Ⅱ380.無頓着少女は聞く。
「仕方ないわ、ジルベール宰相でも見つからなかったのだから」
夕食になり、ステイルとティアラからの報告を聞きながら一人私は肩を落とす。
ケメト行方不明の一件が無事に終わり、再び公務に戻った二人だけれど残念ながら裏稼業に情報提供をしたという少女……恐らく第二作目ラスボスのグレシルは見つからなかったらしい。
ジルベール宰相から衛兵にも当てはまる少女を発見したら身柄拘束と城に報告をするように命じてくれたのだけれど、残念ながら今夜まで一度も報告は来なかった。一応発見報告が届いているレイの前の屋敷周辺やレイが裏稼業に襲われた中級層の裏通りを重点的に探させてくれたけれど二日では成果も難しい。
もし見つかっていればすぐにジルベール宰相へ報告が来る筈だし、摂政業務と王配業務補佐中のステイルとティアラもすぐに耳へ届く。私も夕食までには一つくらい……と期待したのだけれど残念だった。
いっそ騎士も捜索に増やしましょうかとステイルから提案して貰ったけれど、そこは首を横に振った。確かに騎士団も国内巡回を強化しているしちょうど良いかもしれないけれど、人捜しの仕事まで増やしたくない。あくまでグレシル……名前不明の少女、は犯罪者ではなく現時点では単なる事情聴取だもの。
裏稼業の繋がりといってもただ情報を運んでいただけ。それでも宰相であるジルベール宰相が城下中の衛兵に命じてまで彼女を指名手配したのは、レイ……もれなく侯爵家であるアンカーソンが関わっている件でもあるからだ。情報を一つの取り逃がしもジルベール宰相は許さない。遠回しにとはいえ、学校に裏稼業生徒が問題を起こす結果に繋がったから余計にだ。
「宜しいのですか?プライドもその少女について気に掛かっているようだったので」
「私もお手伝いできることがあれば良いのですけれどっ……」
テーブルを囲みながら、心配してくれるステイルとティアラの優しさが嬉しい。ジルベール宰相からグレシルの存在を聞いた時、私からもがっつり是非進展があったら教えて下さいとお願いしていたからだろう。
壁際に控えるエリック副隊長もハリソン副隊長の隣で心配するようにこちらに視線を注いでくれている。
そう、私はグレシルの情報が欲しい。潜入視察終了まで残すところあと三日。最後の攻略対象者の記憶が不鮮明の今は彼女が頼みの綱でもある。
彼女がレイを標的に陥れようとしたのもゲームの設定だけで判断すれば確実だけれど、現状彼女はただの重要参考人。そして私にとっては会うだけでそれ以上の価値がある。
先ずレイと同様に彼女がこれからその攻略対象者に関わるなら、その前に彼女だけでも何とか止めれればそれだけでもある程度の安全は確保される。それに彼女自体が攻略対象者以外を狙う可能性も充分ある。
そして更に、ゲームにおいて主人公のアムレットと対の存在である彼女に会えば最後の攻略対象者を思い出せるかもしれない。
「確かにレイを狙っているようだったらと心配だけれど、今は例の生徒を探し出すことが先決だわ」
だから最後の攻略対象者を探したいのだけれども‼︎‼︎
だからグレシルに会いたい。探して止めたい、そして記憶の扉をがっつり開きたい。
それを言える訳もなく、ここはぐっと堪えた。
ゲームの大方の設定通りであればその攻略対象者もグレシルに心の傷を負わされる。それさえ止められれば取り敢えずは解決だ。
ファーナム兄弟だったらお姉様はご無事でも同調の危険性があったし、ネイトは伯父に暴力と両親を売られる危機、レイに至ってはライアーの情報を引き替えに学校権利を与える接触一歩前だった可能性がある。
ならもう一人の攻略対象者にも何かあるのは間違いない。願わくばグレシルがその彼に接触する前に見つけて止められれば最善だ。
……と、その気持ちを胸の奥に押し込め笑んで見せる。
大丈夫、ジルベール宰相なら絶対見つけてくれるのは時間の問題だ。グレシルを探す大義名分を得られただけでも幸いと思わないと。校内捜索は見事に手詰まり状態なのだから。
ぎゅっとナイフとフォークを握る指にだけ気付かれないように力を込める。視線の先ではステイルが「そうですね」と笑みを返してくれた。
「明日も朝からカラム隊長に特別教室へ同行をして頂けるようにお願いしていますし、残り三日あります。最後まで諦めず探しましょう」
「学校の予知は解決できたのですし、きっとお姉様達なら見つけられますっ‼︎」
ありがとう。
心強い二人の言葉にそう返しながら手を動かす。
残り三日。それまでグレシルも見つからなかったら、このまま中等部おさらいの旅で終わってしまう。
まだ厳密には時間帯ごとだと確認していない教室もあるけれど、一応二度は尋ねている。それで見つからないということはまだ入学していない可能性が強くなる。
第二作目の学園は勉学に前向きな生徒のみ集めた設定だし、学校にも必ず来ている筈……なのだけれども。でもここまで見つからないと本当に頼みの綱はグレシルになってしまう。
現段階での途中入学した生徒もいれた生徒名簿もジルベール宰相に確認させて貰ったけれど、どの名前を見てもやっぱりしっくりこなかった。
念には念をいれて中等部だけでなく全校生徒確認までして教師名簿も総浚いした。それでもやっぱり見つからなかった。
