Ⅱ378.無頓着少女は踏み込む。
「本当に……大変だったわね。良かったわ、ケメトもその子も無事で」
今朝の一件からヴァル達が再び訪れてくれたのは夕方だった。
近衛騎士も休息日のアラン隊長とカラム隊長に代わって、今はエリック副隊長と交代したハリソン副隊長がアーサーと並んでいる。……うん。だから、ヴァル達が来たと聞いた時はちょこっと心臓に悪かったけれども。
ハリソン副隊長はヴァルのことを未だに許していない騎士の一人だから、視界にいれるだけで未だにハラハラする。今もアーサーの隣に直立不動で佇んでいるけれど、心なしかさっきまでよりも眼差しが冷たい。一応殺気は感じないからヴァルに斬り掛かるつもりはないのだろう。
ヴァルも舌打ち程度で済むけれど、セフェクとケメトは未だにハリソン副隊長を発見する時ちょっと警戒気味だ。特にセフェクはヴァルの影にじっと隠れることが多い。まぁ初対面でヴァルが斬り掛かられたから無理もない。
ステイルの命令通りに訪れたヴァル達は、今回はいつも通りに客間で待っていた。ステイルと今朝の一件を聞いたティアラも休息時間を取って合流して、今は人口も多い。
ティアラは部屋に入ってすぐにケメトの名前を呼んで抱きついた。ステイルから話を聞いてずっと心配していたらしい。私も三人が揃って訪れてくれたことには心底ほっとした。
ステイルとティアラを待っている間も、ヴァルだけでなくセフェクもケメトもいつも通りで怪我もなければギクシャクした様子もなかった。寧ろセフェクは昨日の様子が嘘みたいに今はケメトと仲良く並んでにこにこだ。
敢えて変化を言うならばケメトの服だけが新しくなっていたことくらいだろうか。いつもは三人仲良く一緒に新調しているのに。
服装の傾向こそ変わらないから別に気にならないけれども、服が汚れることでもあったのかなということはわかった。
ティアラとステイルが合流してから、改めて何があったのかを終始聞くことができた。
話によれば、ケメトは昨晩友達と遠路歩き回りやっと城下へ帰ってこれたところで野宿をしてしまったらしい。そして裏通りだった所為で友達ともども裏稼業に見つかり追いかけ回され、そこでヴァル達が駆けつけて事なきを得たと。……本当に、間に合って良かった。
ヴァル達が真っ直ぐステイルを頼ってくれたことも、ステイルが文句も飲み込んでヴァル達をケメトの元に瞬間移動してくれたことも本当に良かった。
ケメトの話だと人身売買と繋がりがある人間もいたらしいし、やっぱり未だ裏通りは治安が悪い。ジルベール宰相が何年も前に大規模掃討してくれたお陰で当時より数は激減したけれど、年月を置くとやっぱり現れる。殲滅戦もそうだったし、未だに人身売買には警戒が解けない。
今回は人身売買組織じゃなくて、人身売買に繋がりを持つ組織というから芽の内に対処できたと考えても良いだろうか。ジルベール宰相が情報屋も使って目を光らせてくれているから、国内に大っぴらな組織は滅多にないと思いたいけれど。
「ステイル様!本当にありがとうございました。お陰でヴァルとセフェクに助けて貰えました!」
「無事で何よりだ。今後は裏通りには安易に近付かないようにしてくれ。……そこの魔除けが同行なら別だが」
満面の笑みでお礼を言うケメトは、ぺっこりと頭を大きく下げて礼をした。
ステイルもそれには小さく笑んで声色も優しかったけれど、……後半からジトリとした眼差しがヴァルに向けられた。
ヴァルも何を言われるかは既に予想できているらしく、チッと舌を鳴らして床に座り込んだまま背中の壁へと顔を背けた。これで十八の姿だったら完全に説教待ちの不良生徒だ。
ヴァルの反応にステイルも短く溜息を吐いてから一歩歩み寄る。足を組んだヴァルを顎を上げて見下ろしながら、眼差しが「言いたいことはわかるな?」と圧を放っている。
「ヴァル。今朝は緊急事態だから許したが、俺と姉君の今後の為にも言わせて貰うぞ」
ケッ、と吐き捨てるだけのヴァルは珍しく比較聞く姿勢だ。
態度は最悪だけれど、いつもならステイルのこの台詞でも「アァ?」の一つは言っている。不快この上ない表情を隠さないまま、それでも顔を逸らし口を結ぶだけ。
