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Ⅱ256.頤使少女は手を伸ばす。


「ッジャンヌ!」

「退がって下さい‼︎」


目の前で黒炎を巻き上げるレイに、ステイルとアーサーが殆ど同時に私へ声をあげた。

ステイルに手を引かれ、アーサーに腕で制されながら熱元であるレイから距離を取る。最後の言葉をきっかけに黒い焔を灯しだした彼は、鋭くした瑠璃色の眼光で私を刺したままだ。

整った歯を食い縛り、腰を下ろしていたテーブルまで足下の絨毯と同じように火が帯びだしている。彼の周囲を取り巻くように溢れ出した黒い炎が周囲の可燃物へと取り付いている。自身の身体が燃え上がるのではなく周囲に黒炎を灯しているたけのレイは、自身まで足下の火に炙られていた。靴や服の裾へ黒い炎が揺れたけれど、燃え移りはしなかった。

絨毯も直接火が灯ったところ以外は燃え広がらず、きっと彼の服や昨日の客間と同じ性質のものなのだろう。重厚的な布でできた衣服で全身を覆うレイを残し、足下とテーブルだけが煌々を燃え続けている。


「ッどこでそれを知った⁈まさかお前もあの時のッ」

「違います。言ったでしょう?私の特殊能力よ」

足下の熱気に炙られながら声を荒げるレイへ私は答える。

扉に背中をつければ、ステイルがいつでも飛び出せるようにと先にドアノブを服の裾越しに掴んだ。身構えるアーサーから尋常じゃない覇気が溢れてる。今でも退散できる体制を整えながら、じりじりと寸前まで堪えてくれている。

この場で簡単にできる逃走よりも、今は絨毯に踏みしがみながらレイへと呼びかける。

こんな意味もわからない特殊能力で簡単に信じてもらえるとは思っていない。けどせめて、彼が私が協力したい理由だけでも納得してくれればそれで良い。


「この能力で知ったわ。貴方はライアーを探している。彼は貴方の恩人で……っ、……。〝酷い別れ方〟をしたから、ずっと探している。アンカーソン家に知られたくないから学校でも隠し続けて、わざわざ嫌いな裏稼業の人間を雇って、賞金まで掛けて、下級層を中心に聞き込まさせて、口封じも徹底した。だってライアーは」

「ッそれ以上言うな‼︎舌の根まで焼け落とされてぇか⁈」

荒げ、乱れる。

確証を持てる事実だけを並べる私に、レイが牙を剥く。ずっと身の内だけで隠し続けていた過去を暴かれて、瑠璃色の目を血走らせ私を睨む。

ボワッッと一瞬攻撃かと思うくらい、再び彼の周囲が黒い焔で渦巻きだした。自分を抱き締め抱え込み、感情へ抗うようにして特殊能力を抑え込む。攻撃的な言葉に反して堪えているようだった。

これ以上は刺激しないように私からも一度口を意識的に閉ざす。これ以上語れば本当にまた能力を暴走させそうなほど、彼からは殺気まで零れ出していた。

黒炎に取り囲まれながら、芸術的な仮面の向こうで湿った眼差しが私を射貫く。まるで酸欠かのように肩で息を繰り返す彼は、夥しい汗を零しながら食い縛り続けた口を開いた。


「お前達の所為でッそれも全部無駄になった……‼︎ライアーは見つからない‼︎奴の情報すら手に入らず雇う金も手段も奪われた‼︎」

喉を張り上げた怒号は、その声自体が火の槍のようだった。

完全に全ての元凶を私達と判断した彼の周囲で黒炎が揺れ溢れ、燃え移る必要もなく規模を広げていく。瑠璃色の瞳が一瞬だけ焔と同じ漆黒に光って見えた。彼の怒りも歯痒さもよくわかる。侯爵家の家名を継ぐ前だった彼にとって、今回はライアーを探し出す最後の機会だった。……そして、アンカーソンが落とされた時点で手段全てを失った。三年はある筈だった猶予が一瞬で。


