Ⅱ400.見かぎり少女は急ぐ。
「ッ来るな‼︎‼︎」
頭を抱えながら怒鳴り上げるパウエルは、強く目を瞑る。
こんな筈じゃなかった、と思いながら歯を食い縛った。視界には騎士も、逃げ惑う村人も人身売買も映る。
もう能力を止めないとと思いながらも思うようにならない。こうなったら視界の隅にちらりとまた盗賊が映っただけで手を振らなくても全身に纏わりつく電流が襲い掛かっていく?今誰かを視界に入れたら、盗賊じゃなくてもそれだけで攻撃してしまうとわかっている。
背中を丸め小さくなるパウエルに反し、電撃は酷くなるばかりだった。
その中でも、パウエルと距離は保ちつつも睨みにじり寄る者もいる。目を尖らせながら彼をどうにかして連れ去れないかと考える。
引き金を引いた者もいるがその全員が返り討ちにされた今、撃てば同じ目に遭うと理解する。しかし目の前の欲に溺れれば高額商品を諦めきれない者がまた
「近付けるな‼︎」
ズパン、と。
アランの矢のような声が張り上がったと同時に、その剣によって文字通り一刀両断される。
突入から最もパウエルには近くそして自分にとっては遠距離にいた盗賊へ地面に一蹴りで距離を詰めたアランは、プライドとアーサー、カラムすら駆け抜きパウエルを狙う盗賊の腹を一番に捌いた。
一瞬で返り血が噴射したが浴びきるより先にまた次の敵へと駆け込む。
アランの命令に他の騎士達も一声を返す代わりに周囲の敵を薙ぎ払った。「近付けるな」が何を意味するかは考えるまでもなく全員理解している。
一番隊の役目はあくまで敵の掃討。民の保護と回り込むのは他隊が担う今、第一王女を妨げる敵を一秒でも早く掃討することが彼らの使命である。
盗賊達が逃げ切れぬならとアランの背を狙ったがそれも遅い。所持する銃が乾いた音を鳴らしたが、その前のカチャッと引き金を引くための準備音で先にアランが跳ね上がった。
宙に上がり、最高到達点でくるりと身を翻した彼に半端な腕前で当てることの方が難しい。連続で二発撃ち放ったが、アランの団服すら擦らなかった。
それどころか銃の所持を主張してしまった結果、彼が着地した直後には逆に銃を構えられることになる。銃は得意とは断言できないアランだが、騎士隊長の腕前は間違いなく敵の中心を撃ち抜いた。
「ッ銃を先に‼︎」
流れ弾でもプライドやパウエルに当たりかねない。
怒声と聞き違えそうなアランの叫びに、騎士達の目の色が一気に変わる。隊長の指示を広げるべく「銃者を狙え‼︎」と聞こえた証代わりに声を張る。
周囲の敵を薙ぎ払う意思から、銃を所持している敵を優先的に判断し斬り掛かる。木霊のようにプライド達へ道を空ける半数のみならず追討へ走る騎士達の耳にも瞬く間の内に伝令は届いた。
銃を、銃者を‼︎と騎士が叫ぶ声に盗賊達の中には自ら銃を投げ捨てる者まで現れる。
立場上強者の証である武器だが命には代えられない。そして武器を投げ捨てたからといって、そこで逃がしてくれるほど騎士の包囲は甘くもない。逃げる先に待ちかねていた騎士達に阻まれるまでもなく、馬で駆け込んできた一番隊に距離を詰められ無力化される。
膝を付かされたまま放心する村人を捕え逃げようとした盗賊も、すぐに諦めた。
いつの間にか守るように騎士の後衛部隊が彼らを囲んで剣を構えている。今村人に近付くのは処刑台に上がるのと同義である。
別方向へ駆けながら混乱に乗じて一人二人と単独で散って走り逃げる村人を狙おうとした盗賊も最後、それより先に後衛部隊が銃を抜いた。
次第に錯乱気味に逃げていた村人の中には自ら騎士の傍へと駆け込む者も増えてくる。自分の足で遠距離に逃げるより、視界にはっきりと映る白の団服を纏う騎士の背中の方が安全だと判断するのに時間はかからない。フリージア王国が誇る王国騎士団の存在は彼らの住む村にも知れ渡っている。
一番隊の援護を受け、道を開かれたプライド達は脇目も振らずパウエルへ駆け込んだ。三人の中では比較的に足が遅れを取るプライドだが、それでも常人より遥かに早い。彼女の速度に合わせ武器を構えるアーサーが彼女の前に、そしてカラムが彼女の背後に続き挟むようにして突入した。
「パウエル‼︎お願い聞いて‼︎」
「ッる、な‼︎来るな来るな来るな‼︎ジャンヌ‼︎頼むから俺に近付くな‼︎」
目を瞑りながら自身の頭ごと抱え俯くパウエルは、声だけで彼女を突き放す。
