そして経過する。
「教師側のカラム隊長は知った方が助かると思いますよ」
んぐ!!と、そこでネイトの言葉が詰まる。
喉をわかりやすく反らした後、食いしばった歯を剥き出しにその場で地団駄まで踏み出した。「カラムは関係ねぇだろ‼︎」と苦しそうに声を荒げたけれど、彼も教師の一員ですからと受け流される。
残念ながらステイルにネイトが口で勝つのは不可能だ。
学校の経営体制が変わって教師も大変らしいし、カラム隊長もその手伝いで忙しく過ごしているから原因究明が一つでもできた方がきっと負担も軽くなるだろうとステイルが話せば話すほど、ネイトの顔に分かりやすく力が入っていく。うぐぐぐぐ……と尖らせた目でステイルを見るけれど、彼はにっこり笑顔のままだ。
恐るべきステイルの誤魔化し術。お陰で私が一年の教室前で不審者行動していることはネイトに変に思われずに済んだ。……これはこれでネイトを怒らせちゃったけれども。
それでも予鈴の鐘が鳴ると、ステイルもちょっと誤魔化しにしては言い過ぎたと思ったのか「すみませんでした」と肩を竦めて声色も柔らかくしてくれた。
「なので、機会があった時にでも教師に事後報告して下されば幸いです。今のところ誰も犯人を捜しているというわけではありませんし、きっと口頭注意程度ですよ」
貴族であるレイを転ばせて侮辱罪に引っかかるレベルの噂を振りまいた方が問題になるだろうけれど。敢えてそのことは指摘せず、あくまで逃亡だけ自白した方が良いと重ねての助言だ。
むっと尖った顔をしたネイトだけれど、それでも柔らかいステイルの言葉に上がりきった肩が少しずつ降りていった。さっきまでは今すぐ自首しろくらいの圧が一気に薙いだのに比例して反感も引いていく。「……わかった」と独り言のような声だけれど、一応了承してくれた。
最初に会った頃なら「うるせーばーか」とかだったかもしれないのに、ネイトも少し成長したかなと思ってしまう。
ネイトの返事に満足したのか、ステイルもそのまま私とアーサーに振り返って「教室に戻しましょうか」と笑い掛ける。そして離れ際にネイトの肩をポンと挨拶程度に叩いた。
「……ですが、ジャンヌの為に怒ってくれてありがとうございました。あの時はジャックも僕もジャンヌも言い返せる立場ではなかったので、本当に助かりました」
そう締め括って笑いかけるステイルの表情は、いつもの見慣れた優しい笑みだった。
まさか最後にお礼を言われるとは思っていなかったのか、ネイトの目が一気にこぼれ落ちそうなほど丸くなる。お説教の後の褒め言葉はあまりに不意打ちだったらしい。
私からも挨拶代わりに「勉強引き続き頑張ってね」と声を掛ける。アーサーも続くように「ご迷惑お掛けしました」と、恐らくレイと私の分も頭を下げてくれた。
最後にステイルがアーサーと並ぶ私の背後について、またにこやかな笑顔で彼に手を振った。若干最後は悪戯っぽい悪い笑みで。
「優しいですね」
ボンッ!と次の瞬間ネイトの顔が噴火した。
さっきまではポカリとした呆けた顔だったのに、一気に顔どころか全身に力も熱も入ったように両手をわなわなさせていた。
アーサーに肩を支えられたままの私に、ステイルが促すように背中に手をそっと添えてくれる。二人に強制回収されている感もいなめないけれど、今はなんかこのままの方が足も軽い。
教室に戻るべく足を動かせば、背後から明らかにネイトのものであろう叫び声が降りかかった。
「は…………ハァアアアア⁈べべべっつにあれくらい余裕だし‼︎やッ優しいとかじゃっ……おっ!俺は別にあんな奴恐くねぇし⁉︎だからっ……おい‼︎聞いてんのか馬鹿‼︎」
……相変わらず褒め言葉に弱いんだなと、何だか微笑ましくなりながらネイトの怒声を聞く。
無視はしてないわよと意思表示をすべく、階段を曲がる前に小さく振り返って手を振れば遠目でもわかるくらいネイトの顔が真っ赤だった。