「俺様の目的を知った上でお前達は何がしたかった⁈協力したいと言いながらどうして邪魔をする⁈」

「邪魔なんかするつもりはなかったわ!貴方に協力したいの!一緒にライアーを見つけましょう!」

黙れ‼︎と直後にはまた上塗る声で怒鳴られた。

更に熱量が上がり、火が届いていない私達の範囲まで肌を熱が撫でた。思わず息を止めて目を瞑れば、アーサーが上体で振り返り私とステイルごと両手で抱き締めるように抱え込んだ。火元であるレイに背中を向けるようにしていつでも飛び出せる準備をするアーサーに、一瞬喉が攣るように冷たくなる。また怪我をさせてしまう、と思えば僅かに指が震えた。

昨日だってレイ狙って私達を攻撃しようとしたわけじゃない。なら今だって、またいつ火を放たれるかは彼の意思すら及びきれない。


「俺様にはもう何もない‼︎まただ‼︎また!奪われた‼︎‼︎アンカーソンの支援無しに何が残る⁈」

熱情に火で煽られ、黒炎に巻かれる彼の顔が遠目でもわかるくらい真っ赤に染まる。

仮面ごと顔を両手で覆い、指先で引っ掻くように爪を立てていた。もう自分でも何を言っているのかわからないのかもしれない。冷めようのない熱の中、混乱に近くなっている。

彼の意識を繋ぎ止めるべく「レイ‼︎」と私からもう一度声を張り上げる。

それでも彼には届かない。歩み寄ろうとすれば、ステイルとアーサー両方から腕の力で引き留められた。わかっている、今彼に近付くのが危険なことくらい。ッ……それでも!




「ッ残すわよ‼︎‼︎」




熱風で喉を焼かれながら叫ぶ。

私を庇うアーサーの肩越しに顔を押し出し、黒炎の向こうで嘆く彼へと叫ぶ。

一瞬渦に飲まれたかと思うほど熱源に包まれた彼が、それでも炎と指の隙間から私を睨むのが見えた。あまりの光量が白と黒に明滅して眩む中、それでも声だけは真っ直ぐ彼を捉えるべく痛くなるほどガラつかせる。


「ライアーに会いなさい‼︎‼︎私が絶対に見つけ出すから‼︎見つけ出す為なら何でもするのでしょう⁈……ッライアー、だって……」

初めて、躊躇う。

この先を安易に言っちゃいけないとわかっている。けれどもう、彼に届かせる言葉が今はこれしか見つからない。

血の味がするほど口の中を噛み、掻き消えそうな声を許さない。ゲームとどこまで一緒か確信なんて持てない。違うかだってわからない!それでも今の彼には絶対にライアーとの再会が必要だから‼︎

開いた目を瞬きなく瞼に力を込め、ステイルの手をこれ以上なく握り閉める。アーサーの肩越しにレイを取り巻く黒い焔が大きく揺らぐのが見えた。覆った顔を僅かに上げ、揺れた丸い瞳で私を映す。全身が熱いのに寒気が背中を撫でて、喉が締め上げられるような感覚に顔が強張る。それでもいつかは残酷になるかもしれない言葉を、いま彼を付き動かす為に言い放つ。




「ッライアーだって‼︎貴方に会いたいに決まっているでしょう⁈」




見開いた彼の目から、雫が飛び散った。

次の瞬間、彼の周りに溢れる黒い焔が視界を埋めつくすほどに広がった。とうとうステイルが扉を開け、アーサーが私達ごと廊下へ飛び出した。目が潰れるかと思うくらい黒いのに眩しい炎に息を止め、またあの攻撃かと思考が追いついた時には部屋の外だった。

また彼の攻撃から逸れるように扉の横へ転がり込んだ私達だけれど、そこから身を固くした後も……何も起こらない。


凄まじい光量で目が眩んだけれど、昨日みたいに扉から黒炎が飛び出してくることがなかった。

熱気が溜まり続けた部屋と別世界みたいに空気の通った廊下で深く呼吸を繰り返しながら、暫く私もステイルもアーサーも何も言わなかった。無我夢中だったけれど、きっと酸素が薄かったんだなと自分でも驚くくらいの息の荒さで思う。

