そして溜息を吐く。
「これ!これ取引に出せば良いんだよな⁈どうだよ?本当に余裕でできただろ⁈」
へへーん!と胸を張るネイトを前に、私だけでなくアーサーもステイルもまじまじと発明を眺めてしまう。
すごい!本当にたった三日でもう一個完成させてしまうなんて‼︎
「流石だわネイト!本当に短期間で完成できちゃうなんて、同じ特殊能力者でも簡単にできることじゃないわ!本当に本当にすごいことよ!」
優秀な特殊能力者でも短くて一週間はかかる筈の発明を三日で一個ペースで作ってしまった。やっぱりネイトは天才だ。
そう思いながら正直に声を弾ませて褒めちぎる。その途端、鼻高々になるネイトの顔がふにゃりとニヤけだした。アーサーとステイルも「いやマジですげぇっすよ⁈」「流石ですね」と続ければ、もう嬉しそうに腕を組みながら「そ、そうだろ⁈」と子どもらしい笑顔を見せてくれる。
「ま、まあ⁈俺にかかれば余裕だけどな‼︎だからこの前のそのままジャンヌにしょうがなくだけどやるから!今日取引してくれんだよな⁈ちゃんとまた来てくれるんだよな⁈」
若干どもりながら血色を良くして前のめりに尋ねてくれるネイトに、勿論よと笑顔で返す。
そう、今日はネイトとレオンの取引の日だ。彼自慢の発明をレオンにお披露目且つ良いお値段で取引して貰う為に改めて会うことになっている。既にレオンにも予定を合わせて貰っているし問題ない。
本当は学校が終わったらレオンとの時間前に直接会いに行って説明しようと思ったけれど、こうして来てくれてこちらとしては助かった。
「今日、夕暮れ前に貴方の家まで迎えに来て下さるそうよ。私達も家に行くから一緒に馬車にも乗るわ」
「馬車⁈」
げっ‼︎と突然ネイトの背中が反る。
うっかり発明を落としてしまいそうになったけれど、なんとか手の中で踊らされるだけで済んだ。一瞬見ているこっちもヒヤリとしたのでステイルが無言でネイトの手から彼のリュックへ回収してくれる。一体馬車の何がそんなにびっくりなのだろう。
首を傾けてしまいながらネイトを見ると、彼は反った背中のまま大慌てで捲し立てた。
「馬車ってどうせ金持ちが乗る方のだろ⁈俺そんなの乗ったことねぇぞ‼︎っていうか俺の家まで来るのかよ近所の奴らとかジジイに見られたらどうすんだよ⁈」
「もうどうせ以前の件で一度は見られていますよ。王族が足だけで訪れるわけがないでしょう」
「まだ見たって近所に言われてねーし‼︎」
……まぁ、実際は馬車じゃなくてステイルの瞬間移動だものね。
残念ながらステイルのからの説得もネイトは「い」の口で断った。どちらにしても徒歩では移動しないことは本当だ。
確かに馬車って荷物運ぶ目的以外じゃあまり庶民個人で乗ることは少ないかもしれない。しかも荷馬車ではない王族の馬車だからもう見かけからして明らかに違う。
「ですが貴方も乗らないのなら、あの御方を貴方の家へ招くしかなくなりますよ。僕らも馬車の行き先を詳しくは知りませんから」
そう遠くはならない予定ですが、と言いながら二度目の説得を試みるステイルにネイトの顔が引き攣る。
馬車に乗るのも嫌だけど、家に王族をまたお招きするのはもっと嫌なのだろう。ギルクリスト家から玄関をお借りしている私達にはよくわかる。エリック副隊長もすごく困っていたもの。
最終的には「本当に遠くじゃねぇんだろうな」とまだ信用し切れていないように言いながら、渋々承諾してくれた。やっぱり家に招くくらいなら自分一人馬車に乗るのも我慢できるらしい。美形王子レオンを家に招くともれなくご両親の心臓もひっくり返るだろうし、それが良い。
むーーー、と少し不機嫌そうに口を貝にしてしまったネイトは、リュックをそのままざっぱに背負い出した。今までと比べると明らかに通常の大きさを維持したリュックは、いつもより軽そうで寧ろ萎んでも見える。じゃあまた夕暮れ前に、と約束を確認して、家に帰るネイトを見送る。
絶対今日な!と強めの口調で言うネイトは私達に背中を向けたところで、途中ピクリと顔を上げた。何か思いついたかのような動作だと思えば、そのままくるりと振り返ってきた。
「なあ、そういえば俺の発明カラムに……」
「ジャンヌ!おはようっ‼︎」
