Ⅱ295.子息だった青年は放たれた。
「そろそろ寝るぞレイちゃん。暫く夜に火ぃつけるなよ」
地面に転がっていたライアーが起き上がり、目の前の焚き火を消した。
踏まれてかき消える焚き火を眺めながら、この瞬間を見るのが一番落ち着くと思う。火が燃えているところを見ると距離を取りたくなるけど、こうして簡単に消されるのを見ると安心する。火が消えるものだと確認できる。
壁によりかかって目を閉じるライアーに俺様も一言返して横になった。今日は肉を食えたからそこまで腹も空かない。
俺様達が寝る場所は、その日によって違う。適当に歩いて、屋根があればそこが我が家だというライアーは特定の場所を持たないらしい。
淀んだ海のような髪を掻き上げ、欠伸をするライアーは座ったまま寝ることも多い。そんなので疲れないのかと思ったけど、「何かあったら速攻で逃げ出す為」と言っていた。あんなに人に馴れ馴れしいくせに、いつでもどこでもライアーは敵の存在を考えてる。もうニ年経って今までだって一度も敵らしい敵に会った事もないのに。
何も持たず、何も信じず、決まった居場所も持たない男が、何故かまだ俺様を売ろうとしない。
「……ライアー。俺様はあと何年で売られる?」
そういうことを考える度、同じ問いを投げかける。
転がったまま膝を抱え、目だけをあげてライアーを見る。どうせまだ起きていると思って投げれば、「またそれか」と口を動かしたライアーがいつもと同じ答えを目も開けず投げ返してくる。
「ガキの成長度合いなんざ俺様は知らねぇの。図体さえでかくなったら明日にでも売っ払ってやるよ」
だからさっさと寝て伸ばせ、というライアーはそこで口を閉じた。
これ以上はもう話さないという意思表示に、諦めて俺様も目を閉じる。背なんか伸びなければ良いと思いながら、それでも一年前から来ているこの服が日に日に小さくなっているのがわかる。一日なんて過ぎなければ、身体なんか成長しなければ、ずっとこのままでいられる。……いっそ商品になって売られて、それで買ってくれるのもライアーだったら良いのにと、どうしようもないことまで考える。
真っ暗になった視界でゆっくり息を吸い上げ、吐き出す。それだけでぐらぐらと微睡んで意識が遠くなる。
朝に太陽の光で目が醒めて、夜に眠くなる生活は良い。二年前よりずっと〝生きている〟と思える。
今日食った肉も、肉にされる前はこれくらい充実した一生を送ったのかなと思いながら、とうとう眠りに落ちた。どうか目が醒めたらあの屋敷にまた居ないようにと願う暇もないくらい、すぐに。
「……起きろレイちゃん」
パシパシ、と。
頬を叩かれて目が覚める。いつもと違う声色に、それだけで頭が働いた。目蓋を一度強く閉じ、そして開ける。変だと思えばやっぱりまだ夜だった。
朝日で目が潰れない中で起こされ、今日は雨かとぼんやり思う。
目を擦りながら、なんだと聞こうとすればそれより先に背後から口を塞がれた。一瞬わからず逆に叫びそうになったけど、すぐにその手がライアーだとわかれば上がった肩も元に戻った。
「喋るな気をつけろ。合図したら俺様に黙ってついて来い」
声を潜めたライアーはそこまで言うと、ゆっくり俺の口から覆っていた手を外した。
顔を上げればいつにもなく真剣な目をするライアーが刺さる。俺じゃなく注ぎ続ける視線の先に俺も目と耳を意識しようとすれば、澄ませる必要もなく足音と話し声は近付いていた。
「いねぇな……。この辺は流石に誰も住んじゃいねぇか?」
「馬鹿言え。こういう何もねぇところほど、ほじくり返せば沸いてるもんだ」
「無駄口叩くな。とにかく粋のいい奴は根こそぎふん縛れ」
