Ⅱ356.主張少女は自慢する。
「本当に今日は一段とお麗しいです、プライド第一王女殿下」
「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです」
来賓である我が国の公爵令嬢にお礼を言いながら、私は軽くドレスを翻す。
セドリックの誕生パーティー。我が国では初めて行う彼の誕生祝いは我が城にある彼の宮殿で盛大に行われている。私達フリージア王国の王族も洩れなく招待を頂いて、セドリックに挨拶を終えてからも忙しく過ごしている。
式典と比べれば比較的小規模だけれど、やっぱりセドリックの現立場の影響もあって来賓は多い。そして王族である私達が挨拶を素通りされるわけもなかった。
更には今夜の私は自分で言うのもおかしいけれど一味違う。いつもの女性らしいドレスを身に纏いながら、その一部に大勢の来賓が気付き目にとめたのが扉を潜った瞬間からわかった。だって今日の私は
「特にそちらのショールがとてもお似合いで、目を奪われました。もしや手袋も同じ職人のものでしょうか」
流石よくお気づきだ。
ええそうなんですと、示すように手袋の嵌められた手を私は自身のショールに添えて笑んで見せる。
ショールだけならすれ違いざまに気付いた女性も多いだろうけれど、手袋の刺繍にも気付くのは流石だと認めざるをえない。
肩から腕まではだけるドレスの上に羽織ったショールには、はっきりと大きく刺繍があしらわれているけれど、手袋の方は白地に銀の糸だから至近距離でも同じ職人のデザインとまではわかりにくいのに。
どちらも私の直属ドレス縫製職人となったネルから買い取った品だ。
まだ契約したばかりでドレスは作って貰えていない私だけれど、契約した日に正規購入させて貰ったこちらの品は私のドレスと手にも問題なくぴったりだった。本当はティアラもこっそりネルのお手製デザインを身に着けているのだけれど、こちらはなかなか気付かれない。
せっかくだしティアラもショールをと私から提案もしたけれど、ティアラには「いえ!お姉様がきらきらして欲しいですっ!」と断られてしまった。きらきらって……そんなにティアラは目立つのが苦手だったかしら。
「ええ、そうなんです。つい最近契約した刺繍職人の品ですの。私も一目で気に入ってしまって」
気付いて頂けて嬉しいです、と言葉を続ければすぐに公爵夫人から感嘆の声が上がった。
まぁそれは、流石プライド様素晴らしい職人をと言われればそこからはもう何度も挨拶した令嬢や夫人に返して貰えた称賛の嵐だ。正直、いまはネルの作品が褒められているから何度聞いてももの凄く嬉しくてうっかり気を抜くと必要以上に顔が緩んでしまう。
正式にネルによる私専用の刺繍を提供されてからドレスを作って貰ってからのお披露目でも良いとは思ったけれど、ほんの少しでも先に彼女の作品をお披露目したかった。……というか、単純にこんな素敵な羽織物を社交の場で着ないのは我慢できなかった。だって本当に本当に素敵なんだもの。
王女としてのお洒落欲と前世のオタク気質がうっすら蘇ってきてもうこの素敵な刺繍を広めたくてしかたがなかった。
ネルは遠巻きにされたと話していたけれど、我が国に馴染みがなくても一人先人を切る有名人が現れれば見る側にとっての魅力や価値は簡単にひっくり返る。
こういう流れは前世も今世も変わらない。きっかけはマネキン役である私だけれど、そこからこの刺繍の素敵さに気付かせるのはネルの手腕たった一つだ。そうじゃなかったら単に王女が奇抜な格好してるなで終わるもの。
手袋は雪原に星を散りばめたようなデザインだけれど、ショールは色とりどりの蝶が羽ばたいている刺繍で芸術的なデザインが施されている。
広間に訪れた瞬間から、私の刺繍に気付いた来賓女性は皆目を奪われてくれた。美しい、綺麗、今まで見たことがないわと言いながら、……若干いつも最前列に並んでくれる来賓男性を追い抜く勢いで挨拶に集まってくれた。
