そして派遣する。
ロデリックも、いくら頼まれたところでステイルが彼女の意志関係なく強制的にプライドを回収するわけもないとよく理解している。
今の最も最善策は、付近の騎士と合流させ次第彼らに命じて〝ジャンヌ〟を保護させることである。
その際に万が一ジャンヌの正体がバレても仕方ない。もう予知した生徒は思い出した。ならば残すは騎士が出動した場に居合わせてしまったプライドの責任である。
村の煙に気付く前に、馬車でプライドから聞いたブラッドについての予知。それを考えれば、今すぐにブラッドを見つけなければならないとステイルは思う。
プライドが危険な目に遭うのは避けなければならないが、彼女の予知もまた避けたい。アーサーが彼女の傍についていなければ自分もプライドを強制回収に頷いていたかもしれないという自覚もある。
「騎士団長、お願いがあります。せめて姉君の事情を知っている騎士達だけでも全員……」
「お言葉ですがステイル様。プライド様の御身が心配であれば取るべき行動は補佐である貴方様がよくご存じの筈です。そのブラッドという青年がたとえ予知された生徒であり、危険を孕んでいようとも」
「……そう仰られると思いました」
頑ななロデリックの言葉にステイルは肩を落とす。
プライドが今戦場にいることすら、ロデリックには譲歩している部分でもある。あくまで巻き込まれた立場である彼女に、騎士団を挙げて救助に向かうことに異議は無い。だが、それならばステイルが彼女を連れ戻せばいいだけの話だ。しかし
『救えるとわかった時点で救わねば‼︎』
……そして、以前と違い王族であるプライドの安否に関しては若干信用している自分がこの数年で大分毒されているとロデリックも思う。
彼女の異常な強さもさることながら、今はその傍に近衛騎士が二人いることも安心要素になっていた。……そう。
「では、近衛騎士だけ派遣させて頂きますか」
ピクッとロデリックの肩が反応した。
既に断られることもそれよりプライド回収を打診されることも読んでいたステイルは、先ほどの深刻な表情とは打って代わりにっこりと笑んでみせた。
先ほどまで背中に回していた両手を前に出す。その手に携えられていた物にロデリックは目を見開いた。
言わずとも、それを見ればステイルが言いたいことはよくわかる。
「……アランは既に一番隊と共に動いております」
「ええ。なので、いま現時点でプライド第一王女の近衛騎士でありながら〝緊急事態に則り学校生徒と行動を共に〟してもおかしくない騎士にお願いしたいのです。彼ならば現時点でも何も問題はありません。現場にいることも、生徒から何らかの救難を受けて先行したと言って頂ければだれも疑問は持ちません。騎士団長への情報源も、彼が誰かしらに騎士団長へ託けを頼んだということにして頂ければ。先ほどもお伝えしたとおり、ただでさえ今アーサーは十四の姿で庶民に扮し騎士の装備も待ち合わせていません。姉君もまた同様です」
ちょうどもう交代の時間ですし、と。そう笑む腹黒策士にロデリックは眉間の皺を深くした。
アランは出動、エリックとアーサーは近衛任務中。ハリソンはこちらに向かっている中、動ける主戦力が一人未だに王居の宮殿でプライドの帰還を待っているままである。
しかも三番隊と四番隊が周辺にいるのならば余計に彼が現場に先行していることは騎士団としても都合が良い。
「既に、近衛騎士は二名プライド様に付いております」
「たとえカラム隊長と交代したとして、聖騎士は関係なくプライド第一王女の傍にいる権利を有しています」
既にロデリックを頷かせる策を構築し終えていたステイルはそのまま「許可さえ頂ければこの場で直接カラム隊長を呼びます」と続けた。
いま宮殿で隊長格がこの作戦にすら加わっていないことと、王族の安全。そしてアーサーも十四の姿で本来の戦える状態ではないことを鑑みれば天秤は奇しくも傾いた。
更にはステイルが両手で見せつけてきた物を見れば余計に騎士団長として認めざるを得ない。
王族の安全と、民を確実に救う為。それを置いてプライドにお灸を据えることを優先するわけにはいかない。そちらは無事に帰ってきた後で良い。
