そして笑いかける。
「なんだ」
若干不機嫌を引き摺ったまま私の方へ視線を向けるレイは、靴を向けた足を組み替えてくれた。
お陰で少し話しやすくなったまま、私は登校前から決めていた疑問を投げる。アムレットに勉強会を中断させるのは申し訳ないけれど、今は情報収集を優先させて貰う。
「貴方がアランさんに初めてお会いした時のことなのだけれど……」
ぴくりと小さくレイの眉が動く。
私が遠回しにどの時を指しているのかわかったようだ。ファーナム兄弟や生徒達が聞いている中、流石に裏稼業のことは言えないけれどそれでも場面が伝われば充分だ。口を一度結んだまま止めずに話を聞いてくれるレイに、私はそのまま問いを続けた。
ジルベール宰相が話していた、ラスボスグレシルらしき人物の情報だ。
レイを襲った裏稼業、捕らえられた彼らの証言ではレイの居場所を教えたのは彼女だ。もしレイが既にどこかで関係を持っていたのなら、彼女に狙われるのも頷ける。
ゲームでもアムレットと恋に落ちたことでグレシルの支配下から離れていった攻略対象者は、アムレットと一緒に標的にされていた。レイだけは大事な触媒だったから、最後の最後まで手放さないで済むようにアムレットだけが集中攻撃されていた。
それでも校内にいるグレシルの支配下生徒達に追われる中、彼女の危機に駆けつけたレイが一声で蹴散らしたのは最高の見せ場だったなと思い出す。……まぁそれでも、やっぱり騙されていたと知るまではグレシルの言いなりのままだったのだけれど。助けたアムレットを抱き締めた後、すぐにこの学校から去れと言い残して去って行く姿は葛藤に満ちていた。
もう今はライアーにも会えたことだし、レイにそんな弱みはないから大丈夫だとは思う。
それに私達が最初に尋ねた時には少なくともグレシルとの接点は見られなかった。あの時既に彼女からライアーの存在を仄めかされていたらもっと私達の話に耳を傾けてはくれなかっただろう。
「……知らねぇな。会ったとしてもそんなつまらねぇ女を逐一俺様が覚えているわけもねぇ」
「ライアーのことで何か言われたりは?」
「そうだったら何が何でも忘れるか。あの時は歩いてた奴に片っ端から手掛かりを尋ね歩いたからその中に居たかもしれねぇが顔まで覚えていない」
本当にこの子の興味はライアーだけだったんだなぁと、あまりに割り切りすぎた言い方に、呆れるを通り越して感心してしまう。
あくまで彼が記憶に留める相手はライアーの有力情報の人だけらしい。ゲームでもグレシルがライアーのことで確証になることを知っていたからこそ言いなりになって情報を欲しがり続けた彼らしい。
グレシルからもくっつかれてはいたけれど、彼は権力こそ貸しても自分から親密に振る舞うことはなかった。今もグレシルの容姿や特徴を伝えただけでこの言いようだ。
でもそうなると何故そのグレシルらしい少女にレイは標的にされたのかと考え、……すぐに自己完結する。別に恨みを買う必要はない、貴族の彼が護衛もなしに一人歩き回っていればそれだけで彼女には充分だ。第二作のラスボスはそういう子だ。
「その女の子、ジャンヌの知り合い?」
不意に話を聞いていたアムレットが気になるように小首を傾げた。さっきまでじっと話を聞いてくれていたアムレットだけれど、私が人捜ししていることを気にしてくれたらしい。
いいえ、と一応否定しながらも流石にラスボス容疑者とは言えない。少なくともレイを裏稼業に襲わせた容疑はあるけれど、ここで裏稼業事件のことまで彼女達に話すべきでもない。
ファーナム兄弟も私を注視してくる中で、レイまで「そういえばそれとお前に何の関係がある」と机から前のめりに首を伸ばしてきた。
こんな時に策士ステイルがいれば!と思うけれど、一限前の私に逃げ場は無い。別に罪を犯す前から彼女を断罪したいわけではない。
「その、……親戚のアランさんから少し聞いて。騎士のお仕事が大変そうだから、私も力になれたらなぁって……」
アラン隊長ごめんなさい。
いやこれくらいの情報開示なら一般市民にも許されているからバレても大ごとにはならないと思うけれど!もう親戚の騎士様ポジションを使わせて頂いて申し訳ない。
