁寧に呼びかけていた講師も、一度牙を剥かれてからは彼の視線から逃げるように今は目を合わせない。他の生徒達は真面目なものだが、視線の端端に佇むクラス唯一の不良生徒に気が気でならなかった。
ここ最近は授業にも出ず、教室から消えていることが多かったから余計に存在が気になる。
授業を頑なに受けたくないのにどうしてわざわざ移動教室まで付いてきたのかと、真っ当な疑問が頭に過ぎる。
ヴァル自身、本来であれば移動教室など素直に同行したくはなかった。
可能であれば教室で寝るか、もしくは校舎の壁に潜んでいたかった。しかし今の時間だけはそうもいかない。
何せ、またもやレオンとティアラが大勢の騎士を引き連れて学校に訪れてしまったのだから。
校舎内どころか、壁に擬態しても見回りする騎士の目は欺けない。
また仕方なく教室でこもっていたヴァルだが、今日はタイミング悪く移動教室になってしまった。仕方なく、男女別の移動教室の時と同じように教室にだけ同行してから授業を受けず端の方に移動したが、今回は男女両方のいる授業の所為で余計に目立った。
しかも、寄りにも寄って彼の凶悪な人相に合わないマナーの授業である。
何故この授業に、というのは教室中の誰もが思う疑問だった。
くわぁ、と大きく欠伸を溢し、目の前で優雅な動きで生徒達に見本を見せる講師を横目にする。自分にとって最も価値も意味もなければ役にも立たない知識だ。
むしろこんな知識を覚えたら、万が一にもプライド達以外の王族に出くわしたら嫌でもそう振る舞わなければならなくなると思えば目も瞑った。
どうせ一度で覚えるほどの頭はないがと自覚しながらも、できるだけ頭からの視界からも消し去りたい。
……あのグレシルってガキ、あのまま捨ててくりゃあ良かった。
視界を閉じれば自然と思考が遡った。
つい昨日、偶然ケメトが見つけたグレシルという少女。
プライド達も情報を求めているようだったから取り敢えず城まで連れてきたが、今思い出しても予想以上の反応だったと思う。
ジルベールによって尋問されれば、簡単に落とし穴に自ら入りに行った少女はペラペラと問われるまま自分の罪を明かしていった。怯えて痺れていた舌が嘘のように流暢に。
自分にとってはケメト相手にしつこいガキというだけの印象だったが、実際はなかなかの蝙蝠だったとヴァルは思う。
裏稼業相手にご機嫌取りを続け、大して特にもならない情報提供の為にあちこち駆け回っていた。そういった裏稼業と繋がりを持って自分の立場を大きく見せようとする輩は、ヴァルの視点から見れば珍しくなかった。
盗みに靴磨きから情報から金儲けからなんでもする代わりに、都合の良いときだけ利用をしようとしてくる。時には逆に陥れてくる。
しかしその殆どが子どもといっても男か、もしくは色香を守った女性である。
たかが十四歳のガキが随分と命知らずな生き方をしたなと思う。どうせ上手く立ち回っていたつもりだった裏稼業達にも、腹の底では滑稽に見られていただろうと確信する。
そんなやり口は既にわかっていて自分達を利用できていると丸め込めていると思い込んでる相手をその逆、影で嘲笑う。
それもまた裏稼業ではよくある遊びだ。
どうせ今回ケメトのことがなくてもいつかは使い潰されるか、喰われていたんだろうと思えば呆れしかでない。ガキが大見得切るからそうなると、使い潰してきた側の人間として思う。
被害者の目の前で平然と自分の罪を暴露する少女は、既にケメトが視界にも入っていなかった。
ただ自分が生き延びることしか考えていない裏切り者相手に、それでもケメトは全くといって良いほどショックを受けていなかった。
その事実を思い出すと、ケメトが嵌められかけていたことよりもそっちの方でヴァルは頭を掻き毟りたくなる。むしろ一緒に聞いていたセフェクの方がケメトを抱き締めて憤っていた。
ケメトがいつかそういう相手に利用されるか嵌められるかは以前から想像できていたヴァルだったが、またひと月も経っていない内からこれである。
いわんこっちゃねぇ、とその場でもケメトに吐いたが本人は落ち込むどころかそれでもグレシルのことを心配し続けていた。
グレシル曰く、人身売買に捕まり国外に捕らえられ品定めを受けていたところで村一つ差しだした。
賢い手だ、とヴァルは思う。村一つの抜け道で助かるなら、自分も間違いなくそれを選ぶ。
しかし馬鹿なのは、そこで馬鹿正直に村の様子を見に行ったところだと思う。村の抜け道を伝えて解放されたところで、自分であれば成功不成功関係なく国外からなるべく離れた地方に逃げる。
国外の人間相手であればフリージア王国の更に内陸へと逃走するのが間違いなく確実である。
それを当日までぬくぬくと城下で過ごし、失敗した途端踵を返して城下に逃げ込む。ケメトの話から聞いても住処を城下にしているだろうグレシルが国外の次に逃げ込んではいけない場所である。
一度彼女を捕らえた時に相手は住処もある程度察しがついているのだから。




