Ⅱ398.見かぎり少女は、出る。
「カラム隊長、ご指示を」
通信兵が一名居ります、とそう言葉を続けたのは我が国の騎士団だ。
ここに向かう間にカラム隊長からも聞いた、火事発覚前から周辺付近に散らばっていた数班だ。エリック副隊長が見えなかったところを見ると、近隣から別ルートで駆けつけたのかなと考える。
通信兵、という話を聞いてもきっと城の作戦会議室からの指令で駆けつけたのだろう。私達を見つけてから少し離れた距離で馬を降り足音を消して潜んで来た彼らに「御苦労」とカラム隊長が答えた。
突然現れた騎士にブラッドが口を開けて呆ける。
私達の傍まで駆け寄ってくれたアーサーが血相を変えながら、がばりと私を上から覆うように抱き締め隠した。私の顔はアーサーの胸の中に、そしてアーサーも私の肩に顔を埋めて俯くような体勢で顔を隠す。
恐らく駆けつけた騎士の中に私の子ども姿を知っている人がいたのだろう。アーサーも眼鏡落としちゃったし、顔を見られたらまずい。
潜めた声で「すみません」と耳元でアーサーが言ってくれる中、私も細かな頷きでそれに返す。この体勢なら、村を焼かれた被害者二人が怯えているようにしか見えない。
騎士達もブラッドと同じように私達を判断してくれているようで、「川岸以外の村人は彼らだけでしょうか?」と確認した後はカラム隊長との話に集中していた。
岩陰で見張るのを交代したのか、カラム隊長の声が傍まで来た。ブラッドも流石にずらりと集う騎士達相手に逃げる気配はもうない。
カラム隊長からも逃げ遅れた村人〝達〟と女性の方は気を失っているだけだと説明が入る。
川岸向こうにいる村人と人身売買である盗賊達は今のところ動きはないと告げたところで、通信兵へ繋ぐように指示が入った。騎士の一人が座標を算出致しますと応え、もう一人の騎士が映像を送りますと円滑に動いていく。
もし人身売買組織が村人を馬車に乗せだしたら裏側に回った数班が馬車の破壊を皮切りに退路を塞ぎ、一班が正面から突入して注意を引き、その間に人質の救助と保護をと緊急事態から策を立てていくカラム隊長は流石隊長格だ。通信兵一名はブラッド親子の護衛と報告役に、そして私達の護衛をカラム隊長自身が引き受ける形でこの場に残ってくれる形になる。
続けて、逃げられる前にアラン隊長達一番隊が駆けつけ合流できた場合の策も立てていく彼らは、流石後衛特化の三番隊と四番隊なだけがあって話に無駄がない。
騎士を一名、火事現場でカラム隊長に捕縛された盗賊達の見張りと一番隊が通ったら誘導を、と指示をすればカラム隊長が指名するまでもなく素早く騎士が走り去って行った。
「一番隊は人身売買発見後、突入が決まっています。こうして一カ所に集まっているのも幸いでした」
そうだな、と騎士の言葉にカラム隊長も潜めた声で返した。
城から馬で急いでいる一番隊はそのまま村に到着して敵を発見したら、馬を止めず即戦闘だ。戦闘は全部一番隊に任せ、馬車の破壊と村人の救出に集中するようにと一つ一つ状況に応じて策を練っていく。
途中で座標を算出した騎士のお陰で、騎士団長からの声も聞こえてきて無事にお互いの通信が繋がった。道案内した一般人の行方不明報告後、一番隊や他の周辺騎士の到着時間も見込んだ上で連携を鑑みた作戦会議が暫く行われる中、私もアーサーも同じ体勢だった。
「苦しくないっすか」と数度アーサーが確認してくれる中、頷きで返す。呼吸は良いけれど何も見えないとやっぱりブラッドのことが気になる。気配はあるし、もし逃げようにも流石にこの数の騎士をくぐり抜けられるとは思わないけれども。
ひたすら顔を隠したままカラム隊長達の打ち合わせに耳を傾け続ける。
「消火活動の方はどう致しましょうか。現時点で山火事の心配はありません。ここへ来るまでに我々も残された者がいないか確認しましたが……」
変に火を消せば、煙で盗賊達にも異常を気取られてしまう。
やはり彼らを全員捕縛してからの消火活動になるだろうかと私も頭を回したところで、ふとゲームの設定を思い出す。確かブラッドの過去回想では……と思い出せば、間違いない。ライラの誕生日というところから考えて日の擦れもないもの。
