〈コミカライズ16話編更新・感謝話〉義弟は苛立ち、
明日、コミカライズ16話更新致します。
感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。
本編に一応繋がっております。
「どうぞ、お入りください」
ノックの音へと、言葉を返す。
静まり切っていた部屋へと落とされた音と、扉の外に控えているだろう衛兵双方へと届くだけの声で答えた青年は書類から目を離さない。パラリパラリと捲りながら、整頓された机から腰を上げるどころか顔も俯けたままだった。失礼致します、とそう一言の断りとともに扉が開かれても変わらない。
開かれた扉から高身長の男性が現れ、内側から扉を閉める。最上層部の部屋であるそこには、護衛の衛兵どころか従者一人いなかった。
物置と化しただろう他のテーブルに積み上げられた紙の束を見ても、補助をすべき従者がいないことは来訪者には逆に不自然にも見えた。自分を呼び出す為に人払いかとも考えたが、言葉を掛けられたところで思考も止める。
「お忙しい中申し訳ありません、騎士団長。呼び出した理由については言うまでもないと思います」
淡々とした声で告げる青年は、また書類へと目を離さない。
口を動かしながら両手は書類を捲った先からペンを走らせる。自分で呼び出しておきながら自国の騎士団長へ粗末な対応しかしようとしない青年は、眉一つ動かさない。まるで機械のようにカタカタと紙を捲り目を通しペンを走らせるを持続するだけだ。
自分へと目も向けない青年の言葉に、騎士団長もまた表情は変わらなかった。僅かに眉間に力が入ったまま扉を潜った彼は今更態度を変えようとも思わない。
「いえ」と短い言葉の後に、伸びた姿勢のみで最低限の礼儀を示す彼は青年と同じ平たい声で返した。
「申し訳ありませんが全く思い当たりません。恐れながらお聞かせ願えますでしょうか、ステイル摂政殿下」
カンッ、と。
次の瞬間、走らせていたペン先が紙面を垂直に突いた。軽やかでありながら鋭い音を皮切りに、初めて摂政は手の動きを停止する。口を結んだまま、紙面へ俯いていた顔をゆっくり上げた。眉を寄せても良い心持ちだったが、騎士団長へ向けた顔は最初と変わらない無のままだった。
淀んだ漆黒の眼差しで映され、騎士団長アーサー・ベレスフォードは僅かに眉が動いた。規律通りに伸ばす背の後ろで結んだ両手が、反射的に剣へ伸びそうなのを意識的に止める。何度見てもこの摂政の濁りきった目には慣れないと静かに思う。
わかりませんか、と。やはり返された言葉は冷ややかだった。怒りも侮蔑も表さない表情のまま若き摂政ステイル・ロイヤル・アイビーは言葉を続ける。
「貴方が騎士団長に就任しもう少しでひと月が経とうとしています。が、……それだけの期間に貴方は何度命令違反を犯しましたか」
「失礼ながら、私には一つも思い当たりません。王族の命に叛いた覚えはなく、適宜現場で判断させて頂いたまでのことです」
先月騎士団長へと就任したアーサー・ベレスフォード。就任早々から騎士達の支持も高い彼は、黒い気配を溢す摂政へと変わらず胸を張り続けた。最初から想定できていた摂政からのお咎めも歯牙にかけない。
どうせそんなことだろうと思ったと頭の中でだけ呟きながら高い視線で見返した。
騎士団長就任。若く、才能に溢れた彼は就任してから既に複数回王族からの勅命を違えていた。
十年前から年々増していく治安の悪化中、騎士団は常に任務に追われていた。新人騎士団長だからといって配慮もなく当然のように命じられる大任に背を向け出した。
わざわざ摂政室へ呼び出したにも関わらずシラを着る騎士団長に、ステイルも無表情のまま苛立ちだけが奥に積もる。ただでさえ落ち着くことなく多忙な自分に、こうして余計な仕事を増やさせるだけでも殺意が湧く。
今まで従者や衛兵伝てに何度も警告をしたが、全く彼はそれを改めない。その皺寄せは全て自分に寄せられている。
何より、他の誰でもない目の前に佇む騎士団長と本来ならば顔すら合わせたくはなかった。
「お気を悪くさせたならば申し訳ありません。ハリソン前騎士団長からの引き継ぎも充分に叶わなかったもので、私自身至らぬ点も多いでしょう。お聞かせ願えますでしょうか、ステイル摂政殿下。我々騎士団が、……いえ。騎士団長であるこの私が国の中心部である王族の命令へどのように反したというのか」
いっそその口を下顎ごとナイフで刺し止められれば楽なものを。
そう腹の底が黒く渦巻くのを自覚しながらステイルは表情だけは無のままだった。
騎士団長が交代したと聞かされた時は、優秀とはいえただの若い騎士にここまで手を焼かされることになるとは思わなかった。自分が摂政になってから三度変わっている騎士団長だが、こんなにも不快この上ない眼差しを初対面から馬鹿正直に向けてきた男は彼くらいだ。
ステイルも自分のことを周囲がどう思ってるかなど、とうの昔に諦めている。しかし、それでも摂政であり仮にも女王に近い立場でもある自分に、腹の底で止まらず冷え切った眼差しを向けてくる男など現騎士団長くらいのものだった。
しかもそれが自分のようにその他大勢全員に冷めきった態度というわけではない。宰相であるジルベールを含む上層部や他の城の人間には笑みを見せる時も普通にある。さらにはあの女王にすらここまであからさまな表情をすることはない。
ステイルにとっては彼が騎士団長就任時から、そして実際は遥か前である入団時から既にアーサーはステイルに対してのみ表情を一度も緩ませたことがなかった。
そして今も、摂政からの呼び出しにすら涼しい顔をするアーサーは全く反省の色すら表面上も出そうとしない。
乾ききったアーサーの反応にステイルはわからないならばと、とうとう捲っていた途中の書類を閉じる。いちいち資料を取り出さなくても全て覚えていると、引き出しを開くこともなく蒼色の眼光に両目を合わせた。摂政である自分に、あからさまにこんな目線をくれるような相手はこの男くらいだと確信しながら。
明日ゼロサムオンラインより(https://online.ichijinsha.co.jp/zerosum/comic/rasutame)コミカライズ16話が更新致します。
是非お楽しみください。