〈四周年記念・特殊話〉罪人は
四年間連載存続達成記念。本編と一応関係はありません。
IFストーリー。
〝もし、ヴァルが女王に見つかっていたら〟
「ねぇ、いつまで待たせるつもりなのかしら?」
ねっとりとした声が、高い場所から掛けられる。
王座の間。城の中でも特に聖域に数えられる場で足を組む女性は、肘置きに優雅な動作で頰杖を付いていた。王のみが座することを許される豪奢な椅子に掛ける彼女の一歩引いた隣には、黒髪の若き摂政が控えた。黒縁の眼鏡の下にある瞳は黒ずみ淀み侮蔑も緊張も感じ取られない無表情で、彼女が見下ろす先に目を向けている。
更には女王の玉座を挟むように、そしてこの国の摂政よりも女王へ密着した傍らには深紫色の髪が整えられたまま耳の後ろまで右分けに流した男が一人上機嫌を演じるように狐のような目をニンマリと細めていた。
退屈をそのまま不満として細い眉を寄せる彼女の前に膝を折るのは従者でも騎士でも、ましてや城の人間でもない。裏稼業の人間だ。
本来裁かれる罪人としてしか訪れるわけがない彼らは今、女王から正式に城へと二度目の収集をかけられていた。壁際へ衛兵が等間隔に整列する中、今は誰も手に持つ槍を彼らへ向けようとはしない。
汚れ一つでも残せば重罰に処せられる為日々必死に侍女が磨いている床も絨毯も、今はドロリとした汚れが靴や衣服から染み付けられていた。
王族を前に平伏どころか背筋を伸ばそうともしない。腕を組み、背を曲げ、舌を打ち、床に座り、睨みを効かせ唾を吐く。本来であればどの行為も女王の前で一つでも犯せば極刑に値するが、今はその女王が黙認する為誰も指摘はしない。それは女王の判断に文句を言うと同意なのだから。
「貴方達それでも本当に裏稼業?たかが小娘一人見つけ出すことが出来ないなんて」
ハァ〜〜、と敢えて音に聞こえるように息を吐く。
髪を指先でくるりと遊び、自分が命じこの場に集めた彼らから注意も外す。目の前の男達が五日経って尚誰一人自分の望んだ結果を出せないことに怒りも湧かず、ただ呆れる。
もともとそれほどの期待はしていなかったが、ここまで全く役に立たないものかと思う。仮にも裏稼業を使えとアダムに命じたのは自分だからこそ、今回は役立たずの顔をちゃんと見ておくべく再び呼び出した。前回の依頼時は、ただの有象無象の群れとして顔どころか人数も目に留めずアダム任せだったから尚更だ。
城下に消えた第二王女の捜索と生捕り。
既にラジヤ帝国の兵士も含め、城下から国中に指名手配として御触れが出されている。第二王女の目撃情報、もしくは〝保護〟し生きて城へ連れ帰った者には褒美を取らすと広められた。
ただでさえ高い税の徴収で貧困している民にとって城からの褒美など喉から手が出るほど欲しいものだった。そしてそれは裏稼業で生きる彼らもまた同じである。真っ当な生き方をしていない彼らにとって、城というものは近寄りたくない場所だが金が絡むのならば話は別だった。
たかが十六の姫を連れ戻すだけ。それさえすれば、贅沢なかぎりを尽くせる額を約束される。もともと国の荒廃を裏の世界で誰よりも実感していた彼らにとって、噂の女王もかなり自分達側に近かった。……ただし。
「ほんっと……塵だ屑だと思っていたけどここまで塵なんて。貴方達死んだ方が良いんじゃない?」
アァ⁇ンだと⁈殺されてぇのか⁈
血の気の多い男達から反射的に唸りや怒声があがる。王族相手に敬いの欠片もない彼らは、恫喝にも容赦はない。いくら偉そうに踏ん反り帰ろうととも所詮は線の細い女だ。前のめりになり、中には本当に進み出ようかと一歩前に出た者もいる。
しかし、その途端挙げられた女王の手で初めて衛兵が槍を構えた。ザッ‼︎と槍を突き出し、半歩分と槍の先が裏稼業達へと迫る。自分達を遥かに上回る人数に四方囲まれた裏稼業達は中心へと迫り合った。
銃を所持する物は懐に手を入れたが、それ以外の大多数はナイフや刃物を手に威嚇するしかない。
噂や裏の情報で女王の悪評もその残虐さも悪政も知っている。しかし、こうして自分達へ刃を向けてくるのを見れば、やはり依頼人ではあるが同時に女王は〝敵〟なのだと認識する。あくまで自分達は使われる駒でしかない。……それは依頼を受けると決めた時から全員分かりきっていたことでもあった。
殺気だけを増していく男達に、どこまでも女王は優雅に座する。彼らが束で掛かってこようとも自分一人は殺されない自信が彼女にはある。
「申し訳ありません女王陛下。ですが皇太子である裏稼業を使えと仰られたのは貴方では」
「こんな無能共をとまで言ったかしら?ほんと役に立たない……もう良いわ」
パァンッ!
