Ⅱ412.副隊長も、譲らない。
「!アラン隊長、お疲れ様です‼︎」
雨雲に月も隠されきった夜。
エリックは演習場の門前で一番隊を連れるアランを迎えた。途中、ハリソンとアーサーの交代も交えつつプライドの近衛任務を終えた彼だが、同じく近衛騎士であるアランは今帰城したばかりだった。
おー!と馬の上から軽く手を上げて笑い返すアランは、エリック以上に汚れていた。背後に続く一番隊騎士達も全員が白の団服が灰色がかっている。戦闘や救助だけでなく雨にも降られた彼らは、月明かりのない夜には余計顔すらわかりにくいほど汚れていた。
早々に人身売買の殲滅を終えたアラン達だったが、その後の方が遥かに長かった。
他隊に村人の保護を任せた後には盗賊の後始末や一部連行だけでなく、十、八番隊と共に村全体からその周辺に至るまで逃した盗賊や仲間はいないか保護しそこねた民はいないかと捜索に明け暮れていた。特に騎士隊長である彼は、現場で騎士団長に報告や指示を受けていた為余計に忙しく時間が経つのも早かった。
後続の馬から次々と他の一番隊を初めとした騎士から「エリック、良いところにいなかったな」「エリック副隊長!お疲れ様です‼︎」「エリック副隊長、プライド様はいかがですか⁈」と声を掛けられる。
突入時にこそ不在だったエリックだが、その後プライドと共に村を去ったことは全員が知っている。途中で現れた彼が、それまでプライドの元ではなく何処に居たのかも彼らには気になるところだった。
今から質問攻めに合いそうな予感に苦笑しながら、一言一言返すエリックにアランも明るい声を張り上げた。
「まあこれから騎士団長に報告してくっからさ!その後色々聞かせろよ。今夜飲むから」
一緒に飲む奴ー‼︎と軽い調子で背後を振り返れば、一番隊騎士達が勢いよく声を上げた。
任務無事達成と、そしてプライド関連の話題がある夜は基本的に大勢で飲むのはいつものことである。エリックも来るだろ⁈とアランが笑い掛ければ、彼もすぐに肯定で返した。自分もまた状況こそプライド達から聞かされたが、一番隊側での話も聞いておきたい話題がいくつもある。きっとアーサー達や他の隊も巻き込んでの飲み会になるのだろうなと考える。
「じゃあ先行ってくるな!カラム達に会ったらあいつらも誘っておいてくれよ」
そう言って先ずは馬を置きに向かうアランに、エリックも深々と礼をして見送った。
ずらずらと長い列になって帰還する騎士達に手を振りながら、彼らの無事を確認する。
アーサーや自分も演習場に戻ってすぐ改めて近衛騎士としてロデリックに報告し、ハリソンも八番隊から受けた報告を終えている。彼も飲み会に誘うべきだろうかとエリックは思い出すが、恐らくいつも通りの不参加だろうなと今から思う。
同じ八番隊の隊長であるアーサーの言うことは聞いてくれるが、自分の誘いは受けたことなど殆どない。アーサーがいる、と言っても同じことである。
彼が決してさぼらない飲み会は騎士団長副団長が出席した時ぐらいのものなのだから。
そんなことを考えながら最後尾の馬が尻尾を揺らすのを見届けたエリックは、それでも門の傍から離れない。
本当ならば不必要とはいえ自分も一番隊の報告についていきたくもあったが、今はそれよりも大事な用があった。
門に寄りかかることなくその場に佇む彼に、門兵の任中の騎士は無言のまま少し目を向けた。演習場に帰還し報告を終えてからずっと門前で待っていたエリックだが、てっきり門兵は一番隊を待っているだけだと考えていた。
一番隊の副隊長である彼が隊長であるアランと一番隊の帰還を待っていたのであれば疑問もない。エリックの性格を知れば自然なことだと思う。
しかしこうしてアラン達が去った後もその場を動かない様子の彼に、一体何がと考えた。まさかこれから王族がまた訪れるのではないかと、近衛騎士である彼の佇む姿に若干の期待まで抱いてしまう。
温度感知の特殊能力を持つその門兵は、その能力で月明かりのない暗闇の少し先まで目を凝らしてみた。
するとちょうど一つの影がこちらに近付いてくることに気付く。しかし王族の馬車ではない。
お疲れ様です!と、その正体に気付き再び姿勢を正して礼をした門兵の声にエリックもまた視線を上げた。肉眼ではよく見えないが、暫く見つめ続ければ次第に騎士団に灯された灯りで姿も見れた。エリックもまた、その人物へと姿勢を正して声を張る。
「お疲れ様ですカラム隊長!」
「!エリック。アラン達はまだ帰っていないのか?」
カラムである。
パウエルの事情聴取と保護所の一時移送の為に付き添っていた彼もまた今やっと帰城したところだった。