騎士団長として長く司令席を空けているわけにもいかないロデリックは、考える猶予もない。
「わかりました」と告げた彼にステイルが勝利を確信した直後、……「ただし」と言葉の斧が下ろされた。
「カラムを合流させて頂く代わり、ステイル第一王子殿下がこのまま私の部屋で御身の安全を保証し続けて下さることが条件です」
ピキンッ!と今度はステイルが固まった。
今の今まで、カラムと共にプライドへの合流を考えていた彼には手痛くももっともな交換条件だった。
やはり騎士団長は一筋縄ではいかない、と思い知りながら冷たい汗と言葉に詰まるステイルに今度はロデリックから駒を進める。大きな身長差を埋めるように背中から前のめりに十四歳のステイルへ顔を近付けた。
「カラムの出動を独自判断で呼び込まず、騎士団長であるこの私へ許可を確認して下さったステイル様ならば。……お約束を護って下さると、信用致しましょう」
たとえ自分が騎士団長室を去った後も、と。
第一王子相手に軟禁とも取れる交換条件を突きつけるロデリックの言葉に、ステイルは喉を鳴らした。子どもの頃から見慣れたとはいえ、アーサーに似たその顔で睨まれると自分も勝てる気がしない。
ロデリックと同様、ステイルもまたこの場での正しい判断は知っている。
大丈夫、アーサーがいる、エリック副隊長もいると自分の胸に言い聞かせながらも、優秀な策士はそこで終わらせない。
「……では、先ほどお伝えした道案内の一般生徒だけでも」
「騎士三名が付くならば問題はないかと。もしくはその者と共にプライド様も御帰還頂けるのならば我々としても幸いです」
王族が二度も戦場にわざわざ戻るなど認めない。
その一般人に関しても、カラムを投入するならば一人がその護衛と保護につけば充分。残り近衛騎士二名がプライドの護衛に付き、騎士の応援を安全な場所で待つまで。
個人としてはこの上なく有能なステイルの特殊能力だが、公式に王族参入が認められていない戦場でその特殊能力に頼ることなど王国騎士団として認められない。民を守るのはあくまで騎士団の領分だ。
ステイル自身、それは騎士団奇襲事件でよく理解している。自分の特殊能力を貸すこと自体も当時渋られたのだから。
わかりました……、と絞り出すように了承したステイルは「ただし」と。またロデリックからと敢えて同じ言葉で言葉を切った。
強張っていた笑みをまた直し、自分も頑とした意思で両手に掲げるそれを胸の位置まで挙げて見せながらロデリックへと告げた。
「カラム隊長に託したい品が〝こちら〟以外にも。……お許し頂けますよね?」
ステイルの瞬間移動により直接騎士団室に呼び込まれたカラムが全てを託されることになるのは、それから間もなくのことだった。
……
「か、カラム隊長⁈どうしてここに⁈」
「カラム隊長⁈ンでステ、フィリップがっ……騎士団いまどう」
「フィリップから全て聞いた。騎士団長もご存知のことだ」
下がれ、と。もう一度言い聞かせるようにカラムはアーサーの肩を叩く。
視線は倒すべき敵へと留めたままに、片腕で抱えていた物を両手で持ち直す。既にここへ瞬間移動される前にステイルからもロデリックからも全て簡潔にではあるが説明は受けている。
自分がここに呼ばれた理由も、騎士団全隊の動きも、そしてブラッドという青年についても全てある程度の把握はできた。
目の前に集う男達を見れば、自分がすべき行動もすぐに理解した。エリックの不在に他の村人の状況など、確認したいこともある。だが今はプライド達の安全と討伐対象を優先する。
突然表出した騎士に、男達もざわめき波打った。
本物か?と目を泳がせるが、それでもたかが騎士一人だとすぐに息を巻く。
敵の全体図を確認しながら、カラムは両手に持つ品の内一本をアーサーへと振り返らずに突き出した。後ろ手に突然渡されたそれにアーサーも一瞬わからず口を結んだが、すぐに目を見開く。片腕に女性を抱えたまま、もう片腕でそれを掴み受け取った。