ごそごそとアーサーの腕下から覗き見ようと頭を動かせば、気付いたアーサーが「どうしました?」「出ちゃ駄目ですよ⁈」と息と同じ音で何度も言いながらも腕の力を緩めてくれた。
顔を出しちゃいけないことはわかっている。昔もそれでうっかりアラン隊長達に正体がバレたのだから。
小さくアーサーのお腹に隠れる形で顔を沈ませ、影から覗く。
顔の向きを変えた拍子に耳がアーサーの胸辺りにあたったらすごい音で心臓が鳴っていた。大丈夫、前みたいにうっかりバレちゃいましたなんてならないようにするから!と頭の中だけでアーサーの鼓動に返事する。
騎士達が真剣に作戦協議をしている中で、注目を受けているカラム隊長を見つけて私は腕だけを伸ばす。
指先しか届かず、ちょいちょいっとカラム隊長の裾を弱く摘まむことしかできなかったけれどすぐに気付いてくれた。眉を上げながら話を中断して私に耳を近付けてくれるカラム隊長に、私からもこそこそ話で伝える。
怯えている子どもだったら、最初から傍にいた騎士にだけ話すのもなんらおかしくはない。
「予知した未来では雨が降っていました。夜になる前には雨で全て鎮火する筈です」
ゲームではそうだった。
人身売買に襲われるや村焼き討ちとかは現実の情勢にも寄ると思ったけれど、天気なら変えようもないだろう。ゲームでは焼けきった村の真ん中でブラッドが一人膝をついて佇んでいる場面での雨演出だけれど……、少なくともブラッドが火や煙に巻かれて死ぬ前にはきっと雨が降るということだ。
突然の予知情報追加に目を丸くするカラム隊長越しに空を見上げれば、怪しげな雲も確かにある。山に囲まれているし、天気も変わりやすい筈だ。
騎士達へ顔を上げたカラム隊長から、今は鎮火よりも確実な救出と退路を防ぐことに集中するように指示が出される。これでまた少しは動きやすくなっただろうか。
再びごそごそと顔を隠すべくアーサーの腕の中に隠れて待てば、とうとう数班が各配置につくべく移動を始めた。
私達は安全なこの場で座り込れば、それから今度は間もなくして別の騎士班が新たに駆けつけてきた。
「十番隊より知らせを受けました」「十番隊は包囲に動いております」と告げられる中、私はじっと身を小さくする。カラム隊長と通信を介した騎士団長の指示を受ける彼らの会話を聞きながら、続々と集まってくる騎士達にほっと息が出た。これで駆けつけた騎士の規模も合計で小隊程度の数にはなっただろうか。
ブラッドも気持ちが落ち着いたのか、騎士から「包帯を巻き直そう」と言われた後の声は穏やかだった。……まき直しはのらりくらりと断っていたけれど、一番重傷な肩の傷を看てもらうことになった流れに安心する。騎士にしっかり看て貰えれば絶対大丈夫だ。
間もなく一番隊も合流する筈ですという騎士の言葉に、武器を握る手も肩ごと少し緩まった。心配なことはまだいくつもあるけれど、ブラッドは騎士に保護されたし騎士団の介入も早く済んだ。
村が焼け落ちたことについては、王配である父上と宰相のジルベール宰相が保証してくれる筈だ。ゲームのティアラが女王になった王政下でもブラッドは城下で生活を
「⁈隊長、緊急事態です……!」
岩陰の方向から騎士であろう声が飛び込んでくる。
抑えた声量にも関わらず焦燥が露わになった声に、私も反射的に顔を上げそうになった。直後にアーサーに後頭部を押さえられ、また胸の中に戻り代わりに耳を立てる。
どうした、と指示中だったカラム隊長が返す中、見えなくても緊迫した空気は肌に伝わった。
数秒の間に最悪な状況をいくつも想定できたのもつかの間に、耳を貫く情報に一瞬で頭が真っ白になった。
バチィッ‼︎と、弾けるような衝撃音に。
「対岸方面から一名一般人が盗賊達に向かっています!恐らく特殊能力者かと」
まずい‼︎
報告を聞く前からもう顔を上げなくても誰だか確信する。続けて「今の音も彼からです」と言われれば間違いようが無い。
全身の血が恐ろしく引いていくのを感じながら、顔を上げたくて仕方が無い。でも騎士達に囲まれている中でなかなかアーサーも「わかりますけど!」と言いながら離してくれない。やっぱり彼も一般人の正体を確信している。そりゃあそうだ、アーサーだって彼の特殊能力を何度か見ているのだから!