ステイルの訪問後もパウエルの気持ちが落ち着くまで待ち、それから家の近くまで送り引き渡しその足で帰還した。送る間ずっと大人し過ぎたパウエルだが、引き渡した後の様子を思い返せばきっと大丈夫だろうと思う。
持ち歩いている時計で既に近衛が終えている時間であることはわかっていたカラムだが、まだ一番隊も帰ってないのかと気になった。てっきり遥か前方を歩いていたら馬の軍が一番隊だと思ったのだが、と思いながら不足の事態も想定する。しかし、生憎エリックが今も待っていたのは一番隊ではない。
いえ戻ってます、と。先に行った騎馬隊を指で指し示すエリックはそこで門を潜ったカラムに歩み寄った。エリックのその様子に察知したカラムがストンと馬から着地する。
わざわざ自分の視線まで降りてくれたカラムに、エリックは彼が何も荷物を持っていないことを目で確かめてから馬の手綱を自ら受け取る。今度は門兵にも聞こえないように声を潜めた。
「救護棟に向かいましょう」
「……わかった」
エリックの言葉にひと息吐いてから前髪を押さえて頷いた。
彼が待っていたのが誰でもなく、自分だったのだと理解する。
しかしこれから騎士団長に報告だと告げれば、エリックにしては珍しく「ではその後すぐに」と食い下がった。
一番隊が戻ったなら、騎士団長室ではなく作戦会議室かと確認し合いながら二人で足並みを揃える。途中新兵に声を掛け、馬を馬場へ戻すようにとカラムの代わりに手綱を託した。今はカラムに寄り道もエリックはさせたくない。
「具合は大丈夫なのですか?」
「ああ、力を込めると少し痛む程度だ。任務には支障もない」
心配をかけてすまない、と告げながら歩く間もカラムの様子に異変はない。
足を引き摺る素振りもふらつきもなければ、顔色も悪くなく歩けている。他の騎士がすれ違ってもまさかカラムが怪我を負っているとは思わない。雨を吸って汚れきった団服では余計に外見からもわかりにくくなっていた。知っているのはエリックだけである。
パウエルの雷撃を受けたことは。
〝援助要請〟〝自身〟〝負傷〟〝軽度〟〝右腹部〟〝左肩〟
橋の向こうで自分達の様子を伺っていたエリックに、そう手の合図で知らせたのはカラム本人だ。
だからこそエリックの増援を依頼して共にパウエルとプライドを避難させた。負傷した自分だけでは不足と判断した、冷静な判断だった。
プライドと共に暴走する彼へ説得と接近を試みたカラムだったが、反射神経のずば抜けたアーサーと違い二度ほど避けきれず余波を受けてしまった。
声も殺し耐え切ったカラムだが、仮にも負傷した自分と装備も満足ではないアーサーではプライドとパウエルの護衛には心許ない。しかし他の騎士も戦闘に集中していたあの状況で、駆けつけてくれたエリックの存在は本当に助かったとカラムは思う。お陰でその後も自然な流れでエリックと交代することができた。
任務自体には支障がなかったが、万が一にも負傷をプライドやアーサーに気付かれてしまうこと考えればここは大人しくパウエルの護衛につくべきだと自ら身を引いた。
「自分でも軽く確認したが、幸いにも軽い火傷だった。普通の治療でも数日で完治するだろう。件の特殊能力者の攻撃を避けきれなかった私の責任だ」
「カラム隊長が避けきれないなんて……相当の特殊能力だったのですね」
「ああ、素晴らしい才能だ」
肩を貸しましょうか、とエリックが気遣うがそれは断った。もともと大した傷ではない。もし差し障るほどの怪我であれば、その時点でパウエルの移送も他の騎士に助力を依頼していた。
しかし仮にも傷を負った以上、過信せずにエリックの提案通り医者の治療を受けるべきだと考える。
やはりあの暴走の渦中へ負傷するとわかっていて同行したのは無謀だったと顧みるが、後悔もなければ間違ったとも思わない。自身はあくまでプライドの近衛騎士として役目を全うしたのだから。
民と騎士、プライドをパウエルの暴走から守り通す為にもあの時は彼女の提案に従うしかなかった。覚悟した以上はプライドの予知によるリードのお陰もあり避けきれた方である。今以上の重傷も、カラムは同行を決めた時点で覚悟していた。
プライドが戦場へ向かうのを指を咥えて見てなどいられなかった。
あの時の決意に反し擦り傷とはいえ己が身も守れず怪我を負ってしまったことはカラム自身不甲斐無く、胃が締め付けられる想いだがしかしパウエルやプライドには怪我なく終えられた上に
自分のことで彼女を泣かせずには済んだのだから。
彼女の近衛騎士であり婚約者候補として、あそこで共に行けないほうが今の彼には耐えられなかった。
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