乾いた音は何の前触れもなく響かされた。
皇太子への言葉を遮った女王が溜息を吐くのと同時。先程まで両手を空にし頰杖を付いていた筈だった彼女の手に拳銃が握られていた。
銃口から煙を吐かれ、密集した男達の一人が前のめりに崩れる。懐の拳銃を女王へ突き付けようとした〝その直前〟に己の心臓の方が先に撃ち抜かれた。
崩れた男から思わず身を引く裏稼業達だが、誰も手を貸そうとは思わない。絨毯に血の染みを作り口から赤い気泡を溢れさせる男よりも、今の銃撃の的が次は自分達の番なのかと身を固くさせた。
突然女王が銃を取り出したことも、裏稼業とはいえ一人殺したことも城の人間は誰も驚かない。それこそ今更だ。
摂政も眉一つ動かさず、衛兵も槍を構える手を緩めない。寧ろ今までのような罪のない民と比べれば、今回は罪悪感の欠片も感じない。摂政に至れば寧ろ一掃した方がちょうど良いと心の底で思う。大事な妹と同じ空気を吸って欲しくもない裏稼業連中が塵だという点においては、珍しく女王とも同意見だった。それに、妹の追手が居なくなるのは都合が良い。
……彼女は今、城下の集落の中で細々とだが無事に暮らしているのだから。
出来ることならば一生城に帰ってきて欲しくもない。せめて目の前にいる悪魔の息の根が止まるまで。
たった一人、紫色の髪の皇太子だけが楽しげに細目の中を光らせていた。
突然の銃撃に裏稼業達も戸惑いと殺気が混ざり合い、最後には絶対的な不利だけが足の裏に残る。四方を槍に囲まれ、そして目の前には玉座から一瞬で狙った心臓を撃ち抜いた女が手の中で銃を遊んでいる。
彼女の言動一つで自分達の命が左右される中、下手な発言も許されない。
「そこ。貴方、……違う、その後ろの。前に出なさい」
銃口を軽く向けながら、気怠げな女王の命令に今度は男達も従順だった。
彼女が示す一人を、本人の意思など関係なく全員で無理矢理誰より前へと突き出す。最初は抵抗した男だが、無言のまま乱暴に大勢から押しやられ背後から押さえつけられた。そしてそれ以外の男達は逆に下がる。次の瞬間には銃口で男を指し示した女王が再び乾いた音を響かせた。パン、パァンッ、パァンッと三度響き、全てが綺麗に心臓を撃ち抜いた。前に出された男の
背後三人の。
全員が銃を懐に隠し持っていた者達だ。
次に撃ち殺されるだろう前に出された男が的にされるその隙を狙い、銃を構えようとした者。その的の影に隠れ銃を女王へ突きつけようとした者、女王ではなくとも衛兵を人質に銃を突きつけようとした者。銃を所持していた三人全員がこれで無力化された。
床に伏し転がり銃がそれぞれ床に転がる中、血に浸るそれを拾おうと動く者はまだいない。その者ほど先に殺されることは火を見るよりも明らかだった。
だが、そんな行動など関係なくもう彼らの命運は決まっている。
「他は〝要らない〟わぁ。ステイル、片付けてちょうだい」
銃を突きつけたままの女王の命令に、躊躇いなく摂政の手が合図へと挙げられる。
次の瞬間には衛兵が一同に槍先を裏稼業達へと突き刺しにかかった。四方に囲まれ、槍で距離を取られたままでの一斉処分に逃れられる者もいない。無数の槍が間違いなく裏稼業の男達の身体を突き刺し、そして貫いた。一度の勢いに床に転がった銃を拾う間を得られたものは一人もいなかった。
次々と血を吐き目を見開いたまま絶命していく男達も、女王には今更見飽きた光景だった。
ふわぁ、と欠伸を零しながら靴に血飛沫が届かないようにと小さく爪先を立てる。全てが跳ねきってから改めて靴をつけ、踵の高い靴で立ち上がった。
もう用が終わったと決め、摂政へはこの場の後片付けを。皇太子には新たに有能な裏稼業を雇い直すようにと命じた。それぞれが頭を下げ了承の意志を伝えるが、もう女王は見向きもしない。そして
前に出された〝褐色の〟男一人が残された。
「そこの。……私に服従するか、仲間と同じ末路どっちが良い?」
ニタァァ……と口端が裂けたように笑う女王の問い掛けに、選択肢などあってないようなものだった。
くるりと髪先を指で遊ばせ、褐色の男へではなく扉へと優雅に歩みを進める。扉に辿り着くまでに答えなければ命はないのだと、男も含めこの場の誰もが音も要らず理解した。
女王がたった一人の男を残したことに皇太子は僅かに瞼を開き、そして摂政は全く眉一つ動かさず心の中で「またか」と唱えた。女王が玩具を見つけては支配下に置くことは今に始まったことではない。己がその第一号だったのだからそこに意外性はない。ひと目見れば、女王がその男を残した理由も賢い彼には察せられた。今までの王族と異なり、裏稼業という名の下々の一人を見初めたことに今度は首輪でも付けて飼うつもりだろうかと摂政は適当に見当づける。
衛兵が内側から扉を開けば、女王は一度だけ振り返る。
それが最後の機会だと言わんばかりに嗤う邪悪な笑みに。褐色の男は、生き延びることを選択した。
申し訳ありません、予定外に長くなった為もあり明日まとめて更新致します。ご容赦下さい。
連載を始めて四年となりました。本当に本当にありがとうございます。
更新が続けられたのは皆様のお陰です。
心からの感謝を。