Ⅱ366.無頓着少女は考え込み、
「……ああ、そうそう。ネイトなんだけれど、あれから調子はどうかな?二日前使者を出したんだけれど」
そうなの?と、私はレオンへ言葉を返す。
口をつけていたカップを膝の上に、そして視線を合わせた。テーブルを挟んだ向かいではレオンが優雅にカップを手に滑らかな笑みを私に向けてくれている。
セドリックの誕生日パーティーの翌日、私はアネモネ王国に訪れていた。アネモネ王国への定期訪問だ。
ここ最近は学校見学の為もあり我が国へ足を運んでくれていることが多いレオンに、今日は私から訪問させて貰っている。ティアラとステイルはそれぞれ補佐業務で来れなかったけれど、いつものように素敵なお持て成しをレオンがしてくれた。
今日は昼食時間に重なったこともあり、この前のディナーのお返しにと城で昼食を頂いている。アネモネ王国の宮廷料理人が腕を振るった料理は、どれもすごく美味しかった。流石貿易国ということもあり、フリージアでもなかなか食べられない珍しい食材を使った料理も多くて目にも舌にも嬉しい料理が目白押しだった。
昼食を一息終え、最後に美味しい紅茶で締めくくったところでのレオンからの投げかけだった。
少なくとも昨日私はセドリックの誕生祭で学校を休んでいるからネイトにも会えていない。代わりに背後に控えるカラム隊長へ視線を向けてみる。
アラン隊長の横に並ぶカラム隊長は、昨日唯一学校に訪れた人だ。昨日は休息日だったのに、私の護衛はなくても教師の手伝いをと三限まで自主的に学校へ通ってくれたらしい。……ついこの間、学校理事長から正式にカラム隊長の続投希望とそれに関して城から正式にお断りを返したからそれを気にしてもあるかもしれない。
自分が教師達に引き継ぎで不安を感じさせなければ、とすごく気にしてくれていた。カラム隊長の抜かりというよりも、確実にただただ優秀な信用たる人材を手放したくないというだけの話だと思うけれども。
「昨日は少なくとも学校では変わりませんでした。授業も真面目に出ているようです。昼休み後に〝ジャンヌ〟について尋ねられましたが」
私に⁇
カラム隊長の言葉に首を傾げれば「出席していなかった為、探していたようです」と補足してくれる。流石カラム隊長、昨日もしっかりネイトの様子を見てくれたんだなと思ったけれど、その話を聞くと寧ろネイトからカラム隊長に話しかけてきたようだ。
ジャンヌは何所だ、お前は知ってるんじゃねぇの、役立たずと。……あくまで〝講師〟として、ジャンヌは欠席であること以外知らないと断るカラム隊長に最後は相変わらずの悪い口だったらしい。なんだか本当にごめんなさいとしか言えない。
まぁネイトの場合、単純にカラム隊長と話したかっただけかもしれない。
カラム隊長の言葉に「そっか」と一言打つレオンは、小さく笑んだ。自分には畏まった態度ばかりのネイトの別の一面を聞いてちょっと楽しそうにも見える。
「カラムはネイトと仲が良いのかい?交渉の時も凄く頼られているようだったから」
「いえ、それほどでは。ただ講師として関わっている為、以前よりは素直に話してくれるようになった程度です」
「それ絶対好かれてるって」
ぶはっ、と笑って言うアラン隊長にカラム隊長が顔を顰める。
「護衛中だぞ」とあくまで聞かれたこと以外は私語を慎むように言うカラム隊長に、アラン隊長もそれ以上は口を閉じた。手の振る動きが「悪い悪い」と返しているとわかった。慣れた様子のアラン隊長に、新兵やアーサーに好かれた時もこんな感じだったのかなと考える。
アラン隊長を軽く睨んでから、私とレオンに向けて「恐縮です」と頭を下げるカラム隊長がなんだか微笑ましく思えてしまう。レオンも同じなのか、にっこりと目が私と合った。
「すごいなぁ、ひと月も経たずに生徒から好かれるなんて。プライドは本当に良い近衛騎士を持ったね」
とんでもありません。そう言って頭を更に深々下げるカラム隊長に、アラン隊長が目だけで楽しそうに笑っている。
でも本当にその通りだ。レオンもレオンで民にもの凄く愛される王子だから同じくらい胸を張って良いと思うけれど、そう褒められるとネルが誉められた時と同じくらいくすぐったい。