少しでも気を緩めたらそれこそ今以上にどうにもならなくなると知っている。視界を殺しながら、今こうしている間も自分の所為で盗賊以外にも被害が出たんじゃ無いかと怖くて余計に目を開けられない。〝こんな時に居てくれれば〟と縋るように一人の人物が脳裏に過ぎったが、彼の声はここにない。そして居ないでくれと必死に願う。
涙が滲んでもパチパチと熱で蒸発する感覚に、余計あの頃と一緒だと嫌悪が募る。
あの時も、自分は助けてくれようとした少年を傷つけ、そして今度はその少年の大事な人を傷つけそうな今が怖い。
落雷のように電柱が彼を中心に上がる。彼女達を拒む意思そのものの放電に、アーサーも一度足を止めた。前方のアーサーが止まったことにプライドも鼻がぶつかりかけるが、その前に背後のカラムが彼女の肩を押さえ引き留めた。
「ッこれ以上は危険です!」
「すんません!もっと下がって下さい‼︎」
警告を上げるカラムと、腕を伸ばして制する形で後退させようとするアーサーにプライドは口の中を飲み込んだ。
雷の中心地であるパウエルまであとほんの五メートル程度。その周囲を右も左も上も下も関係なく彼の電撃が走り散らばっている。たとえステイルの瞬間移動でも彼に近付いた瞬間、雷に貫かれるかもしれないと理解する。
ええそうね、と一言呟きながらパウエルを見据える。頭を抱え俯く横顔にぎゅっと瞑った瞼の周囲がパチパチ小さく火花のように散り光っていた。
金色の短髪が逆立ち、自身も白く明滅するように見える彼はフリージア王国の騎士の目にも人外に映りかねない姿に光る。
しかしプライドの目には、ゲームの暴走時と比べてあまりにも今の彼は
弱々しかった。
「……〝私以外〟には危険です。合図はしますが、間に合わないようであれば待っていて下さい」
何を⁈と、プライドの発言にカラムは目を剥いて彼女の肩を掴む指に力を込めた。
ぴたりと押しとどめられるプライドだが、それでも彼女の意思は変わらない。アーサーが「ッ絶対行きます」と叫んでプライドへ振り返る中、カラムの手へ重ねて彼女もまた振り返った。
大丈夫と言葉を静かにカラムへ告げるが、その言葉だけで安心して行かせるわけがない。紫色の眼差しへ首を横に振って断るカラムにプライドは細い眉をぎゅっと寄せて苦悩した。王女である自分をあの雷の中心へ放てないのもわかっている。
しかし、今自分ができることも自身が一番知っている。
「大丈夫です、私には当たりません」
「そういう問題ではありません。それに今の彼は自身で特殊能力を制限できておりません」
「だからこそ私以外は危険なのです」
真剣なプライドの表情にカラムもまた険しい。
だからこそ、という言葉に彼も彼女の言わんとする意味は理解する。しかし、それでも認められない。ここで自分が盾になれるならばこの先も許せるが、それもこの先の雷の雨では不可能に近い。
駄目です、と固く断るカラムにプライドも振り払うことは難しい。武器を握る手に力がこもりながら踏み止まった足で彼に呼びかけようとした
瞬間、電光が襲った。
「避けて」と言い切るより彼女がカラムとアーサーの服を掴んで引き寄せる方が遥かに先だった。
彼女の見開いた目と自分達を掴んで下がる動きに、鍛え抜かれた騎士である二人は判断が間に合ったがそれ以外は別だった。彼の半径十メートル範囲に、次々と電気の柱が放たれ落ちた。
雷源であるパウエルを見返すよりも、殆ど同時に上がった悲鳴に三人も振り返る。
地面に跡を残し、盗賊を頭上から貫き、騎士すら剣や腕を痺れさせた。後衛には村人を庇い直撃を受けた騎士まで出る。鍛え抜かれた騎士ですら対応が間に合わない様子に、プライドは今度は自分からカラムの腕を両手で掴み返した。
「ッ距離を取っても危険は変わりません‼︎これ以上放っておけば範囲が増すだけです!お願いします、絶対私には当たりませんから!もしこのまま射程範囲がブラッド達の居る場所にまで伸びればっ……‼︎」
この場で説得すべく声を鋭く掲げ、最後に言葉を詰まらせる。
無意識に視線が、先ほどまで自分達が隠れていた橋の向こうへと向いた。火事と戦場に挟まれたあの場所が現時点で最も安全地帯であることには変わりないが、それでも今のパウエルの攻撃規模がゲームと同じであればあそこまでも届くのは難しくない。むしろ時間の問題かもと思えば余計に急き立てられる。
彼女の視線に歯を食い縛るカラムも、現状を理解すれば余計に悩む。
彼女を危険に行かせるわけにはいかない、しかしここでプライドが王女ということを除けば最前手である可能性は高い。何より、パウエルに最も近付き説得できるのが彼女であることはカラムもわかっている。今、この場で自分達すら気取れなかった特殊能力を感知できたことが何よりの証だった。
