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そして焦燥する。


「止めねぇけど、からかうのは俺だけにしとけよ」

「安心しろ。俺はいつでも本気だ」

「そォいうンじゃねぇよ」


二人のその様子に、苦笑いを浮かべていた近衛騎士達も無言のまま目だけで会話する。

ステイルの〝本気〟という言葉に、これから本腰が入るのだとそれぞれが覚悟した。いつか詰め寄られる日が来ることも今から諦める。

ハハハ……、と一番最初に枯れた笑みを声にしたのはアランだった。もうその時はしょうがねぇかといっそ悩むこと自体を後回しにした彼は、ジョッキを一気に半分減らす。ぷはっ、と明るい息を敢えて吐き出してから口を拭い、話題ごと切り替える。


「そういやぁさ、ちょっと気になることあるんだけどよ。アーサー、エリック。ステイル様もちょっと聞いてもいいですか?」

はい、何でしょう、どうぞと三人がそれぞれ答える中、カラムも顔ごとアランに向ける。全員の注目を受け、「いや大したことじゃねぇんだけど」と前置いてからアランは放課後からの疑問を彼らへ投げかけた。


「プライド様がやったっていうあの刺繍。なんかあったか?妙に気にしてるみてぇだったけど」

全然上手かったのに。そう締め括ったアランの言葉にカラムも「確かに」と思い出しながら頷いた。

プライドの刺繍。彼らが目にしたのはせがんだティアラに押されてプライドがジルベールと一緒にお披露目した時だが、あまりにも気まずそうな彼女には当然ながらアランとカラムも気がついていた。ジルベールに至ってはその刺繍内容と正面から見たステイルの表情でそれ以上も察していたが、アランとカラムはステイルの背面からプライドの刺繍を覗き込めただけだった。

アランの問いに、急に酒でも回ったかのようにステイル達の顔が赤や青になる。表情が強張ったまま何も発さない彼らは目配せするまでもなかった。当時、帰城するまでプライドを図らずも落ち込ませてしまったのは自分達なのだから。

暫くの沈黙の後、代表として自白するようにエリックが小さく手を上げた。「自分が」と喉を鳴らした直後の小声に、アランもカラムも首を傾げる。


「本当に、申し訳ないことをしました……」


まるで本当に前科でも告白するかのように慎重に語ったエリックは、ステイルとアーサーと相反する白い顔で説明を始めた。

プライドが刺繍をお披露目してくれたこと。そこまでは良かったが、まさかの自分の母親へクッキーのお返しに贈りたいと言い出したこと。そしてそれを全力で断ったことで気落ちさせてしまったことをなるべく冷静に説明したエリックは、語れば語るほど顔色が悪くなる一方だった。


「なので、自分が悪いんです。どういう理由であれ、プライド様のお気持ちを無碍にしてしまったのですから……」

「いえ!俺も同罪ですから‼︎寧ろエリック副隊長は遠慮してくれただけっつーか……!」

「そうですあれは僕らも同罪です‼︎むしろ姉君が断りにくいことを申し訳ありませんでした。僕も本来であれば、あそこでせめて母君ではなくエリック副隊長に贈ってはと言えば良かったのですが……」

「ッいえ!それも、それも本当に結構なので‼︎ステイル様とアーサーが味方について下さって寧ろ本当に助かりました……」

罪を全て被ろうとするエリックに、アーサーとステイルが猛抗議する。

エリックと違う理由でハンカチ贈与を反対してしまった二人も、後から考えればじわじわと羞恥が押し寄せていた。常にプライドの言動に抑えへ回ることが多い二人だが、あの時だけはうっかり自分の欲で口走ってしまったのだから。

アランもカラムも聞いた途中からは彼らの心情を察して苦笑いしかでなかった。うわー……、なるほど……と口の中だけで呟くがそれぞれ無理もないと思う。

第一王女の刺繍など、それだけでも価値がある。そしてその刺繍に刻まれたのは仮とはいえ王女の名とそして


─ 言えねぇ……‼︎プライド様に持っていて欲しかったなんて……‼︎

─ 俺ともあろう者が、あの刺繍を人の手に渡したくなかったなど……‼︎


アーサーとステイルの名だったのだから。

まるで当然のように、自分達三人を同列に並べてくれたのが顔から火が出るほどに嬉しかった。

学校の記念というのならばそれこそ〝ジャンヌ〟の一単語だけや一緒に授業を受けていたアムレットやファーナム姉弟達の名前を書けば良い。それをわざわざ自分達を選び、しかも心から嬉しそうなほくほくとした笑みで見せてくれたのだ。