もともと第三作目以外の登場人物じゃ名前だけじゃ主人公ぐらいしかピンとくる自信もなかったけれど。それでも今までだってその時々で思い出せたこともあったし、もしかしてと期待した。
学校の思い出イベントの場所も粗方回ったし……レイのイベント場所だった理事長室なら生徒としてよりも第一王女として訪問した方が良い。あとはグレシルの学内でよくいた場所かしら。……いや、グレシルも自分の教室以外はレイにべったりで基本いるのは理事長室だった。
アムレットと女子寮も入ったし、ファーナム兄弟のお陰で男子寮も入れた。やっぱりイベント的な場所は大概行った。残すはー……
「……放課後に学校の回りも見てみようかしら」
「?学外、ですか……?」
思いついた呟きに、ステイルが眼鏡の位置を直した。
ティアラも大きな目をぱちくりさせる中、私は二人に小さく肩を竦める。二人が不思議に思うのも当然だ。学校潜入するためにこうしているのに、学外をわざわざ探すなんて根本からおかしい。
アムレットが攻略対象者と歩き回ったような健全な市場なら私も視察で何度か訪れているし、生徒の姿じゃないと寄れない場所でもない。でも、
「ほら、今日ケメトが話していたじゃない?学校外の子と友達になったって。もしかしたらまだ学校に興味があってもそうやって周囲で見ているだけの子もいるかもしれないから。一度放課後にでも学校の周りを回ってみるのもどうかしらと思って」
「なるほど。……確かにそれは盲点かもしれませんね。では明日は少々遅れると父上達にも報告しておきましょう」
口元に曲げた指関節を置いて頷いたステイルは、早速そこで従者に父上とジルベール宰相に帰りが遅くなりますの伝言を頼んでくれた。
今日、行方不明から無事救出されたケメト。彼曰く学校外の友達と遊んでいたらしい。校内だけじゃなく校外にも友達ができたなんて流石ケメトだと思う。
それだけきっかけがあるのならこれから入学するかもしれない攻略対象者ががいるかもしれないし、それこそグレシルがレイみたいな生徒を狙っている可能性もある。学校にはレイ以外にも貴族が出入りしているもの。
貴族は基本馬車通学だし、グレシルが張っていても話しかけるような隙はないと思うけれども。
あとはゲームでグレシルと過去のレイが出会った場所だろうか。でも、ゲームでは回想場面すらなくレイの口頭語りだった。
彼女も彼女で名前を思い出しても残す情報は殆ど無い。ゲームの立場とレイに出会う前の立場が違い過ぎる。
コンコン。
突然のノックだ。食事を運びにきたわけでもないだろうし、何だろうと扉の方へ振り返る。
エリック副隊長とハリソン副隊長がわずかに警戒もしてくれる中、食堂の扉を近衛兵のジャックが開ける。その場で要件を聞いてくれているところを見ると、使用人の誰かだろうか。
ステイルとティアラもカトラリーを持つ手を止め、食堂全体が無音になる。
少し待ってからジャックが再び扉を閉めた。プライド様、と私に正面から向き直ると改めて報告すべく少し声を張る。
「ジルベール宰相より御報告です。先ほど、城下の詰所より件の少女と思われる人物についての新たな情報があったとのことです」
えっ⁈と、食事の席にも関わらず大きな声が出てしまう。
まさかこんな時に来るとは思わなかった。本人が見つかったわけではないけれど、彼女の情報ならありがたい。
是非、と連絡に来てくれたジルベール宰相の使者を扉から食堂へ招き入れれば現在入って来た情報とその経過について話し出した。
今朝、一般の子ども二人を襲った裏稼業複数人が纏めて詰め所に引き渡しされた。
中でも一部は人身売買組織とも繋がりがあるとのことで事情聴取がされていたのだけれど、……衛兵が裏稼業全員を人身売買組織に〝繋がりを持った〟ではなく、〝人身売買の一員〟として判断しようとしたところで彼らが口を合わせて訴え始めたらしい。
「自分達は唆されただけだ」と。
まぁ人身売買に直接繋がりを持っただけでも重罪だけど、人身売買そのものと判断されたら死罪だし、それで慌てて濡れ衣を着せようとしているとも判断できる。でも、その際に彼らが話した唆した人物の特徴が見事ジルベール宰相が伝達していた少女の特徴に合致したらしい。
しかも名前も今度は判明して「グレシル」……もう、間違いない。
ラスボスの名前がわかったことだけでも大きかったけれど、話を聞いて私達は全員言葉が出なかった。
勿論、件の少女が人身売買に遠からず繋がっている可能性も出てくれば聞き逃せないしますます事情を聞かないといけなくなってきたこともある。けれど一番は……
「お……姉様……?これって、あの……」
カタ、カタとぎこちない首の動きで最初に声に出したのはティアラだ。やっぱり彼女も分かっている。
ステイルもあまりの状況に眼鏡を押さえ付けたまま俯き、深く溜息を吐いてしまった。
壁際のエリック副隊長も顔が見事にヒクついている。彼もアーサーと交代した後に私達から話を聞いて知っている。何故かその場にいた筈のハリソン副隊長だけが不思議そうに小首を傾げて私達をそれぞれ見比べているけれど。
「……ケメト……」
今朝の騒ぎから何時間も経過してやっと。
ケメトが話していた〝友達〟がグレシルなのだと、私達は理解した。
早速ステイルによりヴァルの元へ「明日放課後城へ三人で来い。話に聞いたケメトの友人について聞きたいことがある」という指令カードが瞬間移動で送られた。




