そして肩を丸くする。
「昨晩のお姉様すっごくお似合いでしたものっ!ショールの刺繍もとっても素敵でしたけれど、お姉様が身に着けるともっともっと素敵にきらきらして見えました!」
ありがとう、と言いながらティアラのあまりの絶賛に何だか頬が灯ってしまう。ステイルとさっきまで無言だったカラム隊長まで頷くから余計にだ。
最初着た時は色々緊張したし、ネルの作品が素敵なことは自信があっても着るのが私で良いのかしらと心配もあった。けれど専属侍女のマリー達にドレスと一緒に合わせて羽織らせてもらったもので一番素敵だったのがやっぱりネルの肩掛けだった。
蝶がとても鮮やかで綺麗で、ドレスの深紅にも合っていて正直最初からドレス職人との合作ですと言われても納得できてしまうくらい合っていた。ただ、ドレスも鮮やかで蝶の模様も鮮やかで、……それを深紅の髪に目付きのきっつい私が着たら変にけばけばしい印象にならないかしらと人前に出るまでそれだけが心配だった。
お披露目前から胸を張れたのも、専属侍女のマリーもロッテも素敵だと太鼓判を押してくれたし、ティアラも素敵ですと絶賛してくれたお陰だ。ステイルが唇を結んだまま漆黒の目が零れそうなほど丸くしたり、護衛のアーサーとエリック副隊長も思いっきり顔を背けてしまった時はちょっと自信が減ったけれども。
まぁ彼らが私の派手な出立ちに毎回びっくりするのはいつものことだ。祝勝会二部の恥ずかしさと比べれば、大概のドレス関連は乗り切れるようになったと思う。
「クラーク副団長もお許し下さったし、これで心置きなくネルに仕事を紹介できるわ。あんなに沢山良い話があったのだもの、刺繍職人として名が高まるのもきっと近いわね」
「何故副団長とネル・ダーウィン殿が……?」
あ。
突然放たれた低い声に、表情筋が固まる。目を向ければハリソン副隊長だ。
さっきまで貝のように口を閉じ佇んでいた彼が、初めて僅かに両眉まで上げて口を開いている。隣に並ぶカラム隊長が突然話題に入ることを注意したけれど、それに関しての返答はなかった。
ハリソン副隊長から話題に入ってくれることは珍しい。だけどよくよく考えれば無理もない。セドリックの誕生日パーティーどころか、ネルの件にも殆ど関与していない彼はドレスの件も知らないのかもしれない。
学内では見えないところで私とネルのやり取りを見ているハリソン副隊長だけれど城にネルを呼んだ時も、アーサーとエリック副隊長とネルの話をした時も彼はいなかったもの。ネルに関しても妙に仲の良い女性教師としか思っていないのだろう。
いつも興味なさそうに黙しているハリソン副隊長だからってあまりに会話に置いていき過ぎたと反省する。学校生活に興味はなくても副団長の話題には流石敏感だ。……あれ?でもどうしてネルのことをダーウィンってわかったのだろう。少なくとも学校で私の前では家名は名乗っていないのに。
「被服講師のネル殿はクラーク副団長の妹君だ。先日プライド様が直属の刺繍職人に任命された。昨夜のセドリック王弟殿下のパーティーでプライド様はネル殿の刺繍を施したショールと手袋をお召しになり、特にショールは大勢の来賓に好評を博していた」
すかさず私に代わってカラム隊長が要点を掻い摘まんで説明してくれる。まさかのレオンに続きカラム隊長も手袋に気付いてた!
