Ⅱ402.副隊長は食い縛り、
「ッああもう、なんで逃げてくるのがどいつも盗賊なんだ……‼︎」
悪態を吐いてしまいたくなりながら、エリックは馬車の手綱を握る手に力を込めた。
慎重に周囲を見回しながら一本道を降りてから、発見するのはパウエルではなく盗賊ばかり。
しかも村から逃げるように血相を変える男達は遠目に馬車を見つけた時はそれを奪おうと駆け込んでくるものの、運転する御者が騎士だとわかった途端方向転換し逃げるから始末が悪い。
これが人身売買から逃げてきた村人であれば、保護をして事情を聞くことも、もしくは安全な退路へこのまま見逃すこともできたが相手は明らかに盗賊だ。事情を素直に話してくれるわけもなければ、見逃すなどできるわけもない。
発見する度に逃げ出す盗賊を追いかけ、逐一降りて捕縛するか無力化しなければならない。馬車で追いかけられないような横道や茂みに入られるから余計に面倒だった。
既に五人もの盗賊を荷馬車に詰め込んだエリックは、いつまで経ってもパウエルに会えないことに焦りも覚え出す。盗賊もたった数名とはいえこちらの道を辿っている以上、パウエルの行方どころか安否も心配になった。既に一番隊達が突入した後である。
崖上でプライド達と別行動を余儀なくされたが、その後に自分より先に騎士隊が駆けつけているのは知っていた。二、三番隊の班とは異なり一番隊は彼の道と同じだったのだから。
パウエル捜索の為、馬車の速度を緩めながら左右の林や獣道にも注意深く捜索を行っていた彼よりも一番隊の馬の方が速かった。下手に隠れて盗賊の一味と思われるよりはと蹄音に準じて道脇と逸れたエリックは、プライド達より一足早く一番隊との邂逅を終えていた。
白の団服を身に纏ったエリックに、同隊であるアラン達も駆ける馬の足を緩めることなく「先へ‼︎」と声を張る彼の誘導に従った。
プライドの近衛騎士である彼が何故ここに先んじているのかとアラン以外は疑問にも思ったが、任務を前に集中が勝っていた。
可能ならば自分も馬車をもっと急がせたかったエリックだが、そう思うところでまた盗賊が現れる。今度は馬に跨っていた。
他の盗賊達と同様、最初はまっすぐ狙いを定めたように自分の方へ駆けてくるが途中でぎょっと顔色を変え無理矢理馬を動かし方向転換する。馬車では入れない遮蔽物の多い木の生い茂った森の奥へと逃げていく。
待て‼︎とエリックも呼びかけたが、当然止まらないことも知っている。既に五人も盗賊を捕らえ、もともと小人数用の馬車はしきつまって意識のない人間が入り切るかもわからない。
パウエルの安否と、そして先に村へ飛び降りたプライドとアーサーの安否も気に掛かって仕方ない。本当は雑魚の盗賊などかまけず急ぎ村に向かいたい。
そして今まさかの馬を使って逃走する盗賊はたった一人。森の向こうが何かはエリックもわからないが、少なくとも近隣に村や集落はないと崖の上で確認済み。ならば国外に逃亡か、森の奥から大きく遠回りして逃げるつもりか。どちらにせよ、その場ですぐに被害が出るわけではない。相手はエリックが見たところ銃も弓も持たない。
ステイルも動いている今、アラン達だけでなく近郊の騎士もこちらに向かってくれてる可能性も高いとエリックは考える。ならばここで自分が見逃したところで、盗賊は遅かれ早かれ他の騎士に発見される。
森へと逃げた男をこのまま追うには馬車を止めて自分の足か馬をわざわざ馬車から外して単騎で森の奥へ追いかけないといけない。その間に他の盗賊がまた現れ荷馬車の中の捕らえた盗賊達も連れ去られるかもしれない。そうなるくらいならば逃亡する一人にかまけるよりも保護すべきパウエルと、そしてプライド達を優先すべきだと
「ッッ逃、がッす!か‼︎‼︎」
ダァン‼︎‼︎
歯を食い縛り、御者席から颯と立ち上がり進行と逆方向へとエリックは振り返る。荷車の屋根へ足を掛け、心臓の銃を引き抜いた。
引き金の瞬間、銃弾は森奥へと駆け抜けていた男の腹を貫いた。木々の向こうへ抜けたにも関わらず狙撃されたことに、盗賊も落馬する寸前に首だけで振り返った。しかし、木々の間どころか騎士の団服の裾すら木々に隠れて見えなかった。
どたん、と盗賊が倒れたのを音で確かめたエリックは、馬車の揺れで態勢を崩しかけながらもそこでやっと息を吐く。手綱を握り直し、御者席で再び馬車を停止させた。