私の言い分にアムレットもファーナム兄弟も納得したようにそれぞれ頷いてくれた。クロイが「ああ、うちの壁塗り手伝ってくれた方の人」と視線を浮かす。
裏稼業との戦闘手前で確保されたレイは勿論だけど、ファーナム兄弟もアラン隊長とはセドリックを通じても今は知り合いレベルだ。
ディオスがうんうんと大きく何度も頷く中、アムレットだけが未だに傾げていた。
「アランさんって、いつもジャンヌ達を校門で迎えに来てくれている人?」
「いいえ、その人はエリック副隊長っていうアランさんの部下で……」
「そっちじゃなくてセドリック様の護衛してる騎士様の短髪の方」
「すっごく良い人だよ!」
「あの騎士、今日以外も学校にいるのか?」
アムレットの問いに答える私にクロイ、ディオス。続いてまさかこの学校に毎日いることは知らなかったレイが順々に口を開く。
まさかアラン隊長のことでこの面々の会話が盛り上がるとは思わなかった。私からレイにアラン隊長は体験入学中の王弟の護衛もやってますと手短に説明すれば、仮面に隠されていない方の右目が大きく開かれた。王族の護衛を任されるほどの人とは思わなかったらしい。……そもそも騎士団で前衛や特攻を任される一番隊のトップである騎士〝隊長〟様なのだけれども。
小さな声で忌々しそうに「なら学校でもっと早くライアーの話を聞けたものを……」と顔に力を込めていた。もう見つかったのだからそれくらいは多めに見て欲しい。大体アラン隊長も学校では仕事中だ。
レイがまた黒炎を零す前に話を変えるべく、私から意識して明るい声で投げかける。
「ところでレイ、さっきの話だとライアーと一緒に暮らすのよね?彼の仕事とか住む家とかはもう決めたの?」
アンカーソンの所有物でもあるあの屋敷も出て、今日から引越というのなら目星はついている筈だ。
そう思って話題を当初に戻せば、レイも眉以外の力は緩めてくれた。
彼にとっては何よりも明るい話題に一言肯定しながら、腕を組んでこちらを見下ろしてきた。
「適当な安家を買い取った。屋根と壁さえあればあとはどうにでもなる」
「ねぇこの人本当に貴族?」
あまりにも豪快なことを言うレイに、クロイがすかさず言葉を挟む。
苦笑いしながら小さく「元ね」とだけ返しながらも、まぁ無理もないなと思う。実際はそうでなくても貴族といえば皆上品なお金持ちっていうイメージが庶民には強いし、その貴族がそんなワイルドなことを言えば驚くのは当然だ。
ライアーは当然ながら、レイももともと下級層育ち経験と裏稼業経験もあったお陰で逞しい。……でも。
『奴を見つけ出さない限り俺様はっ………前には、進めないっ……』
「……良かったわね」
彼は今度こそ、前に進めるのだとそう思えた。
ゲーム開始時みたいに贅沢な生活は早々に遠退いたけれど、今の方がきっと彼が望んだ生き方なのだろうと自信を持ってそう言える。ずっと会いたかった恩人に会えて、これからは一緒に暮らせるのだから。
自然と顔の力が抜けたままの笑みを彼に向ければ、今度は悪態も返されなかった。フン、と小さく鼻息は返されたけれど視線を少し逸らされただけだ。
「…………奴は、相変わらずだがな。家畜商も辞めて勝手に雇われやがった」
「?雇う?」
家畜商を辞めてしまったことは少し驚きだけれど、それ以上に雇われるという言葉が引っかかる。
今のカレン家から支援があれば、レイだけでなく更に一人二人は問題なく数年生活できるだろうけれど。つまりはレイのお金任せで仕事もしないということだろうか。ライアーの軽い口調を思い出すと意外ではないけれど、それでも今の言い方だとちょっと違う気もする。
私の疑問にレイは溜息交じりに「お目付役だと」と吐き出した。髪を耳に掛けながら、まるで呆れてものも言えないというような口調で説明してくれる。
「移住を終えたら屋敷の使用人達は全員追い出すからな。カレン家が引き取るらしいが……あの野郎、俺様のお目付役だ護衛だ保護者だと並べて結局働きもしねぇで寄生してくるクズだ」
