Ⅱ416.見かぎり少女は聞き、
「すごいじゃないアムレット!頑張った甲斐があったわね」
一限終了後、男女別の選択授業へステイル達を見送った私はいつものようにアムレットと机を挟んだ。
駆け足気味に私の席まで来たアムレットは、ぱっちり私のゴーグルにいち早く気付いて褒めてくれた後に満面の笑顔で鞄の中を見せてくれた。ここ最近ずっと彼女が頑張っていた結晶だ。
すごいわ、素敵、と頭に浮かぶ言葉のままに言えばアムレットも照れたように頬を緩ませた。彼女の努力と実力であることは大前提で、それでも流石主人公、と言ってしまいたくなるくらいの見事な出来栄えだ。
しかも彼女の性格上ズルをしたとも考えにくい。きっと全部一歩一歩自分で頑張ったのだろう。
「そう言ってくれると嬉しい。でもこれもジャンヌのお陰だよ。じゃないとやろうとすら思えなかったもん」
「何言っているの!私よりもネル先生よ!それに一番偉いのは頑張り抜いたアムレットだわ」
これならきっと……!と、期待を拳に握ればアムレットも強く頷いた。
彼女にとっても手応えは感じているのが余計に嬉しい。万が一にも汚さないように鞄の中から覗かせるそれにうっかり触れないように、意識的に胸の前で両手を結んだ。
どうやって渡す?包むのはどうしよう、恥ずかしいな、と。他の子には聞こえないようにお互い花を咲かせれば、まるで女子トーク気分になる。
なんだか十九才にして女子を謳歌していることに胸が弾んでしまう。昨日まで色々と事件が立て続いたけれど、やっぱりその後だと一層こういう日常は素敵だなと思う。
第二作目の攻略対象者とのゲームみたいな恋愛はなさそうなアムレットだけれど、このまま平和に過ごして欲しい。……欲を言えばパウエルへの恋が実って欲しい。
ふとそこまで思ってから、パウエルのことが頭に過ぎる。アムレットは何か知っているだろうか。この様子だと事件のことは知らなそうに見えるけれど……。
「……ねぇアムレット。パウエルに最後に会ったのっていつ?」
「昨日かな。放課後に会いに来てくれたの。寮行く所で呼び止めてきたからびっくりしちゃった」
やっぱり事件からは会っていないらしい。
放課後ということは、ちょうど私達が校門で会う前だろう。あんなに遅くどうしてと思ったけれど、アムレットに会っていたとは。それなら納得できる。
あそこでパウエルがいたお陰でブラッドが暴走する前に間に合ったし、被害も最小限で抑えられた。けれど、……その所為で彼に辛い想いもさせてしまった。
今日は学校に来てくれているだろうか。ショックで学校を休んでいるかもしれないし、もし登校していても私達の正体を知ってしまったのなら距離を置かれてもおかしくない。その場合、私は今夜泣いて過ごす自信があるけれど。
「てっきり兄さんのことで話したいんだと思ったんだけど……、急に「また勉強教えてくれるか?」って言ってくれたんだ」
ふふっ、とアムレットが嬉しそうに肩を揺らして笑う。
口を開けた鞄を両手で抱き締めるように抱えながら、朱色の瞳を私に合わせた。もう事情を知った今では恋した目だとよくわかる。
良かったわね!と返しながら、なんとなく胃の中がぐらりと揺れる感覚がした。アムレットが話す内容に、間違いなければ覚えがある。優秀な脳を持った悪徳女王の頭がきちんと覚えている。
「勿論喜んでって言ったよ!今週末はまた家に帰ろうと思って。パウエルにまた勉強教えてあげたいし、その……「今度からもっと頼らせてくれ」って言ってくれたから……‼︎」
直後、じわじわと顔色が火照り出していたアムレットが鞄を変形させるほど抱き締める手に力を込めた。
きゃーっと声が出そうなほど浮き立った声で鞄に顔を埋めてしまうアムレットはもう完全に乙女だ。いつものハツラツした彼女とはまた別人の様子に微笑ましくなる反面、嫌な予感がまだ残る。いや、予感じゃない。ただ私が思い出したくないだけだ。
