Ⅱ393.騎士子息は振るい、
─ どいつもこいつも死んじゃえば。
「ブラッド!ブラッドお願いやめて‼︎」
「母さんは伏せてて……‼︎」
ナイフを手に、視界が血で真っ赤に染まる。
目の前で、腕や肩を押さえて血を噴き出させながら睨んでくる連中全員殺したいと本気で思う。なんだかいつかのどこかの悪夢みたいだ。息も切れるし視界も狭い。
母さんが必死に僕を止めようと服の裾を掴むのを、左手で払いながら足元に押し付ける。
もう十分だから、外へ逃げて、今のうちにと言ってくれる声が聞こえる筈なのに響かない。目の前のこいつら全員が動かなくなるまで止められない。
この野朗と。そう言って飛びかかってくる奴へ歯を食い縛り、またナイフで横に裂く。血飛沫が上がって、一人は今度こそ首を押さえて倒れた。母さんの劈くような悲鳴が上がる。
煙臭い。でも、軽く振り返った先では吹きこぼれた鍋がひっくり返って火元を消していた。ああ折角ライラの為に朝から仕込んだのに。
じゃあこの煙の匂いはなんだろう。どうして僕はこんなことしているんだろう。貧血なのかフラフラして気持ち悪くて気持ち良い。わからないけどもう一人も絶対殺さなくちゃ。
折角家まで着いたのに、勝手に中にまで入ってきて捕まえようとするから。僕や母さんにまで武器を掲げて脅すから。母さんにまで乱暴な言葉を吐き捨てて、家の中をぐちゃぐちゃに踏み荒らすこいつらなんか死んで良い。
パァン!
次は銃。肩に激痛がと思ったら、同時に男が胸を押さえて背中から倒れた。
ガッシャンと派手な音が響いて、母さんがまた悲鳴を上げた。か細い啜り泣く声が聞こえる。ブラッド、ブラッドと言いながらまだ引き止めるように僕の裾をまた足元から引っ張った。大丈夫、ちゃんと僕は生きている。
床が汚れる。あいつらの血の所為だ。ドプドプと床に染みを作りながら僕らの足元まで広がってくる。真っ赤で汚くて生臭い。兄ちゃんが母さんの誕生日に買ってくれた絨毯まで汚された。
『またブラッドだな⁈』
『ブラッド‼︎よくもうちの息子達に怪我をさせたな⁈』
『何もするな家から出るな!』
外が煩いのに、耳鳴りみたいに頭でも声が響く。村の人達に毎日みたいに怒鳴られた頃の言葉だ。
みんな冷たい目で僕を見て、腫れ物みたいにして逃げて、嫌がってもまた逃げるから。
知っている、僕が悪いんだってそれくらい。だけど何が悪いの?僕は何も悪いことなんかしてないのに。
どうした、何があったと、また野太い声がする。扉を蹴り飛ばされて、また何人も入ってくる。
血溜まりの床と倒れたまま呻く人と呻かなくなった人を見て目が零れそうなほど大きく開いて僕を見る。誰か来てくれ、って外に叫んで身構えながら僕に来る。
足元で母さんがまた叫ぶ。「やめて」「ブラッド逃げなさい」って、なんで逃げないといけないの?兄ちゃんやライラと違って嫌でもここしか僕の居場所はないのに。どこへ逃げればいいかもわからない。
動くな、とか足元の人に生きてるかとか呼びかけて。まるで僕が悪いみたい。
武器を降ろせとか言われてもそんな怖い顔で睨まれてちゃできるわけもない。
母さんがゴホゴホと咳をする。そういえば煙いんだ。どうしよう、早く煙たくない場所に行かなきゃ。なんで、どうしてこんなに煙たいの。開けられた扉からも煙がすごい。なんで、僕はただ薪を買いに行ってただけの筈なのに。
また何か怒鳴られるけど、もう何を言われてるか視界が黒と赤ばっかで耳までぼやけて聞こえない。
吐き気が込み上げてるのに笑えてくる。じわじわと僕らの方に距離を詰めてくる大人達は皆僕よりも母さんよりも身体も大きくて太い手足の人ばかりなのに。ああまた母さんを守らなきゃと、口の端が君悪く勝手に上がる。
母さんが床に伏して啜り泣いているのを一目確認したら首が不出来に傾いた。近付いてくる人達に、僕はナイフを握る手へ力をまた込
「ブラッド‼︎もう大丈夫です‼︎」
凛とした、声がした。
聞き覚えのないその声が、今まで言われたどの言葉とも違って初めて響く。
ナイフを振ろうと思った手が止まって、首が傾いたまま固まった。
僕だけじゃない、家に入ってきてた連中も誰もが声のした方に振り返った。
開き切った扉の向こうは赤く燃えていて、煙で鈍い視界の中で深紅と銀色の影が二つ飛び込んできた。
「ブラッド‼︎」
大人の人達の隙間から僕を真っ直ぐ見て呼んだ。見覚えもない知らない女の子だ。
なんだお前らは、外に出ていろと怒鳴られるのも聞こえないように誰より早い足で駆け込んでくる。僕より先に止めようと、押さえようとする太い腕を身を翻して飛んで跳ねては避けて、今度は銀色が太い手を阻んでは深紅に届く前に蹴飛ばして押し飛ばす。
カチャリと引き金を構える音がしたと思ったら、乾いた音が鳴るよりも前に銀色がその銃めがけて蹴りを飛ばした。
長いのを一つに束ねた銀髪の男の子だと、大人の腕が折れた音と同時にやっと目に止まって理解した。
ぐわぁ‼︎と大人が声を上げる中、また他の大人がナイフを振り被る。背後から狙う影に僕は「後ろ」と声も出せなかったのに、銀髪は背中に目が付いてるみたいに振り返りざまにナイフごと大人の腕を掴み投げた。
何も武器なんか持ってない筈なのに、怖じける様子もなく大人の銃を叩き落とすし背後からの大人のナイフも掠らない。
僕に向かってくる深紅へ他の奴らが手を伸ばしたら、腕を折った奴の落とした銃を銀髪が拾って撃った。
パァン!って響いて、本当に躊躇いなく大人の頭を彼は打ち抜いた。
物陰にいた大人が銃を奪おうと襲いかかったら、今度は一瞬で消えた。特殊能力者かとも思ったけど、高く跳ねただけだった。空中で反転した瞬間、高くもない天井を蹴って男の脳天に銃身を直接叩きつけた。
ガツンとやっぱりすごい音がして、一撃で大人が前に倒れ込んだ。
深紅が僕に駆け込んでくるほんの数秒にバタバタと大人が倒れていく。
わけがわからない。まるで矢のような速さで近付いてくる二人が怖くて血が跳ねるナイフをまた握る。怖い、怖い、また増えたと、丸腰の女の子相手にでも良いからとにかく振ろうと母さんを守ろうと思うのに。
「ッ大丈夫だから‼︎」
……今にも泣きそうなその顔に、息が止まった。