ケメトが心配するように眉を垂らしてヴァルの隣にぴったりくっついたけれど、セフェクは一緒に聞くつもりなのかケメトの隣に座って綺麗に足も折って姿勢も正した。ヴァルに怒りながら圧をかけているステイルに手を構えないセフェクの様子に、成長したなぁとこっそり感動してしまう。
三人とステイルの様子に、ティアラも足音も立てず私の隣の席に戻ってきた。つい背後も振り返ってしまえば、ハリソン副隊長は我関せずの無表情だけどアーサーは私と同じ苦笑いを浮かべている。
ステイルがヴァルに怒ることは珍しくもないけれど、こういうお説教らしいお説教タイムはいろんな意味で貴重だ。
「お前は姉君の〝配達人〟ではあるが、あくまで王族の雇われだということを忘れるな。姉君の補佐とはいえ第一王子であるこの俺へ一方的に頼める立場ではない。あの時はケメトの緊急時だったから仕方がないが、本来俺は自分の特殊能力の情報も、それを人目に晒すことを最低限に留めている。お前どころか、王国騎士団ですらアーサー以外は易々と借りれるような気軽な能力ではない。それをあんな一方的に理由も条件もまともに提示せず上から頼むなど問題外だ。お前には成り行きで知られることになっただけで、本来では知ることもできない立場だ。今後緊急時以外に俺の特殊能力を依頼したければ、時と場所と周囲の人間に聞かれないか悟られないかも鑑みた上で依頼しろ。本来俺の特殊能力を気軽に使って良いのは姉君を始めとするフリージア王家とアーサーだけだ忘れるな」
長々と説教を語るステイルは、今朝から待たされた分一気に吐き出すような勢いだった。
ちゃかり特殊能力をお気軽に使って良い相手にアーサーを忘れないところがステイルらしい。流石親友だ。
肩で軽く振り返れば苦笑いだったアーサーが、今は指先で頬を掻いていた。
言葉こそお怒りそのものだけど、平和的なお説教にケメトも直立したまま姿勢を正して相づちを打っていた。セフェクもこくこく大人しく頷くし、なんだかステイルが先生に見えてくる。
ヴァルも今回はステイルの言葉を遮ることもなければ途中退出することもなく聞いているから、多分あれでも彼なりの誠意はあるんだろうなと思う。今のお説教をケメトのことで急いでいる時に言われたら、それこそ間に合わずケメトが怪我を負わされていた事態もあり得た。これだけのお説教と留意事項を後回ししてくれたステイルはやっぱり大人だ。
休む間もなく言い終えた後は腕を組むステイルは、文句があれば言ってみろと言わんばかりに今度は黙す。三秒近くの沈黙の後、ステイルが言い終えたのを確認したヴァルが面倒そうに口を開いた。
「……緊急事態ってんなら間違っちゃあいねぇだろ。先払いはした筈だぜ」
「当然だ。不良掃討の件がなければ二言返事で聞くものか」
文句ありげに上目に睨み上げるヴァルに、ステイルも腕を組む構えのままフンと鼻を鳴らす。……なんか、二人とも二人ともだなぁと心の中だけで思う。
今朝の状況を知らないティアラはきゅっと唇を結んで見守っているけれど、振り返ればアーサーもそして私も半分笑った顔と目で会話してしまった。〝ですよね?〟とアーサーが口にはせず言っているのがよくわかる。
ヴァルはケメトを迎えに行く時に「ただのガキの迎え」と言っていたのにやっぱりそれなりに緊急事態と思っていたんだなぁと思うし、ステイルに至っては「聞くものか」と言ってはいるものの今朝の口止めを思い出すと素直じゃない。「二言返事で」ということは即答ではなくとも聞かないわけではないという意味なんだろうけれど、ヴァル達に伝わったかは謎だ。まぁステイルは伝わって欲しくないのだろうけれども。
『報酬は可能な限り望む形で俺が約束しよう』
レイが学校で情報収集させていた裏稼業討伐にヴァルが協力してくれていた件で、ステイルは話に乗らせた時点で報酬もしっかり約束していた。
学校潜入に関しても報酬を約束済みだけれど、こっちはまだ未定のままだった。秘匿中の第一王子の特殊能力を個人使用、と言えば確かに相応の対価だろうか。
それでもお互い譲らずジリジリと熱反射しそうなほど睨み合う二人に、とうとうティアラが「兄様っ、それくらいで許してあげて!」と駆け寄った。