私達を抱え込んだアーサーはまだ腕の力を緩ませず膝を立ててまたいつでも走り出せるように構えたけれど、その間も扉からは火の粉一つ飛び出すことはなかった。

息を整えながら互いに部屋の向こうが安全かどうかと目配せし合う。万が一にも、顔を覗かせた瞬間火を放たれたらどうなるかわからない。

ぱしん、という音を最後に耳がつんとするほどの沈黙が満ちそうになった時にまた聞こえた。火の弾けた音かと一瞬身構えたけれど違う。部屋に入った時よりも少し強い、手の音だ。

アーサーがそっと私達から手を緩めた。そのまま音も無く背中を壁に付け、少しずつ開け放たれたままの扉に近付いていく。様子を窺いに向かうアーサーに心臓が不規則に脈打つ中、……部屋の向こうから音が近付いてきた。

タン、タン、と絨毯に吸い込まれながらの足音に、アーサーも素早く一跳ねで私達の眼前に戻った。ステイルが私の手と、アーサーの肩を掴んで身構える。息を飲み、床にしゃがみ込んだまま待てばレイが現れるのは間もなくだった。


「……ライアーを見つけ出す」


静かな声だ。

さっきまでの酷く低く沈んだ声とも、激情に駆られた声とも違う澄んだ声だった。扉から出て、すぐに私達に気付いた彼は赤くなった瑠璃色の目で私達を見下ろしながらそう言った。宣言にも近い口調は、今日聞いた中で一番強い意志が籠められていた。サラリとした黒髪を耳に掛け、炎に囲まれていた時よりも顔の血色も落ち着いて、今は怒りも憎しみも感じられない。


「その為なら悪魔に魂でも売ってやる」

もう、黒く取り巻く炎も何もない。

さっきまで渦巻いていた全てが消え、あの膨大な火力を一人で押さえ付けたのだと理解する。その瞳と目が合ったとき、僅かに彼の顔がまた強張った。眉を寄せ、険しい表情のまま私を睨む彼はそのまま私達へと正面から向き直る。

重厚的な布地の服を翻し、更に私へ背中を付けてくれるアーサーの眼前まで歩み寄る。


「その為なら、……騙されるつもりでお前達とも組んでやる」

未だ信じ切れない気持ちを隠さずに彼は言う。

臨戦態勢のアーサーと同じように片膝を立て、視線を私に合わせた。険しい表情をそのままにアーサー越しに私をのぞき込む。唇を一度結び黙する彼へ覇気を放ちながらも、ステイルとアーサーも僅かに警戒を解いた。全身の筋肉を強張らせ「ただし」と低い声を零す彼が、私へと手を伸ばした。ステイルからそっと手を解き、アーサーの肩越しに握手を求めるようなその右手を私も迷わず掴


バシッ、と。


……掴み取る、前に彼から掴まれた。

握手というよりも乱暴な印象で掴んできた大きな手は、手のひらではなく私の手首を鷲掴んだ。

二人分の息を引く音が耳に届き、直後にはアーサーとステイルが同時に構えたけれど私から一言かけて止める。良いの、とその声を敢えて上塗るように再びレイの低めた声が至近距離から掛けられる。


「……もしライアーが見つからなかった、その時は」

今ここで彼の手を振りほどいたら交渉決裂。それはもう間違いない。

乾いていく唇をぎゅっと結び、怯えを気付かれないように顔に力を込める。ステイルから黒い覇気が放たれアーサーが手だけをそっと構える中、レイは掴んだ私の手をゆっくり引き寄せた。