良いな?と野太い男の声に、思わず息を止める。
物陰に潜めたまま、ライアーが俺様よりも身を縮めた。見れば、いつもよりも鋭くなった眼光が男達の方へ向いている。
背後の路地へ一歩分、俺様を引き寄せながら下がる。男達が物陰の向こうでどっちを探す、俺はこっちだと言い合いながら足音が遠退くのを待つ。こっちに近付いてくる足音の数が減ってきたところで、ライアーが「来い」と俺様を手で招いて走り出した。
あいつらはなんだ、誰だ、なんで俺様達が逃げるんだと言いたいことがいくつあっても、今は話せない。
言われた通り走り出すライアーの背中に黙ってついていく。路地から路地へ、細い道やいつもは使わない建物との間を縫って進む。
さっきまで寝ていた所がもうどこの方角だったかもわからないくらいぐにゃぐにゃに駆け回れば、突然遠い場所から「おい‼︎火の後があるぞ‼︎」と怒鳴るような声が聞こえてきた。ライアーの背中に続きながらも、音を殺した中での大声に勝手に肩が上下する。わからない筈なのに、絶対さっきまで俺様達が居た場所だと思う。
「やべぇな……、走るぞレイちゃん。広場まで行けば奴らも簡単には出歩けねぇ」
広場、と言われて今までも何度か横切ったことこある場所を思い出す。
ライアーに言われて物乞いやスリをした時に何度か通った場所だ。俺様以外にも似た歳のガキが何人もいた。衛兵がわりと見回りに来るから、あまり目立った悪さはできないと話していた。
広場がどっちの方向かもわからず、ライアーの背中にひたすら続く。今までも裏稼業の連中には何人も会ったことがあるのに、こんなに焦って逃げるのは初めてだった。
ひょいひょいと簡単そうに障害物や壁や柵を飛び越えていくライアーに俺様も必死に続く。この一年、無駄に鍛えられていて良かったと思う。簡単とは言わなくても、逃げる方法や自分の背が届かない物を乗り越える方法はわかる。
時々時間が掛かって詰まる度、先に超えたライアーに手を伸ばされ引っ張り上げられる。いつもよりずっと雑に引き込まれて、何度もベシャリと地面に落ちる。それでも痛がる暇もなくライアーが走っていくから置いてかれる前に膝へ力を込める。
意味もわからない連中と、追われていることと、野太い怒鳴り声を思い出すだけで勝手に歯が鳴った。泣きそうになるのを堪えようと顎に力を込める。
壁をまた越えれば、廃墟の庭だった。確かここにも下級層の奴が数人住み着いて居た筈だと思ったけど、入ってみても全く人がいる感じがしない。奥に隠れているのか逃げたのかと思いながらボロボロの家を見ていると「おい急げ!」と前方から呼ばれる。
俺様が呆けている間にライアーは、また庭を突っ切る形で塀まで乗り上げていた。俺様が登ろうとするより先に塀上から手を伸ばすライヤーへ急いで駆け出し、飛び込むようにして手を伸ば
パァンッ‼︎
「ハハッ!もう一匹、いや二匹だ!!」
ぐあッ……と、手を伸ばした先のライアーが掴むより先に腕を引っ込めた。
見上げる俺の眼前で、肩を押さえ顔を歪めたライヤーが塀の向こうへ背中から倒れ込んでいく。ガッシャァアン‼︎と直後に何かが倒れたような音が響いて、ライアーが塀から落ちたんだとわかった。ライアー‼︎と叫んでも、返事はない。代わりに聞こえてきたのは背後からの野太い声だった。
「おい動くなよガキ?大人しくしてりゃあ優しくふん縛ってやる」
こっちも傷物にはしたくねぇからよ、と暗闇の中で誰かが歩み寄ってくる。