二人の間に立ち、ステイルの腕を細い両腕をまき付け引っ張る。可愛い妹の仲裁に、ステイルもやっと黒い視線を離した。
「ねっ、お姉様!今日は兄様もヴァルもセフェクも大活躍でしたよねっ。三人のお陰でケメトとお友達は無事で済んだのですもの!」
「!そうね。誰も怪我なく済んでくれて良かったわ。ステイル、本当にありがとう。ケメト達が助かったんだもの、私からもお礼を言うわ」
ぐいっぐいっとステイルをヴァル達から引き離すべく一歩一歩こっちに引っ張るティアラに、私からも全力で頷く。
本当にステイルの特殊能力があって良かった。今までも何度も助けられているけれど、その度に彼の瞬間移動に救われているなと思う。あのままずっとケメトが見つからなかったら本当に大変なことになっていたもの。
行方不明者の捜索なんてそれこそ城下中の衛兵を動かしても簡単にはいかない。特に身体の小さなケメトは探すのも大変だ。
そう思って可愛い妹に応戦する形で私からも感謝を込めて笑い掛けると、ステイルも少し気が紛れたのか「いえ……」と眼鏡の黒縁を指で押さえながらさっきとは対象的に力の抜けた声を返してくれた。
今度はさっきまで聞き手に回っていたセフェクがピンと腕を伸ばす。
「ケメトだってすごかったんです‼︎裏稼業相手にずっとその子を一人で守って、何人かは倒しちゃったぐらいで!」
まるで教師に質問する生徒のような動作で私に声を張るセフェクが微笑ましくなりながら、今度はその話に自分でも目が丸くなるのを感じる。ステイルとティアラも同じ表情だ。
ティアラが「すごいですね!」と両手を合わせて賞賛すると、セフェクも「でしょ⁈」とすかさず目を輝かせた。女子組二人のお陰で張り詰めていた部屋の空気は暖かくなる。
セフェクが誇らしげに胸を張る中、欠伸するヴァルの横にいるケメトはちょっと照れたように両肩が上がっていた。唇をぎゅーと絞ったまま床に視線を向けちゃうケメトからは想像できない武勇伝だ。……けれど。
「「「…………………………」」」
なんとも。私とステイル、そしてアーサーは反射的に口を噤んでしまう。
ケメトがやったことは純粋に偉いし凄い。誰にでもできることじゃない勇気だ。ただ、ここで本来であれば「すごい!」「一体どうやって⁈」と尋ねられるところだし、特殊能力を使うセフェクやヴァルと違うケメトがどうやって裏稼業相手に戦えたのか疑問に思っても良いと思う。
ただ、聞く前から私達三人には覚えがあった。
いっそ「やっぱり」という気持ちもちょっとある。代表として私から「あの、ケメト……?」と恐る恐る尋ねてみれば、大盛り上がり中だったティアラ、そしてセフェクとケメトもきょとんとした顔をこっちに向けてくれた。……こうやって、ティアラも二人に手段を聞かないところを見ると、多分若干共犯というか予想ができているんだろうなぁと尋ねる前から確信してしまう。
「その、どうやってその子を守ったのかしら?戦った手段?とか教えてくれる……?」
「ナイフで頑張りました‼︎」
っっやっぱり!!!
きゃああああああああああああああ!と思いながら、表には出さないように意識する。
何の影もなく満面の笑顔で元気よく返してくれるケメトに数秒表情筋が躊躇した。いやもういっそここで堂々と驚いてびっくりすれば良いと思い直すまでその間二秒だ。
ピクピクと頬の筋肉が突っ張るのを感じながら、次の瞬間には大きく膨らませた胸で「ケメトが⁈」と叫ぶ。
ティアラに続きまさかの第二のナイフ使いの伏兵登場だ。叫んでも何らおかしくない。
しかも虫も殺さないようなケメトが裏稼業相手にやりあっちゃうなんて思春期とも反抗期とも言葉で誤魔化せないほどの大事件だ。
にこにこ笑うケメトを凝視すれば楽しそうに悪い顔でにやにや笑ってくるヴァルと、ステイルが片手で額を覆い俯くのが視界に入った。
ステイルもそしてアーサーもきっと気持ちは私と同じだろう。頭の中では鮮明に、二週間近く前の記憶が蘇る。
私達も、ちょっとだけ知っている。
ケメトがナイフ片手に武勇する姿を、この目で。
改めて劇的進化成長中のケメトに目眩を覚えると同時に、やっとナイフの件をヴァルに言えるという事実が少しだけ肩の荷を下ろした。
……英才教育恐るべし。
Ⅱ176