二人の問答に口を結び続けていたアーサーも、とうとう「カラム隊長‼︎」と意を決しプライドを留める手を自分もまた掴んだ。
「ッ自分もいます‼︎絶対一秒も離れません‼︎」
カラムに対し、反対意見を言うこと自体に胸が拍動する。
目の周りまで強ばりながらそれでも意思で強く見開く。言い切った後も乾いた口の中を噛み、バクバクと耳まで響く動機は戦場を前にした時以上だった。
この場の緊張感とも別の種類で指先まで張り詰めながら、その声は迷い無く真っ直ぐカラムの瞳へ赤茶色に反射する。
アーサーの意思も、そして自信もその場凌ぎではないことはすぐにわかった。
民の安全確保、確実な騎士達の任務遂行、そして彼女が単独行動をせずに踏み止まってくれる理由とアーサーの意思。それを自分の中で統合したカラムはプライドとアーサーに掴まれた手の圧をそのままに反対の手で一度剣を鞘へしまった。刻まれた眉間を指二本で押さえ、歯を食い縛りそれから腰を落とした。
「……よくお聞き下さい、プライド様。そしてアーサー」
戦場の真ん中で、目の前に敵もそして暴走する特殊能力者も集う中敢えて片膝を立てて彼女を覗き込む。
真剣な眼差しに説かれることを理解した二人も姿勢を正す中、カラムは二人の手を離すことなく言葉を紡ぎ出す。
「プライド様が行くならば私も共に行きます回避の不可は関係ありません。そしてお約束下さい。私に何があろうとも決して振り返らずご自身の回避を。そしてアーサー、お前は万が一にはプライド様の盾となれ。私を庇うことも、お前一人の回避も許さない」
言葉遣いこそ柔らかいが、その声は間違いなくプライドには重くアーサーには剣より鋭くのし掛かり貫いた。
あくまで最悪の事態も前提に置いたカラムに息を飲む。武器を握る手も、そしてカラムを掴む手も勝手に強張り内側から汗ばんだ。間違いなく自分達の判断の天秤にカラムも掛けられたことを思い知らされる。
騎士隊長として最優秀を誇るカラムだが、現状況では回避能力のみで言えばプライドにそして反射神経ではアーサーにも劣る。彼が未熟なのではない、あくまで二人が桁外れなだけである。
二人ならば未だしも、カラムは自分が回避しきれるとは断言できない。
だからこそ、騎士隊長であり近衛騎士である彼が絞り出した最大限の譲歩がこれだった。
一声で躊躇いなく声を張るアーサーの後、何度も飲み込みながら「わかりました」と頷くプライドにゆっくりとカラムも頷いた。
現時点で彼の特殊能力に致死力はない。しかし、たった今規模が広がったことから判断してもこれからの展開によっては衝撃も致死率が上がることも鑑みる。最悪の場合騎士二人の死体を積み上げる覚悟で臨めと示唆したカラムの言葉は、パウエルの特殊能力の恐ろしさを誰よりも知るプライドには嫌でもわかった。
目を深く閉じ、呼吸を整えもう一度明滅する先を見据えて捉えた。
「……慎重に、行きます。金属の武器は落雷しやすいかもしれませんので隠して下さい」
静かな声でそう告げたプライドに、二人は言葉では返さない。
アーサーは剣を鞘に閉じ、カラムはプライドの持つ剣に手を添え、そして受け取った。刃が剥き出しになった彼女の剣を敵に拾われないように、地面へと怪力の特殊能力で突き刺し止める。柄以外は全て埋まった剣を横に、プライドはまた一歩、また一歩と歩み寄る。
さっきまでは単身でも駆け出そうと思っていた足が、自然と慎重に地面を踏んでいた。
─ 大丈夫、できる。
今にも怖じけそうな心臓を呼吸だけで抑え、唇をきつく結んだプライドは二度短く瞬きをした。
服の中に隠した鉄製の銃が、今は少し怖い。服越しでそれだけ伝導しないかも想像はつかない。ここで下ろそうかとも思ったが、もし敵が襲ってきた時に反撃の手はいま自分にはこれしかない。剣を手放した今、せめてこれだけは持っておきたい。
細かく呼吸を繰り返し、騒がしい周囲が自分の中だけで無音になる。熱を感じるほどに明滅する光源を見つめながら全身で張り詰める。
身のこなしに自信がある自分でも、〝これ〟無しではきっと避けきれない。自分が彼の電撃が擦るよりも、二人が庇って倒れる方が先である今。たった一瞬の気の緩みも許されない。
絶対的な回避が課せられる。だからこそ
─ 全て、避けきる。
救うべきもう一人の民へ、王女の瞳が予知色に光った。
 





 
 