ガタンガタンと音がして、家の中からだとわかった。何も考えずただ音に釣られて目がいけば、家の中からまた黒い影がうっすら見えた。暗闇で顔はわからないけれど、多分二人ともこの家に住んでいた奴だ。大きな男に引き摺られて、足をバタバタしながら「んーーー‼︎」と一音が二つ聞こえる。さっさと立って歩きやがれ、と大男に踏まれている。逃げたんじゃない、もうここの奴らも捕まった後だった。
「おい!もうそいつらは良いから塀の裏に回り込め!もう一匹転がってる‼︎」
〝人身売買〟
もう、聞き慣れたその言葉が頭に浮かぶ。
月も浮かばない暗闇の中、俺様の目の前でやりとりする奴らから目が離れない。俺様なんかもう逃げられないとばかりに平然と会話する男達に足が竦む。瞬きどころか息の仕方もわからないのに、荒い呼吸が勝手に肩を上下する。視界が黒いのに、赤い。
怖い。目の前のこいつらが。
逃げたい。こんなところで捕まりたくない。いつか売られるからって、こんな奴らに売られたくない。声もでないし、 目に水が染み出した。怖い、怖い、恐い恐い恐い恐い、でも‼︎‼︎
ライアーが、撃たれた。
ボワッッ‼︎
思った瞬間、赤い視界の中で黒い炎が渦巻いた。言葉にならない、ただ恐い奴らを死ぬほど殺したくなった。父上に足蹴にされた時以来の、熱い感情だった。
なんだ、火が、どうなってやがる、黒いぞと目の前の男と塀の方へ駆け出そうとしていた男が口々に騒ぎ出す。
特殊能力なんか、もう何年も使っていない。使おうと思ったこともないし、使い方だってわからない。父上に焼かれてからは見せたくないし、使うのだって怖かった。でも今は物凄くこいつらを殺したい。
「特殊能力者だ‼︎‼︎」
男の一人が叫ぶのと、俺様が大声で意味もなく叫ぶのは殆ど同時だった。
あああああああああああああああああっ‼︎と湧き上がる炎を止めようとも思わない。喉に、感情に力を込めて叫べば眩しく光る黒い炎が一層強く燃え出した。
俺様の周りに渦巻き広がり散って黒く男達を照らした。どいつも驚いて、怯えて、銃を構えている。撃たれる前に殺してやると思った瞬間、まるで弾けるように炎が男達の方向へ放たれた。
まるで大きい獣みたいに空を走って男達に襲いかかり、構えた男の銃にぶつかり、もうひとりの男の肩を掠めた。次の瞬間には黒い炎が掠めたそこに新たな黒い火が勢いよく灯り出す。
「ぐああ⁈やっぱり本物の火じゃねぇか‼︎」
「なっ?!銃が溶けっ……⁈」
自分の肩を慌てて叩いて消そうとする男と、構えていた銃を丸い目で見る男の顔が火に照らされてよく見える。視界の隅で捕まっていた二人が肩を燃やす男が慌てる隙に腕が縛られたまま逃げ出した。
一人は肩の火に夢中で、もう一人も銃が使えなくなった。安心したのも束の間に、今度はギラリと目を尖らせて銃を放り捨てた男が駆け込んでくる。特殊能力者を逃すかよ!と叫びながら飛びかかってくる男を睨み返す。
こいつがライアーを撃ったんだと思った瞬間、ボワッッ‼︎と取り巻く黒い炎が広がった。俺様を渦巻く炎が鞭のように撓って、男の足を〝えぐり溶かした〟。飛び込んだまま足が攣ったように男が勢いよく転がる。
熱ぃ‼︎いてぇ‼︎と繰り返し叫びながら、さっきの男より派手に転がり回って喚くそいつに今度は俺様から歩み寄る。
足が動かない、銃も使えない、仲間も火に肩どころか背中まで食われかかっている。今なら俺様でもこいつを殺せるかもしれないと足を動かせば、急に男の顔が青くなった。
ひっ……‼︎と短い悲鳴をあげた後に、早口でよくわからない言い訳を並べ出す。悪かったとか、もう二度とここには近づかないとか、お前の能力は絶対言わないとか言われてもわからない。こいつにライアーが撃たれたのになんで俺様がこいつを許さないといけないのかわからない。父上は俺様が何も悪くないのに許してくれなかった。