「ありがとうございます……!」と声を浮き上がらせる彼に、カラムは振り返らないまま一度自身の前髪を払った。そして残りの抱えた品を今度は別方向へとつき渡す。
「フィリップからの預かり物だ。ジャンヌ、君はこちらを持つように」
淡々と告げるカラムに同じく後ろ向きに伸ばされた手から、今度はプライドが肩を強張らせた。
まさか騎士であるカラム自ら第一王女である自分にそれを渡されるとは思わなかった。怖々と指先が躊躇うが、目の前にいる男達を思い出せば早々に彼の手を空けさせないとと両手で抱えるように受け取った。
騎士団の武器庫から提供された銃と細身の剣。「弾の補充も私が持っている」と告げるカラムに、プライドは一人で頷くしかできなかった。一体どうしてこれを持つことを騎士団長が許してくれたのだろうと思う。
戦場に行けなくなったステイルは、宮殿の着替え部屋に保管されていたアーサーの剣だけでは満足しない。プライド自身の自己防衛最大手もまた抜かりはなかった。
「詳しい事情は後で聞こう。先ずは彼らの相手から終わらせる。何か問題は?」
ありません‼︎と、二人の声が重なった。
残りの弾数の少ない安銃も大振りナイフも手放したプライドとアーサーは、いつもと違う張り詰めたカラムの低い声に背筋を伸ばした。
一体どうしてステイルがここでカラムを、騎士団はどうしているのか、ステイルは何をと疑問が浮かぶが、ここでカラムがいることはあまりにも心強い。
最後方に立つブラッドを背中に隠すアーサーと、そのアーサーに肩をくっつけるように並ぶプライドは銃を持つ手で思わず胸を押さえた。まだ戦う前から多勢に無勢のこの状況で勝敗を確信してしまう。
ほっと息まで吐けてしまえば、ちらりと今度はブラッドに目だけで振り返った。目の前の状況に茫然としている彼に、今なら話せるかしらと思った瞬間。
「君達」
続くいつもより明らかに低いカラムの声に、プライドは思わず武器を握る手をまっすぐ両脇へ下ろす。
反射的に怒られるかと思ってしまった感覚にカラムの背中を見返せばちょうど彼が腰の剣を抜くところだった。
するりと。殆ど無音で鞘から抜いた剣身を鎧の手でカラムはなぞる。
直接呼び出されてからロデリックの元へ着いた時にはもう戦闘用の装備も準備されていた。
ステイルからアーサーの剣とプライドの得意武器を預かりこそしたが、今この場で戦うのは自分だけの役目だと判断する。
護るべき民と、保護対象を抱える十四歳の騎士に第一王女。ここで戦闘の装備に騎士の団服を纏うは己のみ。
ズシャアッ‼︎
プライドとアーサーの眼前に一閃が走った。
自分達に、ではない。突然振り返ったと思った瞬間、カラムによって走らされた刃は彼らの眼前の地面に跡を作った。
くっきりと怖いほど綺麗な一本の線が刻まれた地面にプライドもアーサーも目を剥く。
当然そこに敵はいない。あるのは自分達とカラムとを繋ぐ地面だけ。つまり、それが意味するのは
「その線より先には決して出ないように」
三番隊騎士隊長の言葉に、全身が強張った。
目の前の騎士から放たれる覇気に息を止める。カラムに限って線を越えたところで斬ってくるとは思わないが、それでも絶対破ってはいけないと確信した。
心なしか振り返った一瞬に見えたカラムの眼光が鋭く見えたプライドには余計にだ。アーサーすら保護対象を抱えたままピシリと姿勢が伸びて動けない。
あくまでここにいるのは護るべき民と、突然現れた騎士一人。
それを徹底するカラムの構えと言葉にプライドは武器を持ったまま肩も背中も小さくなった。防衛戦とは全く異なる、〝一人民の前に立つ〟騎士の威厳がそこにある。
カラムの威厳に当てられるように最初に崩れたのはブラッドだった。カタンッと膝から力が抜けるように地べたへ座り込む彼に、プライドも駆け寄り膝をついた。
大丈夫よの一言も、今は言う必要がないと感じた彼女は代わりに手を伸ばす。受け取った武器を地面に一度置き、放心するブラッドを自分の細い手で胸へと抱き寄せる。直後には、カラムの宣言が彼らに響いた。
「粛正する」
そう告げ、剣を構えた騎士の背中を彼女達は見届ける。