周囲にまだ人影がないことを確認し、駆け足で森の奥へ走る。馬に見捨てられた盗賊を担ぎ戻った。素早く最低限の止血だけ処し、また他の盗賊と同じように半ば無理やりにだが荷馬車へ詰め込んだ。
人身売買である以上生死は問われない。そしてとどめを刺すか捕縛かの始末はつけなければならない。
倒すのは簡単でも、たった一人にすら始末に時間がかかる。それを合計六人済ませば盗賊達も意図せずエリックの足止めには充分だった。
一人くらい、戦意喪失の一人くらい、武器を持った様子もない一人くらい見逃したところとで大したこともとエリックも一瞬過ぎらないわけでもない。しかし盗賊が逃げた先にパウエルがいるかもしれない、罪もない民がいるかもしれない。
たった一人でも見捨てられない限りたった一人でも見過ごせない。
もし騎士が駆けつけていても、その騎士が盗賊の処理で手間を取られることに変わりはない。ならば発見した自分が処理することが最善だ。
荷馬車の扉を乱暴に閉め、再び御者席に飛び乗った。手綱を握り、再び馬を走らせた。
直線の弾道のまま風穴を残した、いくつもの木々を残して。
「ッ頼むからここにはいないでくれよ……!」
怒号や悲鳴、戦闘音がひしめき合う戦場を前に馬車が止まる。
お疲れ様です!と声を上げる騎士に一言返しながらも、彼らが自分の存在に何の疑問も口にしないことにエリックは小さく嫌な予感が過ぎった。空の雲行きすら怪しくなってきたから余計である。
眉間に皺を寄せ歯を食い縛りながら彼が睨みつけるのは、唯一自分が周り切れていない橋向こうの戦場だ。
他の騎士が馬を停めているのと同じ位置で馬車を止め、飛び降りた。目の前の騎士へ馬車の中の盗賊達の回収と処理を任せ、保護した民を守る騎士に現状を聞く。話が進むごとに冷たい汗が首筋まで伝った。
村に到着し燃え続ける民家を通ってからは、パウエルだけでなく他に逃げ遅れた民もいないかと呼びかけたエリックだったが見つかったのは既に捕らえられた盗賊と、見張りの騎士一人のみだった。
川岸向こうの救助と戦闘を聞き、馬車を走らせたエリックの危惧はプライド達の安否、そして完全に行方を眩ませたパウエルである。今こうして騎士の現状報告を聞きながらも、視線が四方に散ってはその影を探す。が、しかし。
「プライド様はカラム隊長とアーサー隊長と共にアラン隊長と一番隊を率いあの向こうへ……」
「ップライド様が⁈」
淡々と話を聞いていた筈のエリックの声が一気に跳ね上がる。エリック副隊長は何かご存じなのでは、と言おうとしていた騎士もそれには思わず肩が上下した。
目が零れそうなほど丸くしたエリックが視線を投げれば、騎士が続けて何らかの特殊能力者の暴走にと説明を続けた。
プライドが何故か民に紛れていたことからその一般人の暴走を聞いて予知を告げ自ら止めに向かった、と。
「彼のことは友人である私達が必ず説得し止めます‼︎」と語って。
詳細までは聞く時間のなかったエリックだが、そこまで聞けば予想はついた。
額を手で押さえ、一度だけ目を固く瞑ってから開く。プライド達の消息がわかったこともカラムとの合流も幸いだが、場所が最悪である。しかも自分の予想通りであれば探し回ったパウエルの消息も同様だ。彼が特殊能力者だったことは知らないが、ここでプライドの〝友人〟など、予知した生徒かパウエルくらいしか考えられない。
自分が見つけられていれば……!と歯をギリリと食い縛ったエリックは迷わず戦場へ駆け込んだ。
プライドの安否も、そして託されたパウエルも自分の責任であると考えれば待機などできるわけもない。突入する一番隊の副隊長である彼に、説明をした騎士も背中を見届けた。
先ほどまでの雷鳴が嘘のように聞こえなくなった戦場で、さっきよりは安全でもある。そうでなくても副隊長であるエリックが危険だとは思わない。
橋を渡り川の向こう岸へ駆け込んだ時には、殆どの盗賊は無力化されていた。未だ一番隊が追討する残党もいるが、現時点では圧倒的に騎士の数が勝っている。
プライド様は、パウエルは何所にと。……渡りきったその場で全体を一望するエリックが彼女達に気付くのはすぐだった。端から端へと視線を回していた自分に、カラムが手を振り上げていた。
戦場の端で様子を窺うエリックに誰より先に気付いたカラムは、彼の目線が自分に止まったところで存在の主張から合図へと切り替える。手の動きだけで指示と現状を伝えるカラムのサインを読み取ったエリックは、目を見開きすぐに彼らの元へと駆けつけた。