さっきまで整然としていた空気が僅かに乱れ出す。騎士達が気配を消す中、「なんだテメェは⁈」「まだ残ってたか‼︎」「どこから現れやがった⁈」「来ない連中は⁈」と盗賊達であろう乱暴な声がここまで聞こえてくる。村人の悲鳴らしき声も聞こえてくれば呼吸が浅くなる。まずい、これは絶対まずい。
「ジャック、まさかエリックが探しているというあの……⁈」
慌てる私達に気付いたらしいカラム隊長の声が間近に注がれる。
アーサーの腕の中で私が「そうです!」と声を抑えて叫べば、アーサーも「間違いないと思います……!」と続けてくれた。現れた方向から考えて、恐らくエリック副隊長の馬車とも別の道だ。やっぱり裏道か何かを使ったのだろうか。
パウエル。
カラム隊長が素早く通信兵に報告をと、容易に動かないように指示を出す中でもバチィッ、バチィッと不吉な音がいくつも耳に轟いてそれだけで肩が上下する。
横でブラッドであろう気配が動いたと思えば、「大丈夫だ」と騎士が止めてくれた。いや今は色々な意味で大丈夫か冗談抜きで不安になってきた⁈
追って騎士からパウエルが一人で盗賊と交戦している旨と、圧倒していることを聞いても全く安心できない。そりゃあ彼なら盗賊なんか敵じゃないに決まっている‼︎
報告を聞いた騎士団長からもカラム隊長と合わさって指示が飛ばされる中、全く頭に入らない。ただひたすらに盗賊達の断末魔と銃声に村人の悲鳴と激しい衝撃音ばかりに気が逸る。
突然のことに心の準備もままならない中、今度は明確な破壊音と馬の悲鳴が合わさった。逃げようとした盗賊達に、控えていた三番隊が馬車を壊したのだろう。予定とは違うけれど、策通りの動きだ。
一体どうなってやがる⁈という声に被さるようにとうとう騎士だと叫び声が木霊した。馬車を破壊した時点で、もう介入の火ぶたは落とされている。
『その特殊能力者は保護しろ!ただし被害を広げるようであれば一時的に捕縛を許可する!』
騎士団長の声に、余計血が凍った。
判断は正しい。騎士の執行妨害や民に被害を広げるなら実力行使で止めるしかない。ただ、パウエルと今後の展開によっては騎士団相手でも大被害があり得る。死人だってあり得ない話じゃない。
最悪なことにこの後は雨だ。パウエルの特殊能力を正しく把握していない騎士達や村人にとって、雨の中でパウエルの特殊能力を放たれたらひとたまりも無い。いや雨の前でもパウエルが大技放ったらどうなるか。
予知の形でもどう言えば良いか頭がなかなか纏まらず、衝撃音に身を強張らせるしかできない。
パウエルの音が聞こえる度に思考が飛びかける。戦況が変わっていくに比例して川岸の声が聞こえづらくなるほどに周囲の騎士達が声を上げて動き出す。新しく駆けつけた班も村人救助へ向かえとカラム隊長が指示を飛ばす中、けたたましい音の渦中で
馬の蹄音が地を揺らす。
一番隊だ。
この規模の揺れは間違いない。「一番隊が見えました‼︎」と騎士からも伝令が入る中、もうこれは大人しくしていられない。
一番隊は他班みたいに岩陰で止まってくれない、このままだと私達の横を突っ切ってしまう。標的が混戦しているなら余計にだ。
真っ直ぐに殲滅に向かってしまう彼らはパウエルのことを知らない。アラン隊長もパウエルとの面識なんて殆どないしわかっても混乱するだけだ。
パウエルは暴走すればするほど攻撃に見境がなくなる。このままだと人身売買側に間違われて討伐される可能性すらある。それは絶対駄目だ!