もごもごと少し言いにくそうに口を動かすネイトの声を、ハツラツとした声が上塗った。
これは‼︎と私まで心臓ごと跳び上がってふりかえると、まさかの彼女だ。胡桃色のはねた髪と朱色の瞳をしたこの学校の主人公。
「アムレット⁈お、おはよう⁈」
今まで教室以外で挨拶なんてされたことなかったのに!と、予想外のイベントにびっくりしてしまう。しかも私の背後には攻略対象者ネイトだ。
きらきらと夏の日射しのような眩しい笑顔で駆け寄ってくるアムレットは「つい声かけちゃった」とはにかんで肩を竦めた。ステイルが素早く位置を変えてアーサーの背中に隠れている。続けてアムレットが「ジャック、バーナーズおはようっ」と声を掛けても、アーサーの返事にわざと重ねて隠しての返答だ。
「今日はよろしくね!ジャンヌと一緒ならすっごく心強い!」
「ええ、……私も一緒よ」
ギギギと表情筋に力を込め、鍛えられた自然な笑みで彼女に返す。
純度百パーセントの笑顔で浄化されかけていると、アムレットはすぐにネイトにも気付いた。ぱちり、とネイトと目が合ったから何か話すかなと思えば「こんにちは」と軽い笑顔で終わった。
ネイトも突然の眩しい笑顔に丸い目で「お、おう」とだけ答えている。初対面に戸惑っている様子だ。まぁこんな可愛いアムレットに一目惚れしたとしても私は驚かないけれど。
「ごめんね友達と話していたところだったのに!今日ジャンヌが居るの見つけたらほっとしちゃって‼︎じゃあまたあとでね!」
ごめんなさい!と早口でネイトにも手を振って謝った後、アムレットは夏風のように昇降口へと去って行った。
私も手で力なく振り返しながら、まさかこんな形でネイトとの初対面を済ませることになるなんてと思う。ファーナム兄弟もそうだけれど、やっぱり主人公と攻略対象者ってどこかで出逢う強制力みたいなものがあるのだろうかと考えてしまう。
手を振ってくれていたアムレットが完全に背中を向けてから私は改めてネイトに向き合う。
「ごめんなさい話しの途中で。さっきの子は私の友達でアムレットっていうの。すごい良い子で」
「お前……女の友達いたんだ」
へ?
ぼそりと小さな声で呟いたネイトは、何故がすごく意外そうな顔で目を丸くしている。
なんだか珍獣を見てるような眼差しに思わず怯む。待って、私そんな友達いなさそうだと思われてたの。アムレットに興味どころか予想とは違う反応にちょっとびっくりしてしまう。
とにかく気を取り直すべく、話しの軌道を一度戻す。
「あの、ネイト、それでさっきの話しは?」
「あ!えーと……なんだっけ」
忘れた、と。
あっけらかんと言うネイトは視線を空へ浮かべながら首を捻る。どうやらアムレットの登場で一度思考から消えてしまったらしい。
なんだか話の腰を折ってしまった気がして謝れば、「邪魔したのジャンヌじゃねーし」とどうでも良さそうに腕を組んだ。
「それよりさっきの何だよ?「ジャンヌと一緒なら」って他にも何か約束してんのか?」
途端に、…………今度は私が何も言えなくなる。
顔が素直に笑ったまま引き攣って強張ってしまう。ええと……と言葉を濁しながら、助けを求めるようにステイルとアーサーへ視線を逃がしたけれど二人から何とも言えない表情が返ってきた。流石に二人も本人を超えてお気軽には言わないだろう。……いや、単に事実が恥ずかしくて言えないだけかもしれない。
裁縫の補習だなんて。
「……選択授業で、一緒になるから」
表向きは運悪く出れなかったからの補習だけども。それでも補習は補習だ。
引き攣ってカラついた喉で言える言い訳は、これだけだった。
攻略対象者捜しに、レイと強力してライヤー探し。そしてネイトとレオンの会合に超激最難関試練の裁縫授業。
補習なんて、よっぽどのまずい結果を出さないと受けないものなのに。今回の私みたいに休んじゃって特別にということもあるけれど、正直そこを深掘りされたくない。
だって実際はサボってから逃げ切れずに捕獲されたようなものなのだから。
一応は納得してくれたネイトが、発明をしまったリュックを背負って去るのを見送る中、まだ始まってもいないのに全身に疲労が急速増加しているのを感じる。
今日の長い一日に今から私はため息を吐き出した。
……朝から待ち構えられていることなど、知らず。