涙目になっていく男と燃えていく男を視界に入れながら考えられることは、どうやればもう一度あの黒い炎を外さずにこいつに放てるか。試しに履き古した靴でこいつの顔を踏み潰し
「ッッちょおっと待てお前にゃまだ早い‼︎」
聞き慣れた叫び声に、身体が止まる。
振り返れば、肩から血を流したライアーが俺様に両腕を伸ばしたところだった。
全身に黒い炎が渦巻いている、俺に。
駄目だ、焼かれる、と頭では思っても一瞬過ぎて口が追いつかない。振り返った先では俺様を取り巻いていた炎がライヤーの腕へとしなり、そして
バチンッ‼︎‼︎
眩しい手の音に、一瞬だけ目まで眩んだ。何かと思えば、肩から血を流したライアーがいつものように俺様の目の前で両手を叩いてきただけだった。
パシリ、と腕を掴まれるのと同時に引っ張り込まれる。男を踏もうと浮かせていた足ごと傾き、身体の軸がライアーへと倒れ込む。生きてる、と思ったところでそういえば身体に取り巻いていた火もいつの間にか消えてることに気が付いた。
初めて、消えた。今までどうにもならなかった炎が俺様の意思一つで、いとも簡単に。
「九歳でとどめ刺すとかどんだけ容赦ねぇのお前⁈いやこいつらに生かす価値あるかっつったら全然ねぇけど勢いで殺すな勢いで‼︎‼︎引っ込みつかなくなるぞ⁈」
「……ライアー……怪我……いま……⁇」
唾が飛ぶほど大声で怒鳴るライアーに、何から疑問に思えば良いかもわからない。
ぽかんと口が開きながら、あれだけ取り巻いていた黒い炎が一つもないと確かめる。転がっていた男達の炎まで全部消えている。火傷にヒィヒィ言ってるだけだ。
茫然としている間にも「俺様のことはどうでも良いんだよ!」と叫ぶライアーは、落ちていった筈の塀へもう一度俺様を引っ張った。
「さっさと逃げるぞ‼︎こいつらの仲間に見つかったら次はねぇ!」
そう言って今度は先に俺様を下から持ち上げるようにして塀を昇らせる。
いつもよりぎこちない動きだと思って見れば、俺様を押し上げる手が左手だった。目を凝らせば右の肩にやっぱり血が滲んでいる。
塀の上に立ってからぐっと眉間を狭めて、ライアーとさっきの転がっていた男達を見比べる。その途端、今度は腹から突き飛ばすようにして塀の向こうに落とされた。
うわ⁈とうっかり声に出ながら落ち、次の瞬間には塵屑の山に落ちる。ライアーが一度ひっくり返した後だからか、既に一度ならされたそこは落ちても背中を打った程度で済んだ。
パシンッ。
「怒るなっての。また黒いの沸くぞ」
銃声のような音に塀の上を見上げれば、いつの間にか視界が狭くなっていたことにも今気がついた。
塀の上に上がったライアーから落とされたのは呆れたような声だ。手の構えから、今のもライアーが両手を叩いた音だったとすぐ気が付いた。
打った背中を押さえながら身体を起こし見上げれば、ライアーが塀の上に腰掛けるようにして俺様を見下ろしている。降りてこないのかと、転がるようにして塀から離れればライアーは左手を軽く掲げてみせた。
「ったくもう……殺しはわりに合わねぇってのに」
ぶつぶつと呟きながら、身体を捻らすようにして男達のいる方へ左手を振るう。
途端に、俺様一人を簡単に丸呑みできそうなほどの大きな炎がその手のひらから吐き出された。
ブォォァ‼︎と轟音の直後には男の絶叫がここまで響いた。休みなくまた別方向へ振るうようにライアーが左腕を突き出せば、また片手だけで大人一人も飲み込める火柱が真っ直ぐ放たれる。もう一つの断末魔が響いて、それ以上はもう聞こえなくなった。
「……まっ。生き証人残さねぇ方が優先だわな」
そう言って飛び降りてきたライアーは、今度は両足で難なく着地した。
