Ⅱ406.見かぎり少女は腰を上げ、
「状況はわかりました。……本当に、ご無事で何よりです」
重たい溜息の後、ステイルがぐったりと肩を落とした。
身嗜みを整え自室に戻った後、ジルベール宰相も間もなく訪れてくれた。
騎士団演習所へ合流する前に私達はお互いの状況を説明することになった。ジルベール宰相とステイルからは、今城ではどういう状況で私と村のことを取り扱っているのか。そして私からは学校の校門でノーマンに会ってから村で雨に降られながらステイルに迎えに来て貰うまでの経緯を一通りだ。
ノーマンに会った時に思い出した予知はブラッドの特殊能力の暴走。妹の誕生日に起きたその事故で学校入学後も気を病み酷く苦しむ彼の姿が見えた。だからノーマン達を引き留め、馬車で急ぎブラッドを止めに向かった。
そして村がまさかの予期せぬ大火事になっているのを確認した途端、予知でブラッドが人身売買組織に襲われた所為で能力暴走をしてしまう場面が見えた。と……、ざっくりゲームの記憶だけを予知に置き換えて後は包み隠さず説明した。
馬車の中でアーサーやステイルに話した部分もあるけれど、エリック副隊長達に話していないところも含めてだから結局は全部だ。ティアラに至っては知らないことの方が多すぎる。
殆ど嘘ではなく話せたのは良いとして、話し中一番目を白黒させていたティアラにはこの場で心配をかけまくってしまって申し訳ない。しかも村が火の海なんて刺激的な内容も込みだ。
崖上でステイルが瞬間移動で消えてからすぐ予知して、パウエルが消えて、エリック副隊長と別行動でアーサーと崖から飛び降りと話した時にはステイルも額を押さえて項垂れてしまった。
崖下で火事の中ブラッドとお母様を救出した後には盗賊達に襲われてと話せばエリック副隊長が今度は顔を青くしたし、カラム隊長と合流した後にはパウエルが大暴走したから私達が一番隊に正体明かして突撃と語ればアーサー以外全員が目を剥いていた。……私も、言葉にするとなかなかの状況だったなとは思う。
でも、一歩遅れれば大惨事だったし、パウエルに至っては友人である私達じゃないと対処できなかったと思う。
「因みに、……そのパウエルという青年は?」
「今は離れて馬車で城下に送られている頃かと。学校でも講師を担っていたカラム隊長がご一緒ですし、大丈夫だと思います」
ジルベール宰相も今は指先で額を支えている。
私が騎士団に正体を明かしたことで、ステイルが自分の姿を戻すようにジルベール宰相へ指示を出した時に知られたらしい。
騎士達に姿を隠していたステイルも、私のせいで隠す必要がなくなった後はすぐに元の姿で騎士団作戦会議室に合流を果たしていた。
ジルベール宰相も突然且つステイルだけ姿を戻すというカードの指示と、騎士団に大きな動きがあったことは報告が入っていたから想像は難くなかった。流石ジルベール宰相。
しかも今回、ジルベール宰相が騎士団の動きと私を関連づけたのはステイルの指示だけじゃない。というのも……これは私もなかなか驚いたことに、今回の人身売買組織による村襲撃と山火事。それを母上達は私達より先に知っていたからだった。
正真正銘〝予知〟という形で。
月に数回程度予知をする母上だけれど、今回の件についても数日前に予知をしていたらしい。
それから騎士団でも各班に分かれ城下だけでなく国内各地の山近くの村という村付近に遠征と警戒の手を広げていた。お陰で今回も村付近に散っていた騎士達がすぐに駆けつけてくれた。城から出発したアラン隊長達はともかく、崖上から馬車で下りたエリック副隊長よりもカラム隊長の部下の合流が早かったのも納得だ。
そしてジルベール宰相の読み通り、母上の予知と私の〝予知〟は同一の事件だった。
母上が予知したのは、どこかの村で人身売買らしき男達が武器を手に村人に膝を付かせていた場面とそのまま最後の一人になるまで響く悲鳴と火に巻かれる場面だったということだけれど……間違いなく、ゲームで語られていたブラッドの過去だ。
「……少なくとも、プライド様の今回の予知についてはどちらも陛下に御報告するべきかと。流石に居た場所までは語れませんが」