アムレットとパウエルがちょっとでも距離が近付いたのは純粋に嬉しい。ただ、彼が放課後にアムレットに会いに行って帰りが遅くなった理由、つまりはあの時校門に居合わせた原因は。
『彼女がすごく優秀で頼りになることは知っているじゃない?』
『試しに今日放課後話に行ってみる』
私だ……‼︎
カッツーン!とまるで横からバットで殴られたような事実に、アムレットへ笑顔を保つだけで精一杯になる。冷や汗だけが額から首まで滲んできて、人目さえ気にしなくていいのならこの場で突っ伏したい。まさかこんな所でやらかしていたなんて。
いや本当ならもっと早くに気付くべきだった。あの時だってパウエル確かに今日行ってみると話していたもの。ただあの時はブラッドのことで忙しすぎてそこまで気付く余裕がなかった。
私の馬鹿‼︎と頭の中だけで叫ぶけれど、目の前で嬉しそうに笑うアムレットを見ると一ミリも表に出せない。
アムレットが喜んでくれたのは純粋に嬉しい。助言通りパウエルがアムレットへの見方を変えてくれたのも良かったと思うし、今週末から一歩前進なんて素敵展開過ぎる。だけど、結局彼をトラブルに巻き込んだ元凶は私だ。もうその事実だけで打ち拉がれたく
「ちょっと、何盛り上がってるの」
わ⁈とうっかり大きな声が口から飛び出た。
ちょうど色々思考が二重になっていた所で背後からの呼びかけに心臓がひっくり返る。続いて「お待たせ!」と明るい声も重ねられれば振り返る前に相手が誰だか理解する。クロイとディオスだ。
パウエルの話題で夢見心地だったのだろうアムレットも、今クロイ達が来てたことに気付いたらしく肩を大きく上下させていた。
「おはよう⁉︎」とひっくり返った声でクロイ達に返しながら抱き締めた鞄を慌てて閉じた。流石にクロイ達に見せるのは恥ずかしいらしい。アムレットが鞄の秘密保持を確保したところで私も彼らへ振り返った。
「クロイ、ディオス。今日はちょっと遅かったわね。何かあった?」
「君らは遅かった方が良かったんじゃないの。僕ら置いて盛り上がってたし」
「ジャンヌ!聞いて聞いて!今日僕らの教室にティアラ様とアネモネ王国の王子が来てるんだ‼︎」
ザクリと刺さる言葉を告げるクロイに続き、ディオスが横から押しのけるように声を張った。
ティアラ様⁈アネモネ⁈と、直後には教室に残っている女子全員が声を上げてこちらに振り返る。聞き捨てならないといわんばかりに目をギラギラさせる彼女達に、クロイは居心地悪そうに肩を狭めた。しかもアムレットまで「ティアラ様が⁈」と目を輝かせるから今度は眉まで真ん中へ寄ってしまう。
ティアラとレオン。学校見学が終了間近の彼らも今日来てくれたらしい。
今がクロイ達の教室ということは、この後に来てくれる予定だろうか。休み時間なのに廊下も騒がしくないし気付かなかった。ティオス曰く、一限の授業終了間際に彼らの教室にきたらしい。
私からも「すごいわね!」とディオスに声を返せば、「だよね‼︎⁈」と元気よく倍量の声が返ってきた。そのまま、教室が王族二人の登場で持ちきりだからなかなか出てこれなかったと話す彼に、つまりは教室から今も出てきていないから廊下まで噂が広がっていないことかと理解する。
廊下に騎士くらいはいる筈だけど、周囲の子達がこそこそと「あの子達何組だっけ」「え、いるの⁇今もいるの⁈」「騎士が並んでる‼︎」「四組⁈五組⁈」「わかんない‼︎」と慌ただしい声が聞こえる。ファーナム兄弟は見覚えがあっても、どこのクラスかはすぐには思い当たらないのだろう。
女の子達の言葉に、ディオスも今気付いたように顔を上げると自分達への注目に元気な声で「五組にいるよ!」と教えてあげていた。
次の瞬間には、もともと人口密度の少なかった生徒が次々と廊下へ吸い込まれていく。
「ティアラ様もすっごい美人で‼︎それにアネモネ王国の王子も格好良くて、背とかもスラッと……」
「ディオスうるさい。これ以上騒ぎ広げてどうするの」
Ⅱ387