近衛騎士任命前の当時、カラム隊長にアラン隊長、エリック副隊長の話をしてくれたアーサーにも、近衛騎士へ提案してくれたステイルにも感謝してもしたりない。
以前からわかっていたことだけれど、本当に優秀な近衛騎士を背中に私もふふっと声が漏れながら先にレオンへ胸を張ってみせる。
「ええ、とっても自慢よ。カラム隊長はネイトの件で凄く頼りになって……、アラン隊長には私が助けても貰っちゃって。二人とも格好良かったんだから」
今度視察が終わったら話すわね、とお楽しみを隠すように悪戯気分で言ってみれば「是非」と滑らかな笑みが返ってきた。
今はまだ詳しいことは話せないけれど、視察が終わったら話の折にでも話したい。勿論レオンにもだけれど、本当に今回の視察でも皆に助けて貰ってばかりだから。思いっきりお礼と労う時間も取りたいと今から思う。……その前に先ずは目の前の問題を解決しないといけないのだけれども。
最後にそう思って音には出さず息を吐いて肩を落とす。またレオンの視線が私の背後へ向いているのに気が付いて振り向けば、今度はカラム隊長だけでなくアラン隊長まで顔色が変わっていた。
二人とも口を結んでいるのは一緒だけれど、カラム隊長は後ろに手をがっしり結んだ体勢のまま上げた顔だけが少し斜めに背いていた。アラン隊長もカラム隊長と反対方向に顔をがっつり向けたまま右手拳をまるでガッツポーズかのようにがっしり固く握っていた。
二人とも確実にさっきより顔が赤い。当時ご迷惑を掛けたことを思い出して怒っているのだろうか。いや、そんなことで怒る人達でもないしどちらかというと割と仲が良くなったとはいえアネモネ王国の王子の前で褒められるのは恥ずかしかったのかもしれない。
でも全部お世辞でもなく本当のことだし、素敵なところは声に出して言いたい。
護衛中にも関わらず、私にまったく顔を向けてくれない二人に私も顔を傾ける。
こっちは見ていないけれど、注意はしっかり向けてくれているのかこちらの気配を察したらしいカラム隊長とアラン隊長からそれぞれ「恐縮です……」「気にしないで下さい」と絞り出す声が返ってきた。
あまり注目されたら逆効果だろうかと私も視線を正面のテーブルへ戻せば、レオンから滑らかな笑みが返ってきた。「ごめん」と短く言われたけれど、それが凝視した先の二人に言ったのか私に言ったのかいまいちわからない。
ネイトのことだったね、と。話題を戻すと同時に一度カップの紅茶を飲みきった。すぐに合わせて給仕係の侍女が湯気を立たせる紅茶をポットから注げば、ふんわりとした甘い香りがここまで広がってきた。
「ローザ女王へ願い出た彼の特殊能力商品の輸出許可が出ただろう?ネイトも知るのは早い方が良いと思って使者に託けを頼んだんだ」
来週からは早速ネイトの発明が出来次第に商談へ出せるよ。そう言ってくれたレオンの言葉は心強い。予定よりずっと早く母上から許可を取れたのも流石だと思う。レオンの手腕……というよりも、レオンとアネモネ王国への信用が強いだろう。
既にネイト家の借金はジルベール宰相のお陰で正当に帳消しされているけれど、それでも彼にとっては嬉しい報告だったに違いない。そう思うとやっぱり私に報告しに来てくれたのだろうか。
一応レオンと仲介したのは私だし、無事に取引が進んだと話したかったのなら納得もいく。そんな嬉しい現状報告で不在にしてしまったと思うと申し訳なくなる。明後日ちゃんと聞きに行こう。
「僕もまた来週も学校見学に行くつもりだし、会えたら直接挨拶もしておくよ。やっぱり使者越しよりも本人からの方が安心するだろうしね」
来週……。
にこやかに笑ってくれるレオンが再びカップを傾けるのに、一言感謝を返しながら頭の隅で考える。その言葉に嫌でも残り時間を感じてしまう。
学校潜入を初めてから期限の一ヶ月終了までもう数日しかない。残りの攻略対象者についても屋上とアムレットのお陰で少しずつ思い出せたけれど、まだ顔も名前も思い出せていない。
二日前にダメ元で特別教室を覗きに行ったけれど、やはり引っかかる生徒はいなかった。一限前の二年と三年に特別教室の見直しは残っているけれど、時間帯さえ絞らなければ全クラス一度は確認している上で見つかっていない。