ハリソン副隊長が私に真っ直ぐ向けていた顔をぐるんっと勢いよくカラム隊長に向けたからちょっと肩が揺れてしまう。意外にも副団長の妹さんということには驚いていない様子だったけれど、その後は無言のまま目だけ大きく見開いていった。
口を閉じたまま眼光だけが広がっていく様子になんだか妙に冷たい汗が流れて動悸まで鳴ってしまう。勝手に後付け許可でネルをリクルートしてしまったことに、副団長のことを慕っているハリソン副隊長の琴線に触れなければ良いのだけれども。
カラム隊長の言葉に相づちも打たず無言だから余計に怖い。横顔だと長い髪に隠れて目の開き以外殆ど見えない。
だけど最後に「副団長もとても喜ばれており、プライド様に感謝もされていた」とカラム隊長が締めくくればそこまでだった。私に再び顔を向けてくれた時は勢いもなくゆっくりとした動作で首を戻した。
怖い気配や殺気も感じられないし、それどころか見開かれたままの紫色の瞳の奥がきらりと光っているような気もする。……でも相変わらずの口数の無さで何も言われないからやっぱり心臓に悪い。
「ネルはずっっと刺繍職人として働きたかったそうですっ。お姉様からのお誘いをすっごく喜んでました!」
「昔からの夢だったそうです。もともとフリージア王国に帰国されたのも講師の仕事を始めたのも刺繍職人になる為だったと。今までなかなか評価の機会を得なかったそうですが、今回の姉君によるお披露目で世界的にも脚光を浴びることになりました」
無言を刺してくるハリソン副隊長へ天使のティアラと策士ステイルがそれぞれ全力で援護してくれる。
隣のソファーから乗り出して今度は私に抱きついてくれるティアラと、にこやかな笑顔で見事に私の弁護をしてくれるステイルに救世主を得たような気分になる。本当に本当に二人とも優しいし心強い!
私からもティアラを抱き締め返しながら気持ち的には手の届かない向かいのステイルも抱き締めたくなる。取り敢えず腕の中に収めたティアラだけぎゅうううっと抱き締めながら、上目にハリソン副隊長を盗み見る。
「……流石です」
ぽつんと短く零されたハリソン副隊長の声はなだらかだった。
見開いた目が一二回瞬きを取り戻す程度には瞼も戻ったけれど、何故か視線の鋭さというか熱さはさっき以上だ。まだ言わないだけで言いたい感情が色々あるような様子だったけれど、ハリソン副隊長はそこまで言うと後は深々と頭を下げるだけだった。
二秒以上下げ続け、上げた時にはいつもの無表情に戻った。カラム隊長が隣で肩から力を抜いているから、多分もう安全は確保されたのだろう。
流石の意味はいまいち分からないけれど、副団長の妹さんの成功を喜んでくれてはいるのかなと思う。小さく胸を撫で下ろし、私からもハリソン副隊長に笑い掛ける。
「今度はドレス用の刺繍も作って貰う予定だから完成したらハリソン副隊長にもお見せしますね。本当に素敵なのっ!副団長と同じく才能に溢れた方さんなんです」
「はい」
やっぱり返事は一言だけだったけれど、それでも答えてくれたから充分だ。
僅かにまた目の奥が淡く光った気がするし、了解だけでなく同意の意味もあるのかなと思う。そうだと嬉しい。
裁縫の補習中に護衛中だったハリソン副隊長も遠目でネルの作品を見たかもしれないけれど、今度は他の近衛騎士達と同じくらい間近で見せてあげたい。
そう思って、ふふふっと口元を隠して笑ってしまうと今度は小首を傾げられてしまった。ちょっと不思議そうな表情に「お見せするのが楽しみで」と言えば、また同じ一言だけ返された。
「プライド様はショールだけでも非常に注目を浴びておられましたので、ドレスともなれば昨晩以上の来賓がプライド様に目を奪われることでしょう」
私も楽しみです、と。そう言ってくれるカラム隊長からの言葉にまたくすぐったくなる。
パーティーでの挨拶でも褒めてくれたのに、ここでまた賞賛してくれるなんて嬉しい。本当に紳士だ。
目を奪われるなんて式典やパーティーでも社交辞令で言って貰えることは多いけれど、身近なカラム隊長から言われると真っ直ぐさと重みが違う。ハリソン副隊長の一言だけ返答に気を遣ってのフォローかもしれないけれど、カラム隊長のことだからきっと言葉も嘘ではないだろう。
微笑みと真っ直ぐな言葉に身体がぽわっと軽く感じながら私からも心からも笑みで返す。
「ありがとうございます。カラム隊長とのダンスでもネルのドレスで踊れるのを楽しみにしていますね」
「⁈いえっ、それは…………~っ、光栄です。……」
ビッと突然肩を上下させたカラム隊長だけれど、少しひっくり返った声で口籠もった後に最後は深々と頭を下げてくれた。
さっきのハリソン副隊長と同じくらい深々とした角度で下げた頭から首までが赤毛混じりの髪以上に真っ赤に染まっていく。恐縮するように肩まで狭まるカラム隊長に、もしかしてネルに無茶振りで高速制作をお願いするかと思われたのだろうかと考える。
ネルは副団長の妹だし、そんな人に急ぎドレスを仕立てなさいと言った原因が部下のカラム隊長になったら確かに焦る。それでも最終的に言葉を断らず受け取ってくれるあたり、気遣いのカラム隊長だ。
「も、勿論無理にネルを急がせるつもりはありませんから安心して下さい。ただ、式典でお見せするのを楽しみにしているという意味で……」
「承知しております。……私も、護衛中に些か私語が過ぎました」
申し訳ありません、と逆に謝られてしまう。全くカラム隊長は悪くないのに!