レイの屋敷に居た使用人全員を雇い続けるほどのお金は流石のレイにもない。レイがカレン家の領地没収期間中の屋敷や領地の管理は信用できる貴族に取り計らってくれたとはジルベール宰相から聞いたけれど。
どうやらレイの話から考えるとライアーは彼の世話係みたいなものになるつもりらしい。……失礼ながら、トーマスさんならともかくライアーだと護衛や用心棒という言葉の方がしっくり来てしまうけれども。
レイのことだからライアーが本当に自分だけに資金を寄りかかってきても気にしないだろうけれど、あくまで〝お目付役〟や〝護衛〟と言っても家畜商を辞めたのはライアーなりのけじめなのだろうなと思う。保護者役が一番強いだろう。まぁ、保護観察中でも大人しくしてくれれば職場を変えようと問題はない。
私としても能力が暴走しやすいレイにはライアーが付いててくれるのは安心だ。レイもきっとそうだろう。その証拠に今も悪口を言いながら全く嫌そうじゃない。
「何が護衛だ。貴族でもない俺様を逐一狙ってくる馬鹿がいるか。瓦礫拾いでも良いから働けば良いものを」
「……。少なくとも貴方が雇ってきた人達にまだ狙われるかもしれないから気をつけた方が良いわ……」
ハッと鼻で笑って捨てるレイに、流石にそこだけは指摘させて貰う。
確かに支援はあっても表向き平民落ちしたレイをお金目当てで狙う人はいないだろうけれど、少なからず恨みは買っている。大体は捕まったか逃げたから良いけれど、お願いだからそこは保身の為にも忘れないで欲しい。今度の住居が前みたいな防犯設備しっかりの屋敷じゃないのならば余計に。
レイの火力はよくわかっているけれど、殺人や傷害罪でも犯せば速効で彼も、そしてライアーも投獄だ。
顔が笑ったまま強張って言う私に、レイも水を差されたと思ったのか不満そうに唇を結んだ。それでも前みたいに黙れの一言を言われないだけマシだろう。暫く私を上から睨んだ後、無言のまま机から降りた。
「要件はそれだけだ。気が向いたら駄犬観察ついでに見に来てやる。次に登校するのは来週からだが……あぁ、あと」
来るな!来なくて良いから。と、駄犬扱いされたディオスとクロイが牙を剥く中、レイはご機嫌な顔で無視をする。
去ろうと一度背中を向けたところで、思い出したように顔だけを私に向けてきた。一瞬だけ瑠璃色の瞳が静かな色合いで真っ直ぐ私の目と合った。思わず私も身構える中、レイの声は不敵な笑みと一緒に放たれる。
「俺様から〝お前〟に報告だ。あの取り巻き眼鏡共にも言っておけ。〝ライアーの記憶は戻った〟〝理由を教えてやる筋合いはねぇ〟と」
ステイルとアーサーのことだろうと思いながら、その声は今日一番彼は響かせた。
教室中の女子に聞こえる声で、ライアーの記憶回復を宣言した彼はきっと私がステイル達に話す理由の為もあるのだろうなと思う。これで心置きなく二人にもライアーの記憶回復を話せる。
結局最後まで約束を守ってくれたレイに心の中で感謝しつつ、頷いた。
そのまま扉へと去って行こうとする彼に、ふと言い忘れたことをもう一つ私から「レイ」と声をかける。
首で振り返るだけでなく足も止めてくれた彼に、私は心からの笑みで笑い掛けた。自分の頭を指差しながら、彼へと示す。
「その髪。よく似合っているわね?」
ふふっ、と気付けば私の方が悪戯めいた笑みになってしまう。
私の指摘に、一度目を見開いたレイの口元がニヤリと引き上がった。言葉にせずとも「だろう?」と言いたいのがよくわかる。
それでも口にするのは相変わらずの憎まれ口だ。
「奴に無理矢理付き合わされただけだ。髪の色なんざ俺様はどうでも良い」
そう言いながら、仮面側の髪を一度耳に掛けたまま軽く払ったレイは今度こそ教室から去って行った。
背中からでもどこか誇らしげに見える頭半分だけ〝黒〟髪が、仮面を境目に揺れていた。
仮面側の黒と素顔側の翡翠。仮面で隠した顔と同じように左右で二色に分けたその髪は、今の彼によく似合っていた。
Ⅱ252.330
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