しかも単に褒めるだけならお世辞だけれど、しっかりと誰もがネルの情報や店の所在を詳しく求めてくれるから確実に良いと思ってくれている証拠だ。ちゃっかり「ちなみに〝直属〟であって〝専属〟では……?」「!まぁ、お店を持たれる予定ということであれば是非その方のお名前を」と私以外にもネルのデザインが販売されることを確認するのが流石は上流階級王侯貴族だと思う。
私も私で流行最先端に強い彼女達の発注の波にネルが奇襲を受けないようにやんわりと「まだ駆け出しで」「本人に聞いて見ます」と言いながら、しっかり発注希望の令嬢の名前を頭に刻む。いくら記憶能力ばっちりの悪徳ラスボスの頭だからって、この場で貴族相手に仲介役を直接引き受ける王女なんて私ぐらいだろう。従者兼補佐でもあるステイルが来賓の相手で忙しいとはいえ、本当ならステイルを呼ぶか代わりの従者に
「ッお待たせ致しました姉君……!宜しければ僕が記録を残したいので、今までお受けした来賓名をお聞かせ頂けますか……⁈」
不意に背後から声が掛けられたと思えば、ステイルだった。
さっきまで人混みのちょっと向こうで令嬢達と談笑していたのに、いつの間にか私のすぐ傍についてくれた。しかもその手にはいつの間に用意したのか本サイズのメモとペンまである。
まさかこの場で瞬間移動で鳥に言ったのかしらと思ったけれど、ステイルがさっきまで居た場所に立っている別の人物に全てを察した。にこやかな笑みでステイルと話したかったであろう令嬢の相手を一手に引き受けてくれているのはジルベール宰相だ。きっと彼がヘルプをしてくれたのだろう。
その証拠に落ち着けた声に反し、ちょっぴりステイルの眉間に皺が寄っている。ジルベール宰相に助けられたのがちょっと悔しいのだろう。
それでもこうして駆けつけてくれたのを嬉しく思いながら、私はお礼を返す。
目の前で話す順番を待ってくれていた令嬢に一言お詫びをしつつ、ステイルに発注……正確には〝お仕事依頼〟をその場で筆記してもらう。
最初に目の前で興味を持ってくれた令嬢に、貴方も?と尋ねてみれば真っ赤な顔で「そんな、ステイル第一王子殿下に記して頂くなんてっ……」と遠慮された。まぁ貴族が王族にメモを取らせるというのに躊躇う気持ちはわかる。
けれど、ステイルは王子であると同時に私の従者兼補佐だ。遠慮なさらないで、私の右腕だからと言葉を返しながら促せば、令嬢も細い声で「お言葉に甘えまして……」と言いながら是非にとネルへの発注を望んでくれた。
ステイルが「アナ・ガーフィールド殿にお間違いないでしょうか」と令嬢の名前を呼んだら、跳ねるレベルで肩を上下させていた。顔が塗ったように真っ赤だし、もしかしてステイルに名前を呼ばれたのも初めてだろうかとうっすら思う。ステイルも顔を合わせる来賓の名前はちゃんと覚えるけれど、令嬢や王女とは距離を保っているし。
そう思いながら、さっきまでステイルと話したがっていた令嬢達や来賓はどうしたかしらとジルベール宰相の方を見れば、……ばっちり全員が私の列の後続に並ぶか集まっていた。
一瞬、まさかネルの刺繍目当てじゃなくて第一王子に名前を呼んで貰える為に発注したがっていないわよね?と心配になる。
ネルのドレス宣伝が、ステイル効果で一気にアイドルの生ボイス付きCD即売会のような錯覚を覚えてしまう。
私から今さっきまでネルの商品が欲しいと店を出すなら我が家と契約して頂ければ助成金をと名乗り出てくれた王侯貴族名をステイルに言えば、集まっていた令嬢の目の色がまた変わっていった。……うん、わかる。全員、我が国だけでなく女性の最先端お洒落に気合いを入れている令嬢婦人だものね。
頭の中に前世でよく広告に見た「あのモデルも使っている⁈」「ハリウッド女優愛用の」のキャッチコピーが浮かぶ。いや、でも今回はわざとじゃない。