「馬鹿‼︎」と最後に響く声で叫ばれたけれど、そのまま私達は階段を上った。
それ以降はネイトの叫び声も聞こえなかったから、恐らくそのまま教室に戻ったのだろう。
二年の教室に戻り、二人に連行……というかどちらかというと要救助者のような手並みで席までエスコートされる。ネイトに対して最後は優しかったステイルもだけど、いつもよりちょっと言葉数が少ないアーサーもなんだかちょっとピリピリしている気がする。クラスの子達には普通におはようと三人で挨拶を返すけど、それ以外無駄口一切ゼロだ。これは完全に犯人は私だろう。
席につき、いつもの布陣で座ればやっぱり数秒三人揃って無言になってしまう。
なんだか私も両肩がヒリヒリして姿勢がいつも以上に伸びてしまった。これはもう一度謝るかあの場を切り抜けてくれたことにお礼を言わないとと思い「あの」と言えば、まさかの三人揃って重なった。
同じタイミングで同じ台詞に、またちょっとだけ気まずくなる。もう今日はいろいろ朝から踏んだり蹴ったりだ。
どうぞ、先に言って、とお互いに譲り合いながら最終的には珍しくしびれを切らしたステイルが「ッでは僕が」と宣言する。どうぞどうぞとアーサーと一緒にステイルへ視線を集中すれば、真剣な眼差しが漆黒に光って私を射貫いた。
これはやっぱり昨晩のことかしらと口を開かれる前から心臓が大きく脈打つ。
「ジャンヌ。差し出がましいとは承知の上で言わせて頂きます。やはり」
「ジャンヌ!おはようっ‼︎」
ステイルの真剣な声を上塗るように透明感のある明るい声が響かされる。……直後、ステイルが見事に撃沈してしまった。
さっきまでの真剣な眼差しごと顔が落ち、俯いたまま僅かに私から身を引いた。私へ輝いた笑顔で掛けよってくれる彼女から、腕で頭を抱えるような動作で身を隠す。アムレットだ。
アムレットからなるべく距離を取りたいステイルは、一気にそのまま黙りこくってしまった。アーサーが席を立ってステイルに話しかけるような動作で歩み寄りアムレットと彼の間に立ってくれるけれど、話の腰を折られたからか本当に頭を抱えている気がする。
ステイルの肩に手を置くアーサーも、気の毒そうな顔で見つめている。
「おはよう、アムレット。今日は放課後よろしくね。すごく楽しみだわ」
「私もすっごく楽しみにしていたの!私の部屋に友達を呼ぶの、ジャンヌが初めてなんだ」
うきうき一杯で明るい笑顔を向けてくれるアムレットは、ちょっとだけティアラを思い出した。
本当に今日のことを楽しみにしてくれていたんだなと嬉しくなる。光栄だわと返しながら、今日の放課後そのまま寮に向かうことやお世話になっている家の門限が厳しいからと何時までしかいられないと簡単に打ち合わせをする。
ステイルとアーサーには申し訳ないけれど、折角朝から私の席に会いに来てくれたアムレットに「フィリップと話すから後でね」とは言いにくい。それに、ここでそんなことを言ったら、アムレットにうっかりステイルが印象付くかもしれない。不幸か幸か、アムレットは私がステイルと話し出すところだったのも気付いていない。
話し終わった後、さっきまでにこにこ満面の笑みだったアムレットの顔が不意に変わった。両眉を上げて「ジャンヌ、ちょっと顔……」と呟いたところでとうとう教師が入って来る。またなんともタイミングが悪い。
扉の方に振り返り「あとでね」と早口で言うアムレットが最前列へと去って行くのを手を振って見送った。何か顔についているかなと口元や頬を自分の手でなぞったけれど、一応何も無い。
頬に手を当てたまま話を切ってしまったことを謝るべくステイルと、席についたアーサーに謝れば二人とも「いえ」「大丈夫です」とやっぱり少し眉に力が入った顔で返された。いつもと違う二人の表情に、まさか二人揃って調子でも悪いのかと心配になる。授業が終わったら一度聞いて見よう。
教師からの出欠確認を聞きながら、音に出さずに一人息を深く吐き出した。