嬉しくないわけがない。顔が緩みきり、ガッツポーズをしたいくらいに四肢には力が入り、いくら深く呼吸を繰り返しても動悸が止まなかった。

二人してプライドが手放すのが惜しいどころか胸の奥の奥の本音をいえば、彼女が持ち続けてほしい、むしろ自分が欲しいと欲が形づくられかけたくらいなのだから。


そんな二人の気持ちも、むしろ本人達より理解するアランとカラムは一度肩で息を吐いてから互いに顔を見合わせた。大変だったなぁ、という彼らを労いたい気持ちと微笑ましい気持ちの半々だ。

その間も全力でエリックとステイル、アーサーが〝プライドを落ち込ませた罪〟を取り合っている。

このままにしたら、今度こそステイルも朝まで盛り上がっているかもと思ったアランだが、それよりも既に思い詰め過ぎて涙目になりそうな部下を優先させることにする。「あー、そりゃあ大変だったなあ」と伸びのある声を大きめに放ち、栓を抜いた酒瓶を片手にエリックの肩へ腕を回した。


「でもよぁ、エリック。お前も喜んで貰っちまえば良かったのに。プライド様の手製だぞ?人生初の刺繍だそ?まぁ遠慮するのもお前らしいけどよ」

「プライド様が贈られたかったのは自分ではなく母にです……。……いっそ、自分宛でしたら悩んだかもしれませんが……」

ハァァァァ……と、息を吐き出すエリックに、アランはダバダバと酒を注いだ。

まぁまぁ飲めって、と彼の言葉を聞きながらも勧めるアランに今はカラムも部下に絡むなとは咎めない。それよりもエリックに吐き出させることの方が大事だと考える。代わりに一度席を立ち、水を注いだグラスをエリックの横へと置いた。

隊長二人からまで気遣われ、心から感謝をしながらエリックは低い声で吐露を続ける。


「……もしくは。真ん中の弟か、父だったらまだ良かったのですが。……プライド様からならば未だしも〝ジャンヌ〟からの品はとても」

渡せません……、とゆっくり大きな動きで首を横に振るエリックに今度はアーサーとステイルも疑問が浮かぶ。エリック本人が欲しいはわかるが、その線引きは何なのかと眉を潜めてしまう。

カラムが促すように「何か問題でもあるのか?」と話しやすいように促せば、エリックは満杯になったジョッキを二度握り直し首を垂らしながら、プライドの品を断った理由を口にした。

こんな話題を騎士の先輩や後輩、王子にするのは恥ずかしいと思いながら。それでも今は愚痴りたい気持ちの方が強かった。


「母と末の弟は、貰った物は〝ボロボロになるまで使いきる〟類の人間なので。……第一王女の刺繍が使い古されていくなんて、自分にはとても」


ああ……、と。その途端、全員から納得の低い声が合わせるまでもなく同時に溢れた。

続きの言葉がエリックが語る必要もなく頭の中で聞こえてくるかのようだった。

人から贈物をされた場合、品にもよるが扱い方は捨てる譲るを省けば、二種類に別れる。〝大事にとっておく〟か〝使う〟のどちらかである。どちらが正しい正しくないの問題ではなく、完全に個人の価値観だ。エリックや二番目の弟のロベルトそして父親は、贈られた物があれば大事だからこそなかなか使用できずに取っておくことが多い。そして末の弟キースと母親は、典型的な後者だった。


貰った者が〝嬉しいからこそ〟使う。


家族として、エリックは今まで自分達兄弟が贈った品や貰い物を母親が全く躊躇いなく使い潰すのを見てきていた。

息子である自分としては、贈った物がその扱いでも気にしたことはない。しかし、プライドからの。しかもステイルとアーサーにとっても大事な刺繍があしらわれた品、そしてこの国の誰もが憧れる第一王女の初の刺繍が入れられたハンカチを、知らないとはいえ母親が使い潰すのを見るのは耐えられなかった。

第一王女からの贈り物など、本来であれば額に飾ってもおかしくない貴重品である。

それを糸が解れるまで使い古され、薄汚れ、最後には台拭きや雑巾として使われ、数年もしない内に躊躇いなく捨てられる。他ならぬプライドからの品をそういう行く末にはしたくなかった。