けれど、第一王女である私と初めのうちに挨拶を交わせる王侯貴族となればやっぱり立場も上の方々で、その彼女達がいち早く目をつけて予約してくれたものだから仕方が無い。
私だってまさか一人二人どころかこんな人数を次々と口約束とはいえ受けると思わなかった。ドレスならまだしも今回は小物だけなのに‼︎
やっぱり目を引く美しさと、類を見ない発想とデザインに丁寧な職人技術を上流階級女性は見逃さない。
完璧女子力王女のティアラが気に入ってくれたのだから勝算はあったけれど予想以上だ。これは私からも責任を持ってネルを守らなくちゃなと思う。
専属侍女のマリー曰く、ネルはしっかりした女性だとお墨付きも貰ったけれどここまで権力者の固まり令嬢婦人に狙われたら体力の前に心臓が持たないと思う。
せめてもの救いは私がバックに付いている現在は貴族相手でも王族相手でも仕事を受けるも待たせるもネルの自由ということだろうか。「プライド第一王女殿下のドレス用の刺繍で忙しいので」で大体は体よく断れるもの。ネルを守る為なら私の名前くらいバンバン武器にして下さいと私からも今度言っておこう。
「ステイルありがとう。ごめんなさいね、最初から代わりの従者を用意しておくべきだったわ」
「いえ。僕の方こそ至らぬ点があり申し訳ありませんでした。遠慮無くこの僕にお申し付け下さい。……ジルベール宰相のお陰で助かりました」
お互いに声を潜めあいながら、ステイルの最後の一言だけはやっぱり悔しそうに低められていた。
認めるけれど認めたくないの二重の感情がはっきり目に見えるかのようだった。それでも昔よりジルベール宰相を褒めてくれるステイルが嬉しくて、ふふっと口を隠して笑ってしまう。
一人一人と挨拶を交わしながら、やはり女性は特に全員が私のストールに目がいく。
美しいですね、どなたかからの贈り物で?と尋ねられる度に顔が綻んで、そしてステイルのお陰でしっかりと受注を受ける。専属ではないとはいえ、私直属の刺繍職人だし彼女達も私に一度断りを入れないと安易にネルへアプローチもできないことはよくわかっている。
自分もまだ挨拶とかある筈なのに、駆けつけてからは顔色一つ変えずに傍らでペンを走らせてくれるステイルに感謝しながら私は一度令嬢と話し終えた後に彼へと顔だけで振り返る。
「ステイルもお揃いを仕立ててもらいましょうか?」
「いえ僕は。……………………手袋か、ハンカチくらいでお願いします」
一瞬断られたと思えば、数秒の沈黙の後にやんわり許可が降りた。やっぱり優しい。
姉妹とお揃いなんて恥ずかしいかなと私もダメ元だったけれど、手袋くらいならと言ってくれるのに今から楽しみになる。
ステイルもステイルで最大の譲歩だったのか、眼鏡の黒縁を押さえながらほんのり頬が火照っていた。その内ネルの仕事が落ち着いた時にでもお願いしようと決めながら、今からティアラも提案したら目を輝かせてくれるだろうなと思う。
ありがとう、と一言返せば火照った顔が更に背けられて代わりに赤い耳先がこっちを向いた。
暫くはそのまま私とステイル二人分の列がなかなか途絶えないまま挨拶が続き、城の従者がそっと代えのグラスを持ってきて喉を潤した頃。
「プライド第一王女殿下」
聞き慣れたその声に顔を上げれば服を褒められる前から顔が綻んで、……直後に固まった。
ひっ‼︎と思わず肩が激しく上下してしまえば、また一口しか飲んでいなかったグラスの中身が小さく跳ねた。隣に並ぶステイルが一度手帳とペンを下ろして笑い掛ける中、私もそれに倣って姿勢を正す。
先に深々と礼をして挨拶をしてくれた彼らにうっかり顔が引き攣った。形式上の挨拶を返しながら、私からも彼らの代表二人に呼びかける。
「騎士団長、……クラーク副団長」
いまこの瞬間だけ、さっきまで自慢したくて張り続けていた胸が背中ごと屈みかけた。