再び興味皆無に戻ったハリソン副隊長の横で頭を下げ続けるカラム隊長に、私から上げて下さいとお願いする。耳まで赤くなった頭を上げるカラム隊長に、ステイルがにこやかな笑顔で「僕も楽しみです」とフォローに入ってくれるから「ステイルもっ⁈」と満面の笑みで勢いあまりながら食い気味に飛びついてしまう。……何故かその途端に眼鏡の黒縁を押さえたまま目を伏されてしまったけれど。待って、自分から助け船出してくれたのに見放さないで。
なんだか若干裏切られた感で呆気を取られてしまうと、ステイルの隣でティアラが無言のままちょいちょいとステイルを指で指し示す動作を私に示してきた。
「もっと言って下さい!」とまるでお説教追加希望のような要望を口パクで訴えているように見える。この場合はお説教と反対の意味の言葉なのだけれども。
「ステイルとのダンスも楽しみだわ。昨日一緒に踊れなかったのも残念だったもの。ドレスが完成した時には二人に恥ずかしくないように目一杯ネルにおめかしして貰いますから!」
最後はステイルからカラム隊長にも改めて意思表示を訴える。
口を片手で覆って俯いてしまうカラム隊長と連動するようにステイルまで手の甲で口を押さえたまま顔が紅潮していく。なんで顔色まで連動するの⁈
「すみませんプライド……少し、落ち着いて下さい……。……しん……に悪いので」
まさかの駄目出しが入る。ひどい。
一人はしゃいでいるように見えたらしい。カラム隊長もステイルも視線をコンタクトを落としたレベルで床に向けてしまうから私一人が放置される。
大人げない姉と王女が恥ずかしくなったか、それともネルの素敵ドレスに相応しいダンスにしなさいよと深読みされたのだろうかと考えれば考えるほど頭が空回る。こういう時はもう私は何を言ってもやぶ蛇で地雷を踏み抜いてしまうばかりだ。
これ以上二人を追い詰めないように唇を意識的に結べば、ティアラのくすくす声が横から聞こえてきた。また姉として残念なところを見せてしまったと、楽しそうな天使の笑みを零すティアラに今度は私まで顔が熱くなってくる。
二人に倣い、私も口にチャックを縫って床に落ちてもいないコンタクトを探すことにする。もうごめんなさいも言えない。
「!そうですっ!ちょうどですし、ハリソン副隊長にネルの作品を見せてあげましょう!私もお姉様もたくさん買いましたからっ」
昨日の衣装は全部洗濯中ですけれど、とティアラが励ますような声で助け船の二船目を提案してくれる。
同意の意味を込めて頷きだけでティアラに返せば、視界の隅でロッテの足が衣装部屋方向へ向かうのが見えた。続けてティアラがハリソン副隊長にも同意を求めれば「是非」と一言だけがまたシンプルに返される。
マリーがそっと淹れ直してくれた紅茶の香りに少しずつ気持ちと視線を浮上させながら、ロッテの帰還を待つ。
ネルの素敵な刺繍を視界にいれるまで、何とも言えない空気が漂い続けた。