肩を竦めて助言してくれるジルベール宰相に私も頷く。
予知に冠しては母上達にはなるべく隠せない。実際は予知ではなくゲームの知識だけれど、もう予知として公言してしまった以上後には引けない。
場所を言えないというのも尤もだ。城下で時間を過ごしつつステイルに伝言板を任せたなら未だしも、まさか馬車で突入していたなんて知られたら大目玉じゃ済まない。しかもステイル曰く、騎士団長にも私達は特殊能力者に会うために〝村に入ったところで〟巻き込まれた、ということになっているらしい。……実際はステイルが瞬間移動した時にはまだ崖上に居た筈なのに。
あのまま私が崖下に突入することを完全に読んでの見事な判断だった。流石天才策士。実際その通り私はアーサーと崖下に飛び込んだ。
「申し訳ありませんでしたプライド。まさか、パウエルがそんなことになるなど……。俺が責任持って彼を帰還させてから動くべきでした……」
ステイルの落ち込んだ声に顔を向ければ、私に向けて深々と頭を下げていた。
良いのよ、と返しながら私から笑い掛けるけれど、なかなかステイルの頭は上がらない。数秒かけてやっと上げたと思ったら、今度はエリック副隊長に謝罪をした。大分落ち込んでいる。
けれど今回、騎士団長に引き留められてすぐに戻って来れなかったことも想定外だったらしいしまさかあのパウエルが個人行動するなんて夢にも思えなくて当然だ。
しかもそのまま大暴走。全く無関係のパウエルを巻き込んでしまったことは考えるところもある。けれど、責任で言えば彼の性格もブラッドの過去も記憶にありながら鑑みなかった私にもある。
きっと同じ記憶がステイルにあったらあんなことになる前に即刻パウエルを戻すか、もしくは見失う前から目を離さなかっただろう。
いえ自分こそ……、とエリック副隊長も腰を低くしてステイルに返していた。
私の部屋に入ってから、早速返した上着を再び回収して乾かさせてもらっている。
団服を脱いだままアーサーと一緒に暖炉の前で控えて貰っていたお陰か、さっきより大分顔色も落ちついたなと思う。さっきは冷え切っていたり、逆に発熱していたりと風邪を引いたんじゃないかと本気で心配だった。
落ち込むステイルに、エリック副隊長の隣に並ぶアーサーも何か言いたげに眉を寄せている。すると「ですけどっ!」と弾ませた声が私達の間に飛び込んだ。
「ご無事で良かったです!お姉様達も、それに予知した生徒さんやパウエルという人や村の方々もっ!」
両手に拳を握って励ましてくれるティアラに、それだけでその場の空気が晴れるのがわかった。
確かにその通りだ。全部が全部良しとは言えないけれど、ブラッドもパウエルもそして村の人達も無事で済んだのは何よりだ。
村が焼け落ちてしまったことに関しても、騎士団長から母上の耳に入るだろうし父上やジルベール宰相が被害者達には保証や復興の補助はつけてくれる筈だ。それで全ての傷が癒えるわけではなくても、死者がでなかったことは大きいと思う。
ゲームでは村人も人身売買も全員が焼け死んだのだから。
ゲームで第一作目でいうレオンポジションだったブラッドの設定を思い出しながら、やっぱり母上が予知した未来はゲームそのものだったなと思う。
火に巻かれていたのが村人だけでなく、襲った本人である盗賊達もだったところがその証拠だ。レオンが愛した民を失ったように、彼は村ごと家族も全員失った。
何よりも人命を一番に喜ぶティアラに、私も「そうね」と頭を撫でた。本当に心優しい自慢の王女だ。
お互いの状況も把握したところで、私達はとうとう腰を上げた。
馬車の準備も終え、やっと騎士団演習場へ訪問だ。騎士団長への説明にジルベール宰相も同行を名乗り出てくれたのを、心強く思いつつ私達は馬車へ乗り込んだ。
「……ところでプライド様。民の為とはいえ、燃え盛る家や暴走する特殊能力者へ身を投じるのはいかがなものかと」
…………馬車の中で始まったジルベール宰相からのお説教をじっくりと受けながら。
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