行くぞ、と左腕で俺様の手を引いて走り出す。暫く走るとまたどこからか「誰にやられた⁈」「家に火つけようとしてドジ踏んだんじゃ……」「特殊能力者じゃねぇか⁈」「見つけろ!」と叫び声が聞こえてきたけれど、今はさっきほど怖くない。ただ引っ張られるまま足を動かしながら、頭の中にはライアーへ言いたいことばかりが浮かんでくる。
走って、超えて、隠れて、また走って。やっと広場に辿り着いた時にはもう本当に誰の声もしなかった。ここまで来ればひと安心だと息を切らせながら言うライアーは、足を止めずそのまま大通りで西の中級層へ向かうと言い出した。普通の生活をしている奴や市場があるし、確か比較的に安全らしいと説明する。……けど、俺様が説明して欲しいのはそれじゃない。
「ライアー……いま、さっきの」
「言うなよ?バレちまったら色々面倒なんだよ俺様……いや、俺様達は」
俺の言葉を上塗って言うライアーに唇を絞る。
改めてライアーに俺様も特殊能力者だと知られたのだと思い知る。面倒、というのが何なのかはわからない。ただ、父上は俺様の炎を見て最後は悪魔と言ったことだけは覚えている。今までずっとバレずにいられたのにと、まるで悪いことをしたような気分が後を引く。
「にしてもなぁ……まさかレイちゃんまでとは……。……なんつーか、なぁ、アレだな……」
しみじみとバツが悪そうに言うライアーが、とうとう俺様から手を離して頭を掻く。
さっきみたいな全力疾走ではなくて駆け足程度の速さになって、俺様にはっきり聞こえるくらいの声で言う。前髪を掻き上げるのと一緒に一瞬こっちを見た気がしたけど、わからない。どんな目をされているか知るのも怖い。
アレ、という言葉に父上の言葉が何度も何度も繰り返される。ギラギラした目と、そしてさっきの男の怯える目も浮かぶ。いっそこのままこっちを振り返らないで欲しいと思う。駆けるライアーの足元に視線を落としながら、走り続けたのとは関係なく心臓が気持ち悪く脈打ったその時。
「運命‼︎……なーんて!」
ハハッ、とふざけるように笑い飛ばす明るい声が続いた。
え?と聞き返そうと顔を上げれば、駆けながらも楽しそうなライアーの笑い顔が暗闇にうっすら見えた。
「最高じゃねぇかレイちゃん‼︎なんだあの黒い炎?あんなもん初めて見たぜ。ま、腕の方は俺様の方が上みてぇだけどな?」
負けたことが嬉しいと思うのは、これが初めてだ。
背中を追いながら、何も言えずに見返せば今度は「いやーまいったなー」と気の抜けた声でライアーがまた正面を向く。
「俺様の秘密バレちまったしな〜これじゃあ売れねぇな〜?いやーまいったまいった」
人身売買の連中に俺様のことまでバラされちゃたまんねぇし、と続けるライアーに息を飲む。
ライアーのどこまでが本当で嘘かわからない。ただ、今の話は本当だと思いたくなった。同じ特殊能力者で同じ火の特殊能力で、俺様よりもずっとすごい奴が目の前にいる。
俺様の顔を見ても怯えず、手を引いてくれる。そんな奴と〝このままでいられるかもしれない〟と希望が灯った。
朝日が登るまで中級層を駆け回っても、全く疲れなかった。心臓が何度もバクバクいって身体が軽い。さっきまで捕まりかけたのに、今は嬉しくてしょうがない。
「これから宜しく頼むぜ、兄弟」
命拾いした祝杯だと、盗んだ酒を一口分けてくれたライヤーが俺様の頭をわしゃわしゃ撫で回した。
聞きたいことも、いいたいこともある筈なのに、もうその時にはたった一言を返すことが一番大事だった。
「ああ‼︎」
この日から余計馴れ馴れしくなったライアーが、俺様にはただただ嬉しかった。