カラム隊長達もパウエルの保護と捕縛については知らせなければと動いてくれるけれど、それだけじゃ足りない。パウエルの特殊能力を説明するにも今はカラム隊長も指示に追われている。今彼を安易に逆撫でないように説得するにもカラム隊長越しでは難しい。ッならば‼︎
「ッアーサー!ごめんなさい私に付いて来て‼︎」
覚悟を決め、私は敢えての名で彼を呼ぶ。
武器を持つ手に力を入れ直し、剣の柄と銃身越しに意思を込めてアーサーの胸を押し返す。
私の声に今度は手を放してくれた彼を見つめ返し、付いていた膝を立てて立ち上がる。追って剣を片手に並んでアーサーも立ち上がってくれる中、カラム隊長がこちらに目を剥いた。「なにを……⁈」と声を漏らし、その間他の騎士達は一番隊での伝令と救助でまだこちらには気付かない。ブラッドの方に振り返れば傍に付いてくれていた騎士は聞こえていたらしく私を見て顎が落ちていた。
ブラッドを必ず守ってと、それだけ告げて私は一気に駆け出した。
一番隊の馬の音が、多くの声を塗りつぶすほど近付いてくる中アーサーとそしてカラム隊長も私を追ってきてくれる。
危ないですよ‼︎とアーサーに叫ばれるのも今は構わず、私は岩陰から飛び出し川岸を繋ぐ橋への一本道で仁王立つ。
彼らを隔つように戦場に背中を向けて白の軍勢を見据えれば、私達障害物の存在で早々に馬の速度を緩め出してくれた。「止まれ‼︎」とアラン隊長の聞き慣れた声が激しい鋭さで後続に響かされる。少なくとも騎士のカラム隊長が傍にいるお陰で敵とは思われない。
急激に馬の足を全体で減速される所為で、戦場を前に彼らの馬が声をあげて首だけが天を仰いだ。
アーサーが庇うように私の前に腕を伸ばし、私を引っ張り戻そうと腰に手を回してくれていたカラム隊長も減速が成功した一番隊に腕を振って合図し主張してくれる。恐らくパウエルのことで走向しながら他班からの伝令を聞く為に少し速度を落としていたお陰もあるだろう。私達の二メートル手前で完全に一番隊の足が停止した。
なんだ、アラン隊長あれは、カラム隊長⁈何故ここでと後続の騎士達から声が漏れる中、戦闘の馬に乗るアラン隊長が言葉も出ないように瞼を無くして私達を見返した。
最高速度を出していた筈の騎士達を止めてくれたアラン隊長に感謝しつつ、私は全騎士に届くように声を張る。
「ッフリージア王国騎士団‼︎この先にいる特殊能力者の一般人に危害を加えてはなりません!彼は村人を助けるべく巻き込まれたに過ぎません‼︎」
まず端的に結論から告げる。
さっきまで保護もしくは〝捕縛〟を伝令で受けたばかりの彼らは当然ながら戸惑いの色で僅かにざわめいた。こんな一般少女の話を優先するわけがない。
アラン隊長だけが背筋を伸ばしてくれる中、左手の銃を一度服の中にしまった私は後頭部へと手を回す。
何をしようかと察したカラム隊長とアーサーが声をかけてくる中、とうとうアラン隊長と同じ最前に並んでいた騎士達も気付いたように馬の上で姿勢を次々伸ばした。最前の緊張が広がるように、後続の騎士達も馬の上から顔を覗かせるように身体を左右に反らす。
私達の様子を岩陰で見ていた騎士達も戦場へ向かう足を止め、こちらに振り返るのが視界の隅に入った。そしてぷつりと紐の感触が指に伝わる。
「……第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーの名の下に宣言します……‼︎」
剣で髪紐が切られた瞬間、頭上で纏められていた髪がバサリと降りた。
肩にも首にも、そして顔ごと視界すら一瞬隠す深紅の髪を首を振って払う。戦場の音が溢れる中で、不思議と騎士達の息を引く音が聞こえた気がした。
さっきまで聞こえていた馬上からのざわめきが嘘のように張り詰め、止まる。全員の視線が刺さっているのを全身で感じながら、決めた言葉を届かせるべく再び声を張り上げる。
「予知しました‼︎彼の特殊能力は雷と同義‼︎攻撃は暴走を早め被害を全体へと広げるだけです!彼のことは友人である私達が必ず説得し止めます‼︎」
予知の名を使い、パウエルへの攻撃を留める。
彼に攻撃が当たれば広範囲での被害に、それ以上もあり得る。盗賊ならまず彼に一撃も当てることすら叶わないけれど、騎士団では逆に攻撃がきっと彼に届いて〝しまう〟。
警告でも牽制でもなんでも今のパウエルを攻撃したら破壊力と範囲が増すだけだ。
あくまで敵は人身売買組織。彼の攻撃が故意で騎士や村人を狙うことはまずない。……攻撃をしかけない限りは。
バチッバチィ!と衝撃音と、余波の眩さが明滅する中、私は大きく吸い上げ再び喉を張り上げた。
「民を守る為‼︎私のことも守って下さい‼︎‼︎」
最後に示すべく剣を上へと掲げれば、次の瞬間馬の蹄に負けない一声が重なり空気を割った。