「エリック副隊長……本当に、お気遣いさせてしまい……」

自分本位でプライドに反対してしまった自分と違い、彼女の私物を案じての行為だったエリックに座ったままステイルの姿勢が低くなる。

そこまでは自分が謝ることではないとも理解するが、同時に酷く頭を下げたい気持ちになった。とうとうアーサーまでもガタンと席を立ち、「自分、注ぎます‼︎」とアランの仲間に加わるようにエリックへ駆け寄れば、早くも半分減らしたジョッキを置くと同時にいやいやと軽く手を振って返される。


「ステイル様やアーサーが謝ることでもないから。むしろプライド様には申し訳ないことをしてしまったと思っています」

折角お気遣い頂いたのに、と眉を垂らすエリックは改めてあの時の肩を落としたプライドを思い出す。

もっと気の利いた言葉を言えたら良かったとも何度も後悔したが、エリックにはあれが精一杯だった。

ありがとな、とそれでも酒を注いでくれるアーサーへグラスを傾けながら笑うエリックに、アランとカラムも苦労しているなと思う。プライド達に玄関を貸すだけの筈が、やはり彼女が何かを受け取るだけで満足する人間ではなかったと思い知る。


「今日は色々と忙しかったですねー、ほら。プライド様にレイがとか」

アランが空気を変えるべく、声を明るく投げかける。

酒を自分のジョッキへ注ぐ彼は、既にひとつこの場でエリックの気が紛れる程度には面白い反応をする話題を知っている。しかし敢えてそれをこの場で最も権限のあるステイルへと中心に放ってみた。

アランの言葉にエリックは首を少し傾げた。自分にとってはあの一件以上のことが今日の出来事では思いつかない。

ステイルとアーサーも一度視線を浮かせる。本当に今日一日は出来事が多過ぎた。レオンとネイトの取引から遡り、刺繍事件、レイとディオスの喧嘩と……思考が同時に辿り着こうとしたその時。




口笛が、鳴った。




「ッ⁈」

ガタッ‼︎と、一気に顔色が緊迫に変わったステイルが席を立つ。

椅子の音よりも、声も出せないステイルの尋常ではない空気の変化に、近衛騎士達も瞬時に顔を向けた。直後には深刻なその表情に、息を飲む。


「ステイルどうしッ、あ⁈おい待ッ」


真っ青な顔色で突然アーサーへ大股に駆け寄ったステイルは、有無も言わず乱暴に腕を伸ばす。

理由を、プライドに何か、と言おうとするより先にアーサー一人が瞬間移動で共にその場から消えた。あまりに突然のことに他の近衛騎士も引き止める余裕がなかった。言葉も出ない中、ただステイルがアーサーを連れて行ったということに不穏な確信だけが水を打つ。


プライドの身に、なにかあったのだと。




……





「今!医者を」

「どうなさったのですか!まさかっ……」

「陛下と王配殿下にご報告を‼︎」


カタカタと震え、呼吸も浅い。

王女の叫びから直後、その異変に部屋の外に控えていた衛兵や使用人達が次々と呼びかけた。

しかし彼女は、まだ頭の整理がついていない。言わなければと思いながらも自分が理解しきれる部分も少ない。

そんな中、口笛が響いた直後から彼女を抱き締める腕の力は更に強まった。













「ティアラ‼︎大丈夫よ、ステイルもすぐ来るわ!ゆっくり話してくれれば良いから!」













第二王女ティアラは、その声に涙目のまま小刻みに頷いた。

小さい声で何度も「どうして」「止めなきゃ」「どうしましょう」と呟く彼女は、自分の予知した未来に感情を露わにする。

今まで飲み込み続けていた未来に、今は打ち明けられる相手も頼れる相手もいることが、躊躇いなく彼女に助けを求めさせた。ゲームのエンディングを超え、一年に二度だった予知をまた更に開花させる。


『奴は俺様が見つけ出す……‼︎二度も奪われてたまるか……‼︎』


黒炎に飲み込まれたその光景を、変える為に。


明日からはコミカライズ感謝話更新致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます 面白くなってきたー アダム達もそろそろ出てくるのかな 続きが楽しみです
[気になる点] やっぱりティアラの方が予知能力高いんですね…。 プライドが殆ど予知が無くて将来が心配。
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