覗き、
「この部屋よ」
ガチャリ、と。
次に扉を開かれたのは昼食後のことだった。ティアラもステイルも公務補佐中で不在の中、近衛騎士と近衛兵を引き連れたプライド一人がプレゼント部屋へと案内した。
侍女により再び綺麗に並べ直された十個の箱を前に、案内された青年は声を漏らす。自分の目から見ても全く同じ箱が十個も並んでいる光景に、不思議な空間に迷い込んだような錯覚を覚える。王族として賜り物や贈り物も珍しくない彼だが、全く同じ巨大な箱が十個など人生で一度もない。
おおおぉぉ、と短く感嘆の声を漏らす青年は侍女により背後の扉が閉じられてから更に一歩前に出た。
「これは面白いな。俺が用意したものがどれかも全くわからん。このような催しなど初めてだ」
誘ってくれて感謝する、と。セドリックは改めてプライドに感謝をしながら赤い目を炎のように光らせて部屋の端から端まで眺めた。王族主催によるプレゼント交換へ用意された箱はどれもかすり傷も皺も汚れもない。
子どものように目を輝かせてくれるセドリックにプライドも笑顔が伝染る。自分もティアラも最初に部屋に入った時は似たような顔をしたのだろうな、と思いながら改めて彼に説明した。目で選ぶ以外探るのは禁止、自分の物でなければと。一文字違わず全て受け取ったセドリックは、一度頷くとそのまますぐには決めずゆっくりと足を動かした。
どれを選んでも良い、選びようも探しようもない、慎重をきたす必要もないとわかりながらも並べられた箱の前を辿るように歩いてしまう。最初の最前の端にあった一個から最後尾の最後の一個まで螺旋を描くように歩ききってから、最後から二個目の箱に決めた。
中身を確認し、自分のではないことをプライドに告げてから腕を突っ込み両手で取り出した。
「!ありがたい。どれも読んだことがない本ばかりだ。フリージアの本か?」
どう思う、と一度で纏めて重ねられた本十冊を抱え上げたセドリックはそのまま背表紙がプライド達に見えるように向き直った。
本、という単語にもしかしたらセドリックの大当たりかも……‼︎とこっそり胸が跳ねたプライドだが、直後本の題目をざっと目で追えば静かに鼓動が収まった。ひと呼吸を音もなく吐き、それから見定める。
絵本に雑学本、新しい地図が更新された地科学本に、推理小説や純文学、賢人による理論や帝王学、数式論本、星学、最新植物図鑑などは幅広い。文字を読める人間であれば、どれかしら数冊は気にいる本が見つかるだろうラインナップだった。プライド自身、少し借りてみたいと思う本もある。
「そうね、フリージアの本だわ。だけど我が城の図書館にもない本ばかりだから、セドリックにも新鮮で良かったわ」
「プライドが読んだことがある本はあるか?」
「二冊だけね」
ステイルとティアラから借りて‼︎‼︎
その言葉を優しさで包み飲み込みながら、なるべくセドリックをぬか喜びさせないようにと気を払う。読書家で博識なティアラも本はジャンル関わらず色々読むが、その本の題目の並びから恐らくティアラでないことも姉であるプライドはわかってしまった。
読んだことある一冊はティアラが子どもの頃から好きだった本だが、逆に彼女があまり読む類ではない数式本まで入っている。むしろこの題目に、誰の用意したプレゼントかも見当がついた。
「ティアラが好きそうな本もあるわね。逆に興味がない本もあるけれど」
「なるほど。もし好きそうなものがあれば是非貸したい」
ほんのりとティアラのじゃないことを主張するプライドだが、セドリックは動じない。
もともと十人以上の参加者がいると聞いていた時点で、そんなに運良くティアラの用意した品が手に入るとは期待していない。むしろもし貴重なティアラの品を手に入れてしまえば、自分はいくら嬉しくて得をしようとも自分を嫌うティアラが気持ちを害してしまうかもしれない。同じ意味で自分が用意した品も彼女のクリスマスを台無しにしない為にも、ティアラには当たらないようにと願う。
「……因みに、今のところ開かれた贈り物は何があったか聞いても良いか?」
セドリックの問いに、プライドは「誰のものかわからないけれど」と前置いて自分が見た品を告げる。まだ自分の用意した品は誰の手にも届いていないことを確認したセドリックは、ちらりとだけ他の品へ目をやった。プライドに誘って貰えてから自分なりに細心の注意を払い選んだが、それでもティアラのことを考えれば当たらないで欲しいとやはり思う。彼女が折角のクリスマスに落胆するのは見たくない。
そうか……、とぽつりとした声を溢すセドリックに、ティアラの品ではないことを察したのだろうかと考えるプライドは「だけど!」と声を強めた。
「その絵本はティアラとお揃いよ。子どもの頃から好きな本の一つでね、家族が仲良く過ごす優しいお話なの」
子ども向けの、パンケーキを焼くだけの話だがとても温かい良い話だと。心から思いながらお薦めすれば、セドリックの目がきらりと輝いた。他の本の題目もどれも興味深いものばかりだったが、やはりティアラ関連の本が最も気になる。
更に続けてプライドが、その中の一つである純文学小説はティアラが好きな作家の一人だと説明すればそれも今日中に読むと決めた。
待ちきれず、その場で絵本を開けば速読もできるセドリックは1頁ずつ堪能するように開いた。ページ数の少ないそれを惜しむように開いては、紙いっぱいの絵とそして物語を味わう。
内容自体は確かにシンプルだが、兄弟姉妹が仲が良い物語は自分にとっても心地良く、そしてこれを彼女が好んだということも納得できた。どのような気持ちで幼かった彼女が嗜んだのかと想いを馳せれば甘い感覚と、胸の底をつねられるような感覚が同時に混ざった。彼女がどれだけこの本のような未来を願い続けそして叶わないと思ったのだろうと。
「……良い話だな」
笑みが溢れ、それから最後に閉じた。
彼女の持つ本と同じ品が得られただけで、充分幸福だ。しかも図書館では手に入れられなかったのならば余計である。少なくともティアラ本人に紹介してはもらえないと考えているセドリックには、それだけでも貴重な品だった。
セドリックが喜んでくれたらしい様子にプライドはほっと胸を撫で下ろす。フリージア王国の民になった彼にとって、今年は初めて故郷を離れたクリスマスなのだから。
プレゼント交換に誘ったのも、ハナズオのクリスマスを教えてくれたことよりもそちらの意図が強かった。フリージア王国ではハナズオと異なり、国を挙げてのクリスマス騒ぎは行わない為、物寂しく感じる可能性もある。セドリックにはまだフリージアに家族も恋人も居らず、使用人だけなのだから。
それに、自分とステイルがティアラと一緒に楽しんだ本を、セドリックも気に入ってくれたと思えば嬉しい。
「礼を言う。来年も行うなら是非また誘って欲しい。お陰で良い日になった」
この後もゆっくりこれで楽しませてもらう、と。
一番上に、次読むことにした推理小説を並べ直しながらセドリックは改めて大箱に入れ直した。共に付いてきた護衛の衛兵に箱ごと持たせ、部屋を出る。
今日一日はこの本の山で楽しく過ごせそうだと、鼻歌を混じえたい気持ちで自身の宮殿へと戻った。
頭の隅で、どうやって読み終えた推理小説をティアラへ貸すように切り出すかを考えながら。