しかもジルベール宰相からの情報でラスボスの台頭まで判明した。学校の外で、彼女は既に影響を及ぼしている。レイへ関わったことも不吉な予兆にしか思えない。
問題が大きく二問。そして、手がかりは少ない。
ラスボスについてはグレシルという名前も記憶も思い出せたし、学校生徒じゃないのなら潜入視察を終えた後にも捜索も対処も問題ない。ジルベール宰相のお陰で裏稼業へ繋がっている可能性から〝重要参考人〟として衛兵へ捜索が城から正式に命じることもできる。
レイという侯爵家の後ろ盾がない今の彼女なら、衛兵が見つけ出せば捕縛するのも時間の問題だ。……他に厄介な後ろ盾を得て居なければだけれど。
第二作目のラスボス〝グレシル〟
元々は下級層の住民だった彼女は人を陥れ見下すのが大好きな人間だ。
生まれも下級層、育ちも下級層。そんな中で自分より低い人間の苦しむ姿を見るのが一番の楽しみだったと彼女は語っていた。
周囲を利用し蹴落とし、自分より低い立場になった人間を嘲り、笑う。それこそが彼女の根幹といっても良い。
下級層で過ごしていた頃はネイトの伯父を唆し、邪魔に思っていた妹夫婦を人身売買へ売るように吹き込んだ。そして数年経って伯父の元で不幸のどん底にいたネイトを買い取り、善人の振りをして彼が親の仇である自分に尽くすのを一人楽しんだ。ネイトの特殊能力狙いだけでなく、自分より圧倒的な弱者を騙し続けて嘲笑い続けた。
ライアーの情報を求めるレイを欺し、貴族の後ろ盾を得てからは贅沢放題。屋敷に入ってからは早速立場の弱いファーナムお姉様を記憶を閉じてしまうほど詰り苦しめた。その上で自分を憎む〝クロイ〟をレイの従者から自分の従者として付けさせた。
アンカーソン家が学校の理事長と知ってからは、自分を入学させて学校を私物化。ゲーム開始のアムレット入学時には完全にレイの威を借りる学校の支配者だった。
学校支配権を得てから自分に逆らうことのできない教師と生徒に優越感を覚えた彼女は、とうとう自分だけの箱庭を求めレイに学校の所有権すら要求してくる。
それを攻略対象者と一緒に阻止するのが主人公のアムレットなのだけれど……。
ほんっっとに迷惑この上ない人間だ。
しかもレイを利用してからは、やっていることが余計悪化している。
ネイトのことも酷いけれど、伯父へ唆す時点まではそれに耳を傾ける伯父本人にも責任はある。けれどレイの後ろ盾を得てからは悪趣味どころの話じゃない。レイ本人にまでライアーが苦しんでいると嘯き続けては手のひらで転がす始末だ。
しかも学校の支配者だった彼女が広めた被害は攻略対象者だけに止まらない。学校中の生徒もまた彼女の支配下で虐げられていた。単純に道を開けろとか、命令したり学校を追い出すぞと脅すだけじゃない。
『貴方のことを思って言ってあげてるのよ?』
そう言って騙しやすそうな生徒に甘く囁き陥れたり。入学したばかりのアムレットにも遠回しに攻略対象者に関わるなと牽制で言う場面があった。
『ハハハッ!なに言ってるの?自分で選んだんでしょ』
学内の恋人同士や友達同士を言葉巧みに仲違いさせて、最終的には指を指して嘲笑ったり。私がいるわ、味方よと囁き学内の地位も安全も確保してあげるからと言って最終的には恋人や友達を裏切るようにも唆した。
『この私がアンタなんかに本気で言うわけないじゃない』
鼻で笑い足蹴にし、時にはレイの権限を使って学校から追い出した。
そうして学校で支配者として君臨する彼女に、アムレットはレイに対してと同様に咎める場面もあった。そんなことをして良いと思ってるの、人の心を何だと思ってるの!と。……それに関して彼女の返答はたった一言。
『所詮は最後に笑った方が勝者なの』
折角ジルベール宰相が作ってくれた学校を自分の城にして、人を弄んで苦しめて……って、第一作目ラスボスだった私が思うのも妙な話だけれども、それにしても一気に捻れすぎだと思う。元々性格に難があったとはいえ、権力を得ただけでここまで酷い性格になるなんて。
これでは最後の攻略対象者もゲームではよほど酷い目に遭っているに違いない。せめて未だ彼女に出逢っていなければ良いのだけれども。
「……プライド?大丈夫かい」