腕が伸び、アーサーの肩越しにしゃがみ込んでいた体制から私まで膝を立てる。前のめりになってアーサーの背中に乗り上げそうになる中、レイの力は強かった。掴まれ引き寄せられ、私の指先がじわじわと彼の顔へと近付いた。伸ばされていく先に、彼がどうするつもりかがわかり無意識に肩が強張る。自分の指がそこへ到達する前に息を止め、目を逸らさないと覚悟を決める。

カタン、と。導かれた指先が彼の仮面へと到達した。

端正な顔を左半分隠した芸術的な仮面。指先から第一関節までがしっかりと触れ、かかり、操られるまま彼の意思で顔から外れ落ちる。


「お前達全員、〝こう〟なる覚悟を決めておけ」

床に落ちた仮面は、彼の靴横に転がった。

無感情な音よりも、私もそしてアーサーとステイルも目の前の彼に釘付けになる。喉を鳴らす音が二つ聞こえ、彼の設定を思い出す。

私が逃げないようにと掴む手に力を込める彼の、仮面の下に隠された



焼け爛れ落ちた半分を見据えながら。



顔が、溶けている。

薄い膜だけ張った下は焦げ、まるで人体模型のように筋肉の筋までくっきりと見えていた。瑠璃色の瞳を宿した左目は瞼も涙袋も溶けて眼球だけがごろりと主張している。ゲームでは影で隠され隠された、本物の〝火傷痕〟だ。

彼が仮面を被り続けた理由。心から愛したアムレットにしか見せなかった本当の姿。避けきれなかった彼の心の傷がそのまま形を為してそこにある。

本来の端正な顔と対象的なその反面に、アムレットも最初は口を両手で覆ったほどだった。


「……ええ」


細く息を吐き、固定された手首のままそっと指をその頬へと向ける。

仮面一枚分の距離を抜け、するりと簡単に彼の頬へと届き、撫で下ろせた。私の反応が予想外だったのか、彼の目が見開かれ溶けた瞼も痙攣するように動いた。

一瞬、触れられたのが痛かったのかと指を止めたけれど、彼は私から手を振りほどこうとはしない。

普通の女性が火傷の痕に平然としていることが信じられないのかもしれない。けれど、私はもう戦の中で人の傷もある程度は見慣れている。彼の仮面の下に何があるのかは最初から知っていたし、……その胸の中にある傷の方がもっと酷くて痛み続けていることも知っているから。



「探しましょう、ライアーを」



指の動きだけで頬を撫で、せめてこの傷だけでも癒えてますようにと願う。

信じられないように見開いた目で私を射貫く彼へ、安心させるように自信を込めて笑えかける。きっと見つけられる、辿り付けられる、叶えてみせると態度で示す。


まだ、彼はアムレットに出会えていない。

彼の心の傷を癒やす彼女は居ないけれど、それでも私にできることはちゃんとある。

掴んだまま僅かに震え出す彼の手の振動を感じながら、今度は私から腕を伸ばす。アーサーの肩越しに身を乗り出し、焼け爛れた頬に指先だけでなくピタリと手を添えた。

今はただ、彼に触れることだけでも許されたのを喜ぼう。ほんの一滴でも与えられた彼の信頼と希望に応えてみせる。

彼が自分の人生を歩むにはきっとライアーとの再会が必要だから。

そう考えれば笑みのままに、口端が更に上がった。きっとこの顔では彼よりも私の方が悪人に見えるだろうと思いながら、舌を動かす。

気が付けば、あのラスボスがレイへと吐いた最初の嘘とそのまま同じ台詞が口から滑り出る。




「私が会わせてあげる」




フリージア王国第一王女の名にかけて。

その言葉だけを飲み込んで、宣言だけを彼へと贈った。


身震いでも起こしたように、添えた手の平から彼の頬まで振動が伝わった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] プライドが次々、現ラスボス被害者を救って行ってるけど。その分、ほかの生徒が現ラスボスの毒牙にかかってたりしないのだろうか?
[一言] プライドが必死で手をのばして救いたい人なのね。プライド、頑張って!
[一言] これは堕ちたか!? 堕ちて欲しい!!
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